たかさん、お疲れ様でした。
第二の人生、第三の人生も、奥様と一緒に楽しんでいってください。
いつ、出発するんでしょう?お見送りにはいけませんが、気をつけていってくださいね。

春ですね。
別れの寂しさと、新しい人生の出発を見守るのとで複雑な気分です^_^; (2007年04月01日 14時27分23秒)

たかさん日記-鬱となかよく

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2007年04月01日
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テーマ: 鬱病(2272)
カテゴリ: お仕事

先日の30日,私は教員生活21年の幕を閉じました。

辞令交付式(転退職者)では,退職者については一人一人辞令が手渡されます。会場には知り合いの先生が多く,私の退職にびっくりしていた方も多くいました。多くの方と握手をし,私は「これからの教育界を頼むね」なんて大きなことを言って別れを告げました。

夜は学校の送別会でした。私は今の学校に来てわずか1ヵ月あまりで急性鬱状態。復職を果たすも再休職,2年間の在籍で通算5ヵ月あまりの勤務に終わりました。職場って”苦楽をともにする”場だと思っていましたので,皆さんがどんな反応を示すかちょっと不安でしたが,ほんと,細かいことを覚えていてくれて,「あんな時にこう言ってくれた」とか「あの子にこんなアドバイスをしたらこんな風に変わっていったよね」とか,結構覚えていてくれました。まあ,お世辞でも「一緒の学年を組みたかった」なんて言ってくれたりして別れを惜しんでくださいました。私は,挨拶の中で,「第1の人生はただひたすら突っ走ってきた。これから始まる第2の人生は,まだ決まっていないけれど鬱を経験したからこそやれることをしてみたい。そして,私には第3の人生(いわゆる第2の人生)までも神様は与えてくれた,と思っている」と述べました。

-こうやって書いているのは,後でこの日記を見た時に,あのときこんなことを考えていたんだ,っていうのを忘れないために記録しています。-読んだ方は,何を自慢して知るんだ,なんて思っているかもしれませんが,今日は自分のための記録として書いています。

わずかな日々を過ごした今の職場でのお別れ会,接する時間は短かったけれど,みんなで盛り上げてくれました。これには感謝感謝……。願わくば鬱を克服して,(こんなに長く鬱で休んでいる人は周囲にはいないらしい)私が休職後もつとめはできるんだぞ,って先陣を切りたかった夢は果たせなかったけれど,これからは,将来管理職になりそうな偉くなりそうな人たちに,是非ともわが県でも(鬱だけじゃなくても)復職プログラム制度を導入してくれ,と言い続けることが私の使命かな,なんてことを思っています。他の都道府県では導入されている復職プログラム,わが県ではなし。この後進状態を打破していければ,いいと思います。まあ,早速何人か捕まえて,その話をしましたが。

で,私は1次会で帰ってきました。ほんとは楽しかったので2次会にとも思ったのですが,やはり次の日鬱鬱に落ちたくありませんでしたから。

そういえば,退職辞令をもらう前の日,朝,ベッドの中で妻が涙。そのわけは「私が海外駐在に行くために辞めることになっていまい,申し訳ない」と。いえいえ,私は第3の人生までもらえた男。こんな私の所に嫁に来てくれたことに,まず感謝している」と答えました。

退職を決意した時。私の恩師(とは言ってもこの間退職したばかりの先輩)からはじめて「○○ちゃん(私のこと)は,教職が天職なんだよな」と言われました。いつも仕事で怒られてばかりで,常に高い目標を与えられ,でも,よ~く面倒を見てくれてきた方から,最大の讃辞の言葉を戴き,その方に相談をしながら,今回退職ができたことは,ある意味幸せだったかもしれません。私はその方に見出されて,特別な研修,海外派遣,県の仕事などを任されてきました。もともといわゆる教員の世界で言えば,私は”外様(とざま)”でした。しがない一教員だった私に,いろんな経験をさせてくれました。私もそれに応えようとしてきました。荒れた中学校へ配属したのも,そこで修行してこい,との仰せ。いわゆる私は”教員バカ”だったのですが,それが生きがいでもありました。その方から,はじめて最大の讃辞をもらいました。鞄持ちをして,なんの力もない先輩教員が偉くなっていくのを見ていて,(もしポストを与えられたら)絶対に改革して,そんな奴をえらくなんかできない組織を作ってやる。と思っていました。

でも,今は肩の荷が下りた感じです。

さあ,今日から第2の人生の出発です。まだ,目標や夢はありません。ああ,まずは鬱から回復することかな。今の私には帰れる港=妻がいますので,安心して出航できそうです。

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最終更新日  2007年04月01日 10時28分15秒
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Re:退職(04/01)  
21年間お疲れ様でした

これからは奥様と二人で、有意義に第二の人生を
歩んでくださいね

たかさんの人生に幸多かれと願っております

(2007年04月01日 10時44分15秒)

Re:退職(04/01)  
「青年」  さん
長い間の教師生活お疲れさまでした。
第2(3?)の人生がより良きものであるよう、心よりお祈り申し上げます。
(2007年04月01日 10時46分35秒)

はじめまして  
すみれ6331  さん
はじめまして。すみれと申します。教員生活にピリオドを打たれたのですね。
長い間、ご苦労様でした。
教科は何の先生だったのでしょう?

