嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(共謀)


 それとお湯入れてきてや。」

おちんちんの袋って言うか、裏側はオシリふきでふき取るだけでは、
ちゃんとウンチが取れんらしく
帰宅するなり、すぐに真っ赤にただれてしもた。

それからはお湯を含ませたコットンで洗い流すようにして拭いている。

赤ちゃんをころんと布団に置いていると、
貴信がおむつセットとトレイにお湯を入れて持ってきた。

・・・と、そのまま席を立つ。

「えー、手伝ぅてくれへんのぉ?」

「あんまり役にたたないからさ。それより。」と
右手にタバコの箱と携帯を持って、こっちに向けて振って見せながら、あごを上にしゃくった。

「上で電話してくるわ。」

「どこぉ?」

「千周寺のばぁちゃん。」

「え、そんな今日すぐせんでも・・・・元旦に迷惑ちゃうん?」

「正月の挨拶ついでに話すって。
 大丈夫!中元歳暮に法事の絡み、普段きっちり便宜はかってるからね。
 こういうときにモノを言うんだって。」

「それって上得意さんでアンタが世話になってんのんちゃうん?」

「持ちつ持たれつって言うんだよ。」

ニヤリと笑って階段を上がっていった。

「なぁ、由香ちん・・・・。
 貴信さんて、エライんやかエラくないんやか・・・。」

「ある意味、立派と言えば立派やけどな、あそこまで徹底しとったら。」

おむつを替えている間、ずっと泣いてる。
こんなものなんか、ウチがトロいからしんどいんか。

育児雑誌とか読んでてもようわからん。

気になることはいっぱいあるけど、
誰かに聞こうにも聞くほどたいしたことでもないように思えてしまう。

母乳も足りてるんか足りてないんか。

やっと寝た、と思うたらベッドに連れて行ったとたんに泣き出して
もう一日中抱っこしてるような日もある。

どのくらい抱いとったらええんやろ、
どれくらいやったら、泣かしといてええんやろ。

今はおかあちゃんや、陽菜ちゃんが代わって抱っこしてくれて
ウチの昼寝の時間を作ってくれるけど、自分の家のほうに戻ったらどうなんのか、それも不安やなぁと思うた。

夜も1時間とか2時間おきでぐずぐず言うし。
貴信は、朝早く起きて代わってくれてるけど、すぐに

「ダメだよ、オレじゃあ、おっぱいやってよ。」とまるで役に立たん。

百貨店の仕事が始まったら起きてくれる事もなくなるんちゃうやろか。

どこの家でもこんなんなんかなぁ。

何ヵ月後かには、一人で赤ちゃんを育てやなアカンのやと思うと気が重くなった。

*


山梨の正月は見事な雪景色だった。

大晦日の深夜に降り続いた雪は明け方には止み、
元旦の朝の空気は、痛いような冷気を含みながらも澄み渡っている。

霊峰・富士山も美しい青みを帯びた姿を見せていた。

「いい正月だぁ。」

クリスマスに「越の寒梅」を前倒しで開封してしまい、
今は、歳暮で届いた金箔入りの「加茂鶴」で煮しめをつまんでいる。

「しかし、この金箔ってのはなんか口に残る気がしていかんなぁ。」

酒は好きだ。
家で飲むのも、外で飲むのもいい。

しかし、肝臓のほうは酒を好まないらしく、すぐに酔いが回ってしまう。

志ぃさんは、そのほうが身体にいいと言うが
できればもう少し、味わってから酔いつぶれたいと思っている。
もう飲んでいるうちに味はわからんようになるし、
いつの間にか眠ってしまうしで、人生の半分くらい棒に振ってる気がする。

煮じわの入った黒豆をつまむが
これはテレビなんぞで見る関西風のつやつやしたものの方が美味そうだ。

貴信の仕事先から送ってもらうか。

いや、由香子さんが作れるかもしれんなぁ。
丹波と奈良じゃ、どうなんだ。
違うんだろうか?

