風に恋して ~自由人への応援歌~

風に恋して ~自由人への応援歌~

夜明け前 7章



初七日が過ぎてしまった。嵐の中にいるのか、夢の中にいるのか、まるで時間という観念が私の中から消えていった。何が起きたのか、どこで配線ミスをしてしまったのか、バチバチとスパークしたまま私は大きな渦に巻き込まれ流され続けている。配線ミスから生じる現実の時の流れ、タイムテーブルに嫌でも身体は組み込まれ動かされていく。今日が何日で、何時で、そしてあの瞬間からどの位の時間が経っているのか、確かなものは何もない。ただ感ずるのは、身体の中に何かが胎動し続けていること。24時間、体内が唸りを発し続けている。こうして、久しぶりにペンを取っているこの瞬間も、脳が唸りを発し、体外へその波動を出し続けている。モア~ッとした電磁波の塊のようなものが頭頂より天に向けて昇り続けている。以前、痺れ感覚は左手だけだった。葬儀後、左背中(心臓の反射点?)を中心に痺れが渦を巻き始め、右手にも広がった。何をしているときも、この唸りと道連れ。夜、ベッドに横になると、全臓器がそれぞれ独自の唸りで振動し、その唸りの集合として身体全体が大きなひとつの心臓と化し、呼吸し、震えている。誰に対し、何に対し電波を発しているのだろう。浩さんの魂に呼びかけているのだろうか。逆に、彼の魂からの呼びかけに反応しているのだろうか。

10月12日、病院側から特に何も言われなかったが、浩さんの夜の状態を知りたくて泊まることにした。背中、特に右側の背中(右胸にカテーテルが挿入されている)が痛んでいる模様。それと、腹水によって二倍くらいに膨れてきた両の足がだるいようで、足のマッサージと背中へのケアーをすると、彼は安らぎ、短いが深い休息に入っていく。夕方4時頃から断続的に続く痛みに、私の瞑想とマッサージ、ヒーリングが続いた。足の裏から甲へ、足首へと下部から順次、脚の付け根に向けて浮腫の砂を少しずつ少しづつ押し上げ、リンパ節へ流していく。指を入れると彼の身体に私の指の跡がくっきりと現れる。すぐに溝が出来上がり、土手ができる。海辺で砂遊びをしているような虚しさだ。それでも気持ちが良いらしく、荒れていた呼吸は穏やかなものに変わり、一時の安らぎに浩さんはまどろむ。右足だけで1時間、次は左足。まどろみの後、背中を叩いてくれと言う。右背中に1時間、左背中に1時間。これら一連の流れが午前4時頃まで続いた。この間、自力での排尿は、最初20~30cc位だろうか、少しづつの排尿ではあるが、それでも4回、だるい身体を鞭打ちベッドから起き上がった。便は黒と黒褐色で、糊状のものだった。それにしても昼と夜とでは別人のよう。今まで面会時間終了の夜8時になると帰宅していたので、この夜の苦しみが解からなかった。浩さんはまるで狂暴なサタンのように荒れ狂った。心臓の血管に直接挿入されている栄養補給チューブを何度も引き千切りそうな様子を見せる。こんなにも苦しんでいたのか。麻酔でもモルヒネでも打ってあげて下さい。何も知らない私が愚かでした。ごめんね。できれば我慢しようねなんて言った私の言葉は粉々に散っていきました。夜中、静まりかえった病棟に浩さんの声だけが大きく響き木霊する。ガアーッと何度も何度も痰を吐く。膿の色と血の色、痰を包んだティッシュは瞬く間にベッドの周囲に散乱していく。
朝方、酸素マスクと心電計を付けられる。血圧が下がっている模様。それでも浩さんはがんばって、サタンと闘っていた。午前6時過ぎ、浩さんはやっとおとなしくなり、眠り始める。今日の太陽が窓いっぱいに降り注ぎ、病室は春の日差しを思わせる明るさに包まれる。彼は治る、回復する、退院するという想いの私は、彼の本当の苦しみを見ていなかった。解かっていなかった。生命を取り戻すため、避けては通れない関門のひとつととらえ、ただただ無事に神の試練をやり過ごしてくれることのみを祈っていた。何て愚かな楽天家なのか。こんな私をあなたはうらんでいるでしょうか。

