蘇芳色(SUOUIRO)~耽美な時間~

「マグルの恋」

ある満月の夜。YUMAは家路についていた。
「今日は最低の日だわ、会社をクビになるなんて。不況だからってなにも若い女の子を一番にリストラすることないじゃない。きっと私に家族や親戚がいないから、辞めさせ易かったんだわ。社宅に住んでいるっていうのに、明日から一体どこに行けばいいのよ」
 怒りながら歩いていると、木々がうっそうと生い茂る公園のそばを通りかかった。
「この公園、緑が多いから昼間はいい所なんだけど、夜通るとなんだか気味が悪いわ」
 その時、近くの植え込みが揺れた。
「な、なに!?」
 藪の中に黄色い眼が二つ光っている。YUMAは足がすくんだ。
葉ずれの音とともに、黄色い眼の主があらわれた。
「い、犬?いや犬じゃない。ま、まさか・・・お、狼?」
 灰色の毛をした犬よりも大きな物体は、唸り声を上げながら近づいて来た。
「う、嘘でしょ?」
 YUMAは駆け出した。灰色の狼も追ってくる。
「なんでこんな所に狼がいるのよ。」
 足がもつれて倒れた。後ろの足音がピタリと止まった。振り返ると、灰色狼は低い姿勢で今にも飛びかかってきそうだった。
「あ・・・あ・・・」恐怖の余り声が出ない。
 灰色狼が跳躍した。YUMAは座り込んだまま、後ずさりした。
 狼の牙がYUMAの喉元にとどこうとした時、急に体が軽くなった。どんどん下のほうに落ちていっているようだ。狼の毛の感触を感じながら、YUMAは気を失った。

「まったく、君はどうかしているよ、リーマス。薬も飲まずにマグル界で満月の夜をむかえるなんて。マグルを噛んでしまったらどうするつもりだったんだ?われわれ魔法族の存在がわかってしまうだけでなく、マグルとの関係が最悪の状態になってしまうではないか。二人とも、運良く公園にある秘密穴から魔法界に落ちてきたから良かったものの・・・。」
「すまない、セブルス。弁解はしないよ」

 YUMAは白いシーツのベッドに横たわっていた。枕もとに二人の男が立って話をしていた。一人はボロボロのローブを身にまとっている。顔は若いが、鳶色の髪には白髪が混じっている。困ったようにほほえんでYUMAの方を見た。
「あ、気がついたかい?どこか痛いところはないかな」
心配そうにYUMAの顔を覗き込んだ。
「あの、ここは・・・どこですか。狼は?」
「狼はもういないよ。彼、セブルスが追っ払ってくれたんだ」
「彼?」
 YUMAがリーマスの後ろに立っている男に眼を向けた。セブルスと呼ばれたその男は、ねっとりとした黒髪を肩までのばし、鉤鼻で土気色の顔をしていた。リーマスの肩越しにYUMAに向けた瞳は、闇夜のように暗く、いつまでも続くような孤独感を漂わせていた。
(なんて瞳なの。見る者を深い孤独の淵に誘い込むような・・・)
「なにを見ている。狼はもう君の前には現れん。」
「えっ?ああ、よかった」
 ホッとしたためかYUMAは軽いめまいを感じた。
「大丈夫かい?今夜はここでゆっくり休んでいくといい。」
 リーマスはやさしくYUMAの頭にふれると、セブルスに目配せをした。
 セブルスはなにか言いたげだったが、リーマスに促され出て行った。

