嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(女の裁量)



去年のお盆にはもうできあがってたんやろか?
ウチが実家に戻ってる間にコソコソ決めてしもたんか。

ウチの知らん間に知らん所で。

ウチの悪口なんかも混ぜながら、
「そんなケチな事言う嫁なんかアテにしなくても、私が買ってあげるわ。」とか言うとったんやわ。

聞いたかてどないかなる言うもんでもないけど
問い詰めてやらんと治まれへんような気になってきた。

まだぐずっている奏を連れて下へ降りていく。

「なんや、まだおったん?」

問い詰めに来てんのに、バカノブがおったらおったで腹が立った。

「とうに帰った思うてたわ。」

おかあちゃんと話てたみたいで、テーブルには飲みかけのお茶が置いてある。

「ほんで?おかあちゃんは懐柔できたんか?」

「由香子、何言うてんの・・・まぁ、ええわ。
ちょっと頭冷えたやろ、ここ座って貴信さんと話しぃな。
奏ちゃんは、おとうちゃんのトコ連れて行くわ。」

家で図面を描いてるおとうちゃんの仕事場に奏は連れて行かれた。

おとうちゃんですらパパである貴信より
よっぽど奏をあやして、寝かせて、相手してくれる。

まだ遊べもせんのにおとうちゃんが奏に買うた
プラスチックのバットやボールが仕事場に置かれてる位や。

ウチらはお茶を挟んで無言でおった。

なんか言い訳できるもんやったらして見ぃ、と構えるウチ。
ウチが何を言い出すか、どう切り返すかと様子をうかがう貴信。

先に口火を切ったほうが不利な気がして黙ってる。

「あんな、あんたらエエ加減にしてちょうだいや。
奏ちゃんや周りのもんがエエ迷惑やねんで。」

「ウチは悪ぅない。」

おかあちゃんが戻って安心したのか、貴信が話し出した。

「・・・悪かったよ。なんて言うかさ・・・びっくりさせてやろうと思って。」

「びっくり?あぁ、びっくりさしてもろたわ。心臓出てくるかと思たわ。」

「喜ぶかなって思ったんだ。車があれば色々ラクになるし。
・・・家もガレージ付きのを買ってるから、いずれは車も買うつもりなんだと思ってたし。」

「なんなん、その勝手な解釈。そんなんで喜ぶあほがどこにおるん?
大体いつお義母さんに相談したんよ。
ウチに言えん事でもお義母さんには言えるって事なんやろ?それがムカつくねんっ。」

「年末・・・・かなぁ。いや、相談とかじゃなくってホント。
たまたま世間話の流れみたいな感じでさぁ。
いい車があるんだけど、家のローンがあるから厳しいんだって
こう愚痴じゃないんだ・・・話してたらさ、
かあさんの方から出産祝いに買ってやるって、そう言ってくれたんだ。」

「あんたが頼んだんちゃうん?お祝いで出すような金額ちゃうやん。」

「そりゃかあさんも山梨に呼びやすくなるとか、そんなことも考えたかも知れないけど。
でも・・・そう、本条さんの会社の調査とかウチの店の絡みから調べたんだよ。
その礼とかの意味もあったと思うんだ。
業界の評判の悪い会社でさぁ、内情も火の車みたいなんだ。
そのまま理恵を置いとくにはヤバイよって話したら、かあさん「助かったわ。」なんて言ってたから。」

「ようペラペラ回る口やね、もう口裏あわせ済みって感じ?」

「由香子ぉ、頼むよ。そろそろ機嫌直してくれよ。」

「何がやの?こんなんであっさり機嫌なんか直る訳ないやん。バカにしてんの?
あの車、持ち主に返すか、どっかへ売っぱらってお義母さんに借り返しぃや。
それまでウチはあんたの事許せへんからね。」

