たばちゃん♪の いいもん見っけ!

たばちゃん♪の いいもん見っけ!

every moment



やっとの想いで目をこじ開け、体を起こす。
隣で、猫までもが けだるそうに あくびをしている。


また、いつもの一日が 始まった。

朝の時間は 貴重だ。
手早く 身支度と猫の食事の世話をし、追われるように家を出る。



6Fから 下りのエレベーターに乗ると、
珍しいことに、3Fで 止まった。

世帯数の少ない このマンションでは、エレベーターで
住人と 出くわすことは あまりないのだ。


3Fからは、ランドセルを背負った女の子が
「おはようございます」と うつむきがちに 乗ってくる。


「おはようございます」

声をかけ、ちらっと見ると、301号室のFさんちの子だった。


そういえば、きのうの朝も、このコと 一緒だった。
2日連続だなんて、ほんと、珍しいわ。


そんなことを考えている私を尻目に、
彼女は、通りの向こうの友人のもとへと 駆け出していった。




私は、駅へ向かう。


いつも同じ時間に家を出るから、周りの風景も いつも同じ。


空き地では 猫が3匹、寝そべっている。

幼稚園バスを待つ お母さんたちは、子供の手を取ったまま
おしゃべりに夢中。

あ、あのカップル。
いつも 手をつないで ご出勤なのに、今日は喧嘩でもしたのかな。
微妙な距離を保ったまま 歩いている。



駅に着けば、いつもの満員電車が 待ち構えている。

この路線は 本数が多いので、乗客数も ハンパではない。

さすがに 駅では「いつもの あの人」なる存在と出くわすことは
ないけれど、ホーム上でのアナウンスの声は、いつもと 同じ、
あの駅員さん。


到着した電車に乗り込み、1時間ほど ぎゅうぎゅうと押されながら
立っていれば、いつもの時間に いつもの駅に着く。


いつものコンビニに寄り、いつもの店員さんから お釣を受け取る。

いつもの守衛さんに挨拶をして、
当然のことながら いつもの会社のカギを開け、中に入る。

いつものように 簡単に 机の拭き掃除をすれば、
いつもの会社生活もスタートだ。


私は、わけもなく、ふっと ためいきをついていた。









なんか、おかしい?


そう 感じ始めたのは、お昼すぎだった。


私は、いつもと変わらぬペースで 仕事を こなしていた。

ここのところ、注文の数が減っているため、
午前中は ほとんど 電話も鳴ることがない。

きのう入力したと思っていた伝票の束が 未入力箱に
入っていることに気づき、その入力作業で 数時間が過ぎていた。



突然、電話が鳴る。

ディスプレイに表示された番号を見て、イヤな予感がした。


A社の営業マン、Sさんだ。

きのうも、同じような時間に電話をかけてきて、
納品した製品について クレームをつけてきたのだ。

よくよく話を聴いてみると、結局 Sさんの勘違いだったのだが、
その前に 散々 怒鳴り散らされたのが、憂鬱の種となった。


どうしたんだろう。
きのうの件は、解決したはずなのに。
また なにか 見つけたのかしら。


少々 うんざりしながらも、しかたなく 受話器を持ち上げる。


「おいっ どうなってんだよっ!?」

うわぁ、最初のひとことまで、きのうと同じだ。

Sさんは、私に ひとことも口をはさませぬまま、
数分間 しゃべり続けた。


が・・・

クレームの内容が、きのうと まったく同じなのだ。


どうしたの?
Sさん、この暑さで アタマ おかしくなっちゃったのかしら?
きのう、ちゃんと納得していたじゃないの!


ようやく 言いたいことを 全部 言い放ち、
ひといきついた Sさんに、私は 恐る恐る 切り出した。


「その件につきましては、たしか きのうも お電話を・・・」


「なにっ!?あんた、なに 言ってんだよ!?
今日 届いた品物だぞ?」


Sさんの怒りが 再燃した。


????
やだ、このひと、ほんとに 忘れちゃったのぉ?
納品だって、今日じゃなくて きのうのはずなのに。
しかたないなぁ。


しかし、この仕事を長くやっているうちに、いつしか
クレーム客に対しても それほど 腹が立たなくなっていた。


まずは 言いたいことを 全部 吐き出させてから、
きのうと同じ内容を、同じ順番で、説明する。

いつもの このパターンが、結局は 問題を一番早く解決する、
ということを、私は 知っていた。



「あ、そう。そういうことだったのか。
ごめんな、怒鳴ったりして。」

Sさんの そんな謝罪の言葉まで、きのうと同じだった。

そう。
彼だって、悪いひとではないのだ。



ほっとしながら 電話を切ると、
終わるのを待っていたかのように、上司に呼ばれた。


「ちょっと、これ。
これ、どうなっているんだったっけ。」



え? また?
これも、きのう、説明したじゃないの!!


