ようこそ、ももちやん旅の部屋へ

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土屋朋子さんのエッセー





Plus-Press No.967 2005.2.28 土屋 朋子
ウーマンリヴの気分で?
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ツーリング受付開始日の12時、事務所の電話が鳴り続けた。
そしてまだ半年も先の、何本かのコースがたちまち定員で一杯になってしまった。
ツアーをはじめて6年目、こんなことは始めての経験である。よかったなあと思うと
同時に、よく頑張ってここまで続けてきたものだと思う。

このところの私の興味の中心であり、プレスにも何度も取り上げてきた「女性のため
の田沢湖ツーリング」は、私の暮らしの中で、大きなウエイトを占めている。
「もういい年なんだから、人の事なんかかまってないで、自分で楽しく自転車に乗れ
ばいいじゃない」と言う人。「仕事?ボランティア?それとも生き方?」等々、みん
な色々な事を言ってくれる!

正直いって、無我夢中でやっていた時には、そんな事を考える余裕はなかった。
しかし最近、やっていることに対して何か確かな手応えのようなものを感じはじめて
いる。
今回のプレスは、一寸立ち止まって、走り続けてきた自分と自転車の関わりについて
書いてみたい。
こんな気分になったのも、もしかすると昨年1年間、どうしてもプレスが書けなかっ
たあのブランクのせいかも知れない。

ツーリングのイヴェントを始めようと思った動機は色々だ。そして、実際に動き始め
て直面した最大の問題は、なんといっても女性が乗れるロード・レーサーが手に入ら
ないということだった。何をバカなと思われるかもしれないが、これを始めようと思
ったのは10年以上も前の事だから。
たいしたコネもないまま、自転車メーカーを尋ね歩き、「小さなフレームサイズのロ
ード・レーサーを手に入れたいと思っているのですが、協力してもらえないでしょう
か」というお願い行脚を続けたものだ。

結論は、メーカーとしてはそんな特殊な自転車を作る気はない。女性がロード・レー
サーに乗るはずもなく、仮に乗りたいと思う人がいたとしても、ごく少数だろうから
、商売にはならないということだった。
しかし、どうしても欲しいというのなら、フレームビルダーにお願いして、オーダー
メードの自転車を作ってもらったらどうですかというアドヴァイスをもらったのが、
いいとこだ。

私には、自転車をオーダーできるほどのお金もなく、オーダーメイドや趣味的な自転
車の世界とは別に、スポーツ自転車の普及のためには、ある程度の生産量がこなせる
普及版の自転車が簡単に手に入る状況を作ることが重要だと考えていた。
そんなこんなで、たいした進展もないまま、何年かが過ぎていった。

とうとうある日、中村自転車というメーカーの若い重役さんが、私の考えているよう
な自転車を作ってみようと言ってくれたのだ。とても嬉しかった。
私は、自転車については全くの素人だったが、勉強し、試行錯誤を重ねた結果「週末
の巡洋艦/ウイークエンド・クルーザー」という勇ましい名前の自転車を完成させた

自分が乗ることを意識した、そのオレンジ色の自転車は、サイクル・ショウの片隅に
展示されたという痕跡を留める程度で、残念ながらそれ以上の展開は望めなかった。

私は今でも、サイクルショウの本質には、そういった意気込みのある商品が展示され
、話題になるような仕組みがあってもいいと思っているのだが..。
それを契機に、私は自転車の業界に頼るのは止めようと覚悟を決めた。それが、結果
的にはよかったのかもしれない。業界とやらに、やる気を失うほど叩きのめされない
ですんだのだから..。

私はその試作品をベースに、自費で自転車を作り、普通の人に、自転車の楽しみを知
ってもらおうというささやかな試みをスタートさせた。
それが、現在の「女性のための田沢湖ツーリング」の原型である。

●なぜ田沢湖なのか
15年以上も前のことになる。私は地域開発の仕事のスタッフとして、田沢湖町を始
めて訪れた。その仕事が終わった後も、地域の人たちとのご縁は続き、やがて、マウ
ンテンバイクのレースを作るお手伝いを始めるなど、田沢湖との関わりは少しずつ深
くなっていった。

素晴らしい自然と心優しい人々。温泉においしいお酒。田沢湖は、私にとっていつの
間にか故郷のような存在になっていた。
自転車で走る楽しみには、地域の魅力が重要な要素になる。私の場合、それは観光的
な興味ではなく、自然の中に身を置く喜びに尽きる。

一周22?の田沢湖には、信号が一つもなく、交通量も少なくて、初心者が走るには
最高のゲレンデだった。豊かな自然はいうまでもない。
そうだ、海外で体験したあの素敵なツーリングを田沢湖でやってみよう!