それにしても志ぃさんは由香子さんに手厳しい。

オレの母親が志づるに厳しかったのか。

恥ずかしながら「仕事」を口実にして家の事には
一切関心を払っていなかったので、本当のところはわからない。

愚痴を聞かされたようには思う。
うん、よく文句を言っていた。

ならば、なぜ自分は嫁に優しくしてやろうと思わないんだろう。

由香子さん自身、そう悪い所があるようには見えないんだが。

志づるには「あなたはのんき過ぎるんです。」と言われるが、
実際、実の娘の理恵に比べてもしっかりしてるんじゃないだろうか。

気が強い、ともよく言ってるが
貴信のような性質には、ああ言う気性の人のほうがいいように思う。

志ぃさんは・・・・電話中らしい。貴信だろうか?

近づいてみると、またえらく不機嫌だった。

「おかあさんがどれだけ頭を下げたと思ってるの!?」だの
「勝手にしなさい!」だのと、声を荒げている。

触らぬ女房に祟りなし、とは思うが
相手が貴信であれ、由香子さんであれ正月早々言いすぎだ。

「志ぃさん、ちょっとここお座り。」と、電話を終えた
志ぃさんの顔を見ると、意外な事に怒りを残している様子ではなかった。

むしろ。

ほくそえむ・・・と言う面持ちだ。

なにやらシリの辺りがむずむずするような気持ちになりながら、志ぃさんに聞いてみる。

「何、誰と話しとった。名前の事か?」

「そうですよ、もうあんまり日がないですからね。早く名前を決めてやらないと。」

「しかしあんな、きぃきぃ言わなくても。富士山の雪が雪崩れたらどうする。」

「ばか言わないで下さい。」

ぴしゃりとそう言った後、志ぃさんは「いいんですよ、あれで。」と笑った。

「いい事ないだろ、名前くらいアイツらの好きにさせてやったらいいだろう。
 ここに住んでるわけじゃないんだから、千周寺さんにもそう気を使うことはないし・・・。」

「あら、少しでもいいお名前をって思うのは当然じゃないですか。」

「それにしたって・・・そうだよ、お前も確かあの名前は読みにくいとか
 文句言っとったはずじゃないか?」

「ええ、そうですね。」

「なんなんだ?その歯になんか詰まったような物言いは。」

「作戦なんですよ。」

「作戦?」

「そう、スムーズに由香子さんに納得して頂くのに貴信と相談したんです。」

な!何?と聞き返そうとしたところでまた電話が鳴った。

「ほら、貴信ですよ。」

志ぃさんは、はいはいとばかりに機嫌よく電話に出た。
打ち合わせ通り、と言う事らしい。

横で聞きかじってわかった。

「允志」という名前は、千周寺の候補にあったがこれは「捨て駒」にしたのだ。

一旦、その変わった名前を押し付けておいて、反発させ
嫁姑の間に入った貴信が、千周寺に考え直してくれと連絡するような顔をして、
「穏便に」由香子さんに「本命」の名前を了承させると言う算段なのだ。

「じゃあ、玲人か奏人よ、うまくやってね。
 読み方は「カナト」でも「ソウト」でも良いって。

 ・・・ええ、わかってるわ。今月中にね。

 理恵?あぁ、5日まで海外旅行なのよ・・・・そう、あの人と。
 ちょっとなんとか言ってくれない?
 ・・・もう!またそんな事言う。

 ねぇ、一度本条さんの会社って調べようかと思うんだけど・・・。
 でも興信所や探偵なんて怖いわよねぇ。
 うん、うん・・・・そう、じゃあ頼もうかしら。」

そう言うことか、あの含み笑いは。

正月早々、酒がぐっとまずくなった。

怒鳴りあいでもしてくれているほうが、よほどマシだと思う。

電話が終わるのを待って、また志ぃさんを座らせる。

「ちょっと、これはやりすぎなんじゃないのか?」

「どうして?これでみんなが納まるんです。
 それに貴信の方からこうしようって言ってくれたんだし。
 由香子さんも、私に勝てて満足できるじゃないですか。」

「そう言う問題じゃないだろう?」

「いいお名前じゃないですか、貴信だって気に入ってるわよ、きっと。
 由香子さんを説得するのに、ちょっと迂回しただけの事でしょう?」


こんな女だったか?