「それは・・・。」
「でけへんて言うん?」

「できないって言うより、きっと怒ると思うんだ。かあさん・・・・。」

「ウチが怒るんはかまわへんって?」

「勘弁してくれよ、由香子がかあさんの性格一番よく知ってるだろ?
もし売ったりして、次の帰省のときに車乗って行かなかったら、それこそ由香子がなんか言われるんじゃないか。
恥かかされたって気になるじゃん、かあさん。
黙ってたのは悪かったからさ、オレやかあさんの立場もわかってよ。」

「あんたがちょっとでもウチの気持ちや立場考えた事あるん?
ようそんなん言えるなぁ!」

「だから悪かったって、ゴメン。一生のお願い!」

黙って聞いてたおかあちゃんが話に入ってくる。

「どない、由香子。謝ってはるやん。悪気があったわけでもなさそうやし。」

「何言うてんのん、悪気のカタマリやんっ!」

「違うんだって、もともとお前が少しでもラクになるようにって
それで車がいるって思ったんだよ。」

「それやったら、もっと安い小さい車で充分やん。
150万あったら新車の軽四買えるやんか!自分が欲しいだけやろ。」

「いや欲しくなかったとは言わないけど。たまたまいい話があったんだ。
小さい車より、大きいほうが事故なんかでも安全なんだしさ。
ちゃんと家族のことは考えてるって。
由香子、地図苦手みたいだから中古のナビつけてもらったし。
昨日、神野って来てたじゃん。
さすがトヨタだよ、譲ってもらったナビを自分で乗せ換えするんだ。」

話題の転換に必死なんが見え見えや。

「今そんな話してへんやん。」

「そやね、でも由香子。貴信さんの言う通り、
今すぐ車手放したら、アンタが責められるようになるんちゃうか?」

「責められるも何も、なんか文句言われる筋合いちゃうやん。」

「貴信さんの前で何やけど。そんな道理の通用する人とちゃうやない。」

「ほなもう離婚でええわ、貴信は車持って山梨帰ったらええねん。」

「由香子っ!」
「頼むよ、由香子ー。」

貴信はとことん頭を下げる。

こういうときは逆らわないで、言われるがままになるほうがエエんを知ってる。
こうやって頼み込まれたら最後には折れてしまうウチの性格はお見通しなんや。

はぁ・・・・実際怒ってるんにも疲れてきた。

コーヒーでも飲もうと席を立つ。

「おかあちゃんにも淹れてぇな。」
「・・・。」

ここで「オレも」と調子に乗って地雷を踏まんのもたいしたもんや。

一瞬シーンとなり、それが気まずくなった貴信はおかあちゃんに話しかける。

「昨日ね、仕事関係の若い連中がお祝いくれたんですよ。
チャイルドシートなんですけどね、子供のゆりかごの部分だけ離れるタイプなんです。
降りるときに抱っこしたり、別の乗り物に乗せ換えたりしないでいいから
評判いいらしいんですよね。
最初の頃に比べてクーハンのところが軽くなってるから、女性でも扱えるって。」