イラつきながらも 再度 説明すると、
もの忘れをするような年齢でもない上司は、
ふんふんと 初めて聞くような顔をして、熱心に聞いている。

今度は 社内の人間だけに、ちょっと 嫌味を言ってやりたくなった。

「あのぉ。
これ、きのうも ご説明したと思うんですけど・・・」


すると、彼は 弾かれたように 書類から 顔を上げた。

「え?そうだったか・・・・?
いや、聞いてないよ。だって 俺、きのうは 出張だったろ??」


やだ。このひと、大丈夫?
出張は おとといでしょう?


私は あきらめて、静かに微笑み、頭を下げた。

「あら、そうでしたね。失礼しました。」


私も もう若くはない。
面倒くさいことは、極力 避けるようにしていた。




仕事を終えた後、いつもの電車に乗っていつもの駅で降り、
いつものスーパーで買い物をして、家に向かった。

きのうまでだと思っていた特売が 今日も続いていて、
買い忘れていたものを 数円 安く手に入れられたのが、嬉しい。



家まで あと少しだ。

角を曲がろうとした 私は、飛びのいた。



一方通行を逆走してきた車が、
ものすごい スピードで 突進してきたのだ。

あと1秒 私の方が早かったら、間違いなく轢かれていただろう。



「まったく、危ないわねぇ。大丈夫だった?」

通りすがりのおばちゃんが 眉をひそめて 声をかけてくれた。





・・・・・。

言葉が 出てこなかった。




私は、きのうも、ここで、
一方通行を逆走してきた白い車に 轢かれそうになったから。

そして、間違いなく、日傘を差した このおばちゃんが、
そっくり 同じ言葉で 声をかけてくれたのを 覚えていたから。



「わ、わたし・・・。
きのうも ここで 轢かれそうになりましたよね?」



そんな言葉を口にする勇気も なかった。

さっきの上司と同様、否定されるだろう。
アタマのおかしい子だと思われるかもしれない。




「ありがとうございます。大丈夫です。」

なんとか声をしぼりだし、おばちゃんに 頭を下げるのが 精一杯。



とにかく早く、家に帰りたかった。













目覚ましが鳴った。

やっとの想いで目をこじ開け、体を起こす。
隣では、猫までもが けだるそうに あくびをしている。

手早く 身支度と猫の食事の世話をし、追われるように家を出る。



エレベーターのボタンを押すとき、少し どきどきした。

また 301号のあのコと会ったら、どうしよう。



3Fで エレベーターが 止まった。

あのコが乗り込んできた。




私の どきどきは おさまらなかった。




会社に着くと、たしかに きのう入力したはずの伝票の束が
「未入力箱」の中に 舞い戻っていた。

いくら 同じような内容の伝票とはいえ、間違いない。
きのう入力したものだ。


お昼すぎには Sさんから クレームの電話。
それが終わると、上司から お呼び出し。

スーパーでは まだ 特売が 続いていて、
私は あの角で また 轢かれそうになった。








翌日も、同じだった。


その翌日も、その翌日も。
その翌日も、その翌日も、その翌日も。



私は 朝、エレベーターで 301号のコと会い、
会社では まったく同じ内容の伝票を入力した。

お昼すぎには、Sさんからのクレームの電話を受け、
上司に 同じことを説明し・・・

夕方は、いつまでも特売の続くスーパーで買い物をして、
いつもの角で 白い車に 轢かれそうになった。

毎日、同じ服を着た、日傘を差したおばちゃんが
同じ言葉で 声をかけてくれた。





いつのまにか 「週末」という概念が 私の中から消えていた。


土曜も 日曜も 祝日もなく。
寝坊をすることもなく、遊びに行くこともできなくなり。

私は、いつもと同じ。
いつもと まったく同じ一日を、繰り返すだけだった。





『人生は、予定通り』

いつ どこで、誰が 言っていたんだっけ。


そのときは、まさか こんな意味で使われる日が来るとは
思ってもみなかったけれど。

まさに『予定通り』と表現するのがぴったりな日々を
私は 毎日 忠実に 再現していた。








あぁ。
もう どれくらい前になるのかしら。

あの頃、私は 「また いつもと同じ一日が始まる」なんて思っていた。

毎日、同じ。
それが 不満だった。

たまには 違う人生を生きてみたい。
そんなふうに思ったこともあった。


だけど・・・

毎日 同じように見えていたけれど、
実は まったく 違う毎日を 生きていたのね、私は。

本当は、一日 一日が 違う体験の積み重ねだったのね。

まったく同じ日を繰り返している今だからこそ、わかったことだけど。






それが わかれば、充分だった。

もう同じ毎日を繰り返す必要は、ない。






あと1秒。
あと1秒 早く、この角を曲がれば・・・。






私は、いつもより 1秒だけ早く。

その角を曲がるべく、大きく 足を 踏み出した。









車の急ブレーキの音が響き、

私の体が 宙に舞うのを。








私は じっと 見つめていた。








【2008年7月16日】 every moment


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