オレはこの女房を見誤っていたんだろうか。

嫁に厳しいとは言え、自分にも厳しく完璧を目指すような女だったはずだ。

いつからこう言う事をするようになったんだ?

それとも最初から間違っていたのか?

一体、何がどうなっているんだ・・・。

「心配いりません、いいお名前じゃないですか。
 玲人にしても奏人にしても、今風で。
 読み方だって選べるし、後は由香子さんが決められるんですよ?
 それに、きちんと占っていただいて名前を頂いたんです。
 これからの一生を左右するんだもの。
 素人判断よりもいいに決まってますよ、赤ちゃんのためですって。」

こっそり直接、由香子さんに電話をしようかと思ったが
すぐに考えを改めた。

こんな話を聞かせてどうする。

火種が充分なところに油をとっくり注ぐようなものじゃないか。

今回は貴信もかんでいる。

事は嫁姑だけじゃなく夫婦の関係にも及ぶ。

・・・知らせないほうがいい。


もしかしたら、案外いい名前と気に入るかもしれないし
納得いかなければ、また別の名前を考えてつけるだろう。

知らせないほうがいい。

知らないほうが幸せと言う事も、世の中ザラにあるんだ。

すっかり沈殿してしまった金箔は、
まるで奈良にいるあの孫のようだ、と思った。

こんなにメデタイ話なのにな。

盃を回せば浮き上がる、そんな軽い話で済めばいいんだが。

*


もう、とにかく眠い眠い。

由香子は赤ちゃんを抱きながら、うとうとと舟を漕いでしまう事が出てきた。

29日に退院してきてまだ1週間経ってへん言うのに、
この疲れっぷりはなんやねんやろ?

病院では希望したら、夜は授乳なしで寝てられた。

それがないからしんどいんかなぁ?
でも夜中起きてる代わりに、昼に2時間位は寝てる。
家事も全然してへんし。

子供は・・・もう、めちゃくちゃかわいい。
ちょっと太ってきて、サルっぽさが消えてきた。

赤黒いような顔も、毎日ちょっとづつ白ぉなってきた。

ホンマの事言うて、かわいいてたまらん。

せやのに、この眠さって。

産後すぐやからしゃあないんかなぁ。

昨日、貴信が子供の名前をなんやっけ?
なんやら言うお寺の先生に新しく考えてもろたって教えてくれた。

玲人、清水玲人・・・なんや冷たいような字ばっかりでイヤやなぁ。
なんか「レイトー食品」みたい。

奏人、清水ソウト?カナト?

総太とか総司とか「そうちゃん」て呼ぶんはかわいいなぁって思ってたから
「ソウト」でも、まぁええかなぁって思う。

「カナト」もそんなに悪くはない。

陽菜ちゃん的にはカナブンとカブトムシ混ぜたような名前らしいけど。
「允志」に比べたら、まだ普通な感じするし。

でもなぁ。
そのナントカ寺の先生の言う通りししたら、
最終的にお義母さんの思い通りの感じになって、それはそれでムカつくんよ。

初出でそんなに遅くならんかった貴信も、今日は一緒に晩御飯や。
多分、明日からは無理。
陽菜ちゃんもあさってから出勤や、みんな揃うての夕飯はしばらくはないやろな。

「名前、決めた?」貴信は帰宅するなりそう聞いた。

「そんなん、ようすぐ決めやんわ。」
「なんで?3つの中から選ぶだけなんだから簡単だろ?
早く決めてくんないと、出生届は高城のご両親に出しに行ってもらうとしても、店の方、早くださないと。
保険証すぐもらえなぞ?」