「確かにあのセブルスという人は、マグルとか魔法界とか言っていたわ。どういうことなんだろう?マグルって何?魔法界って、ここのこと?まさか・・・」
 めまいが頭痛に変わり始めたとき、部屋に一人の老人が入って来た。
長くのばした銀色のひげに、半月型の眼鏡をかけている。
「おお、お前さんが落ちてきた娘さんか。どうじゃ、具合の方は?」
「はい、少し頭痛がしますが、大丈夫です。あの、ここは一体どこなんですか」
「スネイプ先生とルーピン先生は、何も言わなかったのかな」
「スネ・・・先生?ルーピ・・・ン?」
「先ほどここにいたじゃろう?鳶色の髪のほうが、リーマス・ルーピン先生。黒髪のほうがセブルス・スネイプ先生じゃ」
(あの人、セブルス・スネイプって名前なんだ)
「ここは魔法使いのための全寮制の魔法学校なんじゃよ。」
「ま、魔法学校・・・?」
「おどろいたかの・・・。わしはここの校長のダンブルドアじゃ。お前さんのような普通の人間を、われわれ魔法族は<マグル>と呼んでおる。お前さんが落ちたのは、マグルの住むところと魔法界とを繋いでいるトンネルのようなものだったんじゃ」
「魔法使いって、あの、ほうきにまたがって空を飛んだり、呪文をとなえて杖を振ると、蛙が石になったりする、あの魔法使いのことですか?」
「ふぉっふぉっふぉっ。マグルもよく知っておるの。そうそうその魔法使いじゃ。ただ魔法族に生まれても、すぐに魔法を使えるようになるわけではないぞ。マグルも学校に行って勉強をするじゃろ?それと一緒で、魔法族もここ、ホグワーツ魔法魔術学校のような学校で、魔法の勉強をして、一人前の魔法使いになるのじゃよ」
 ダンブルドアの話を聞いていたYUMAの瞳が輝いた。
「あの、ここにおいてくれませんか?なんでもします、掃除でも本の整理でも。お願いです、ここで働かせてください」
「困ったのう。掃除も本の整理もな・・・間に合っているんじゃよ」
「私行く所がないんです。心配する家族もいません。お願いします」
 ダンブルドアはしばらく困ったように考え込んでいたが、ポンと手を打って言った。
「よかろう、ここに居るが良い。病弱なルーピン先生の助手をしてもらうことにしようかの」
「はい、なんでもします。ありがとうございます」
明日からしなければならない職探しが、もう済んでしまったことにYUMAは安堵した。そしてここは、少しおもしろそうだと思った。
「さ、少し休むと良い。ルーピン先生や他の先生方には、わしから言っておくことにするからの。ほっほっほっ」
ダンブルドアはおもしろそうに笑いながら、部屋を出て行った。
YUMAは安心すると急に睡魔に襲われ、深い眠りに落ちていった。

 よく朝、YUMAは足音で目が醒めた。校医のマダム・ポンフリーだった。
「あ、目が醒めましたか?ええと・・・
「YUMAといいます」
「YUMAさん、どう、気分は?」
「はい。大丈夫です」
「そう、じゃ、さっそくだけれどルーピン先生を呼んで来ますね。今日からあなたは助手として彼のお手伝いをするんですから。でもダンブルドア先生は、よくもまあマグルをこの学校の助手にしたこと。大丈夫なのかしら」
マダム・ポンフリーはぶつぶつ言いながら、出て行った、

 しばらくしてルーピンが医務室に入って来た。
「おはよう。YUMAさんというんだってね。今日からわたしのアシスタントになってくれるって、ダンブルドア先生から聞いたよ、よろしく。わたしの授業は、闇の魔術に対する防衛術といってね、実技が多いから用意するものがけっこうあるんだ。アシスタントがいると助かるよ。魔法動物の類は危険なものもいるけれど、まあ、スネイプ先生の魔法薬の授業に使う材料に比べると安全なほうかな」
ルーピンはウインクして笑った。YUMAもつられて笑ってしまった。
(昨日も思ったけど、このルーピン先生ってとてもやさしい人みたい。この人の助手なら楽しく仕事が出来そうだわ。それに比べてあのスネイプ先生とか言う人、あの人は冷たそうな人だったわ。あの人の助手になるんだったら大変だったかもしれない。セブルス・スネイプ・・・・)
「あ、でも君はマグルだから魔法動物なんて見たことも触ったこともないんだよね。」
「ええ、でも大丈夫です。動物は好きですから」
「ん~、マグル界の動物と魔法界の動物は多少違うんだけど、まあいいか。君が手伝ってくれているときには、必ず私がそばにいることにするから。さあ、もうすぐ授業が始まる。君、朝食はまだだろう?一緒に行こうか」
 ルーピンは包み込むような笑顔でYUMAを見た。

