H23年1月
採卵し、胚盤胞になった唯一の卵
H23年3月
移植する予定だった。が。大地震発生
地元病院はしばらく営業停止。
新幹線は東京への復帰見込みつかず否応なしに延期。
採血2回ほどしていたのに。。。
H23年6月
いよいよ新幹線も通り片道4時間の新幹線(安かったから)に揺られて東京へ移植へ出発。
今回は地元の病院で当日採血結果がでないということでKLCも判断が大変だったとおもわれます。
スプレキュアによる排卵もせず血液の数値だけで『今日、排卵だと思うので何もしないでね、』との指示。
大丈夫かい??
と思いつつどうせまたダメだからいいやと移植日決定。
6月6日移植でした。
(あめざーざー降ってきて。。覚えやすい日です。当日は梅雨だというのに晴れました)
卵グレードB
いつもと同じです。
今までとはうってかわり卵に対する思いれがあまりないまま元気にすごしました。
移植後重たい荷物を持ったり変な踊りをしたり(東方神起の真似だけどまねになっていないへんてこ踊り が、一応つかれるとか)
前回とまったく真逆に動きまくって生活しました。
『お腹に残る子は自分で残ってくれるハズ』←あまり良くない考えで浅はかなのはわかっています
6月13日
血液検査
HCG45
地元の先生には妊娠成立していますよ。と言われたが前回も同じように言われていたのでこの数値があまり高くないことも勉強していたので『まだ5分5分だよな』と思っていた。
それでも東方神起を踊る。(踊れてないけど!)
6月27
胎嚢確認日
普通だと血液検査をあわせてやるようですがエコー確認のみ。
これで子宮外妊娠か否かがわかります。
豆が映っていました。
1cm
豆 豆 豆
ちょこんと黒い豆。
いた・・・
ほんと??
これ??
おお33歳にしてようやく子宮がベットになっている。
まだまだこれからが長い戦いだってわかっている。
でもここに来るまで5年かかっている。
お金も600万
心も折れて またつないで 無になって。。。
ようやく1歩、見たことがないところまで前進しました。
KCLの先生
5.6回移植すれば。。。
と言った最初の言葉
まんま的中しましたよ。
ふえ~。おそろしや。
でも地元の先生、助成金の作成の手伝いをしてくださった方、看護師さん
ありがとう。
とりあえず仮KCL卒業です。
長かったな。。。
長距離はやっぱ辛い。
PR
Calendar
Keyword Search
Comments