「わかってるわ、そんなん最初っからお義母さんがあんな手紙送ってけぇへんかったら、とうに決まってんねん。
ウチのつけたい名前にしてくれるんやったら、今すぐ書類に名前書くわ。」

「なんでそうなるんだよー。なぁ、ちょっと妥協しようよ。
ウチのかあさんに腹立ててんのはわかってるよ。
だから、かあさんの思い通りにならないように、オレ、頑張ったんじゃん。」

「でも、こん中で決めんのって・・・自分でつけた気ぃせぇへんやん。」

「由香子。」

こういうことは本人の問題、と言うタイプのおとうちゃんが、珍しく口を挟んだ。

「貴信君の立場になってみたらどや?
お前と清水のおかあさんとの間で、板ばさみになっとるやろ?」

そういわれたら・・・・それは確かにその通りや。

「ちゃんと名前考え直してもろて、
その中からお前が好きなん選んでええて言うてくれてるんや。

その先生の決めた名前やったら清水のおかあさんの面目も立つんやろ?
あんまり意地張らんほうがええんちゃうんか?」

父の言葉を受けて、おかあちゃんも

「そやねぇ、みんな納得する名前のほうがええんやない?
後々、尾ぉひいても損すんのはあんたやで。」と言うた。

「オレさ、カナトって気に入ってるんだけど。マジで。
シミズソウトだとなんか語呂が悪いしさぁ、どう?」

「・・・・ソウトっ!!」

え?と言う顔で貴信がウチの顔を見直した。

「そうと・・・っ!奏人やったらええ。」

カナトでもええけど、これはささやかな抵抗や。

そんなウチの気も知らんと、貴信はほっとしたように喜んでる。

夕飯が済んだら書類用意して、山梨にも報告しようて言う事になった。

貴信は、勝手に千周寺に連絡して名前つけなおしてもろたから
報告したら一言二言、きつい事言われると思う、
オレのほうが当たりがゆるいやろから、自分が電話すると言うてくれた。

そらそうや。
ウチは嫌や、電話なんかせぇへん。

せやけど、最終的にはお義母さんの望みが叶たようなもんやねんし、
そんなに怒られる筋やないとも思うけど。

でも、あのお義母さんの理不尽っぷりを考えたら
ウチは絶対電話したくないと思うた。

夕飯は、鍋やった。
おとうちゃんと陽菜ちゃんは晩酌しながら食べるからまだ済んでない。

いつもやと貴信も晩酌するんやけど、今日は電話するからと早めに食事を切り上げてた。

ウチは、ぱっぱと食べてしまう。

ウチが食べてる間、おかあちゃんが赤ちゃん・・・奏ちゃんを抱いててくれてるからや。

おっぱいやらなアカンねんから先食べ、言うて
自分はウチが終わるまで、食べんと子供見ててくれてる。

せめて晩酌組と一緒にでも食べてもらわんと、残りもんばっかりになったら
いくらウチでも気ぃ遣う。

ホンマやったら貴信が抱っこしてたらええって思うけど、
そしたら今度はおかあちゃんが貴信に気ぃ遣う言うて
みんな遠慮のかたまりみたいになってる。

あ、貴信はそんなでもないか。

自分の食器と空いたお皿を下げて、奏ちゃんの抱っこを交代した。

「そーおちゃん、今日からあなたは清水奏人ですよー。」

と言ってみたけど、泣きべそ状態のこの子にとってはどないでもよさそうやった。
昨日くらいから、この子の泣き声聞いたら
ばんっておっぱいが張るようになった・・・おもしろい!