10月13日午前中、浩さんは200cc位の排尿をした。嬉しかった。「やったね。こんなにたくさんのおしっこ。何日ぶりなの?凄いよ!次はこの倍だね。」勢い良く排出された尿に私は生命力の躍動を見ているつもりだった。昼間、津留さんとの電話での遣り取り、「浩さんのことを調べてもらったよ。99.9%駄目だったが、今や50%まで生存率が上昇している。もう一息だ。氣が身体に通っていない。腹水が氣の流れを遮断している。明日、氣を通そう。今、その準備をしているよ。彼を北枕にして、塩枕、塩足枕にする。背中一面に塩を敷き、お腹に塩を乗せる。それで、氣が全身を流れ始めるよ。もう大丈夫だ。やったね。塩12Kg、明日持丸が病院へ持っていくよ。もう大丈夫だ。」
勝った!私と浩さんは絶対に生存不可能と4度にわたり宣告された病魔に勝てるんだ。奇跡を起こすことに成功するんだ。私は悦びで有頂天になった。ありがとう神様。浩さんが全快したら、この体験を広め、神の存在、心の大切さ、宇宙の真理を一人でも多くの人に伝えていきます。感謝と感動で私は1日病室で明るかった。もう一日病室へ泊まるつもりだったが、浩さんから「帰っていいよ。」と言われ、何も食べていない彼に暖かい玄米粥を食べさせたいとの想いから、帰ることにした。電話で知恵さんに保温弁当箱を買っておいて欲しいと依頼。「明日、美味しいお弁当を持ってくるね。もう大丈夫だよ。今からどんどん元気になるよ。おしっこもいっぱい出せたし、がんばろうね。」とどこまでも全快を信じている、屈託のない私だった。

どこで紐を掛け違ってしまったのか。私は信じていた。悦びに沸き立っていた。明日、午後1時、面会時間スタート後、塩による氣を通すヒーリングで浩さんの闘病ドラマは奇跡のクライマックスを迎える。医師の困った顔が浮かんで消えた。すごーい!!嘘じゃないんだ!!本当にやれたんだ!これまで読み続けてきた不思議の世界の生き証人として、私は創造主の存在、意識のパワー、人間の持つ本来の能力などを広めていくんだ!神よ、ありがとう。どこまでも舞い上がっている私だった。だから、10月14日、午前6時45分、病院からの電話を受けても落ち着いていた。「呼吸が細いので酸素マスクを付けました。心電計を付けました。意識ははっきりしています。できるだけ早く来て下さい。」昨日と同じ状況しか思い描けなかった。昨日も同じ時間、同じことが起き、マッサージなどによって浩さんは回復し、とても元気だった。私が昨夜帰る時も、背中を叩いていたからだろうか、ぐっすりと眠り込んでいた。今日の午後1時からもっと楽になるから待っていてね。看護婦の感情のない事務的な話し方に私は全く危機意識を持たなかった。

平成7年10月22日

時だけが無意味に通り過ぎていく。私の身体は空洞になってしまったように、魂が開きっぱなしの頭頂から抜けていく。全身が小刻みに振動し続けている。ベッドに横になると体内の唸りが感じられる。急に涙が出てきたり、何ともなかったり、私の心はコントロールの埒外で遊んでいる。朝、昼、夕、知恵さんが作ってくれる食事をただ食べるだけの生活。身体に力が入らない。絶えず頭が唸りを発している。10月14日、病院からの電話を受け、塩と、シーツの上に乗せる塩を入れる袋としての大きなゴミ袋、ガムテープなどを用意して出かけようとしたその時、とても明るく美しい太陽に足が止まった。太陽に向かって座り、浩さんの全快を願って瞑想に入った。それほど私は危機意識を持っていなかった。瞑想中、救急車のサイレンがうるさく響いた。「こんなに朝早くなんだろう?いやだなあ。」との思いに不吉な感じを受け、瞑想を止め、家を出た。
大手町乗り換えのため、西葛西のプラットホームを端まで前に進んで立つ。その時、左目が虹を見る。「え?こんないいお天気なのに、虹?」と意識を虹の方に向ける。もちろんそんなものは現実に見えはしない。幻視と言うのだろうか、現実には存在していない虹を私の感覚は捕らえていた。電車に乗る。なぜ虹なの?虹の意味は?浩さんの状態が下り坂を転げ落ちていた時、津留さんからの連絡で、「明日、近藤さんと一緒に病院へ行くよ。亀有駅改札で午後1時、待ち合わせしよう。」と言われて亀有駅に向かう千代田線の中、日の光が当たった私の左手の甲一面にキラキラ輝く粒子、赤、橙、黄、青…。虹を粉々に砕いた粒子のようなものが付いていた。その時の不思議な感覚。ずっと手を見つめていた。あれは何だったのか。そしてプラットホームで感じた虹。このふたつの出来事に共通点はあるのか。手に付いた虹の粒子。その日、呼吸停止になりかけていたが、近藤さんたちのヒーリングで驚くほどの回復をした。そして、この虹を見た日、午後1時より塩ヒーリングによって回復が確定する予定だった。