「あらまぁ。それってエライ高いんちゃうの?」

「実はモノはウチの店から社販扱いで用意してるから、結構安くなってるんです。
それに7人くらいで連名でくれてるから、それほど負担にはなってないと思うんですよね。」

・・・ゆりかごと寝てる赤ちゃんやなんて、
いくらモノが軽くなってても、女一人じゃ赤ちゃん運ぶだけで手ぇいっぱいやん。

コーヒーを淹れながら、ちょっと興味を持ってしまった自分が
もしかして、一番あほなんやないかと思い、口を引き締める。

でも一体どんなもんなんか見てみたいって、
そんな欲求が沸いてくるんは
モノに弱いオンナの習性みたいなもんなんかもなぁ。

*

手ごわい。

そうすんなりと事が運ぶ訳はないと、事前に質疑応答シュミレーションをしてきたけど。

やっぱりなぁ。

緩衝材になるかと踏んで高城の家に乗ってきたのは、まぁ正解だろう。

由香子一人の時に車を見せていれば、
あの機関銃のような口撃はとどまることを知らない、反撃の余地はなかった。

こっちに来れば、本音のところはあきれられているかも知れないが周りがとりなしてくれる。

おかげでどうにか説明の余地はできた。

車を返して来い、売れって言われるとは思ってた。

冗談じゃないよ。
持ち主が変わっただけで、車の値段なんて簡単に50万は下がる。

中古のナビなんて値段にはならない。

どうにか説き伏せて、時間をかけて車の便利さを納得させないと。

由香子はむっつりしたまま、背中を向けてコーヒーを淹れている。
オレも欲しい、と思ったがそれは火に油。
うっすら見え隠れする地雷を踏みに行くほどバカじゃない。

由香子にも聞こえるように、祝いでもらったチャイルドシートの話をお母さんに話す。

自慢じゃないが心とは別に口は勝手にペラペラと動いていた。

さぁ、由香子が喰いついてくれればいいんだけど・・・。

車にさえ連れて行ければ次のネタの仕込んであるし、
もともと由香子はお願いされると弱い。

訪問販売にひっかからない位にはしっかりしているけど
事、人間関係になると最後にはお願いに負けて折れてしまうのが彼女の性分だ。

そんな所を見越しているのもちょっとズルしてるようで
ちょっと苦々しいような、自分がイヤな人間みたいな気もするけど。

でもなんだってこんなに意固地になるんだろう?

タダじゃん、お祝いって言ってるんだからありがたくもらっておけばいいのに。
家を建てるときだって、山梨の世話にはなりたくないとか言って35年ものローンを組むハメになった。
素直に頭を下げれば、生前贈与の形なり他の方法でいくらでも助けてもらえるって言っても聞く耳持ちやしない。

その分も踏まえての今回の大盤振る舞いなんだと考えれば良いのに。

かあさんはキツいかも知れないけど、どこの家でも大なり小なり同じような悩みを抱えてるもんだ。
同居してる家なんてどうなるんだよ。

由香子は神経質になりすぎてるんじゃないか?

離れてるんだし、たまに顔を合わせた時だけ調子を合わせていればそれで済むんだ。

オレなりにフォローもしてるし。

家の事もキチンとしてるんだから、何か言われても堂々と言い返せるはずなのに。
かあさんには黙ってて後でオレにぶちぶち言うのは、実際どうにかして欲しい。

いい加減、素直になってくれって思う。

今回も自分の立場やら、かあさんに何か言われる事を気にしてばかりで
これからの生活に、もし車があればどれだけ自分が楽になるかなんて考えようともしない。

先に話さなかったのも気に入らないようだけど、言ったら間違いなく反対したはずだ。
前向きに考えるつもりは毛頭ない人間に、一蹴されるために相談するヤツはいないよ。

年末に神野から車を売ろうかと思ってるって話を聞いた時には、まず由香子に、とその時は思ってた。

でも口を開けば赤ちゃんの話かかあさんの愚痴で、
オレの話を真面目に考えてくれる余裕なんてなかったはずだ。

赤ちゃんの事でいっぱいいっぱいになるのは理解できる。
オレだって不安と緊張と、生まれてからは嬉しくて嬉しくて浮き足立っていたんだから。

チャイルドシートがどうのこうのと話すオレとお母さんの前にコーヒーが出された。

ミルクもオレの好みに合わせて入れてある。

ついでや、と言いながら怒っていてもこう言う気配りのできるのが由香子のいいところだ。

ありがとう、と口をつけた。

まだ怒り顏の由香子が席に戻るとまたなんとなく会話が途切れた。

金の事はホントに心配ないんだけどな。
安心させてやりたいけど、こればっかりは由香子には絶対に言えない。

子供の名前はこっちでつけるから、と山梨に電話をした時に車代を立て替えて欲しいと頼んだ。

初めからもらおうなんて思ってなかった。
ちゃんと返すつもりだったんだ。

そこで、かあさんと言葉は悪いが「取引」が成立してしまった。

でもオレなりに言い分もある。

父親でありながらもともとオレには命名権はなかった。
口には出さなかったが、何でもかんでも
「ウチが産むんやから!」と決めてしまう由香子に不満が無かったわけじゃない。