「なぁ、由香子ー。本当にソウト?今ならカナトに変えられるよ?」

出生届のふりがな欄はまだ今から書くところらしい。

「ええの!もう決めてん。ソウトやから!
お義母さんにうまいこと言うとってや、こんでモメへんよなぁ?」

「あぁ、うまく言っとくって。」

書類を書き終わった貴信は、いつもやったら食後は2階へ煙草吸いに上がるのに
今日は下のリビングから早速、電話をするようやった。

直接話すんのはイヤでも、なんて言いはるかは興味あったから
ちょうどええわ、と奏ちゃんにおっぱいを含ませたまま
おしりでソファの場所を移動した。

案の定、文句たらたらみたいやった。

「なんで勝手に電話した!?」とか
「正月に頼みごとするなんて非常識や。」みたいなことを言われてるような感じ。

でも先生がつけた名前に満足して決めたし、
先生には自分からも、あらためてお詫びとお礼をしておくと貴信が言って
話がついたようやった。

「うん、ソウト。演奏とか合奏の・・・うん奏でる。
それで人って書いて・・・ソウト、由香子も喜んでるよ。」

なんて、説明してる。

ウチにしたら諸手を挙げての大喜びではないけど
お義母さんイチオシの名前を蹴って、こっちで動いたとこもあるから
嫁姑痛みわけ、みたいなもんかなぁと思いながら聞いてた。

奏は10分ほどむぐむぐをしたら、疲れるのかふわーあっと眠ってしまう。
今もウチが電話を聞いてる間に、半分寝てしもてる。

口元は条件反射でちょっと動いてるけど、全然飲んでない。

もっといっぱい飲んでから寝やな、またすぐ起きてまうで。
ほっぺや耳たぶ、足の裏をこちょこちょしてやると
ぴくっと目を覚まして、またおおっぱいを吸い始めた。

こないしてたら今度はウチのほうがまた眠ぅなってくる。

このままがーって寝れたらええなぁ。

気持ちよぉなってきたところで、ぽんぽんと肩を叩かれた。

「由香子、認め印は?家のほうか?」

「ちゃうちゃう、入院の書類書くのにいるからこっち持って来たぁるねん。
 出してこぅか?」

「あぁ・・・・で、どうしようかなぁ。
 お義母さんに行ってもらうのも悪いから、明日オレがあいさつ回りのついでに届け出して来るよ。3が日でも届けって出せるよな。
 帰りに印鑑、家に戻しておこうか?」

「まだ何か使うかも知れんからええよ。」

「そうか、奏人・・・って、今これ寝てるの?」

「うーん、半分寝てるくらいかなぁ、こないしとったらウチのほうが眠いわ。」

「飲み終わってるなら抱いててやろうか?」

「ほんま?ほな頼むわ、ウチちょっとお茶飲みたいし・・・休憩休憩っと。」

キッチンに行ってお湯を沸かす。

お茶、ではなく正確にはコーヒーや。
コーヒーはすごい好き。
今はヘイシャン・ブレンド・・・・タヒチ産の酸味のある甘い豆。

お湯はホーローのやかんで沸かして
じっくりドリッパーに注いで、丁寧に淹れる。

幸せ。

妊娠前はカフェイン中毒ちゃうかって思うほど飲んでた。

今でも、日に2杯は飲んでる。

「コーヒー牛乳になるからやめろよ。」と貴信は言うけど
そんな器用なもんが出せるんやったら、育児してんとなんか違う商売するわ。

豆は百貨店辞めてからバイトに行ってたカフェの人が、
従業員価格で送ってくれてるから、結構いい豆とか新しいブレンドも飲める。
冷凍しとったら、長持ちするんはみんなあんまり知らんみたい。

百貨店に入ってるのはそう美味しいとは思えへん。
好みなんかも知れんけど、ウチにとっては高いだけや。

またバイトとかってできるんかなぁ。

3年・・・・うーん、幼稚園とか入るまでは無理かな。
2人目とか?

