すい工房 -ブログー

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小説「クチナシの庭」 (13ページ目)35~37

 ふらりとよろけて、近くの壁に背を預けてどうにか立っていた。

 鼓動が高鳴っている。

 ……知らない。
 そんな話、私は知らない。

 そのあとも、圭介の話は続いた。
 寝ぼけ眼の私は圭介に気づくと、その顔をぼんやりと眺めていた。
 しだいに意識がはっきりしてくると、今度は静かに目を見開いていく。
 圭介が違和感を感じたときには、私はかみきり声をあげていた。
 内容も意味もない。
 ただ、悲鳴を、叫びを、奇声を上げた。

 驚いた圭介が宥めようとしたけれど、伸ばされた手をふり払って、私は震えながら自分の体を抱きしめた。
 それを見て、圭介はぎくりと身が凍えた。
 自分の身を抱きしめるなどの、やさしいものではなかった。
 両肩を抱く手で、自分の体に爪を立てていたのだから。
 血のにじみに気づいて、やめさせようと手をつかむと、思いもよらぬ力でふり払われた。

 声をあげ続けながら、肩だけでなく、顔や腕、頭をかきむしる。
 自傷する私を、圭介は何度も止めようとした。
 が、手をつかんでも上手く制することができなくて、最後には力任せに抱きしめて動きを封じた。

 私は圭介に抵抗しながら、声をあげ続け、さらには圭介にも傷を負わせた。

 私の奇声に気づいた祖父母が、庭で圭介と私の異様な情景を見て、一瞬、動きを止めた。
 状況が理解できず、立ち尽くす祖父母に気づいた圭介が、助けを求めて叫んだ。

「リツが!」

 そこで祖父母は、尋常でない私の状態に気づいたという。
 祖父母、二人がかりで私を押さえ込み、どうにか体の動きを抑えたが、それでもなお、私は四肢をばたつかせ、体全体で抵抗しつづけていた。

 私を探しに出ていた両親が戻ってきたのは、幸いにもその数分後だった。
 母は蒼白となって立ち尽くし、父は祖父母に加わって、体の動きを封じた。
 そうしてさらに数分、抵抗していたけれど、やがて力は弱まり、険しい表情の中に疲労の色を見せ始め――。
 やがて体の動きが止まると同時に、眠ってしまったのだという。

 状況がつかめない両親と祖父母は、圭介にことの成り行きを教えるよう迫った。
 おどすまでもなく、圭介はありのままを話した。
 話を聞いても、両親も祖父母も、わけがわからないといった表情で顔をしかめたが、圭介がウソを言っていないとわかる。

 圭介の年からしても性格からしても、ウソなどつけないとわかっているから。
 やがて両親も祖父母も、いくらか気が落ち着いてくると、圭介に礼を言った。
 そうして含ませるように、このことを誰にも言わないようにと告げた。

 圭介は、固い表情のまま、うなづいた。

「話すつもりなんて……なかった。子供心にもさ、わかってた。『これは誰にも話しちゃ駄目だ』って」

 得体の知れない事態が起きて、それが体が凍えるほど恐ろしかったのだと、圭介はいう。

 私の両親と祖父母は、できるならこの事態を誰にも話さずにおきたかった。
 ただ、圭介が私の体を抑えるさい、体に傷を負ってしまったから、圭介の両親にはことの成り行きを説明せざるをえなかった。

 さいわい、圭介の怪我はひっかき傷程度だったから、圭介の両親は咎めもせず、逆に私の身を案じてくれた。

「……なにが……あったんだ? ……いえないなら、いいから」

 聞きにくそうに、橋川が伺いをたてる。
 圭介はため息をおとした。

「……わからない」
「わからない?」
「リツには、そのへんの記憶がない」

 部屋に運ばれ、眠っていた私は、目を覚ますと、普段どおりの様相だった。
 ひとよりワンテンポ遅れた行動をとる、のんびりとした立川律子。

 家族はきつねにつままれた心地だった。
 慎重に、注意深く、私の反応をうかがいながら、その日どこに行って何があったのか聞いても、特に変わったところはない。
 ……記憶がとぎれているという点をのぞいては。

