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2006.03.02
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カテゴリ: カテゴリ未分類
2004年10月頃に日本人がイラクで誘拐されて、その後アルジャジーラやネットで香田さんが自分で「自衛隊に撤退して欲しい」ということを伝え、その後首を切られて殺された事件があった。

フセイン・ファハミという男がその事件にかかわり拘束されているというニュースが今日報道された。


1年半前にこのニュースを聞いたとき、20年近く前の自分を思い出した。
香田さんがどうして危険なイラクへ行ったかはわからないが、1987年6月頃パキスタンからイランを通って、トルコに行った。当時、イラン人が大量に日本に働きに来ていた。パキスタンと日本、イランと日本は3ヶ月滞在のビザ免除協定をしていて、彼らはビザを取らず日本に来て、そのまま働き続けていた。

私もパキスタンとイランへ入るにはビザは必要ない。
当時イランへ旅行できたのは、日本人と西ドイツ人、そしてユーゴスラビア人ぐらいだったと思う。
西ドイツ人とユーゴスラビア人の旅行している人にあったが、ビザの料金は高く滞在期間も1週間程度だった。日本人はもちろん、3ヶ月間はビザ代は無料だった。その時期、イランを旅行した人も年間100人以上はいたと思う。


イランへ10日間、シリアへ1ヶ月間、旅行したが、正直怖かった。
いや怖いもの見たさがあったんだろうと思う。


イランとシリアは言葉は違うが、両方ともアラビア文字を使うので、まったく読めない。
と、ここからはフラッシュバックが起きたので、書いてみよう。


イランは、パキスタンの西にあるクエッタという都市から行く。
クエッタはアフガニスタンからの難民があふれていた。クエッタからイランへ行くには、バスか鉄道。鉄道は3日に1本しかない。バスは24時間走りっぱなしで大変だと聞いたので、鉄道で行く。鉄道は砂漠を走る。食べ物を持参したが暑く乾燥しているので喉が渇いた。

途中汽車が1時間ぐらい止まる。モノ売りも来るが、水を売っていない。
同上のパキスタン人に水はどこで売っているかと尋ねると、井戸の水を飲めて言う。
駅といっても、砂漠にある駅なので、小さな小屋があるだけなのだが、そこに井戸がある。
そこへ行って順番を待って、水をくみ上げた。砂が混じっている。自分の水筒に移して、砂が沈殿するのを待つこと3分。見た目は透明になった。しかし、上澄みを飲んでも口がじゃりじゃりする。

翌日、国境駅についた。ここからはトラックの荷台に乗って、国境へ行く。
パキスタン側の国境はボロボロの建物。木造の掘っ立て小屋に、机が並べてあり、そこでパスポートを出す。ビザのスタンプを押してくれて、イラン側の国境事務所まで歩く。数百メートルぐらいかな。

イラン側の国境は、国境を2重の有刺鉄線で南北に走っている真ん中に突然鉄筋コンクリートの建物が建っている。建物の上には、イランの国旗らしきものがあり、入り口は自動小銃を持った見張りが2人立っている。明らかに、パキスタンの人をイランへ入れたくないような感じである。


建物の中はエアコンが効いているし、ウォータークーラーがあった。
パスポートを預けると、すぐにスタンプを押してくれた。
建物を出ると、「どこにいくのか?」と聞かれたように思う。イランの言葉である、ペルシャ語はまったくわからない。

イランの地名、古いモスクのある地名をいうと指を指した。
数百メートル歩くと、バスの切符売り場があるようだ。


パキスタン側の国境で、$20のお金を両替していて、それで十分だった。当時、イランの通貨は闇レートで10倍くらいだった。そして旅行客はほとんどいなかったので、国は通貨規制をしていなかった。共産主義の国や通貨の弱い国は、両替率が公定レート、経済レート、旅行者レート、闇レートなど、いくつもの両替率が存在している。

たしか、シラーズまで1000km 以上あるのだけれど、$3ぐらいではないだろうか?$はもちろんアメリカドルである。後で聞いた話によると、飛行機に乗っても$8ぐらいだという。え、1000円ぐらい!!

イランは産油国なので、国内のガソリンはめちゃめちゃ安い。たぶん1リットル10円ぐらいではないだろうか?それに闇レートで考えると1リットル1円。

バスは夕方6時出発の2階建てのバスであった。
たしかメルセデスベンツのバスで立派なバスである。ただ西側が輸出規制をしていたので、部品がなかったらしい。だからバスは少し古く、ない部品は自分たちで作っているという話を聞く。見た目は良いが、少し安全面で不安である。

バスが出発するとき、ペルシャ語で何を言っているかわからなかったが、運転手が大声で何か唱えると、乗客らは大声で答えて、最後に「オー」と雄たけびを上げた。ちょうど、イラン・イラク戦争のときで、街には戦争のポスターがあちこちに張っていたので、ひょっとしたら戦意発揚の言葉ではなかったかと思う。

翌日のお昼頃、シラーズに着いた。
バスの乗り心地はよく、ほとんど止まらなかったと思う。イランは高速道路があり、おそらく時速100キロを超えて走っていたのではと思う。

シラーズは、ペルセポリスが郊外にある街である。シラーズは、イランを代表する詩人を2人生み出した街ということをイラン人に教えてもらった。その詩をイラン人はそらんじて見せてくれた。
バングラディッシュから出稼ぎに来ている、お医者さんに会いました。
完璧にペルシャ語を話しているようで、年収を尋ねてみたら4万ドルとのことでした。
400万円強。日本の物価では安く感じたのですが、バングラディッシュやイランでは高いサラリーなんでしょうね。フィリピンの雇われ社長は、年収300万円ほどです。すると、日本に出稼ぎに来ている人たちは、辛いながらもかなりの高収入なんですね。

