嫁様は魔女

嫁様は魔女

2008/07/03UP


と言うのも移動がホテルのある梅田までの御堂筋の渋滞が始まる時間にぶつかってしまったのだ。

前にビッシリと並ぶ車のブレーキランプは点灯したまま、一向に発車の気配ない。

目的のホテルはもう歩いても行けるくらいの距離なのに、
JR大阪駅を中心に広がる交差点に入るための道路が埋まってしまっている。

助手席で存分にニコチンの補給した私は、よもや仮眠を取るわけにも行かず
時間つぶしに携帯電話で関西ローカルの情報番組をテレビをつけてみた。

「なぁ、山口。」

初めにつけた番組はデパートの物産展の情報、チャンネルを切り替えた番組では
ちょうど松浦の事件が話題になっていて、松浦がいかに『普通ではないか』を言い立てている。

「こう言う情報がもれているのはお前がペラペラと喋っているせいなのか?」

ぶほ!と音を立てて運転中の山口は大げさに吹き出して見せた。

「な!な!何言ってるんですかっ、そんなことあるわけないでしょう!」

「冗談だ。しかし何だ・・・こうやって松浦の卒業文集の作文だの何だのと出てくるのは、浅ましいと言うかなんと言うか・・・。」

「あぁ、よくありますよね。容疑者の学生時代の噂話とかって。
この手のインタビューに答えてる人、自分は安全圏から野次馬を気取ってて
感じ悪いですよ。あ、今ちょっと笑いませんでしたか?」

画面に背中を向けて松浦の自分への過大評価を話すその青年は
確かにそんな彼に対しての失笑をもらしていた。

「こんな同級生って自分で名乗り出るんですかね。」

山口の憤懣やるかたないと言う言い分に、まったくその通りだと感じた。

一方画面では、芸人に混じって精神科医だと言う年配の男がコメントするらしく
さて、どんなお説が拝聴できるのかと興味をそそられた。

『今のところわかっている動機は、被害者に自分の生活ランクをバカにされと言うようなものくらいですよね。
 最近あまりにも簡単に他人に危害を加えようと考える犯罪者が増えてきたと感じます。
 さて、皆さん。コレをご覧下さい。』

司会者は一枚のDVDディスクを画面に向けた。
数年前に社会問題にもなった、少年少女が自分の生き残りを賭けて殺しあう言う映画のものだ。

『この映画に関するものを松浦容疑者が好んで収集していた時期があるそうです。』

「なにぃ!」

虚をつかれた私はつい大声を出してしまった。
山口の調べでも出なかった話が・・・さっきの同級生か!

『三浦先生、こう言う残虐な映画が犯罪の後押しをするんでしょうか?』

『私はゲームやメディア、インターネットの情報などが犯罪の原因になるとは思っていません。
 例えばこの映画を見て、秩序のない社会や独裁への恐怖を感じる人もいる訳です。
 結局、善悪を決めるのも、自分に必要なものを選ぶのも当人の責任であって
 ひとくくりに映画やゲームの責任としてしまうのはナンセンスです。』

『せやけど松浦っちゅう男はこの映画のコレクターな訳でしょう?
 やっぱり影響されたって言うんはあるんやないですか?』

『自分の生活が面白くないと言う時にこう言う映画を見て鬱憤を晴らす、スッキリするというような気持ちを持つ事はありませんか?』

三浦某が質問を投げかけた漫才師に逆質問をする。

『それはあくまでフィクションの中の話ですから
・・・その辺が区別できんヤツがのめりこむんが怖いんですわ。』

『スッキリする、じゃあもし自分自身でやってみたらもっとスッキリするだろうか?と、シュミレーションします。
 そこから映画のままのやり方を実践するのは現実的にはムリだ。
では自分自身ならどんな方法で行動するだろう、と具体的に考え始めてしまう。』

『そこが完全に影響されてるってことですやん。』

『普通の感覚を持っているとそこで引き返すんです。
 ところが実生活で何かトラブルを抱えていたり、
自分を押さえ込まれている人はここで一種神経症的な罪悪感を持つ事になります・・・こんな事を考えてはいけないと。』

『引き返す人とどう違うんですか?』

『妙な言い方になりますが引き返す人は、その刺激に飽きるんです。
映画を見て持っていたストレスは昇華してしまう。
しかし過剰なストレスや不満を持っているタイプはその映像を思い返すことが辞められません。
抑えこまれた傾向が強い人ほど、してはいけないことをしてしまう自分にのめりこみ、止められなくなります。。
 罪悪感があればあるほど、悪いことを考えている自分にとらわれ、一層強く意識しその事を考えてしまう。
 イメージはふくらみ、頭の中では様々なパターンに対応できるほどのシュミレーションがそれこそ何百回、何千回と展開され繰り返されて定着する。』

犯罪心理を少しかじった人間、ましてや精神科医ならば常識的なことを滔々と解説する男に多少不愉快な感覚を覚えたが、ホテルに入るまではどんな話をするのか聞いてやろうと思った。

