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平成10年3月9日元気な男の子誕生!
★出産直前★
そのぽんは高齢出産でした。逆子がず~っと直らず、里帰り出産で
診ていただいた市立病院の
産婦人科のエライ先生も「帝王切開」にしましょうとのこと。
手術なんてしたことないそのぽんはちょっとビビリましたがまあ、
仕方のないことです。
そしてもう一つの不安。「高齢なので心配なんですけど・・・ダウン症とか」
この質問にエライ先生は高笑い!
「おか~さん、1000人に一人だよ~~そんなことないない!
心配せずにがんばって産みましょうね!」と一蹴されたのでした。
1ヶ月前だったから、これもやっぱり仕方のないことです。
★ついにメスが!★
出産は順調。帝王切開のため2週前に手術です。オペはエライ先生の
部下の女医さん、やさしそ~~☆
そして!産声も元気や~~ん!そのぽん涙止まらず~
でもなぜか「五体満足ですか?!」とは聞けなかった。
危惧している自分が恥ずかしくて・・・
それから後のタイムテーブルはごちゃごちゃです。(やっぱり告知の動揺なのかなあ)
★告知★
まだ起き上がれない内に告知はありました。
パパと2人で小児科医から
「お子さんは見ただけではわからないかもしれませんが・・・・
(けんちんはダウンちゃん特有の顔つきではなかったのです)
様々な特徴があって、ひとつひとつだと”個性”なのですがそれが
全部組み合わさっているということは染色体異常の疑いが・・・」
「やっぱり~」と「なんで!?」がいっぺんに押し寄せてきました。
でも小児科医、執刀医、看護婦の皆様がほんと、総力(?)
をあげてそのぽんをフォローしてくれました。
出産ラッシュで満床状態だったにもかかわらず・・・
でも高笑いしたエライ先生はとうとう来なかった。
父のツテで入院したのに・・・(笑)
そのぽんも半分覚悟していたせいか
授乳できるようになったら元気になっていきました。
立ち直り早すぎ・・・
でもパパが出産後数日で仕事に戻らねばならず
大阪に帰ったのは心細かったです。
本当なら2週間かけてゆっくり名前を考えられたのに
(女と言われてたので男の名前は考えてなかった)
婦人科→小児科扱いになるので名前も急いで決めねばならないし、
やらねばならないことが山積です。
授乳室でお友達もでき、10日で退院!でもその直前に
今度は心室中核欠損と肺高血圧の告知・・・.
さらにハンデが増えるのか~~と暗澹たる気持ちでした。
その後ダウン症によくある合併症と聞き.なんとなく納得・・・
でも出産によって精神状態がいつもと違い、
実家にいても苦労しました。
それは「障害児を生んでしまった」という
ショックだけではないと思います。
けんちんは寝てばかりでミルクは起こして飲ませるありさまでしたが
笑ってくれるのでそのぽんもニコニコです。
1ヶ月検診が終ったらそのぽんもけんちんと大阪に帰ります。
パパが迎えにきて一緒に病院へ・・・
染色体検査の結果を聞いて正式に告知です。
2人で泣いてしまったのですが
小児科医は最後までフォローを忘れませんでした。
「本当ならこれからもずっとご両親と一緒に
お子さんのことをみていきたかったのですが・・・」
と言ってくださりさらに、「こういう子は面倒をみる
ことができる親御さんだからこそ生まれてくるんですよ」
という言葉です~~っと楽になりました。
看護婦さんたちもあわせてこの病院にしてよかったと心から思ったそのぽんでした。
ひどい告知のことを聞いたり、お医者様が告知のことで困ったりと
告知する人される人、
いろんな立場の人の話を耳にするけど、うちはハッピーだったよね。
★最後に笑いばなし★
入院中、病室が乾燥しててそのぽんは咳がでて困りました。
ましてオペ後は咳をするたびに
おなかの傷が飛び上がるほど痛くて眠れません。
で、咳止めと睡眠薬を看護婦さんにお願いしたら・・・
看護婦さんと先生が来て慎重に相談して、やっと薬が渡された
と思ったら飲むのを見届けるまで帰らない。
??ん??
そっかあ!悲観して自殺でもすると思ったんだろうねえ。
もらった薬ためとくって「手」があるからね。
そのぽん思わず笑ってしまった。
Everything All Right!!
大丈夫だよ~~~★★★

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