「それは面白い」といってくれたのが、鶴の湯温泉の社長佐藤和志さん。自らライト
バンを運転、全行程を自転車の後についてサポートしてもらったのだ。
これには、どれだけ力づけられたことか!
観光客が来るきっかけになるといったような理屈ではなく、「土屋さんがやりたいと
思っているからサポートしよう」という、人間同志の素朴で暖かい関係。新しい事の
始まりは、案外こんなことから動きはじめる事が多いようだ。

それは、町役場の職員でもある後藤裕文さんも同じだ。役職は変わっても、ずっとツ
ーリングへの思いを支えてくれている。
ここには、人と自然と自転車の理想的な関係がある。
時間を重ねる中で、観光協会を核にした都市と地方の交流という新しい側面も動き始
めている。自転車を越えた新しい可能性が育つ楽しみもありそうだ

●私が乗れる自転車が欲しい
私は、自転車選手でもなければ、自転車業界にも何の関わりもない。ツール・ド・フ
ランスを知って自転車が好きになり、私も自転車に乗ってみようと思い始めたのはそ
れほど古い話ではない。

自転車競技の世界に少しばかり足を突っ込んではいたものの、自分がロード・レーサ
ーに乗るということになると、話はまた別だった。
誰に相談するでもなく自転車屋さんを尋ね、よくわからないままにはじめて手に入れ
たロード・レーサーは、フレームサイズ460mm。フロントのギアはたしか52と48 。
これは立派な競技者仕様である。小柄で非力な私が、今だったら絶対にこんな自転車
を買うことはないだろう。しかし、既製品ではそれが一番小さいサイズで、このサイ
ズがあるだけでも運がいいと、自転車屋さんに言われたのを覚えている。
私の自転車乗りとしての第一歩はこの自転車と一緒に始まった。

大きなサイズのフレームは、当然股に当たる。大きなギアは重くて使いこなせない。
お尻が痛い。必要なものをどうやって手に入れればいいのか。メカニックトラブルの
対応ができない。この自転車で、どこを走ればいいのだろう。
これはきっと、いい自転車屋さん(あるいは、私の目的にマッチした自転車屋さん)
に巡り会えなかったせいだろう。その頃のつらい思いが、私をすっかり自転車屋さん
嫌いにしてしまった。しかしそうした体験が、私を自立した自転車乗りにしてくれた
ことも確かだ。

その間、私はずっと、自分サイズの自転車が欲しいと思いながらも、私は女性だし、
身体が小さいのだから仕方がない、自転車ってそんなものなのだと、どこかあきらめ
に似た感情を持ちながら、自転車に対しては、ひどく控え目な態度でつきあっていた

しかし最近になって、この事態は自分で打開すべきこと、女性であっても、競技者で
なくとも、必要な物は必要なんだと、自分から声を上げなくてはならないという事に
気がついた。やっと今頃!恥ずかしいことである。いいわけがましいが、自転車はそ
れほど特殊なものだと、思い込んでいたのである。

●自転車は男の世界
自転車の世界は完璧に男社会だった。かなり古い話になるが、生まれて初めて、日本
の自転車レースを見ようと、山梨の国体にで出かけて、ショックを受けた。舞台裏ら
しき場所には、ライトバンやトラックがたくさん停まっており、そのあたりには、ご
ざや毛布が敷かれていて、裸に近い感じの男たち(選手なのだが)がうろうろしてお
り、私は完全に違う場所に紛れ込んでしまったという気分に襲われた。まさに男の世
界、女の気配など、どこにもなかった。

次に受けたショックは、競技連盟という組織に関わる偉い人たちの物の考え方だった
。封建的という言葉が生きているようなおどろおどろしい世界。世界を相手に戦うス
ポーツなのに、「世界」という視点が全く欠落している男たちの集団に息をのむ思い
がした。
そして最後が、自転車屋さんたちの「技術」が一番という、あの独特な世界だ。
「そんなことも知らないの?」というのが、彼らの口癖。私たちは全く何も知らない
から、自転車屋さんにお尋ねしているというのに!

しかし最近になって、自転車メーカーと町の自転車屋さんを一緒に論じてはいけない
と思いはじめている。
自転車は、本来パーツの組み合わせによってできているものだから、自転車屋さんは
、何もメーカーのお仕着せの自転車を並べて売る事はないのだろうにと思っていた。
しかし、現実には、自転車屋さんが望むパーツを手に入れる事がなかなか難しく、そ
れに加えて諸々のしがらみ..。一筋縄ではいかない世界のようだ。
大メーカーは、数に物言わせて、同じパーツを安く手に入れ、見た目のいい画一的な
商品を作るのに忙しい。

しかも、消費者が、本当に欲しいと思っているものを知ろうとする努力をしないだけ
ではなく、消費者は、自転車については何も知らないものと決めてかかっているよう
にも見える。そこに大きなギャップがある事に何故気がつかないのだろう。
消費者は(あるいは自転車屋さんは)、既製品の自転車から自分の望まないパーツを
外し、別のパーツを付け替えようとすれば、それだけでもう余分なお金が発生する。
それだけではない。使わない新品のパーツは、そのままゴミに変身することになる。
無駄なことだ。

