Tanzen Sie in den Himmel

ドク・スコルピオン

ドク・スコルピオン は人望も厚く有能な若き医師だった。

しかし彼自身が 子供の頃から 脱皮がしにくいという持病を抱えていた。

大人になるにつれ症状は深刻になっていった。

家族や友人の強い勧めもあり 彼は アメリカで専門医に手術を受けることにした。


決死の思いで密航した 人間用の飛行機だった。

彼には身重の妻がいた。


妻と 生まれてくる子供のためにも なんとしても 生き延びなくては!


しかし 出発前、 最後の患者の治療に時間をかけすぎてしまったため
次の脱皮までの時間はもう あまり残っていなかった。


今度の脱皮をうまく乗り切らなければ呼吸困難で死んでしまうかもしれない。。。


それでも、彼は彼を頼ってくる患者を 見捨てることができなかったのだ。

*   *   *   *  

マニラ空港から飛行機に乗った人間の男性 フィリップス氏 は 末期癌を宣告されていた。

彼は子供の頃から両親を助けてよく働き、結婚してからは家族を何より大切にしてきた良き父親だった。

彼が癌だとわかった時、家族は皆、最後にせめて彼の願いを何でも叶えたいと思った。

人のためにばかり生きて、何も不満に思ったことはなかった彼だったが、
子供の頃から飛行機に乗って空を飛んでみたいという ささやかな夢があった。

行き先はどこでもよかった。


愛する家族と一緒に空を飛んでみたい。。。



どのくらい滞在できるのかもわからなかったが、すぐに予約がとれたのが
ドク・スコルピオン も乗っていたニューヨーク行きのノースウェスト航空B912便だった。


*   *   *   *

それは偶然の出会いだった。

機内で楽しそうに団欒する フィリップス一家 を見ながら

ドク は妻とまだ見ぬ子供のことを思っていた。



今度 飛行機に乗るときは僕も 家族と一緒に 乗れるだろうか。。。

それまで 生きていられるだろうか。。。

生きていたい。。。



その時 医者としての ドク の勘に 何かが感じられた。


この 人間の父親 は 様子がおかしい。。。



は本能的に触診と  の特技である透視を始めた。



癌だ! それも末期の!



医者としての使命感が をさいなみ始めた。

ドク の尻尾の針からは癌治療の特効薬が出るのだ。

しかし 針を刺したりしたら 人間

きっと毒を刺したと思って を殺すに違いない。


生きて 家族の元に帰りたい。

人間 とは話ができない。

しかし僕のこの特効薬を使わなければ  この父親 はもう長くはないだろう。。。



その時  ドク の全身に激痛が走った。

脱皮の時が来たのだ。


息ができない! こんな時に!


薄れてゆく意識の中で  フィリップス氏 の子供が 幸せそうに

父親 を見つめる顔だけが はっきりと見えた。


。。。僕の命を  君のお父さん に あげるよ。。。


針を刺した瞬間、  フィリップス氏 は叫び声をあげ、

ドク を叩き潰した。


サソリ だ!

家族との最初で最後の旅行なのに!

癌でなくて  サソリ に刺されて死ぬなんて!



*   *   *   *

飛行機は成田空港に不時着することになった。

フィリップス一家は悲しみにくれていた。

運命は あまりに残酷だ。
私たちが いったいどんな 悪いことをしたというのか。。。。




しかし、病院に搬送されていく車の中で 何故か意識がはっきりしており、 落ち着いてくると

フィリップス氏 の体に 何の変調もないことに 本人も救急隊員達も気づき始めた。


失礼ですが、本当に サソリ でしたか?

成田医師 は困惑している様子だった。



間違いありません! この手で叩き潰したのですから!

薄気味悪い生き物でした。

背中に 赤十字 みたいな模様があるのが印象的で。。。



病院に到着し 精密検査を受けると 特に毒物反応が見られなかった。

幾分落ち着きを取り戻した フィリップス 夫妻は アメリカ渡航の経緯を  成田医師 に話し始めた。



癌ですって? 末期の?? いったい どこの病院でそんな診断を。。。?



レントゲンには癌の影はもう 写っていなかったのだ。



どういうことです? 私の体にいったい何が。。。。!



サソリ に刺された箇所の周りから 少量の抗癌物質が検出された。



これは。。。!  なんということだ。。。!



成田医師 はこれがきっかけで サソリワクチンの発見により医学会で名を成しすこととなった。

一方、すっかり健康を回復した フィリップス氏 は サソリ愛護を呼びかける草の根運動を始めた。

やがてそれは マスコミにも取り上げられ  謎のサソリ へのお悔やみの記事が世界中の新聞に掲載された。

そしてこの事実を基にした 童話が作られ 世界中の言語に翻訳された。

謎のサソリ は世界中の人々に愛され サソリの記念碑が成田空港内に立てられた。


*   *   *   *

ドク の家では スコルピオン夫人 が赤ん坊をあやしながら窓の外を眺めていた。

机の上にはにっこり笑う ドク の写真が飾ってあった。



赤ん坊の名前はドク・Jrだった。

背中には父親と同じように 赤十字 の模様があった。



赤ん坊を寝かしつけると  夫人 はおもむろに夕食の支度を始めた。

その横顔は 穏やかで そして幸せそうだった。

部屋の壁には 自らの命を賭して人間の命を救った  ドク の功績を称えた

人間の新聞の切り抜きも張ってあった。






ドアの開く音がして  夫人 は 玄関へ走っていった。


あなた!



ただいま。




往診から帰ってきた ドク だった。





フィリップス氏 に叩き潰された瞬間に 壊れたのは ドク の外皮だったのだ。

弾き飛ばされた彼は 奇跡的に命をとりとめ、 一度気を失ったものの、

人間の力のあまりの衝撃に 変形し、萎縮していた体中の関節がほぐれ 柔らかくなった。

意識を取り戻して 慌てて逃出した時、 飛行機はちょうどマニラ空港に戻っていたのである。


それ以後 彼が脱皮で苦しむことは 二度となかった。


* The End *


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