タダで。
しかもあんな車が手に入るチャンスなんてもう二度と巡っては来ない。

「取引」への罪悪感は薄かった。

*

淹れたてのコーヒーをカップに注ぐ。

ウチのマグにたっぷりとおかあちゃんのカップも。

・・・ちょっと余った。

捨ててまうんももったいないと思ってバカノブの分も注ぐ。

胃に悪いとか言うてミルクを入れよるんが、よぉわからん。
味も香りもみんなパァになる言うのに。

ラ・テ用に淹れてる訳じゃないからなぁ。

コーヒーにはこだわってるウチからしたら、許されへん飲みもんやわ。

ミルクを入れながら、キッチンの布巾の絞り汁も混入しようかと考える。
多分なんも気ぃつかんと、飲むやろ。

全然おもしろない。

テーブルにカップを運んでいくと、おかあちゃんと貴信の会話が途切れた。
白々しい重い空気の中、コーヒーをすする音だけがする。

いたたまれんようになったんか、おかあちゃんが
「なぁ、そのチャイルドシートちょっと見せてぇな。」と言い出した。

「そうだよ、由香子も見てみない?」貴信が調子を合わせる。

「ウチはエエわ。車かて納得してへんねんしチャイルドシートもいらんわ。」

「そない言わんと、ちょっと見に行こうな。
 大体の値段見当つけて、返しの手配もせなアカンやろ?」

「値段なんか貴信が手配してんねんやから、見やんでもわかるやん。
 返しかて店からしとってくれたらええねん。」

「そやけど、ゆりかごにも使えるみたいやで。
 どんなもんか、おかあちゃん見てみたいんやけどなぁ。」

「せっかくのお祝いなんだからさ。
 なんならゆりかごのところだけ外して持ってこようか?」

「それエエわぁ。持ってきてもらえます?貴信さん。」

じゃあ、と貴信は席を立ち家の外に出て行った。

少ししてブォンと言うエンジン音が聞こえて、
路駐してあったスカイラインが、
陽菜ちゃんが出かけて空いたガレージに入ってくる。

大きさは陽菜ちゃんのレガシィより長いんかな。

横に停めてある、おとうちゃんのグロリアと同じ位に見えるけど
比べると鼻先がヤケに長くて、座席のとこは狭いんやないかと思った。

貴信が運転席から出てきそうや。

ガレージの様子を見てると思われるんもけったくそ悪い。
ウチはテーブルにつき知らん顔を決め込んだ。

貴信と知り合う前。

それなりに彼氏はおった。
いろんな車にも乗せてもろてる。

4ドアのスポーツカーはあんまり記憶にないけど
とにかくシルビアとか、プレリュードとか「走る」車言うんは
居心地のええもんじゃなかった覚えがある。

なんぼあのスカイラインがセダンや言うても、しょせんはスカイライン。
チャイルドシートのベビーカーに奏の荷物乗せて、ゆっくり座れるとは考えられへん。

せめて違う車にでもなれへんのかいな。

後部座席のドアやろう、ばんと閉まる音がして貴信が戻ってきた。

「・・・・あ。」
「いやぁ、キレイやんかぁ。」

ウチとおかあちゃんの目はクーハンでなく
貴信が反対の手に持っているものに釘付けになった。

大振りの桜の枝。

やわらかいピンクの桜の花がほころんでいるその間に
咲ききっていないつぼみがびっしりついていて、枝そのものが薄紅色に染まって見える。

「なに。どうしたん、これ?」

一瞬怒ってたんも忘れて、貴信から桜を受け取った。

「神野からの祝い。アイツだけ連名じゃなく自分でしたいってゆうべ持ってきたんだ。」

「すっごー・・・・ぉい。」

まだ大阪や奈良の桜はまだこんなに開いてへん。
どっかから取り寄せたんやろか?

