風に恋して ~自由人への応援歌~

風に恋して ~自由人への応援歌~

夜明け前 最終章


(浜口喬香子 夫の闘病生活日記より)


平成8年3月21日

通夜の読経の中、いまだに私は万に一つの奇跡を待っている。喪服に身を包み、夫の遺影を見つめているとき彼の写真が光り輝き、笑顔で彼が語りかける。「おい、なんて顔してるんだよ。俺は今とっても幸せなんだ。ハッピーだよ。お前も俺と一緒に笑えよ。すごくいい気持ちなんだ。」「え、本当?本当にハッピーなの?」「そうだよ。気分爽快だよ。」「ふ~ん、そうなんだ。幸せなんだ。」私の右隣に座っていた娘、理恵が私の腕をつかみ、「ねぇママ、パパが笑ってる。光ってるよ。」「理恵にもそう見えるの?ママと同じだね。今、パパが笑ってとても幸せだから、ママにも一緒に笑ってくれと言ってきたよ。」「うん。パパ楽しそうに笑ってるね。」三日三晩眠っていなかったためかもしれないが、それからの私はハイ状態に入ってしまった。浄めの宴のとき、もう自分では心が制御できない。「通夜の席にお集まり頂きありがとうございます。浩さんはとても幸せなんですって。とてもハッピーだから私にも一緒に笑ってくれって言うんです。彼が幸せだから私も今とても幸せなんです。彼のために皆さんも楽しくお食事して下さいね。」この態度はまずいよ。世間の通念では悲しみに沈む場面で、喪主である私がこんなにはしゃいではとんでもない妻だ、夫が死んだことを悦んでいると受け取られてしまう。まずいよ。これは絶対にまずいと自我は慌てふためき、たしなめるのだが、お酒を持って酌をしてまわる私の声は明るく、笑顔を止められない。その場にいる人たちの驚いた顔を感じながらも、ハイ状態を止めることができない。冷静になれと咎める自我とはしゃぐ私。そして、「いいや。誰が何を思おうと、浩さんの魂が幸せだと語り、共に喜んでくれと言っているんだもの。それにスッポリ包まれ、はしゃいでいるこの人のやりたい様にさせてあげよう。親戚や友人たちにどのように思われようと、この人は大丈夫。それで傷つくような人ではない。思いのまま行動していいよ。おやりなさい。浩さんの魂と一緒に遊びなさい。」という第三の私であるらしい声を聞く。

「どうしてもっと早く知らせてくれなかったの?」「せめて生きている間になぜ母親を呼ばなかったの?」浜口家親族からの当然の批判、お叱り。何度も悩みながら、でも私は母に連絡できなかった。浩さんを回復させることしか考えたくなかった。母や浜口家の親戚の方々からどんな非難を受けようと、浩さんの死のドラマを中止にさせたかった。医師から4度目の死の宣告を受けたとき、息子に電話し、彼の父の状況を詳しく説明し、私のやろうとしている、また、やっていることを話した。「母さんのやりたい様にやっていいよ。山手のばあちゃんには怒られるだろうけど、医者が手放しているんだから母さんの可能性をとことんやっていいと思うよ。僕は母さんの考えに賛成するよ。」22歳の息子は私以上に冷静な声で私を励ましてくれた。
10月14日、病院から母に電話で浩さんの死を告げたとき、「えっ…。原因は肝臓だね。いつからなの?なぜ、もっと早く伝えてくれなかったの?」「………。申し訳ありません……。」申し訳ありません、この言葉以上に何が言えるだろう。私に言える言葉はこれだけだった。母もすごい人だと思う。この時たった一度、なぜもっと早く生きているうちに伝えてくれなかったかとの言葉を出しただけで、それ以後は恨みがましいことや私を非難する言葉を発することはなかった。言いたいことが胸一杯にあるだろうに、母はよそよそしいくらい冷静であった。母の夫、浩さんの父親も肝臓癌で亡くなっており、常日頃から浩さんの肝臓の状態が良くないことを知っており、彼の顔を見るたびにお酒を控えるよう口にしていた母だった。諦めと憎しみであろうか、心の奥深くに押し込めた憎しみの感情を、私は創り出してしまったのかもしれない。ごめんなさい。でも、私も覚悟をして選んだ道です。母の心に根深い憎しみの感情を呼び起こしてしまったとしたら、その責任は私にあります。母の心が癒されるまで、そのエネルギーは私が受け止めます。黙して語らない母の心、同じく黙して語らない私の心があった。