闇の魔術に対する防衛術の授業は、マグルであるYUMAの眼から見ても、とても興味深いものだった。それはルーピンの人間性に負うところが多かった。ルーピンは生徒たちを信頼し、生徒たちもまたルーピンを信頼し尊敬していた。
 授業が終わり、YUMAはルーピンとともに彼の部屋に帰ろうと、廊下を歩いていた。
前方から魔法薬の教授、セブルス・スネイプが黒いローブを翻し、大股で近づいてきた。
「ルーピン、君はいつからマグルの上司になったんだ。マグルが魔法界で暮らしているなんて、とても正気の沙汰とは思えん」
 ルーピンは眉をひそめた。
「彼女は行く所が無いんだよ。彼女がここへ来てしまったのは私のせいだ。だから私はこの魔法界で彼女を守ろうと思っている」
 セブルスは悪意に満ちた瞳でYUMAを睨んだ。
「こんなマグルの小娘を守る意義がどこにあるというんだ。君は魔法使いとしても半端だと思っていたが、それだけじゃない。教師としても半端だよ。こんな小娘を守る暇があったら、もう少しましな防衛術を生徒に教えるべきじゃないかね。このままだとまね妖怪程度の魔法動物でも太刀打ちできない生徒ばかりになってしまうのではないかと思うが」
「あの、門外漢の私が言うのも変ですが、ルーピン先生は素晴らしい先生です。生徒を信頼して、実に楽しい授業をされています。ルーピン先生がおっしゃっていることを、生徒たちはよく理解しています。きっとルーピン先生の授業は、生徒たちの血や肉になっているのじゃないでしょうか」
 YUMAはスネイプの眼をまっすぐ見て反論した。スネイプの顔に怒りが満ちてくるのが手にとるようにわかった。
「ルーピン、今度の満月に脱狼剤を飲むのを忘れないことだ。忘れるとホグワーツに人狼のカップルが誕生することになってしまうからな」
いまいましげに言い捨てると地下牢教室へと消えていった。

「ルーピン先生、人狼のカップルって・・・」
「ああ、部屋でお茶でも飲みながら話をしようか」
廊下や階段をいくつか歩き、ルーピンの部屋にたどりついた。その間、ルーピンは一言も話さなかった。
部屋につくとルーピンは、おいてあるやかんを杖で叩いた。たちまちやかんから湯気が立ち上ってきた。慣れた手つきでティー・バッグの紅茶を入れ、YUMAに勧めた。
「すまない、君を恐がらせてしまったかな。実は君が公園で見かけた狼は、わたしなんだよ」
 紅茶を一口飲んで、ルーピンはこう告げた。ひどく疲れているような表情だった。
「マグルである君に、告げるのは酷かも知れないが、事実だ。わたしは満月の夜に、月の光を浴びると狼になってしまう狼人間なんだよ。幼い頃に人狼に噛まれてしまってね。私の両親が、あらゆる手を尽くして元に戻る方法を探したが、だめだった。今ではよく効く脱狼薬が開発されているけれど、当時はそんなものはなかった。」
「あの、脱狼薬って・・・。昨夜はその薬を飲んでいなかったということですか」
「ああ、すまない。脱狼薬を調合できる魔法使いは、余り多くないんだよ。ここホグワーツではスネイプ先生だけなんだ。昨日は彼が調合してくれた脱狼薬が届くのが遅れて・・・」
「それで狼になってしまって、私と出会ったってわけですか」
「ああ。君がこんな狼人間の助手なんて嫌だと思うのなら、わたしからダンブルドア先生に話をするよ。他の先生の助手に変えてもらうといい」
 ルーピンはかすかにほほえんでYUMAを見つめたが、すぐ眼をそらせた。
「いいえ、かえてもらわなくてもけっこうです。闇の魔術に対する防衛術の授業はおもしろいし、ルーピン先生はやさしい方だから、このまま先生の助手をさせて下さい」
 YUMAがそう答えると、ルーピンは驚いたようにYUMAの顔を見た。
「狼人間だと知った上で、君がそう言うとは思わなかった。しかし、うれしいよ。ありがとう」
「いいえ。私のほうこそよろしくお願いします」