「くれぐれも、奥さんへのお祝いって言っといて下さいって。」

「何でわざわざ?」

「神野がさぁ、色々お祝いもらってるだろうけど子供のモノばっかりでしょって言うんだ。
 出産はおめでたいけど、頑張って生んだ奥さんに感謝して
 ご苦労様ってねぎらってあげないと、なんか報われなくてかわいそうとかごちゃごちゃ・・・。」

・・・そんなん言われたん初めてや。

ちょっと感動してしまう。

「だから、このお祝いは奥さんにって必ず伝えるようにって。
 クサイんだよ、もてもて君の言う事は。」

ウチとおかあちゃんはそんな優しい言葉に大盛り上がりで
もう怒ってた気持ちを忘れかけてしもうた。

「子供のモノだって、由香子はすっげー喜んでるって言ったら
 とっつあんはわかってないとか言われてさぁ。
 一番しんどかった人なのに、みんなが子供の事しか見てなかったらダメなんだって。」

「エエ事言うなぁ、そらもてもて君やろ。
 妻をないがしろにして勝手に車買うてくるどっかのとっつあんに見習って欲しいわ。」

「・・・・だからさぁ。オレも反省してるんだって。
 でも車はお前に少しでも楽させてやりたいって思って買ったんだ。
 神野みたいにクサイ事はできないけど、アイツに言われてオレなりにちょっと考えたよ。
 もっとお前の気持ちを考えるようにするし、今度からは絶対ちゃんと相談するから、な。」

ふぅ。

大きく鼻で息をつく。

・・・負けやなぁ。

すぐに認める気はないけど、もう結果は貴信に軍配やろ。

「桜、どないする?備前の投げ入れの花器にいれよか?」とおかあちゃんに話しかけて、貴信の顔を見ないようにする。

今、顔見られるんはイヤやと思った。

「ほな、貴信さん。使うて悪いけど和室にある備前のんあっちの床の間へ運んでくれはる?」

おかあちゃんが指示しながら新聞紙を広げ
ウチは下を向いたまま、そこで桜のラッピングを解いた。

部屋を出る貴信の背中を確認しておかあちゃんが一言

「一本やね。」と苦笑いで言うた。

ウチも内心そうは思うたけど、

「まだ許した訳やないし。」と自分を引き締めるように言うた。

「あんな、由香子。ここら辺で上手にだまされとくんも女の甲斐性やで?
ツケにしといて何かあったときの持ち札にしときぃな。」

「・・・・100歩譲って、車は置くにしたかて
山梨のお義母さんにお金出してもろてんのは気色悪いんよ。

それだけは納得できへん、絶対返すし。」

「それはあんたのエエようにしぃな、としか言えんけど。
あんたはな、お利口さん過ぎんねや。
そない何でもお手本みたいには行かんのよ?
適当なトコでだまされて、あほになるんもやり方やで。

