たろりんの“ウィスラーだより”

たろりんの“ウィスラーだより”

高校時代


《高校時代》


上下の歯に掛かっていた歯科矯正のブリッジも無事にはずれ、
私の口元には明るい笑顔が戻りました。
「またトロンボーンが吹ける!」
当然のように、私はブラスバンド部に入りました。
"ブラバン"というと、ちょっと"オタク"っぽいイメージをお持ちの方!
確かにそういう感じの人も中にはいましたが(苦笑)、
私の仲間たちは今思い出しても本当にイケてる奴らばかりだったんですよ!
中学時代のブランクを経て、トロンボーンを再開できた喜び!
毎日の練習が楽しくて仕方ない時期でした。
毎年夏休みには、秋の学園祭のコンサートに向けての合宿。
合宿からの帰りのバスでは、全員が猛練習で完璧に覚えた楽譜の
それぞれのパートを、口で「タタタターン♪」とか「パーッ、パーッ♪」
などと歌って合奏する"口合奏"がお決まりでした。
50人もの部員の"声"が一緒になって、
いつもとはちょっとちがった感じのひとつの曲ができあがる。感動でした。
3年生の学園祭では、初のソロパートを演奏しました。
曲は、 『A列車で行こう』 。スウィングジャズの名曲です。
マーチなどと違ってジャズはアドリブが命、
楽譜どおりではなく自分なりにアレンジしないとカッコ悪い。
その演奏のテープは今も残っていますが、緊張のあまり音がうわずっていて、
思い出すだけでも赤面です(苦笑)。

ちょうどその頃、メジャーデビューを飾って注目を集め始めたのが、
現在もたろりんが愛して止まない 東京スカパラダイスオーケストラ
トランペット、トロンボーン、サックスを中心に
センセーショナルな音楽"東京スカ"を展開した彼らを、
ブラスバンド部の私たちも、大注目していました。
学園祭のアンサンブル発表会では、演奏しながら踊ったり、
全員で衣装を揃えたりして、ちょっと"スカパラっぽさ"を取り入れてみたりしたものです。
シロウトの私たちは一曲終わる頃には息があがっちゃってましたけど(笑)。

高校の頃よく聴いていたのは、月並みですが 渡辺美里 とか、
中学時代から
ファンの 米米クラブ とか、 東京スカパラダイスオーケストラ
それ以外はどんどん洋楽にのめり込んで行ったように思います。
Diana Ross and the Supremes
をはじめ、 The Temptations Stevie Wonder などMotownの音楽、
Beatles など、おもにレンタル店で借りて聴いていました。
やっぱり終始、歌詞カードを全部記憶してしまうほどに精読して、
たどたどしいながらも一生懸命、歌う練習をしていました。
FMラジオ局"J-Wave"が開局したのも高校の頃で、とくに毎朝のジョン・カビラの番組や、
毎週日曜日のクリス・ペプラーのカウントダウン番組は、欠かさずに聴いていました。
これがキッカケで、洋楽のヒットチャートに興味を持ちはじめました。
当時は東京初のHMVのショップが渋谷の、今の巨大なショップとは別の場所にあって、
高校1年生の時にそこで当時 『Hold On』『You're In Love』 等の曲がヒットしていた
Wilson Phillips のCDを買ったのを憶えています。
たぶん、コレが私が自分で買った初めての洋楽のCDだったと思います。

高校1・2年の冬休みには、短期のアルバイトをしてお小遣いを稼ぎました
(本当は学校で禁止されてたんですが)。
私は初めて、自分で稼いだお金で当時の最新式のCDラジカセや、
スカパラ のCDなどを買いました。
通学や外出の際、毎日欠かさずCDウォークマンを持って歩くようになったのもこの頃かな。
前から行きたかった 米米クラブ のコンサートにも行きました。
でもこのあたりから、米米クラブは売れすぎて、
以前私が好きだった"マニアックさ"を感じなくなってしまったので、
"米米熱"も急激に冷めていったように思います。
当時初めてお付き合いをした彼と、 渡辺美里
夏の恒例の西武球場コンサート(伝説の雷雨のコンサート)や、
Janet Jackson の東京ドーム公演( 『Rythm Nation』 の頃ですね)
に行った思い出もあります。


♪NEXT♪




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