私の両親も中学校の教師でした。もう退職しています。
わたしは産休代替の講師をしていました。教科は音楽です。
音楽自体が主要科目外だったし、私も若くて経験がなかったという事もあって随分苦労しました。それでも一つの学校では一年半勤めました。次に行った学校が大変でした。
学校自体が荒れていたし、子ども達は小学校の頃からの音楽経験が乏しく、授業は殆ど成り立ちませんでした。溜まりかねて途中でもう辞めたいといいましたが、学校側では急に辞められては困るようで引き止められ、自分でも、ちゃんと契約をして赴任したわけだから、その契約期間だけはちゃんと勤めようと決心し、その期間だけは勤めました。 (2007年04月01日 12時12分49秒)

続きです  
すみれ6331  さん
そしたら、産休で休んでいらっしゃる先生が育休を延長しました。
勿論学校の方は私に契約の延長を言ってきましたが、辞めたいと言ったときは本当に辞めたかったけれど、契約した期間はやり遂げなくちゃいけない責任があると思ってやってきたが、それ以上はやる気がないと言って辞退しました。
私が辞めた後、来る先生がいなかったらしく、半年もの間音楽の授業が出来ずにいると新聞にも載りました。そして産休で休んでいた先生も学校に戻ることなく転勤しました。
もし、私があの学校を経験せずにいれば、もしかしたら教員の道を選んで進んでいたかもしれません。先生方も今は辛かったかもしれないけれど、何も教員の道まで閉ざす事はないと教えて下さった方もいましたが私はもう疲れきっていました。幸い、今の主人と出会い、結婚話が進んでいたのでそのまま専業主婦になりました。
今は主人の希望でペンションを経営しています。
私は娘にピアノを習わせ、それに頑張っている娘を応援している毎日です。

ごめんなさい。初めての方なのに長々と書いてしまいました。お許し下さい。 (2007年04月01日 12時13分55秒)

Re:退職(04/01)  

Re:退職  
きゃべつ0721@ さん
教職って、教え子の人生に少なからず影響を与えますよね。
私もその通りの体験をしました。
自分の出したSOSをキャッチしてくれた先生、現実を直視する眼を持つように、接してくれた先生、うちの様な訳ありの家庭の息子を新卒なのにしっかり受け止めてくれた先生、ベテランで、息子に広い視野をもつためのきっかけを沢山提供してくれた先生。
21年間お疲れ様でした。
これからは奥様とゆっくりゆったりと過ごして下さい。 …って、たかさんは私より、年上だったんですね。びっくりしました。 (2007年04月01日 21時03分12秒)

Re:退職(04/01)  
cocopippin  さん
私はブログでたかさんと知り合え、多くの事を教えて頂きました。
さらに、生きる事を否定なされようとしても、生きて戦っていく姿勢に何度勇気づけられたか・・・
本当にありがとうございます。
以前頂いた、後悔のないように、のお言葉を胸に私も戦って生きます。
第二の人生幸多かれとお祈りと、多々の感謝を申し上げます。
どうか奥様共々ご自愛をお祈り申し上げます。
(2007年04月02日 04時37分27秒)

Re:退職  
Sally☆Rose  さん
21年間の教員生活、ご苦労様でした。
ひとつの仕事を成し終えるというのは、本当に感慨深いものですよね。
私もついこの前、25年間勤めた会社を退職したので、お気持ちお察しします。
お互い、病気をして復職が叶わないままでの退職になってしまって残念ですよね。
でも、最近自分で思ったのは、一度しかない人生なら充実して過ごしたいということです。
病気になるほど頑張ってやってきたんだから、もういいじゃないかってね。ww
また新しい生き方をゆっくり探して行きましょう。
今はとにかくお互い病気が治るように過ごしていかないとね。ww

(2007年04月02日 04時53分32秒)

今までの財産を元手に新たな船出ですね☆  
puma2006 さん
たかさん 本当にご苦労様でした。
今までのたかさんの日記を読んできて、本当に素晴らしい先生だなあと尊敬しています。
わずかの期間にもかかわらず送別会で多くの先生方が惜しんでくれたのは、たかさんの先生としての言動に心を揺さぶられたからだと思います。もちろん生徒さんも、ましてや前任校の皆さんも。メンターと言える先輩の方が温かく鍛えてくださったことも。
そしてブログ仲間である私たちも、たかさんの人間性に深く共鳴し、支えられてきました。
こうしたたかさんの才能は、たとえ学校という場ではなくても、さまざまな場所で活かせるのではないでしょうか。
今はゆっくり欝を治して、また新たな場所でたかさんらしいお仕事をみつけていって下さい。
本当にご苦労様でした。何だか偉そうなことを書いてごめんなさい。
奥様にどうぞよろしくお伝えください。 (2007年04月02日 18時23分22秒)

Re:退職(04/01)  
長い間の教員生活、大変お疲れ様でした。

今は心をゆっくりと癒して、第2の人生に関しても焦らないで、病気を治すことに集中してみてはいかがでしょう。

仕事は後から付いてきますが、病気は今しか治せませんから。。。

先ずは、ゆっくりと2人の生活を楽しんでください。
(2007年04月03日 22時48分46秒)

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