それよりちょっと、ゆりかごも見てみような・・・いやぁ、かわいらしい!」

ミッフィー柄の敷物と毛布が乗っている。
男の子でも違和感の無いベージュと茶色のシリーズのもんや。

ウチのミッフイー好きを知ってるからコレにしたんやろ。

「それだったら、次に女の子が生まれたって使えるだろ?」と戻った貴信がウチに話しかけ、次いでおかあちゃんに

「おかあさん、備前のってアレでいいんですかね?見てもらえます?」と確認した。

「やっぱり床の間やったら勿体無いかなぁ、
玄関のほうがよう見てもらえるよって、貴信さん後で移してくれはる?」

「ああ、玄関のほうが映えるでしょうね。わかりました。」

笑って請け負うた貴信は
おかあちゃんが桜の枝を持って部屋を出てしまい、
ウチと2人になっても構わず話しかけてくる余裕が出てきてる。

「どう?いいだろ、持ってみた?思ったよりすっげー軽いからさなんとか由香子でも運べると思うんだ。
なんだったら車に乗せたトコなんかも見てみない?」

旗色が優勢になってきているのを感じているのか本来の「営業トーク」を取り戻してきた。
このままペースに巻き込んでしまおうって空気がばんばん伝わってくる。

「車?なんでぇや。今から中古車屋に査定してもらいに行くんやろ?
これはゆりかごで使わしてもらうし見やんでエエやん。」

「またそんな事言って。
一回さ、見てみようよ。車だってさ実際見てみなきゃわかんないって。
由香子が思ってるよりずっと広くて快適なんだから。」

ぼちぼちしゃあないかと思いはじめてきた。
それに、実のところ車にまったく興味が無いわけやない。
でも素直に口車に乗せられるんも癪にさわるし。

実際、口でこのオトコに勝てる訳はない。
そんでも、できるだけつっかかったんねんと思うてた。

「せや、知り合いから安く譲ってもろたって誰に売ってもろたんな。」

「あれ?言ってない。」

「何キロくらい行ってるか知らんけど、あの車150万てエライ安いんやろ?・・・あやしい盗難車とかちゃうん?」

「まさか。神野だよ。」

「何でやの?トヨタの子や言うとったやん。
なんでトヨタの子が日産の車なんか持ってんのよ。」

「まさにそれで売りたいって言って来たんだ。
前は電車通勤だったから何乗っててもプライベートで済んでたのが
去年の秋から配属変わって車じゃないとしんどくなったんだって。

最初は自分で買って乗ってる車だからって気にしてなかったんだけど
外野からそれとなく、遠まわしに圧力がかかるようになってきたらしいんだ。」

「えー。そんなんほっといてくれって感じやんなぁ。
車メーカーやからって社員に自分とこの車、強要するんおかしいやん。」

神野君にはいい印象があるから、つい肩入れしてしまう。

「それがさぁ、直接買い換えろって言うわけじゃなくって。

スカイライン「も」いい車らしいね、とか車検はいつってしつこく聞いてきたり、
データ欲しいから技術にサンプルでまわさせてよって言われんだって。
で、こないだの冬のボーナスん時には神野のデスクに社内融資の資料と
車のカタログがどさーっと・・・・。」

「うっわぁ、やらしいっ!陰険やなぁ。」

「それで、覚悟決めたらしいわ。
まぁ就職した時からいずれは仕方ないって思ってはいたみたいだけど。」

「でもそんなんやったら、自分の会社で買う時に下取り出したら
もっと値段優遇とかしてくれるんちゃうん?」

「それはそうかも知れないけど・・・とにかく大事にしてたらしいんだ、あの車。
それを下取り出してまったく見ず知らずの人間が乗ると思うと
養子に出した子供がちゃんとしてもらってるかって思うくらい心配って。」

「大げさやな。」

「違うんだって。ほんとに車が好きなヤツは自分の分身みたいに大事にすんだよ。」

「って言うか、神野君て子持ちなん?」

「いや、独身。まだ28だし。」

「わっかぁ!それであの桜の話?・・・めっちゃ気ぃ利くよなぁ。」

「だからモテ王子なの。しかも京大出だし英語ペラペラ。」

「あんたとエライ違いやな。」

「わかったよ、悪かったです。オレがヤツに勝ってるは身長と体重くらいだよ、気も利きません。本当にすみません。」

「ほんでなんでわざわざアンタに売る事になったんよ?」

「まず、まったく知らないヤツは嫌ってのがあったんだろうな。

交流会でオレんとこに子供が出来るから車欲しいとか、
屋根つきガレージがからっぽであるけど、女房が車を買ってくれないから
ベビーカーと自転車の置き場になってるとかそんな話はしてたし。」