ブリスベンからの飛行機便が取れず、息子の帰国に合せる形で葬儀は10月17日と決まり、浩さんの身体は3日間ドライアイスで保護されることになった。彼の身体はドライアイスの働きもあり、触るととても冷たいけれど、皮膚の弾力は一向に変化しない。死後硬直が始まるから早く病室から出て行けと急かされたのだが、焼却寸前も彼の身体はどこに触れても柔らかい。生きているときと寸分違わぬ弾力をしている。相変わらず娘と私には彼の呼吸が見え続けている。お願いだからもう冗談は止めて。起きてよ。今ならまだ間に合うのよ。肉体が焼かれてしまったら、あなたの帰るべき拠り所がなくなってしまうのよ。お願い、目を覚まして。火葬場の人が驚くほどがっしりとして大きく立派な骨が私の目の前に表われるまで、まるで呪文のように心の中で繰り返し、繰り返し、彼の魂に声をかけ続けていた。48歳、早すぎる死に骨は対応できず、最も大きな骨壷にさえ彼の身体を形成していた骨は入りきらず、係りの人に捨てられてしまった。

肉体は滅びても、魂は永遠不滅であるということをいくつかの書物から知識として得ていたが、肉体を持つ人間としての浜口浩との33年間の付き合いが終り、形を持たない魂との付き合いが始まったことで、輪廻転生という概念は単なる知識から具体的実証へ移行していった。
葬儀開始前、まだ他の人が来られていないとき、ヘブライ文学博士手島佑郎氏がお見えになった。誰もいないこともあって、私は氏を夫の遺体へ誘った。氏は夫の耳元に顔を寄せ、囁くように話しかけられる。まるで夫が生きている人であるかのような接し方に、何を語りかけていらっしゃるのか、近くによって聞きたいと思うのだが、そうしてはいけないという内なる声が私を引き止める。それはあまりにも神聖で侵してはならない空間を創り出しており、ただありがたくて涙が静かに流れていた。不思議だけれど、大きな愛の存在を感じていた。遺体から離れ、氏が私の方へやってこられる。「あなたは幸せな人ですね。浩さんの大きな大きな愛に包まれている。愛する妻や子供達を守るために、彼は肉体を失うことを選びました。肉体があると何かと不自由で、十分にあなたを守れないからです。肉体を捨てて、エネルギー体だけになった方が、彼は思う存分あなたを守ることができるようになります。あなたは自分がどれほど彼に愛されているか、幸せであるか、その内に解かる日が来るでしょう。」氏の言葉は大きく温かく私を包み込んでいく。そこは現実に進行している事象とは別次元、別空間であり、音はなく、透明な時間枠。私と手島氏と夫の3人だけが呼吸している。その後、毎日、氏から思いやり溢れる、優しく、穏やかな声での励ましをいただく。私の声が生命を取り戻した日まで氏からの電話は続いた。ありがとうございます。