『定着すると言う事は、自分でそれができると確信してしまうと言う事です。自己暗示ですね。』

『自己暗示の原因はその映画とかとちゃうんですか?』

『確かにこんな映画や、犯罪を扱うようなゲームが市販されているのはよろしくない。
 ですが、実際に犯罪に走ってしまう人間にとってきっかけはコレでなくてもいいんです。
 極端な話、自分の想像だけでも繰り返し繰り返し考えていると、それがイメージのトレーニングになって定着します。できる気になるんですね。』

『そう言う意味で、映画やゲームに原因を集約するのはおかしいと言う話ですか。』

『そうです。コレに責任があるのではなく本人の抱えている問題こそが根本なんです。
 こう言うものを見ている全ての人が犯罪に走るわけではない。
 根本的な問題ををフォローしないでオタク文化などに責任をかぶせるような言い方をするのは考え物ですね。』

『でもこう言うのを見てしもた事で、誰かに危害を加えてみたい言う発想がでてくるんとちゃうんですか?』

『見ていてもいなくても同じですよ。
 映画もゲームもインターネットも手段であって原因ではありません。
 例え有害と思われるものをすべて撤去しても暴力から人を隔離する事はできないでしょう。
 残念ながら暴力もまた人間の本能だからです。』

『ほんなら事件起こすヤツは本能の赴くままやからどないしようもないんですか?』

『にいさん、それは極端すぎますて。』

台本があるのか、芸人と漫才師が視聴者をうまく代弁して進行していく。
山口も運転しながら黙って聞いていた。

『暴力も本能だから犯罪が発生するのはしょうがないと言うことではありません。
 私の言いたいのはメディアの影響だからとか、精神や人格の問題だなどと安易に片付けず
 しっかり容疑者の周りの環境や人となりを調べて、その心の闇を明白にして欲しいと言うことなんですよ。つまり。』

時間が迫ってきたらしく、長々と自説を展開する精神科医の話に司会者が次のコメントをかぶせてきた。

『さて今回、当番組の独自の調査により松浦容疑者の新たな一面を発見することができました。
また先ほどお送りした松浦容疑者の母親の話から、松浦本人が精神的な疾患を抱えていると言う情報が入ってきています。』

「なんの事だ、山口?」

「わかりませんが、あの母親がテレビのインタビューに答えたんでしょう。」

『これから犯人の精神鑑定も含めた取調べが予想されますが
こういった映画の影響と安易に考えてしまうと重要な問題を見落とす可能性があると言う事ですね。』

「ち、なんでマスコミが勝手に精神鑑定とか言うんだよ。」

私はその言葉には答えを返さず携帯電話のテレビのチャンネルを切り替えた。

「あったぞ、山口。」

画面にはモザイクこそかかっているが、我々に食って掛かった松浦の母親が大写しになっている。

『あの子も被害者なんです!ずっと心の病気で。病院に行けない位ひどい状態だったんですよ?
誰も助けてくれなくて、ニート支援も断られて。
それを自分で立ち直ろうとしていろんな会社やお店に仕事を探しに行ったりしてたんです。
なのにみんな障害があるなら雇えないって言って、社会的弱者の息子をよってたかってのけ者にしてきたんです!』

「あの・・・なんかむちゃくちゃ言ってませんか?」

『このままあの子が有罪になってしまったら、同じように障害を持っている人たちがもっと偏見の目で見られてしまいます。
私は誤解を解きたいんです。
ずっと大阪弁じゃないっていじめられてきたあの子の気持ちがわかりますか?
うちの子はずっと被害者だったんです。
弱いものはもっと弱い立場にって、格差社会のせいですよ!』

「すさまじいな。」

「こんな事を聞いたら本当に病気で苦しんでる人がどれだけ嫌な思いをするのかわからないんですかね?」

『ちょっと待ってください、あなたの仰る事はわかりました。 
ですが被害者の方への謝罪は』

『それはあの子がする話でしょ!』

なんて母親だ・・・・。

「何が社会的弱者だ、松浦を引っ張り出してきて見せてやりたいよ!」

「さっきの精神科医の話じゃないが、こんな両親のいる家庭環境なら松浦の性根が歪むのも無理もないかもな。」

「やっぱりおかしいんですよ!アイツは。
ストレスだか家庭環境だか知らないけど!映画見てその気になって!
きっかけがあれば誰かを襲うんだって、そんな事をずっと考えてたんですよ。」

「早く送検したいか?」

「したいです。服役して自分の罪に苛まれて、毎日後悔しまくればいいんだ・・・。」

若い刑事は熱血漢らしく、怒りを込めた目で前の信号機を睨みつけている。

明白な犯行事実と自供。
このまま送検するのはさして難しいことではない。

果たして、罪の意識に苛まれるような人間かな。
しかし私はこの正義感あるれる青年に対してその言葉を飲み込み、携帯電話のテレビを消した。

「あのホテルか?」

「はい。」

そう答えた山口の口調は、これから始める清水貴信氏の家族との面談に大きな疑問を抱いていることを私に伝えてきた。

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