いつも通りで時々異常。

三章。


闇が視覚を奪い、静寂によって聴覚が研ぎ澄まされる。しかし、いくら聞き耳を欹てても聞こえるものなどは無く、あるのはやはり静寂。
まるで音を失ったかと思うほどの錯覚を覚える。


街の中心から少し離れた場所に商店街がある。
数年前駅前に出来た安さと便利さをウリにした大型スーパーに客を獲られたせいか、かつての賑わいは嘘であったかのように消え失せてしまい、百以上あった商店もいつの間にか半分以下になり、昔からある地域密着型の魚屋や八百屋といった店しか開いてない。
消滅への道を止まることなく人知れずゆっくりと歩んでいる。
そんな商店街のちょうど中程で昼間校庭にいた『魔』を見付けた。



「あっちゃー、喰っちゃってるよ」
うごめく黒々としたモノが口の中から、咀嚼のリズムと共に「バリ」だとか「ゴキ」だとかっていう不気味な音を出している。
「どうやら喰われてるのはこの店の店主のようですね」
アスハがほら、と言って指差す先に、今しがた『魔』の口から落ちた服(だったもの)の山の中にあるシャツ(らしきもの)に「藤宮タバコ」と大きくロゴが入っているのが見えた。
そして俺達が立っている傍の店にある、大きくひしゃげ、その機能を失ってしまったシャッターにも同じようなロゴが描いてある。
ちなみに隣に立っているアスハは今は眼鏡をかけていない。それにどのサポーターも着ている大袈裟な金色のボタンの付いたマントの様な白い服を制服の上から羽織っている。そして腕に抱えているのは大きな分厚い本。

アスハ達サポーターとは文字通り討滅師のサポートが仕事で、周囲の被害を抑える為の結界を張るといった守備的なものから、治癒・治療以外の、魔法を使った攻撃的なものまで様々なことを行う。
言わば「何でも屋さん」なのだが、前にアスハにそう言ったら、今手に持っている六法全書顔負けの分厚い本で頭を撲られた。
しかも角で。

…で、その本(俺を撲った本)というのは、サポーターが使う魔法が記されているものだ。
記されているからといって全ての魔法が使えるわけじゃない。
アスハによるとサポーターにもランクがあって、そのランクが上がるにつれ次のレベルの魔法についてのページをめくれるようになるらしい。
そういえば、さっきの撲殺未遂事件より少し前に「最後の方のページにはどんなのが書いてあるんだ?」と聞いたら、平然と澄ました顔で「討滅師を消せる呪文が書いてあります」とか言ってきた。その後暫くの沈黙の後「冗談ですよ」と言ってうっすら笑いやがったのを今思い出した。

はあ…。

そんなことはさておき、
「この被害状況は悲惨だよなあ」
「そうですね。でもいつものようにうまい具合に協会が処理してくれるでしょう」
「また事故とかになるのか」
「そうでしょうね」
『魔』による被害を被った人、そして関係した人は、協会によってその時の記憶を全て消され、別の記憶が入れられる。事故にあった、とか病気になった、とか。
まぁベタだよな。
「にしてもこの『魔』はタバコに恨みでもあるのか?」
「さあ…解りませんけど、きっと何かしら嫌なことでもあったんでしょうね」
はあ…昼には元気に走り回ってたのに夜になるとコレだもんな。全く嫌になるぜ。
っていうか俺最近溜め息多いよな…。



