SUB 幸せ探しの旅

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巣立ちの手紙(父母へ 7.15)



大学卒業後、22歳で小笠原へ新卒就職、単身赴任の2年間後、
東京に戻り、本当ならば、独り立ちしたかった。
ま、その当時は、彼(元夫)が独り暮らしをしていたので、
本当にしたかったのは・・・「同棲」だったのだが~
それが許されなくても、せめて、「ひとり暮らし」をしたかった。

何故なら、小笠原時代~ 初めて、私の中では、
親子関係がいい感じだったからである。
これくらいの距離を置けば・・・私の中にあるわだかまりも消える。
そして、親も過干渉・過保護にならずに・・・
目の前に居ない子の事は、忘れてくれるのだ。

実際、笑い話であるが・・・小笠原赴任が決まり、
赴任日前日まで、母は私に「毎朝電話をかけるかも」と言い続け、
小笠原に移ってからは、月に一本程度しか電話交信は無く。
それも、私がかけたら、やっと翌月は母がかけてくるという程度・・・
ま、小笠原には3度も遊びには来てましたが・・・(*^_^*)

そして、やっと結婚・・・家を出れたものの・・・
私はあの当時は自覚無かったが・・・PDを起こし、
体を壊し・・・国内にいた10ヵ月はしばしば母が車で遊びに来てくれていた。
が、仕事もある母・・・月に一回程度。私もそれで納得満足。

元夫の転勤に伴い、韓国ソウルへ~
本当に、ほぼ音信不通になりましたね。。
親もメールを覚え・・・時折、連絡をくれたが~その程度。
ソウルへは一回だけ遊びに来ましたが、肌が合わないらしく、
二度と来たくないとまで~ 苦笑

そして、離婚・・・
貯金を崩しても、家から独立したかった。
近所の目も合ったし、実際・・・駅から余りに遠く、
夜道は暗い~ あの坂上の住宅地から通勤するのも大変だったから。
が、父の猛反対にあい・・・口では適わないので、
渋々、長期の仕事が決まるまではと・・・我慢の子。
でも、家に寄り付けずに、彷徨ってました。。。
ナビとの多重人格であることから、北海道への一人旅すら~
(本当はナビがデートしに行ったのだが)
凄い文句を言われて・・・身の置き場が無かった。

そんな私と・・・出逢ったのが今の彼~
そして、障害者であることと、彼の家庭の事情(介護問題)で、
交際自体を猛反対・・・
外泊一つで、30代の娘に・・・「親に従え」と・・・
古めかしくもおかしな話に~ そして・・・
「だから、先の結婚は失敗したのだ」とまで。。

私は、結婚はあきらめても彼と付き合う覚悟だったが・・・
体の方が素直に、帰宅時に過呼吸発作を起こしたので・・・
彼の言葉に後押しされながら~ 押しかけ女房同棲へ~

その2003年7月15日に実家に置いてきた手紙です。m(__)m

未だに、これについては、一切の返信もコメントもありませんが…

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