『feel』



神が近くにあることを感じ、神の光に満たされていることを感じ、神の光の暖かさを自分の内に感じ、羽のはえたように軽い自分の身体を感じる。

ただ、『feel』感じる、これが『ありのまま』(あるがまま)
ということかもしれません。

日本は古来より、神の国と言われてきました。
これは、八百万の神々がおわす国というよりも、神の存在を『feel』出来る能力を持つ国民がいる国、ということかもしれません。

神の光に満たされている時、私達は苦痛や苛立ちとは無縁なものとなっています。
ただ、暖かな光に満たされ、幸福感の中にあります。

よく『神の扉』を開く、といいますが、芸術家・天才と呼ばれる人々は皆、神の存在と神の空間を知っているもの、すぐに『feel』を呼び覚まし、神の光を受け取れるもの、なのではないかと思います。

『神の空間』…大きくて無限なるもの。
世界で注目されている日本独特の文化・芸術、磨き上げるという行為により、神の無限なる空間と同調できる能力を有するもの、なのではないかと思います。

私はそこに存在するだけで、その場の空気が変わってしまう人達を知っています。
これが『feel』を呼び覚ます者と、ただありのままに感じる者であるとすれば、日本人はそういう能力に優れていると言えると思います。

そこに存在するだけで、『神の扉』を開け放ち、無限なる神の空間を呼び寄せる者、それをただありのままに受け止める者。
良い芸術に触れると、感動します。
ただ、ありのままに受け止めることは、きっと感動『feel』の連続に違いありません。
それは、私達に更なる幸福感を約束するものでしょう。

『心の眼(まなこ)』を開く、言葉で理解しようとすると難しく解らないけれど、
ただ、ありのままに『feel』感じるだけ、感動する心があれば、その時が『心の眼』が開かれている瞬間。
だから、私達は感動を求め続けている、と思うのです。

『feel』…ただ、感じる。
美しいものを、美しいと感じる。
ただ、それだけで、もう『心の眼』は開かれているように思います。

今、あなたが感じたことを、言葉や計算式にして下さい、と言われたら、スラスラできる人は少ないでしょう?
『feel』は言葉や計算式で表すものではなく、ただ感じるものだからです。

私達は常に、感じる『feel』する能力に長けている者なのです。
この感受性こそが、未知のあなたの扉を開き、きらめく『神の世界』に通じているものなのです。

神の光を感じましょう。
神の存在を、すぐ近くに感じましょう。
私達は、すでに神に愛されています。
ただ、ありのままに、神の光を感じるだけで、心満たされ、苦しみや痛みは消え去って行きます。

神の光の前では、小さなことはもう、どうでもいいのです。

私達はもっと豊かで、大きなものなのです。
思い出しましょう。

私達は生まれながらに、神に愛され、神の祝福を受けています。
神の光を『feel』感じることで、また、神に近いところにいる大きく無限なる、輝きに満ちた自分を取り戻せるのです。


どうぞ、良い今を、お過ごし下さい。

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