「何よ、そんなかっこ悪い話せんでもエエやん。」

「だって相手は車屋だし、どうしたって話題は車になるよ。世間話じゃん。
とにかく、普段そんな話をしてたから売ろうってときにオレも候補になったんだろ。
あいつは通勤ですぐに次の車がいるから、できるだけ早く話をまとめたかったって。

たまたま条件があったんだよ。」

「ふーん・・・・。ほんで昨日みたいにナビつけに来たりする訳?」

「まぁアフターサービスだな。
でも実はまだ本人がスカイラインに触っていたいだけだろ。
マイホーム仕様でマフラーも純正に換えてあるし車高もあげてあるから。」

「アンタが換えたんちゃうやん、エラソーに。」

「当たり前だろ、相手はその道のプロなんだから。
とにかく見に行こうよ、な。」

「うーん・・・・。」

車を見るのを断る理由が見当たらなくなってきてる。

そこに助け舟を出すようにおかあちゃんが声をかけてきた。

「いやぁ。車、見に行くん?
ほな悪いけど貴信さん。その時に床の間の桜、玄関移してくれはる?
ほら、由香子。先に行こうな。」

おかあちゃんに促されて、とうとう席を立ってしもうた。
してやったり、と思われてるんやろ。

「おかあちゃん・・・っ。」

「エエから、ガレージ行こうな。おかあちゃんチャイルドシート見たいねん。」

床の間に行った貴信を残し、背中を押されるような格好で外に出た。

「うふふふ。」

「・・・・なによ、おかあちゃん。」

「あんな。桜の花器。」

「ん?」

「たっぷり水入れといたってん。」

「え?」

「重たいでぇ。んふふふふ。」

おかあちゃん!?

あっけにとられつつも感心した!

さすが「女」のキャリアが違うわ。

そんなことはなんでもないかのように、いつもの顔で
「へぇ、大きいんやねぇ。」なんて言いながらおかあちゃんは無遠慮に助手席のドアを開けた。

「チャイルドシートは後ろやで?」

「知ってるよ。」

そう言うおかあちゃんの手許からぺりぺり、何かを剥がす音がしてる。

「何してるん・・・・?」

おかあちゃんはどこからか取り出したじゅうたん用の粘着テープで
助手席と運転席をペタペタやってた。

「車持ちはってんやったら、このくらいはしとかなアカンよ。
 あほになるんと、まぬけでおるんはまた別の話やで。」

返す言葉もないまま、抜け目の無いおかあちゃんに感心しつつ
ぼんやり車をながめていると息の上がった貴信がやってきた。

おかあちゃんはささっとテープを隠す。

「おかあさんっ、めちゃくちゃ重かったですよ。」

「いやぁ、気ぃつかんでごめんなさいねぇ。
 お水いれとかな、せっかくの桜がかわいそうや思うて。
 うっかりしてたわぁ。
 せやけど、いったんお水抜いてくれはって良かったのに。」

「いや、いいんですけど・・・・。で?どうですか?」

「せやねぇ、おかあちゃん車の事はよぉわからんけど由香子はどう思う?」

そう言われて、思い出したように車をゆっくり見てみた。

小さい傷ひとつ見えへんボディ。
内装やパネルの隙間に溜まりがちな小さなホコリも見当たれへん。
かなり神経質に掃除やらしてるんがわかる。

タバコや芳香剤のイヤな匂いもない。
灰皿を開けると脱臭剤代わりか黒い炭が入ってた。

意外にもグロリアとそう変わらん広さもありそうに見える。

「6万キロ近く行ってるんやね。」

その距離が値段相応なんかはようわかれへんけど
とりあえず、ウチにツッコめるとこはそこしかなかった。

「神野は結構、仲間と遠方まで行ってたみたいだから本体の割には距離行ってるかもな。
 でも、ウチは普段はお前の買い物程度だし、
 遠距離も年に何回かだから、充分な余力だと思うんだけど?」