それから首都のテヘランへ行きました。
テヘランへ着いたのは、木曜日でした。翌日の金曜日はイスラム教では、安息の日です。お休みです。
ホテルはバングラディッシュの人に紹介されたところで、わずか6ドルくらいで100ドルくらいの素敵な部屋でした。その後テヘランの街角でインドで一緒になった人と偶然会いました。イランでは喫茶店のようなものが見つからず、とおりで話をするのもなんなので、私の部屋に来て話していました。彼が泊まっているユースホステルのシャワーが壊れたので、シャワー借りてもいいかというので、私は貸しました。すると、ホテルの人がノックして入ってきて、苦情を言いました。
英語やフランス語で「どの言語だったら、君はわかる?」と言っています。
英語ならば少しわかる。
「ホテルの規則で、泊まっている人以外を連れてきてはいけない。」といいました。

たしかにホテルの規則はそうなんだけど、、、、
「ひょっとして、私の行動を見張っていたのかな?そして私は男を売春すると間違えられたのかな?」
と思いました。

その後、私のジーンズが砂漠などを通って10日以上洗っていなかったので、部屋で洗って屋上に干して寝ました。翌朝、屋上に行くと、私のジーンズがありません。私は荷物を減らすため、長いジーンズ一つと短パンしか持っていません。イランは短パンで足の肌を見せて歩くとつかまることはわかっています。私は短パンしかないので、外に出られません。

なくなく短パンで、1回のフロントまで行きました。フロントには、「君は刑務所に入りたいのか?」と怒られました。しかし、私のジーンズがないことにはどうしようもありません。フロントは電話をかけて、部屋に戻っていなさいといいました。私は部屋に戻りました。しばらくすると、大きな身体のおばちゃんが、ジーンズを持ってきました。なんか軽蔑するような目を向けて、何も言わずベッドのそばにおきました。

これ以上のトラブルは起こしたくないので、翌日このホテルを出て行きました。

1ヶ月くらいイランにいようと思っていたのですが、トラブルが多く言葉が通じないこの国は不吉な気がしたので、トルコへ急いで抜けていきました。

入国のときに自分の持っている外貨をすべて報告するのですが、$50をだまってもっていました。国境で、ボディチェックを受けて、ポケットに入っていた$50を見つけられました。隠して持っていることよりも、$50が取られるのが惜しくて、「返して」と訴えました。すると、最後には$50を返してくれました。

国境からアンマン、イスタンブールへ向かうバスがありました。私もそれに乗ったのですが、同乗したイラン人に驚きました。バスに乗るなり、女性はヘジャブを取りました。そしてお化粧を始めています。とてもきれいな女性がたくさんいました。そして、男性はひげ面なんですが、国境のお店で買ったビールやワインで乾杯しています。彼らと話すときれいな英語を話します。

彼らは資本主義そのままで、イスラム国家をあまり望んでいないようでした。今のイランはあまり好きではないといっていました。イラン人って、イスラム国家でも中身はわれわれと同じなんだなと思いました。イランはイスラム革命前は、ワインをたくさん作っていたんですものね。

トルコで会った日本人に聞くと、イランの親切な人と知り合って1ヶ月間、家に泊めてもらったりした人もいました。反対に、バスの中から写真をとって、スパイとして検挙された人もいたとか。

僕自身は10日間のイラン通過は怖かった。狂気を感じましたのですぐに出ました。
イラクはそのイランよりも狂気だと思います。

そのイラン滞在が短かったので、いまだに疑問に思っていることがあります。

1987年当時、イランの都市間の交通機関でバスが大活躍していたのですが、バスの会社が
No.1, No.2 ~ No.15 というようなナンバー付きの会社でした。会社の名前ってないのかな?なくなったのかな?

もう一つ、イランの通貨の単位はリアルです。しかし人々はリアルといいません。
10リアル=1トマンといういいかたをします。つまり1000リアル札を、100トマンといいます。何で?
これって、中国が元(yuan)といわず、塊(Kwai)というのと似ているかな?
3元を、サン クワイ チェン といいます。   余談でした。

つまんないフラッシュバックですみません。





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Last updated  2006.03.03 10:41:53
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Re:香田さんを私刑した犯人がつかまった(03/02)  
えのっち さん
久しぶりの旅のお話を、わくわくしながら読ませていただきました。
国内ですが一週間旅行に行ってきました。以前の旅行記にあったような体験を僕もしてきました。
人生が変わりました。
(2006.03.03 20:02:47)

Re[1]:香田さんを私刑した犯人がつかまった(03/02)  
えのっちさん
>久しぶりの旅のお話を、わくわくしながら読ませていただきました。
>国内ですが一週間旅行に行ってきました。以前の旅行記にあったような体験を僕もしてきました。
>人生が変わりました。
-----

えのっちさん、コメントをありがとうございます。

もっとうまく書けるといいんだけれど、旅行記なんて他人に読ませても脚色しないときっとおもしろくないと思います。でも書いておきたかった。当時のイランは気が狂っていたというようなことを。たぶん戦時中の日本のようだったと思います。

テヘランのアメリカ大使館跡を見に行きました。1979年に、アメリカ大使館はイランの革命政府がアメリカ人を人質にしたのですよね。近くにはいけませんが、"Down with USA"という垂れ幕がかかっていました。

えのっちさんも、よい旅行をしてよかったですね。メールで読みました。
たまに旅行して、命の洗濯をしないとネ。
(2006.03.04 00:02:12)

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