 それから一ヶ月が過ぎた。YUMAは見慣れないゴースト達や魔法動物たちに翻弄されながらも、楽しい時間を過ごしていた。生徒たちは愉快だった。特に双子のフレッドとジョージは無類の悪戯好きだった。ハリー・ポッターもマグル界での生活が長かったため、YUMAとマグルの話で盛り上がった。ルーピンはいつもやさしかった。他の先生たちもYUMAに親切にしてくれた。ただ一人を除いて。
「あのスネイプ先生だけは、私に辛くあたるのよね。そんなにマグルが嫌いなのかしら。それとも私個人が嫌なのかな」
 YUMAがボンヤリと考えながら歩いていると、廊下の角を曲がったところで人にぶつかった。
「あっ」
 黒いローブを身にまとったスネイプがが目の前にいた。
「!!何をしている。だから嫌なんだ、マグルの小娘は」
「マグルの小娘なんて言わないで下さい。ちゃんと名前があるんですから」
スネイプは唇をめくり上げながら言った。
「ほう、一人前の口をきくじゃないか」
「スネイプ先生がひどい言い方をされるから、あっイタッ」
 YUMAは急に足に激痛を感じてしゃがみこんだ。
「どうした。」
 スネイプがYUMAの右足に目を向けた。
「これは・・・」
 さっきスネイプとぶつかった時に、彼が持っていた魔法薬が瓶からこぼれていたらしい。
YUMAの右ひざから下に、点々と薬がついていた。
「こういうことがあるから、マグルの小娘をホグワーツで働かせるのは嫌だったんだ。余計な時間をとられる。これは脱狼薬だ。マグルにとって毒のようなものなのだ。来い、私の部屋に解毒剤がある」
 スネイプはいまいましげに舌打ちすると、YUMAを抱き上げた。

 YUMAはホグワーツに来て、初めてスネイプを間近で見た。土気色の顔に黒髪がかかり、寂しげな陰影を作りだしている。その陰影に続く鼻は高く、美しい曲線を薄い唇に繋げていた。黒い瞳には冷たい光が宿っている。何もかも拒否しているような瞳の色だった。
「スネイプ先生・・・」
「なんだ、足が痛いのか」
「あ、いえ、は、はい」
「どっちなのだ。全くマグルの言うことは理解できん」
 YUMAは密かに薬品の匂いがするローブに頬をつけ、眼を閉じた。

 地下にあるスネイプの研究室に入ると、ひんやりとした空気に包まれた。
「ここに座っていろ」
 乱暴にYUMAをソファに置き、スネイプは奥の薬品庫へと消えていった。
「ここがスネイプ先生の部屋・・・。ルーピン先生の部屋とずいぶん雰囲気が違うのね。石の壁に囲まれていて、なんだか全てを拒否されているような・・・」
しばらくしてスネイプは、赤い液体が入っているガラス瓶をつかんで来た。
「足を出せ」
 YUMAがヒリヒリと痺れている右足を差し出すと、スネイプはガラス瓶のふたを開けた。強いアルコール臭があたりに立ち込めた。
 脱狼薬がついたYUMAの足は皮膚が爛れ、血が滲んでいる。
その血をスネイプはじっと見つめていた。そして吸い寄せられるように唇を寄せた。
「ス、スネイプ先生?」
「セブルス!?一体何をしているんだ?」
その声にYUMAが顔をあげると、研究室のドアの前にルーピンが立っていた。
「YUMAが怪我をして、セブルスの部屋で介抱してもらっていると聞いて来たんだが」
薄い唇を赤く染めたスネイプは、乱れた前髪をかきあげながら口をゆがめて笑った。
「とんだところを見られてしまったな、リーマス」
「君はYUMAのことを・・・」
「冗談じゃない。そんな意味でしたのではない」
「それならば、もしやとは思うが、まさか君は・・・バンパイヤ・・・なのでは?セブルス」
スネイプの表情が硬くなった。
「・・・ああ、そうだ。しかし完璧なバンパイヤではない。バンパイヤの母とマグルの父を両親に持つ、ハーフなのだ。だから太陽の光がそれほど恐くない。血がなくても生きていける。どうしても血が欲しくなったら、自分で調合するのだ、バンパイヤ封じの薬を。しかしクィレルのにんにくの臭いには閉口したがね。」
「そんな・・・」
顔色を変えたYUMAの方を向いてスネイプが言った。
「大丈夫だ。今お前の足の血を吸おうとしたが、あれくらいでお前がバンパイヤになることはない。」
「君は今までホグワーツの教師として暮らしていて、生徒への吸血の誘惑に襲われたことはないのかい?」
「ああ、我輩は魔法族の血は好まん。唯一誘惑に抗えないのは、マグルの女の血だ」
「だからスネイプ先生は、私をあんなに嫌っていたのですね」
「そうだ。マグルの女と、こんなに長期間同じ場所で暮らすことはなかったからな。バンパイヤ封じの薬を飲んでも、吸血の誘惑に勝てるかどうかわからなかった」
「セブルス・・・。私は君にひどいことをしたのかもしれない」
「まったく君は、学生時代から我輩を苦しませることを必修科目にしているようだな」
「すまない」
 スネイプは思い出したように、手にもったガラス瓶に目を向けた。
「早く治療しなければ」
 そう言うとガーゼに赤い液体を染み込ませ、YUMAの足に塗った。

