ブロクイズ(旧わくわくなたけのこ)

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スーパーマン



いつから人は名前で進学や就職を決めるようになってきてしまったんだろう?わたしもそうだったけれど、漠然と「○○ってなんかカッコいい~」っていう感じでここまで来てしまったような気がする。名前にあこがれた。東京にあこがれた。
スーパーマンにあこがれる子供は、スーパーマンの正義や、悪と戦うところにカッコいいと感じたから、素直に「なりたい」と言った。自分も正義の味方になりたかったから。お父さんや、お母さんを悪の手から救いたいと心に誓って・・。
むしろ「なりたい」より、「したい」だ。
何がしたいか。それが明確だった。
それは、そのキャラクターが何をしているかが明確だったからだろう。

スーパーマンにあこがれた少年も、年を重ねるごとに夢を口に出すことはもちろんのこと、現実に、学校に、家に、流されるのがほとんどだろう。『夢と現実の違い』を、子供ながら受け入れ始める。学校の勉強も『切り捨てる』形で行なわれてきた。(私立だから3教科、国公立だから5教科etc )勉強が出来ない、運動が出来ない、コンプレックスを抱える。自分に上限を付ける。失敗するのが怖い。じゃあ失敗しない方法を選ぼう、そうやって生きてきたところは誰だってあるはず。


それは子供に夢の選択肢を狭ませたように思い込ませる。私立文系だから理科と数学は勉強しなくていい→だから私は数学を使う大学にも職にも就けないと。管理栄養士に少しだけあこがれた私がその夢をあきらめたのはこういうのが原因だった。実際は、料理が好きでその名前がかっこよかっただけだった所が大きかったけれど。

実際大学に入って夢の幅は大きく無限に広がった。やりたいようにやれることを教わった。『普通のOL』はいないという事も。しかし、本当はもっと早く知りたかった。

スーパーマンとサラリーマンの違いは、その仕事の内容が子供に見えているか、見えていないかだと思う。働いている人は誰でも輝いて見える。社長さんの話に騒がしい高校生が話をやめて聞くようになるのも、うまくはいえないけれどわたしはなんとなく分かる。

もっと本質的なところで、夢って、自分の可能性って、無限なんだよって知らせたい。

『志望動機が浮かばない』そんなコトバは使いたくない。
夢は『なりたい』じゃなくて『したい』だと思うから。

(昔のカフェスタ日記から)

katsu : スーパーマンは大げさだけど、日記の意見に賛成!自分の可能性を探すべし!

2004/08/18
小野耕世というひとが「バットマンになりたい」(晶文社)という本を出してます。宇宙人(クリプトン人)であるスーパーマンにはなれないけど、生身の人間のバットマンなら努力次第でなれるかもしれない。そんな小野さんの夢を中心にしたエッセイです。中学や高校の数学が閃きでなく暗記だと知ったのは大学に入ってからでした



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