私たちは、もしかすると本当に欲しいものを手に入れるためには、それだけの対価を
払う覚悟で、いい自転車屋さんとつきあう術を伝えていく必要がありそうだ!
メーカーの男たちが頭を寄せ合って、女性のための自転車を作ろうとしている風景を
想像すると、マンガチックな気分になってしまう。そこには、あきらかに女に自転車
の事がわかるはずはないという驕りが見えてくる。

あれから10年以上も経つというに、メーカーの作った最新の自転車を見れば見るほ
ど、彼らは本当に女性の事を考えて自転車を作っているのだろうか、マーケティング
の発想を持ち合わせているのだろうかと思えてならない。
私の欲しい自転車、私が女性たちに勧めたい自転車は、ありそうに見えて、今もって
ないのである。

●必要な物は自分で手に入れる
ずっと以前、ヨーロッパのファッションが華々しく日本に入ってきた頃の事。そうい
えば、あれはウーマンリヴの活動が華やかだった頃でもある。ソニア・リキエルとい
う女性のデザイナーが、自分は自分の着たい洋服をを作るのだといってデビューした
時のことを忘れない。
その頃、トップをいくデザイナーたちは、みんな男性だったのだから。

しかし今、自転車の事を思う時、なぜかあの頃のウーマンリヴの気分をなつかしく思
い出す。あの当時、私はウーマンリヴの持つ言葉の響き、華やかに活動していた女性
たちにはひどく違和感を感じていたというのに。
私はもう黙ってはいない。遅まきながら、やっと何をすべきかがわかってきたのだか
ら。自分のことは自分が一番よく知っている。女のことは女にしかわからない。必要
なものは、自分で手に入れるまでだ!

私は、自分自身自転車に乗り続ける事によって、自転車そのものが見えるようになっ
てきた。がんばって、自転車に乗り続けてよかったと思っている。
自転車を作りさえすれば、目先を変えた新製品を発売すれば、自転車の利用が促進さ
れるものでもなく、自転車が目に見えて売れていくわけでもないだろう。
自転車に乗る楽しみを伝える事によってはじめて、自転車を手に入れたくなるという
しごく当たり前なことに、メーカーも自転車屋さんも気づいていないような気がする


それと同時に、ロード・レーサーは競技に使うための道具としてだけではなく、多様
なライフスタイルに裏打ちされた、多様な乗り方を支える道具であることへの正しい
理解も必要だ。そこのところをきちんと押さえれば、それぞれのライフスタイルを支
える自転車の形が、自ずから見えてくる。

メカニックについて弱いといわれる女性たちが、どうしたいのか、どういうフィーリ
ングを望んでいるのかという素朴な思いを、メカニックに変えていくのが自転車屋さ
んの仕事のはずだ。私のオフィスにやってくる女性たちと一緒に、私がしていること
を見せてあげたいと思う。

私のツーリングイヴェントが終わる日は、女性たちが、私の事務所に来る必要がなく
なる日。私が女であるという事を声高に言いつのる必要がなくなる日。
そう考えると、相変わらず女性にとっての「差別」という現実は、今もなお存在して
いるのだと、改めて思ったことである。

●編集後記
少し古い話になりますが、お正月休み、いかがお過ごしになりましたか?
いいお天気に恵まれた3日には、新しく自転車を作った仲間たちと一緒に、風の荒川
で走り初めをしました。
その週末、8日と9日にも、自転車仲間と一緒に気持ちよく走る機会に恵まれて、今
年はとてもいい年になりそうな気分です。それに気をよくして「冬こそ自転車」など
という文章を書いていますが、このところの寒さはさすがにこたえます。しばらく自
転車に乗っていません。

先日、草津温泉に出かけた折、以前から、どんなものなのか一度は挑戦してみたいと
思っていたスノーボードのスクールに入ってみました。スノボの一番「らしい」スタ
イル、カーヴをこなす動作がうまくできなくて敗退したあげく、身体をねじる動きに
集中しているうちに、左腕の付け根付近、肋骨の間の筋をねじったようで、またまた
胸をサポーターで締め上げて、笑わないようにしながら痛みが落ち着くのを待つ日々
です。相変わらずバカですねー。

若い友達に「あれは、理屈で曲がるんじゃないの。イメージ、イメージで曲がるの!
」といわれて、すごく納得すると同時に、残念だけど私にはできないと思ったことで
した。
本気でやろうと思ったわけではないのですが、できなかったという悔しさだけが残っ
てしまいました。
これで私のオフはそろそろ終わり。春に向けて始動を始める時期に入ります。

●お詫び
がんばっていらっしゃる自転車屋さんも沢山おありなのに、お許しください。一般論
だと、どうしてもこういう書き方なってしまうことを、ご理解ください。
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