「ふぅん・・・。」

「それより、トランクなんかも見た?
 ベビーカーと、ちょっとした荷物なら充分入るよ。
 思ってるより広くていいだろ?」

150万でこの車。

確かに状態もスペースも合格点や、と思う。
あわてて買うてしまいたくなった気持ちも理解できる気がした。

「・・・いまさら返品言うわけには行かんしな。」

「だろ!?やっぱり現物見てみたらわかってくれると思ったんだ。
 サンキュー、由香子。」

「神野君に感謝しぃな。
 桜もアンタらの作戦やろけど乗ったるわ。
 せやけど、お金は絶対返すからね。

 お義母さんには一時的に借りただけやから、そない言うとって。」

「えー・・・、まぁそれはおいおい話合おうよ、な。
 今から奏にいろいろ掛かる事だし。」

奏にかかるお金の事なんか考えてたんかいな、知らんかったわ。

そない毒づいたろかと思うたけど、モメてるんも面倒になってきたから
ここらへんで「あほ」になっとく事にした。

「ほな、由香子。大阪の家の掃除はどないする?
 なんやかんや言うて、もう10時まわってんで。
 行くんやったら、奏ちゃんにおっぱいやってから行ってや。」

「んー・・・、何かめんどくさぁなってきたなぁ。
 メモ作るから、貴信掃除してきてぇや。」

「えー!!してもいいけど後で絶対文句言うじゃん!
 一緒に行こうよ、ほら。試乗も兼ねてさぁ。」

それから結局、貴信に押し切られるように
スカイラインで大阪の家の掃除に戻る事になった。

何ヶ月ぶりかに戻った大阪の家は、思ったよりは片付いてた。

寝に帰ってくるだけで、ほとんど外食している上に
A型らしくキレイ好きな貴信は、うまく散らからんように生活してたんやろ。

家具の上のほこりもリビングには見当たらんかった。

「神野とか、店の先輩も来たりしたから。」
リビングだけは簡単に掃除してたらしい。

これやったらそれほど時間はかからんやろ、と踏んで
貴信にはトイレと風呂の徹底掃除を頼んだ。

あ、その前に電灯とカーテンレールのほこり落としや。

ウチは2階に上がる。

夫婦の寝室のクローゼットを移動・・・・これも貴信やな。

そんで、昼過ぎに届くレンタルの赤ちゃんベッドを設置する、と。

隣の子供部屋は、まだなんもいらんからザッと掃除機かけたらエエやろ。
いずれコルクを敷けたらいいなぁ、と思ってたけど。

はぁ。

言うたかてしゃあないけど、もうそんな予算はあれへんわ。

「水回りやる前に、上あがって来てや。」

貴信に声をかけながらクローゼットの中身を出しておく。
要領よぅやらんと、はよ帰られへん。

「何、これ動かすの?」
「うん、あんた背中向けて持ってや、ウチこっち側持つから。」

・・・と。重い。

「ウソやん、めっちゃ重いー。」

「なんだよ。引越しの時は動かしてたじゃん。」

「そやんなぁ?何でやろ、全然持ち上がれへんわ。」

「どうする?奏のベッド、ココに置きたいんだろ?」

「んー、他に置くとこないからなぁ。もう一回やってみよか。」

「やめよけよ、産後で体力落ちてるんだろ。」

「でもレンタルの会社の人にタンス動かしてもらう訳にもなぁ。」

「いいじゃん、向こうだって商売なんだから。
ちょっとくらい手伝ってもらったって、サービスのうちだよ。」

「ちゃうねん、知らん人に寝室に入られるんがイヤなんよ。」

「なんで?」

「・・・なんでも。」

ニッと笑った貴信の腕が伸びてくる。
キスは久しぶりやと思った。

© Rakuten Group, Inc.
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