病室に着いた時、18号室は医師と看護婦、そして物々しい心電計のピーッピッと鳴る音や機械類で臨終を演出する舞台が完成していた。浩さんの身体はベッドの下の方へずり落ち、苦しそうな呼吸をゆっくり、ゆっくりと繰り返していた。そんなばかな!一体何が起きたの?私は浩さんの身体に取りついてすぐにマッサージを始める。医師や看護婦が18号室から消え、私と彼の二人っきり。「さあ、どうしたの?回復するのよ。健康になったのよ。」足、腕、頭…。途中から掌に塩を擦り込み、彼の身体をどこかまわずマッサージを続ける。身体中が唸りを発し、頭から、額から大粒の汗が噴き出し、体表面を流れ始める。「呼吸が楽になる。呼吸がしっかりしてくる。癌は消えた。」どの位時間が経過しているのか私には解からない。津留さん、近藤さん、持丸さん、急いで、急いで。すぐここに来て。私一人じゃ力不足。助けて。早く。早く。徐々に焦りが出る。看護婦さんに依頼して知恵さんを病院に呼んでもらう。今は例え一秒でも浩さんの側を離れるわけにはいかない。一時も私の掌を、私の唸る身体を浩さんから離すことはできない。津留さんを呼んで。近藤さん、持丸さん、早く来て!私を助けて!心で虚しく繰り返す叫び。どの位たった頃か解からないが、浩さんの呼吸が大きくなった。よし、いいぞ!もう少し。途中途中、医師や看護婦が様子を見に来ていた。浩さんの呼吸が大きくなったと感じた直後、医師が入って来て怪訝な顔付きで浩さんを見つめ、それから私の動きを見つめた。「塩か。」ポツリと口にし、医師は部屋から外に出てしばらく後、「奥さん、ちょっと。」と呼ぶ。「え?今、離れられません。」「ちょっとですから。」の言葉に促され、仕方なく浩さんから離れる。「他に誰か来ますか?」「いいえ、私だけです。」「そうですか。」すぐに病室に戻り、再び必死のマッサージをし始めているとき、医師と看護婦が入ってくる。看護婦が酸素マスクを外し、チューブを口に差し込む。口内のものを吸い出す。何をしているんだろうと思いつつ、それでも私は全神経を両掌に集中し、彼の身体を隈なくマッサージし続ける。視界のはしっこで、チューブを随分奥深く差し込んでいるところを見る。そんなに深く差し込んだら浩さんが苦しがる。むせてしまうよとの思い。その時、そのチューブに赤い液体が流れ込んだ。医師が浩さんの左手首を取り、「○時○○分です。」の言葉。悪い冗談はやめてちょうだい。あなたたち、何をやっているの?「奥さん、ちょっと。」の言葉で始まった一連の流れ。スローモーションで脳裏に再演される最後のドラマ。ちょっと待って。なぜ、チューブを入れるの?なぜ、そんなに奥深くまでチューブを差し込むの?浩さんの呼吸は大きくなってきたばかりだったのに!!あの大きくなった呼吸は死を意味するものだったの?医師たちは規定通りの役割を静かに、そして冷酷にこなして去っていった。浩、浩!駄目だよ。もう少しだから。1時にはみんなが来てくれる。だから辛いだろうけれど、もうしばらくがんばって!あなたは回復するのよ。退院して一緒に温泉にいくのよ。楽しく明るく暮らすのよ。心で呼びかけ続け、マッサージを続行する。浩さんの掌が冷たい。暖かくなれ。血液よ、全身を駆け巡れ!さあ、生命の火よ!燃え上がれ!悲しみなどなかった。ただただ、浩さんの呼吸が再度始まることだけを想い、全身に塩を塗りつけながらマッサージを続けた。知恵さんがやってきた。津留さん、近藤さん、持丸さん、それぞれの連絡先を伝え、状況を伝えてもらい、彼らの反応を待ちつつマッサージを続ける。医師、看護婦が何度も病室にやってくる。「奥さん、病室を出てくれませんか。御主人の身体を整えなければいけません。腹水を抜いて、綺麗に洗ってあげなければいけません。時間が経つと身体が硬くなって、手を組んだり、笑顔を作ってあげることができなくなります。」「もう少し、もう少し居させて下さい。」と粘りながらマッサージを続ける。浩さん、時間がないのよ。早く、早く目覚めてよ。起き上がってよ。もう時間がないのよ。お願いだから急いでよ。「もう、これ以上待てません。部屋を出て下さい。」の医師の声に押し出される。「見てちゃだめですか?」「駄目です。出て下さい。」知恵さんと二人、廊下に出される。理恵に電話をする。そんなばかな。夢でも見ているよう。喉が渇く。知恵さんに水を買ってきてもらい、1リットルのペットボトルを抱えゴクゴク飲み続ける。ペットボトルを持ち歩き、山手へ、片山へ、その他連絡を入れ始める。何時に他界したのか、その時間が解からない。医師の宣告した時間、○時○○分。聞いてなんかいなかった。公衆電話で毅司の電話番号を何度も押すが、応答なし。それから看護婦の指示による一連のドラマ。地下の霊安室。浩さんは呼吸をしている。私には聞こえる。でも、目を開けてくれない。起き上がってくれない。いいよ。もう少し待つよ。葬儀の最中に目覚めた人だっているんだもの。もう少し待ってもいいよ。必ず目を開けてね。あなたは死んじゃいない。生きている。呼吸が見えるもの。音が聞こえるもの。霊安室でも飲み続ける水。家まで運ばれ、やっと毅司に電話が通じる。思ったほど涙が出ない。だって生き返るんだもの。そうなんだもの。待ってるよ。あなたが起き上がるのを…。

To be continued

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