第1章


「そう先を急がなくてもよかろうに。続きを話す前に、温かいコーヒーを持って来てくれないか。」
「すぐ持ってきます。」
青年は早足に部屋を去って行った。


ここはアメリカのネバダ州にある小さな町。
年は1991年の5月8日。
おっと、私について話さなくては。
私の名はキース・テイラー。
1921年5月9日生まれ。
つまり明日は私の70歳の誕生日というわけだ。
今では杖を使わなくては歩くのが困難になってしまった。何しろもうこの年だから。
それでも「人生これから」と言って励ましてくれる人がいる。
妻だ。名前はヘレン。私よりも3つ年下である。
先程の男は私の1人息子で名前はエドモンド。もうすぐで40歳になる。
私の誕生日のために、ニューヨークからわざわざ来てくれたのだ。
せめて、40歳の誕生日は祝ってあげたいが・・・。

私はここネバダ州に生まれ、21歳までここで育った。
21歳になった時、つまり1942年、第2次世界大戦の真っ只中にアメリカ軍の徴兵令を受け、
訓練学校へ入った。
今までに経験したことのない事の積み重ねだった。
朝早くに起こされ、素早く朝食を食べた後、晩まで走ったり銃撃訓練をしたり。毎日がそれの繰り返し。
走っているときに遅れたり、銃撃訓練で的に全然当たらないと上官にこっ酷く怒鳴られる。
そんな中で私は兵士として鍛え上げられ、第7軍に配属された。
そして1943年7月、私にとって最初で最後の戦線へと送られた。それが“ハスキー作戦”だった。
しかし、手榴弾の巻き添えを喰らい重傷、本国へ帰されてしまったのだ。



ドアの開く音がして、コーヒーを片手にエドモンドが戻ってきた。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
「それで?どうなったんです?」
「何がだね?」
「何って、手榴弾を喰らった続きですよ。」
私は顔をしかめながら言う。
「その話はそれで終わりだよ。治療のために本国送還されて今に至ったわけさ。」
「22歳から69歳になるまでの47年間、ずっと寝て過ごしたとでも?そんな事ないだろう。
僕が幼いころは親父は既に治ってたはずだ。」
息子が眉間にしわを寄せて言う。
「おかしいぞ。そう言えば一度も戦後の親父について聞かされたことはなかった。」
そうとも。私は息子に自分の歩んできた人生を語った事はない。米軍に従軍していたとしか言っていない。
私の経験した戦争を詳しく語ったのも今日が初めてだ。
「一体、その47年間の間に何が?話してくれないか?」
私は大きく息をはいて言う。
「いいだろう。」
そう、そうとも。話さなくてはいけない。私のすべてを。
息子がニューヨークからわざわざ駆けつけてくれた今、この事を話すには絶好の機会だ。
いや、駆けつけてくれたのではなく私の妻が来るように息子に言ったのだ。
息子は忘れっぽいので私の誕生日なんか憶えていないだろうから。

「ここで待っていなさい。」
私はそう言い、隣の自分の部屋へ行った。
ベッドの下に手を入れ、鍵のかかった頑丈そうな木箱を引きずり出した。
埃まみれだ。
この箱を開けるのは何年ぶりだろうか。
私は鍵を保管している棚に向かい、一番上の引出しをあける。
ない。
1つ下の引き出しを開けた。
そこにもない。
全ての引き出しを探したが、どこにも見つからない。
どこにあるのだろう。
どうしても思い出す事が出来ない。
私は立ち上がり、渋々木箱を抱え隣の部屋へ戻った。
「それ、何なんだい?」
「大事なものが入っている大切な箱だ。」
私は木箱を床に下ろす。
「鍵は?」
「見つからないんだ。」
「何処にしまったか憶えていないのかい?」
「憶えていたら持って来るに決まっているだろう。鍵は後で探すからいい。」
そう言って私は椅子に腰掛けた。
「さて、どこから話そうか・・・。」
私は軽く眼を閉じた。
様々な記憶が走馬灯のように脳裏に駆け巡る。
手の平の古傷が疼いた気がした。

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