仙台市のワクワク系住宅専門店経営者の「でいりーれぽーと」

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平成7年2月20日



2日目

午前10時に名古屋港へ到着。
車をフェリーから降ろすのに時間がかかり、
全員が揃うまで待ちくたびれた。

11台の車を連ねて目的地まで行くので、
途中はぐれてしまわぬように打合せを行い、
復旧支援車両隊は団長の車を先頭にして
一路名神高速へ向けて北上した。
距離にして約60キロである。

大垣I.Cにて名神高速道路に乗った。
養老S.A

大津S.A
にて休憩をとり
隊列を整えて
大阪方面へ向けて進める。

吹田J.Cにて先頭車両が道を間違えてしまい
大阪市内の方へ入ってしまった。
高速を一端降りて引き返した。

降りるときに料金所で精算を求められたが、
神戸市、国からの要請での
復旧支援隊であることを告げて
理解を得てもらった。


行政からの要請による支援隊は高速道路等の
通行において料金を取らないという
こととなっていた。
その料金所では復旧支援隊が降りる予定の場所ではないので、
精算を要求してくるのは当然であった。

後で聞いたが、
行政からの要請でもない車両が
復旧支援物資輸送という看板をつけて、
高速道路料金支払いを逃れようと
している輩が横行していたそうである。

吹田J.Cへ戻り
中国自動車道へ入る。
滝野社I.Cで高速から降りて
国道175号線を南下する。

明石にて国道2号に入り東進し、
宿営地の須磨へ夜の9時半頃に到着した。

約315キロの道のりなのに
名古屋港を出発して10時間以上もかかった。
この距離は
実は自分の妻の実家へ帰る距離と同等であり、
高速道路と一般道の割合もほぼ同じである。
お盆休みや年末年始の道路が混むときですら
5時間から6時間、
混んでいなければ4時間の行程である。
それが当時は10時間を超えたのだから、
11台の作業車を連ねて、
道路事情が悪くなっている時の移動が
どれだけ大変なのかをお分かりいただけるかと思う。

大阪から芦屋を抜けて神戸市に入る方が
近いのだが、
高速道路が地震でダメになり、
一般道の渋滞はもの凄いという情報もあって、
中国道を使って迂回して現地入りしたのである。

このようにして目的地まで行くために
2日間を要した。

宿泊先は
須磨海岸の千鳥荘という旅館(民宿?)

その晩は移動疲れのため爆睡した。

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