たろりんの“ウィスラーだより”

たろりんの“ウィスラーだより”

幼少期~小学校時代


《幼少期》


たろりんは、3人姉妹の末っ子。
両親も音楽好きで、私たち姉妹は幼少の頃からピアノを習わされていました。
たろりんがピアノを始めたのは、記憶が確かならたぶん3歳くらいの時。
幼かった私は、時々イヤイヤをしてピアノの先生を困らせたものですが、
今思えばこれが私の中に"音楽"というものを植えつけるキッカケ
だったのだと思います。
ピアノは結局、そのまま中学2年生くらいまで(途中休んだ時期もありましたが)続けました。

両親は、"音楽好き"と言ってもとくにクラシックが好き、
という訳でもなく、何でも幅広く聴いていました。
私たち子供への「心の豊かな子に育って欲しい」という願いからか、
"ファミリーコンサート"みたいなものにも時折連れて行ってもらっていた事を憶えています。
特に、黒柳徹子さんの『窓際のトットちゃん』のお話と一緒にオーケストラの音楽を楽しむ、
というコンサート(←タイトルはよく憶えてない)は印象に残っています。



《小学校時代》


東京の、とある区立小学校に通っていたたろりん。
この小学校では、4年生からはクラブ活動に参加する事ができました。
2人の姉にならって私が入ったのは合唱クラブ。
女の子にしては低い声(実はコンプレックスだったりもした)を生かし、
アルトパートで一生懸命歌っていました。

5年生の時、ひとつの転機が訪れます。
小学校の創立70周年を記念し、"金管バンド"なるものが作られたのです。
従来の合唱クラブの活動と平行して、たろりんは金管バンドの活動にも参加する事にしました。
"金管バンド"というからには、やっぱりみんなの憧れは"トランペット"。
たろりんも例外ではありません。
高い競争率、結局小学生らしくジャンケンで勝った人が
トランペットの座を勝ち取る事になりました。
勝負の瞬間…!たろりんは見事に敗退してしまいました。
仕方なく、たろりんは"トロンボーン"というパートに振り分けられる事になったのでした。

当初はしぶしぶトロンボーンを吹いていたたろりんですが、
やっていくうちにその魅力の虜となって行きました。
皆でまさに"息"を合わせてひとつの音楽を作る楽しさ。
トランペットのキラキラした高音とは対照的に、中低音で目立たないパートが多いながらも、
美しいハーモニーを響かせるトロンボーンの旋律。
また、それまでやってきたピアノがあらかじめ調律された音階の上を
10本の指を使って一度に複数の音をなぞっていくのに対して、
管楽器はまるで自分の声の延長のように一度にひとつの音のみを発し、
息の加減しだいで表情がガラッと変わるのもすごく新鮮でした。
トロンボーンはとくに、トランペットのような音階のはっきり分かれた
ピストン楽器ではなく、
あの長~い"スライド"を動かし音階を"見つけて行く"楽器なので、
どんな音を出すかはまさに自分次第。
しだいに、ピアノのレッスンや合唱クラブの活動よりも、
金管バンドの練習に没頭するようになっていました。

小学校時代には、もうひとつたろりんの音楽人生に欠かすことのできない出来事がありました。
それは小学4年生の時。家で夜、両親とNHKテレビの音楽番組を見ていた時の事でした。
パイプオルガンの演奏による、 J.S.バッハ 『主よ、人の望みの喜びよ』
という曲を、初めて聴いたんです。
幼い私はものすごい衝撃を受けました。
気が付いたら、涙がワーッと流れていて、我ながらビックリしてしまいました。
音楽を聴いて泣く、という経験は初めてだったのです。
同じパターンをゆっくりと繰り返す、単調なメロディ。
なのに、言葉では表すことのできない、人間の喜びや悲しみ、悩み、祈り、などというような、
さまざまな感情を、音階だけで表現しているように思えました。
「200年も前に作られた曲なのに、作曲したバッハさんの気持ちが、
今、私に伝わって来るなんて、なんてスゴイ事だ!」
って(笑)。今でもこの曲は、私の最も好きな曲のひとつです。

とはいえ私もフツーの小学生。皆とおんなじように、大好きだったのは 聖子ちゃん
当時は聖子ちゃん派と明菜派に分かれていましたが、私は断然、聖子ちゃん派でした(笑)。
3年生の頃は、仲良し3人組で聖子ちゃんのヒット曲のかえ歌をレパートリーとする
"いちご"と名付けたアイドルグループ(?)を結成し、
学校の屋上で昼休みにコンサートを開いたりしていました(ハズカシイ…、汗)。
姉のお下がりの初期型ウォークマンを手に入れたのもこの頃で、
初めて買ってもらった聖子ちゃんのアルバム
『Tinker Bell』
のカセットテープ
(当時、アルバムはLPレコード盤とカセットテープ両方で売ってました)
を、擦り切れるほど聴きまくりました。
6年生の頃には当時ものすごく欲しかったダブルデッキのラジカセを
祖父がプレゼントしてくれて、
友達と貸し借りしていた聖子ちゃんテープをダビングしたり編集したりしました。

松田聖子 は、実は大人になった今でも大好き。
むしろ大人になってからの方が、とくに当時の曲を中心に、
良さを再発見できたような気がします。
単純にカラオケで気持ちよく歌えるから、という理由もありますが、
改めてクレジットを見ると曲を提供しているのは
日本を代表するようなソングライターばかり。
聴けば聴くほどに、深いのです。


♪NEXT♪



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