SUB 幸せ探しの旅

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父母への手紙2(幸せの探し方)


先の結婚は、やはり愛情に飢えていた人となら、お互いを理解し、支えあうことができるのではないかと思い、チャレンジした結果にしか過ぎません。
飢えは常に満たされることを望みます。そして、それゆえに、人は生きていけるのだと思います。

離婚を通して、私は私の深い問題点に気がつきました。
誰かにいつもおこぼれをほしがっている自分に・・・施しを求めている自分に。
愛されたい・・・愛されたい・・・目に見えないものすら愛せるような力に包まれたい。
彼(元夫)でも無理でした・・ていうか、彼には到底無理は相談だったのかもしれません。
私以上に、他力本願で、私に命がけに愛されていながら・・・満たされなかった人なんですから。それでも、10年間、彼は彼なりに頑張っても居たのですよ。最後は自分を偽ってしまい、こんな結果につながってしまったけれど。
先日、気の迷いかしら?つい、10ヶ月ぶりに実は彼に電話をしました。
元気?と取るに足らない話題でお茶を濁し・・・まだ、彼は離婚からのショックに立ち直れずに、私が居なくなればよくなると言い切っていたあのカウンセリングを受けているそうです。そして、自分の方が被害者のPTSDだとか言ってました。ま、相手にしませんでしたけど。
でも、この歪んだ形の愛情でも・・・私に拘り続けている彼は、やはり、私のことを愛そうとはしていたんですよ。道を踏み外したけど・・・私には、このこと自体が、自分の過去の清算につながった気がしました。
ま、もう二度と電話をかけるようなことはないでしょうけど。

だからこそ、離婚を機に、「幸せ」について深く深く考えました。
私の本当の心の奥底に眠っていたのは・・愛されたいより、幸せになりたいでしたから。
幸せ・・・これは人それぞれに違います。それこそ、心と同じく~
同じものを見ても感じ方、見方が違うように
同じものを食べても、おいしさが違うように、
同じことをしても、心に得るものが違うように、
私の幸せは私だけが感じ取れるもの・・・ほかの誰かが考えたり、感じ取れるものでもなく、また与えられるものでも、与えてあげられるものでもない。
私はあれから幸せ探しの旅を続けてます~
拙くても、外から見ては危なっかしくても・・・自分の手足で歩き、掴めるものを
今常々思います。こうやって、働けて、毎朝通勤ラッシュの電車の中から朝日を見て、線路脇に咲いているアジサイを見て・・・
街いく人の顔を見て、ふざけあう子供たちを見て、
私もこうやって生きている!幸せだなぁ~と。
だから、私は大丈夫です。もう迷ったりしません。
愛の施しを求めたりしません。それよりも、こんなに世界を愛せている自分を感じ、凄く豊かな自分が居ます。
幸せの探し方、きちんと自分で見つけましたから~



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