さてと。
「そんじゃ始めよか」
タバコ屋の主人を食べ終わり、次なる獲物を探している『魔』を前にして、背中に挿していた大きな剣を抜きながらアスハに促した。
「はい」
短く返事が返ってくる。
無属性を基本とする、「無・銀・火・水・氷・雷・地・木」の九つの属性とそれに応じた形に変化することからその名前がつき、剣端が長くなっていて持つことのできる場所の少ない両刃の大剣、ナインナイツを剣道でいうところの下段に構えた。
そのままゆっくりと後ろへ回して、叫ぶ。
「属性『無』から『銀』へ移行。第二次レベルで結界生成!」
そう言うと同時にナインナイツが今までの形から、細く美しいフォルムの身の丈以上もある銀色に輝く長剣へと姿を変え、アスハがひらいた例の本から徐々に、それでいて素早く光りが広がり周囲2kmが薄紅色の結界にすっぽりと包まれる。
「相変わらず見事な結界だな」
「当たり前です。これぐらいしないとあなたには足りませんから」
はっ、言ってくれるじゃねえか。
「それじゃあ…いくぜ!」
銀色に輝く長剣はその声を吸収し、風を、そして爆発的なスピードを生み出す。
それを利用して『魔』の頭上まで一気に跳び上がり、重力に任せてナインナイツを振り下ろす。
『魔』もその意図に気付き避けようとしたが、その速さに勝つことはできず避けきる事は出来ない。
調度右肩の部分から縦に裂け、そこから弾けるように血の様に真っ赤な液体が流れ出だす。
それにより刀身が朱に染まる。
着地と同時に身体をひねり、図太い脚に斬り込む。
噴き出す赤い液体は黒の学生服に大きな染みをつくる。
人間の血に酷似した『魔』の体液。
赤く流れるソレは嫌でも人間の血液を連想させる。
ちっ、毎度のことながら討滅りにくいぜ。
「アスハ!あとどのくらいで終わればいい?」
どうにか逃げようとして商店街を駆ける『魔』の苦し紛れに放ってくる、口から出る光線状の攻撃を紙一重でかわし、その動きをすぐにカウンターへと変えながら、結界に力を注いでいるアスハに尋ねる。
「あと…2分ですね。それまででお願いします」
「2分もかかるか、よっ!」また頭上へと跳び上がり、今度こそ頭に当てられると思ったその時、何処からか俺目掛けて一本の光りのすじが、九つの属性の中で最速を誇る銀属性のナインナイツを遥かに凌駕する速さで一直線に飛んできた。
「うおっ!」
距離が短すぎて避けられないことに気付いてどうにか受け流そうとするも構えたナインナイツに直撃し、そのまま大きく吹き飛ばされる。
「ってえ…一体全体何なんだ!?」
痛みと共に起き上がり、周りを見渡すが光りが飛んできた方向はおろか、周囲には誰もいなあ。
加えてさっきまで目の前にいた、この手で深手を与えたはずの『魔』もいない。
「逃げられましたね」
そう言ってこっちまで来たアスハは座り込んでいる俺に手を差し出してくれたが、俺はその手を掴まずに立ち上がる。
「…拾っときましたよ」
「さんきゅ」
持ち主から離れたので元の無属性の大剣の姿に戻っているナインナイツを受け取って、背中の鞘へと納めるも、高ぶった気持ちはおさまらない。
「さっきの、何だか解るか?」
「はっきりとは解りませんが誰かが放った魔法かと…」
「魔法、か…そうだろうな」
「凄い威力でしたね」
「はは、吹っ飛びすぎだよな。そしてその魔法を放った誰かがさっきの『魔』を消したってわけか」
「考えがたいですが、きっとそうでしょう」
いったい誰が…と独り言の様に呟いて、ふと我に返る。
「ああ!!」
「どうかしました?」
「うっわー…その誰か…えっと…Aにしよう。そのAの所意で報告書どう書きゃいいんだよ…」
「有りのままを書きましょう」
「書けると思うか?魔法を使うことの出来る何者かの介入により魔を逃しました。とか。しかも人を喰うレベルのだぞ!?」
「それはいけませんね」
「いけませんね。じゃねえだろ!だいたいサポート用とはいえ魔法が使えるお前が何で気付かないんだよ!サポーターとしておかしぐふぇっ」
またしても本(の角)で撲られた俺は情けない声と共に地に崩れた。
薄れゆく意識の中、「あ、すみません」と言うアスハの声が聞こえたような気がした。



その後俺は、当事者であるアスハの呼んだ医務班のベッドの上で目が覚めた。
まだ頭に鈍い痛みが残っている。
「あのおー。頭、傷、ふさいどき、ましたから。昨日、といい、今日、といい、大変ですねえ。」
起き上がった俺に、おずおずしてるのか、それともこういうゆっくりとした喋り方なのかそう声をかけた、ツインテールの白衣の女性、というより女の子はどこかで見たことあると思ったら、昨日腕の傷を縫ってくれた人だった。
うーん、俺より年下じゃないか?
お礼と謝罪の言葉を述べ、医務班室を出ようとすると、彼女に後ろから呼び止められた。
「あのう…、サポーターの方、心配して、いらっしゃい、ましたよ?なんでも、『魔』に、撲られた、とかって…」
そこまで聞いて俺はまた意識が遠退いていくのが解ったが、その理由は純粋に頭が痛かったのかどうかは定かでは―――ない。

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