・・・うっわぁ、考えられへんわぁ。

火を使ってないキッチンは底冷えするから、さっさと片付けて
淹れ立てのコーヒーを両手で包むようにしてリビングに戻ると

「あ、今さ、やったと思う。抱いてたらこうオシリのあたりでぶぶぶーって。」と、貴信が、ウチに奏ちゃんを押し付けようとした。

ちょっと・・・・いや、かなり。
ムっと来た。

飲んだら出るんはアタリマエやん。

コーヒー淹れる間位しか抱いてられへんのんか?
ウチだけが赤ちゃんの世話するんか?
アンタは抱っこして、機嫌のエエときに遊ぶだけか?
汚い事や面倒は全部、ウチの仕事なんか?

「ソリマチもキムタクも自分でオムツ替えてたて言うけど?」

「おれっ?だってなんか怖いじゃん。
 なんか足とかぼきって折れそうだしさぁ、やり方もわかんないし。」

「ほんなら練習しぃや!」

「だーめだって、できないよ!」

「やれへんかったら、いつまでもでけへんわ。
 あんた、自分の親が寝たきりになったときにオムツ替えられへんで、ほら!」

自分で言うて背筋が凍りついた。

ちょお、待ってぇ!?
あのお義母さん、倒れたら「長男の嫁」が下の世話っ!?介護生活!?

「義務」だの「責任」だのってベッドに上から言われるんやろか。
サイアクや!

「あ・・・ウチ、あんたと離婚したくなってきた。
 明日、ついでに離婚届もろて来て、な。子供の認知もせんでええし。」

「なんでオムツ替えられないってだけでそこまで話が飛ぶんだよ。
 やるよ、やってみるからさ、教えてよ。初めは手伝ってくれんだろ?」

しぶしぶながら、興味もある様子で奏人をベビー布団に寝かせ、
ベビー服と、長肌着のすそをあげていく。

「このテープ?」

「そう、それはずして。まずホンマに出てるかガスだけやったか
 確認して。おしっこだけかも知れ・・・っ?」

「うっわ!わっわぁ・・・・ああああぁぁ・・・・。やられたぁ。」

男の赤ちゃんにはよくあるって雑誌にも書いてた例の「噴水」。
初めてのオムツ替えでさっそく「洗礼」を浴びたんや。

ウチは「えらいぞ、奏!」と小さく心の中でガッツポーズをしながら雑巾を持ってきて、始末をはじめた。

貴信は悪戦苦闘の様子。

「うそだぁー。顔にもかかったよ、由香子ぉ。」

「しゃあないやん、オムツ外したら気持ちよぉなって出るんやろ。」

思わず笑いがこみ上げてくる。

「だから、オレ無理って言ったじゃん、ほらこっちにも飛んでる。」

「何回かしとったら慣れるって、ウチかってかけられてるねんし。」

と、貴信が奏の足を持ち上げた途端、今度は上からミルクを戻した。

「おいっ!!由香子っ、吐いた吐いたよっ!!こいつ吐いたって!!」

「え!ゲップは?」

「なんだよ、それっ?それより病院連れてかなきゃ!」

「はぁ・・・・?」

「吐いたじゃん!見てただろ。こんなに吐くなんて絶対おかしいって!!
 早く支度しろよ。」

「ちょっと戻しただけやん、あんたゲップさしたれへんかってんやろ?」

「なんだよ、ゲップって。」

「ちょっとそれ真面目に言うてんの?大丈夫?
 いっつもウチ、おっぱいあげた後、縦抱っこしてゲップさしてるやん。」

「そうだっけ?」

「そうだっけって・・・・はぁ・・・・。
 ほんっまに!なんにも見てないねんな。ミルクかって吐くん初めてちゃうやん。」

「知らないよ、だってまだそんな付き合いないじゃん、オレ。」

年末年始の休みも絡めて、入院中は病院に入り浸ってたような気がするねんけど?
退院してからもう1週間近く経ってんねんけど!?