 その夜YUMAは、生徒たちの食事が終わった後の大広間に来るよう、ダンブルドアに呼ばれた。
 YUMAが大広間に入っていくと、燭台の上のろうそくがかすかに揺らめいていた。ダンブルドアは、後ろを向いて立っている。YUMAが入っていくと、こちらに顔を向けた。
「YUMAか。今日は大変だったそうじゃな。足の怪我は大丈夫かの?」
「はい、スネイプ先生が治療してくださったおかげで、もう痛みません」
YUMAは、スネイプが巻いてくれた白い包帯に眼をすべらせながら答えた。
「そうか。足の方は治療したが、心の方はまだじゃろう。ルーピン先生は狼人間でスネイプ先生はバンパイヤだったという事実に、マグルであるお前さんのショックは大きいのではないだろうかのぅ」
「ええ・・・。まだ信じられません」
「そうじゃろう。わしがお前さんをルーピン先生の助手にしたのは、訳があるのじゃ。スネイプ先生とルーピン先生は、学生時代に行き違いがあってな。スネイプ先生はいまだにその時のしこりが残っているようなんじゃ。だから魔法族とは全く別の世界から来たお前さんが、彼らの潤滑油になってくれればと思ったんじゃが。その結果、お前さんを傷つけてしまった」
「いいえ、あの・・・」
「申し訳ないが、もうこれ以上お前さんに、ここに居てもらうことは出来なくなった」
「えっ」
「お前さんがこれ以上ここにいれば、もっと傷つき危険に晒されるだろう。そしてスネイプ先生も苦しまなければならないのじゃ」
「スネイプ先生が苦しむ・・・」 
 YUMAはスネイプの苦しげな表情を思い浮かべた。
「お前さんをマグルの世界に戻すにあたって、ここでの記憶をなくしてもらわなくてはならない」
「忘却術によってですか?」
「そうじゃ。心配には及ばん。マグル界に戻った後、充分暮らしていける様、配慮するつもりじゃよ」
「そんなことはいいんですが・・・。ここでの記憶がなくなるということは、スネイプ先生のことも全部忘れてしまうということですか?」
「ああ、そうじゃ。お前さんがスネイプ先生を慕っているのはわかっておった。ただその気持ちを全うさせてやることはできないのじゃよ。お互いが苦しむだけじゃ」
 YUMAは青ざめた顔で立っていた。
「わかってます。自分の気持ちを全うしようなんて思っていません。ただ、スネイプ先生のそばで、先生を見つめているだけでいいんです。先生の記憶をなくしてしまうなんて嫌です」
「かわいそうだとは思うがの。仕方がないのじゃ。」
 そう言うとダンブルドアは杖を振り上げた。杖の先から銀色の光が靄のように溢れてきた。
「セブルス!」
 YUMAが叫んだのと同時にダンブルドアが言った。
「オブリビエイド、忘れよ!」
全身銀色の光に包まれたYUMAは、そのまま気を失って倒れた。
 ダンブルドアが頭上に上げていた杖を降ろした。
 その時大広間にスネイプが入って来た。
「ダンブルドア校長」
「ああ、君か、セブルス。彼女はここでの記憶を全て失ったところじゃ」
「そうですか」
 スネイプはYUMAを見つめた。YUMAは少し眉を寄せた表情のままで倒れていた。
「彼女をマグル界に運ぶ役目は、わたしにやらせて下さい」
「ああ、頼んだよ」
 そう答えるとダンブルドアは大広間から出て行った。

 しばらくYUMAを見つめていたスネイプは、彼女を抱きあげ、用意してあった箒にまたがった。
「さ、行くとするか」

 翌日、マグル界の新聞の一面には、次のようなニュースが掲載されていた。
「行方不明の女性、一ヶ月ぶりに発見。しかし一ヶ月間の記憶は失っていた。謎が謎を呼ぶ失踪事件」
                                  END





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