納骨のため、呉に子供達と共に帰郷。骨壷を入れた桐の箱は形通り白い布に包まれており私の胸の中。新幹線内で私は周りから隔絶されている。何か変だよ。平和な日常の映像からはみ出している自分の姿を無感情で見つめる。こんな役柄が私の人生ドラマに組み込まれていたなんて、これは本当に事実なの?納骨の日は朝からどんよりとして、はっきりしない天気だった。浜口家の墓所へ行き、彼の骨壷を納めようとすると、骨壷が大きすぎてどの方角から入れようとしても入らない。仕方なく、母は既に納められている小さな骨壷を取り出し、内部の骨をすべて出し、その壷に彼の骨を入れ始める。勿論、その小さな壷には彼の骨は納まりきらない。誰の骨か分からないが、出された骨はそのまま墓石の内隅に置き、余った彼の骨は風呂敷きでくるんで墓石の中へ納めてしまった。辺りは暗くなり、雨が降り始める。雨の中、私は祈る。「どなたかは存じませんが、お許し下さい。あなたの骨を出してしまったことを深くお詫び申し上げます。あなたに対する意図は全くありません。母の行為は息子かわいさ故の行動です。どうぞ、ご理解して下さい。もし、許せないとお感じになるなら、その責はどうぞ私に与えて下さい。母や弟、息子、娘にその責を与えないで下さい。私の夫です。全ての責任は私に取らせて下さい。私の願いをお聞き届けいただけるなら、その証として、どうぞ天を割って私にお知らせ下さい。」本格的に降り始めていた雨が途中で急に止み、雲が切れ、夕陽が差し込んできた。「ありがとうございます。感謝いたします。」再度、祈りを捧げる。

葬儀が終り、数日後あたりから少しずつ我が家を訪れ始めた人たちがいる。津留さんや近藤さんのような特殊な能力を持っている人たちである。この人たちは来るたびに「浜ちゃん、お父さんがビールではなく、ウィスキーが欲しいと言ってるよ。それと、雑煮を食べたいんだって。」とか「お父さんが麻雀をしたがってるからやりましょう。」「なるほど!お父さんはこんな風に麻雀をやるんですね。」「あ、これを捨てるんですね。」など夫に会ったこともない人たちでも、夫の全てを知っているかのように夫の要求を私に向けてくる。不思議だけれど、どの言葉も否定できない。確かに夫の言葉である。夫の魂は常に私と共にあるようで、いつでも望むとき、私は彼らを通じて夫と話ができるという生活が続く。
ある時、台所で食事の支度をしていると、「ねぇ、ママ。ママって気管支が弱いの?」と晶美嬢(12月22日、我が家に居候していた持丸青年を尋ねて現われたその日から同居状態になっている。)が聞いてくる。「そうよ、どうしたの?」「ママのパパがね、タカコは気管支が弱いのにたばこを止めない。何度もたばこを止めるように言ったのに、ちっとも言うことを聞かない。頼むからタカコにたばこを止めさせてくれって言うのよ。」「あら、自分だってお酒を止めなさいと私がどんなに頼んでも止めなかったじゃないの!それと同じよ。」晶美嬢を間に挟んで私と夫の会話は続く。「浩さんって私を守るために生れてきたのね。」「ばかやろー。今ごろそんなことが分かったのか!」またある時、晶美嬢が急に大きな声を出す。「もういい加減にしてよ!私はパパの通訳のためにここに居るんじゃないのよ!」「ママってすごいね。ものすごくパパに愛されてきたんだね。パパ、うるさくてしょうがないよ。ずっとママはこうだ、ああだと、ママのことばっかり喋り続けているのよ。こいつは強がっているが、本当はとても淋しがり屋で泣き虫だから、一人じゃ生きられない。ずっとこいつの側についていてくれですって。一日中ママのことばかり喋ってるよ。」
別の日、「ママ、パパが泣いてるよ。本当は俺が何でもやらなきゃいけなかったのに、自信がなくて逃げてばかりいた。何でもこいつ一人にやらせてきた。最後の最後でも俺は楽な道を選んだ。本来なら俺が頑張って生き残り、家族を守らなければいけなかったのに、またこいつに苦労させることをしてしまった。」話しながら晶美嬢は涙をボロボロ流し、泣きじゃくっている。「ママ、私が泣いているんじゃないのよ。パパが泣きじゃくって喋るから、私もこうなっているだけよ。」「大丈夫よ、浩さん。私がこれまでやってこれたのはあなたが側に居てくれたからだし、これからだってあなたはこうして私の側についていてくれているんだもの。あなたには感謝の気持ちで一杯よ。」「またお前はそう言う。いつもそうだった。それが俺は辛かったんだ。お前は俺には大きすぎた。」「お前はいつもそうやって俺を許してきた。その都度、俺は一層辛くなっていたんだ。」「ごめんなさい。でも、私の本心よ。いろんなことをしてきたけれど、あなたが居たから、その優しさ、安心感に守られて好き放題なことをしてこれたのよ。もし、あなたが居なければ、私は世界中を一人で歩いたり、会社をおこしたりできなかったと思うよ。あなたが側に居てくれたからこそ、私は自分のやりたいことをやり続けてこれたのよ。あなたの手の中で自由に遊ばせてもらったのよ。だから、自分を責めないで。15歳のときから、これほど深く愛されている女は、私以外にはこの世に存在しないと思うほどの大きな愛をもらってきた。心からあなたに感謝しているわ。」