こういう所でぼんぼんって言うか、なんもせんと育ってきたって言うんがようわかる。

家事や育児は「関係ない」世界なんよね。

この際、きっちり洗脳さしてもらわなホンマにヤバいわ。

もともと気のつくタイプやし、お人よしやし
はっきり言うてウチにべた惚れで結婚した人や・・・、
奏に絡めて、家のこととかもっとしてくれるように持って行かんと。

「そんな事やったらパパって言うてもらわれへんで。」

「え?」

「ええのんか?ウチばっかり子育てしとったらママ命のマザコン息子になるかも知れんで。
 ほんでニートとか引きこもりになって、金属バット持ってアンタの事追い掛け回すようになるかもなぁ。」

「怖い事言うなよ。」

「そんだけ父親の存在は大事や言うてんねん。」

「わかったよ、でもオムツやゲップまではしなくていいんじゃない?
 やっぱりそう言うのは母親が基本でしょ?」

「貴信さん、それってあの母親にしてこの子あり状態やーん。」

と、陽菜ちゃんが話に入ってきた。
あ。うちのコーヒーさりげなく飲んでるし。

「陽菜ちゃん?」

「ええのんかぁ、そんな時代遅れな事言うとって。
 社内でもだっさーって、絶対言われんで。
 亭主関白やなくて役立たずやんって、ウチやったら言うなぁ。
 うん、間違いなく言いふらす、尾ひれもつけて。」

「そう言うものなの?」

「そらそうやん、全然ちゃうで。仲村トオルとかキムタクみたいに
 かっこようて家のこともできるパパが好感度高いんちゃうん?」

「あー。それはそうかも。」
貴信は陽菜ちゃんのペースに巻き込まれてきた。

「やろぉ?なぁ、由香ちんもそう言うんが理想って思うやんなぁ。」

めっちゃナイスフォローや、陽菜ちゃん!

「そやなぁ、何にもせんで、年いってから子供に構うてもらおなんて
ちょっと厚かましいし・・・相手されへんよなぁ。」

「ほんで、定年なったら嫁さんの後にくっついて回ってうっとおしいって離婚される?」

「ひでぇ、陽菜ちゃん、そんなに笑うところかぁ?」

「へへー、笑いごとで済むように頑張ったほうがええんちゃうかぁー?」

陽菜ちゃんは明るくてさっぱりしたキャラクターのおかげで、
きつい事をぽんぽん言っても憎まれへん。
その才能と努力にもみんなが一目おいてるせいやろう。

貴信にも口いっぱいの事を言うけど、波風どころか冗談話に持って行けてしまう。

ウチがそのまま言うとったら、険悪になったやろ。

ホンネで思うてる事言えてるようで、よう言いきらんところがあるから
なんかヘンな話し方になったりする。

自分ではあんまりもめたくないから飲み込むようにしよ、出さんようにしよって思うてても、
それでもやっぱり相手が貴信やと「なんでウチの気持ちがわかれへんねんなっ!」ってイラついたりして。

もしかしたら、こういう所があのお義母さんと合わへん原因のひとつかも知れん。

せやけど陽菜ちゃんとあのお義母さんかぁ・・・・。

とんでもない大喧嘩?
交流断絶か離婚されるか・・・。

いや、ちゃうな、この姉やとうまいこと転がしてしまいそうや。

「由香ちん、こっからが操縦のしどころやで?」

奏に夢中の貴信をヨソに小声で言う。

「せやなぁ。」

「ついでに山梨から口ださんように言うとこまで、貴信さんを洗脳できたらええんちゃうん。」

「それは無理やろー?」

「やっぱり?」

こうやって陽菜ちゃんやおかあちゃんと話してるときは笑い事やけど。


ほんまに。心底。

ウチと貴信の母親とは気が合わん。

孫が出来たら関係は変わるとか聞くけど
このまま死ぬまで、あの人とは相容れへんような気がする。

ウチの何が気にいらへんのやろ?

それとも貴信を取っていった女って言うだけで憎たらしいんか。

嫁姑なんか、ドラマとかテレビの人生相談だけやと思うてたけど
自分の人生でここまで堪能できるとは、思ってもみやんかったな。



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