 白い花の咲きほこる庭で、着物をきた女の子を見ていると、赤い風船が顔の近くに落ちてきて、パン、と割れた。その時、目を閉じて、気づくと家に帰っていたのだと、私は答える。

 記憶がないことを、少し変だと思うだけで、とりたて変わった様子はない。
 そんな私を家族は、表には出さなかったけど心配していた。

 結局、何も思い出せないまま、今日に至っている。

「言っとくけど、へんなことはなかったから。……考えただろ? 顔に出てる」

 おそらく橋川に言ったのだろうけれど、私自身のことを言い当てられたようで、体の底が冷えた。

「……何も言ってないだろ」
「疑った顔してたって。……いま考えると、可能性としてはまっさきにイタズラ関係を疑うよ。あんだけ取り乱すんだ。尋常でないこがあったんだと考えたら、それが一番可能性高い。けど。それに関しちゃ、病院で調べたから確かだって」
「……そんなことまで、圭介に話したのか、立川の親」
「俺にじゃない。母親に。それが一番心配だったんだろ。それらしい痕跡がまるで見当たらないとわかると、よっぽど安心したのか、泣いてたし」

 ――ありがとう。こんなこと、誰にも話せないと思っていたけど……。話を聞いてくれるひとがいてよかった。

 しぶしぶながら圭介の両親に、ことの成り行きを話したけれど、結果から言えば、話せる人がいてよかったと、お母さんは言ったという。

「一番の気がかりは……なくした記憶の部分なんだ」

 いつ思い出すかわからない。
 もしその記憶の内容が、奇声をあげ、暴れたことに起因するものだったら……。
 不意に思い出し、おなじ状況に陥るのを、圭介も私の家族も恐れていた。

 余計な刺激を与えぬよう、それだけを注意していた。

「庭に関してリツが聴きまわってるけど、正直、それもとめたい。
 ま、そんなことしたら、変な疑いもって悪いほうに転がりかねないから、知らぬ、存ぜぬでとおしてるけど」
「……知ってるのか? その庭の在り処(ありか)」
「いや。それはマジで知らない。知らないからと言って、一緒に探そうとも思わないけど」
「そう」

 橋川が、1つ息をついた。

「……そんな事情だからさ、変に刺激しないでくれよ」
「……俺が? 立川を?」

 心外だといわんばかりの、橋川の声に「とぼけんのもいい加減にしろよ」と少し圭介の語気が強くなった。

「リツ見てればわかる。
 文化祭のあの日……最終日に、リツ、視聴覚室に放心状態で座り込んでた。
 それ見たとき……寒気がした。
 記憶をなくした直後と、同じ顔してたから。
 それからだ。
 リツがあからさまにハシを避けてるのは。
 ……ハシを見た瞬間、体を、顔を強張らせてな」

 橋川は何も言わなかった。
 二人の姿が見えないから、どんな表情をしているのか、見えない。

「で? なんでリツを嫌ってるんだ?」

 橋川は何も言わなかった。
 圭介は返事を待っていたけれど、いらだった声でまた問いかけた。

「話すって言ったろ。だからリツのこと、話したんだ」

 やがて橋川は、あきらめの息を吐いた。

「お前さ、ほんとに立川のこと、何とも思ってないわけ? 異性として、さ」
「何度も言ってるだろ。友人として気にかけるだけだよ。
 ……ハシも、あれを見たらわかるよ。あんなの、二度と見たくない」

 苦くつぶやく圭介に、橋川は「わるかった」と告げた。

「確認しておきたくてな。
 ……お前が無理に聞き出したんだから、怒るなよ。
 理由なんてないよ。
 生理的に受け付けないだけ」

「ハシ……!」

 足音が聞こえて、私は慌てて隣のクラスに逃げこんだ。
 幸い、誰もいなくて、ドアの側に座り込むと、声が出ないように口を両手で押さえた。

「心配すんな。関わりたくないのは俺も同じだから」

 声がして、橋川が一人、教室を出て行くのが見えた。
 一人、教室に取り残された圭介が、何かを激しく蹴る音が聞こえた。
 音からして……多分、机と椅子。

 圭介もしばらくすると、教室から出て、部活へと向かった。

 私は……その場から立ち上がることができなくて、自分の体を抱きしめて、長い間、座り込んでいた。



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