夫の霊魂は常に私と共に生きているようで、平成8年に入り、ある日UFO氏より「浜ちゃん、あんたのパパは四十九日もとっくに過ぎているのに、あんたの側から離れない。このままじゃまずいので、俺が上に上げようとしたんだが、上がってくれないんだよ。タカコが上に上がってくれと頼むのなら上がってもいいが、そうでないなら俺はずっとタカコの側に居る。あんたが何をやっても俺は上がらないってダダを捏ねてるよ。このままの状態は良くないので、やり方を教えるからあんたがパパを上に上げてくれ。」と言われる。「それと、パパの骨をこの家に取ってあるだろう。それもいけないね。パパの未練がここに縛り付けられている理由はそこにもあるからね。」娘がパパの骨が欲しいと言うので持たせていた。娘と話しをしてパパの骨を綺麗な海に流してあげようということになった。

私は小さい頃から日本の墓というものがどうにも好きになれなくて、子供達に何回も聞かせ続けてきた私の肉体の最後の宴がある。火葬場のあの狭い箱の中で焼かれるイメージほど恐いものはない。「もし、ママが死んだら、その時はママの体を海の見える広い丘の上か、海辺に持っていき、薪を組んでその上に乗せ、ママを葬ってくれる人みんなを呼んで、キャンプファイヤーのように円陣になって歌ったり踊ったり、美味しいものをいっぱい食べてもらって、みんなでママと一緒に生きて楽しかったことを語り明かして欲しいの。みんなで笑いあって欲しいの。泣かれるより笑って送ってもらいたいの。みんなが楽しく騒いでいる真ん中で風に吹かれて燃え上がる火の美しさを共有して欲しいの。ママの骨の一部が風に流されるなら、流されるままにして欲しい。そして、骨が残っていたら、それを小さく砕いて綺麗な海、そうね、エーゲ海も良かったなぁ。エーゲ海でもどこの海でもいいけれど、透き通った綺麗な海に全部流して欲しい。ママはこの地球が好きだし、旅が好きだから、まだ見ていない地球を海流に乗って見続けていたいのよ。魚の体に入ってもいいし、形がどう変わろうと、この地球の生命として循環していたいな。これがママの願いなの。具体的に実行するのは大変そうだけど、可能な方法があったら、そのようにママの最後を締めくくってね。お願いよ。」「法律に違反しないで母さんの望みを叶えさせるのは大変だよ。」息子はぼやいていた。自分のとき、それができるかどうか分からないが、夫の骨の一部がある。この骨を私流の葬儀で送ってあげようということで、息子の第2の故郷でもあり、私たち夫妻が、生活が落ち着いたら家族全員、こちらで暮らそうかと話したことのあるオーストラリア・ゴールドコーストの海に夫の骨を流すことになった。

浩さん、あなたの心をこの美しい地球、海に委ねます。楽しんで下さい。あなたは一人では絶対に海外に行くのを拒んでいましたね。私が一人で海外に出かけるのは構わないけれど、自分で海外に行くのは私が一緒でなければ駄目な人でした。でも、今回は先に行っていて下さい。その内、私もあなたに合流します。美しい海を、その時は二人で思う存分楽しみましょう。

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