2

考えてもみなかった。
確かに私達夫婦はここ半年くらいは仮面夫婦と言っていいほどだった。
私自身パパのこどもや私に対する言葉の暴力にうんざりしていた。
家族の者はもうパパに意見をいうことが出来なくなっていたのも事実だ。

でも、自分で仕事を始めてまだ3年がたっただけ。軌道にのればきっと穏やかになるはず。そう思って我慢してきたつもりだったのに・・・・

向き合って話さないようになっていた。
喧嘩になるのがいやなので話はしないようにしていた。
話は必要な連絡だけ。・・・・それがあたりまえになっていた。

彼女はチビギャング1号の同級生のお母さん。
ということは・・・・・・・・・・1号がかわいそう過ぎる。

いきどうりだけが、頭を巡る、涙も止まらない。
もう夜中なのにどうしても眠れない。ここ数日続いている。
どうしたらいいの?

でも、、こども達を守るのは、私しかいないではないか!



完全に頭にきた。
離婚だ。
実家に帰ってやる。
まずは離婚届を手に入れなくちゃ。早速役所へ書類をもらいに行く。

これでよし。後は手続き、子どものことが一番の気がかりだ。
ネットで検索。困ったときはこれが一番。

いろいろ情報を得た。
いろいろなケースがあった。
いろんな人の意見があった。
いろんな人の怒りがあった。
いろいろな人の明日があった。

でも、それ以上にいろんな人の後悔や悲しみがあった。・・・・

自分にもいけない面があったことがよくわかった。
でも心の浮気はもっと許せなかった。

なによりパパの本当の気持ちが知りたかった。

-----
気持ちの踏ん切りをつけるため、白紙の離婚届をパパに見せた。
パパはまっすぐあたしの顔を見ていた。
「そこまで思いつめさせてごめん」とも言ってくれた。
「でもこの事実も受け止める」と言っていた。

「どうしたい」と聞かれ、
「かわからない、だから白紙のまま」と答えた。

どうしてこうなってしまったか話し合った。
でも微妙に気持ちがすれ違う。

いたたまれず、飲めないお酒をがぶ飲みした。
一人でワインを半分空けっちゃった。つぶれました。



2号と3号が熱を出した。2号は元気だけど、3号はぐったりしている。
インフルエンザが大流行していたので朝一で病院へいった。

3号は予想どうり点滴をし、元気が戻らないので入院が決まった。

夕方、意識障害だと告げられた。この病院でこのまま様子を見るか、
転院するか聞かれる。(まさか脳炎!!!万が一・・・どうしよう)
鼓動が響いている。こんな時相談したくても仕事第一のパパは駆けつけることはありえない。助けたい、その一心で転院することにした。

救急車に乗って救命センターに運ばれ、CTをかける。脳にむくみがあるらしい。脳炎の可能性もあるし、低血糖症のかもしれないということだった。

集中治療室で処置を受け、ほんの少し元気になったみたい。涙がでた。

真夜中にパパ到着。仕事で1号と2号の面倒は見れないという。結局私の実家に預けることになった。

仕事、仕事、仕事。ため息しかでない。
(いったいなんのために仕事してるの?家族は二の次なんだ・・・・)

結局入院した1週間で交代したのは半日だけ、あたしは着のみ着のまま頑張るしかなかった。



退院して、家族と仕事について何気なく聞いてみた。
「仕事は自分のため」と帰ってきた。・・・・最悪!

確かに3号が生まれた頃から、家族を大切にしているようには思えなかった。
手のかかる2号3号の面倒は全くみないのだ。あたしは疲れ果てていた。
舅と姑にガァガァ言われ、パパは一切何にも協力をせず、怒ってさわぐだけ。
ちょっと言い返すと、姑は「私にたてついた」と言い、パパは「俺は家を出てこうかと思った」なんて言われた。
あまりの身勝手さに怒りを通り超えて涙が出てしまう。
(同じく仕事をし、でも家計を支えているのはあたしなのにあんまりだと思う)

家族が路頭に迷うわけにいかないから、あたしが頑張るしかないのだ。
情けない・・・・・


© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: