風に恋して ~自由人への応援歌~

風に恋して ~自由人への応援歌~

旅 「イスラエル」編 2章




平成8年2月19日

おはよう、理恵さん。今朝は6時から起きて、風呂に入ったり、瞑想をしたりしています。フランスは、やっぱりパンの味が最高です。美味しくて、今朝はついついパンを4個も食べてしまいました。固いパンをナイフでザックリと切り、口に入れる。ガリッガリッ、サクッサクッ、こたえられない美味しさです。あ~ァ、生きていて良かった!と思う瞬間です。ごめんね。ママはやっぱり旅が好き。一人で言葉の通じにくい土地を歩くという事は、大変な緊張感を伴います。この緊張感が刺激的で、大きな感動を呼びこみます。一つ一つの事象がすべて新鮮で、最高に気分を高揚させてくれます。「生きている」という実感に包まれて、幸福感の絶頂へ突き進んでいくようです。日本にいては感じられない、内部から突き動かされる悦びの衝動を、あなたにどのように説明すれば良いでしょう。随分長い間、英語を話していませんので、にわかに話そうとすると、舌を噛みそうになって困りました。もう2~3日すれば、慣れてくるとは思いますが、帰ったら一緒に英会話の勉強を始めたいな。そして、世界中、一緒に旅をしたいなと感じています。
With love Takako
パリ シャルルドゴール空港近くのソフィテル・ホテルにて

追伸:大雪の成田を飛び立って、今、窓の外を見れば、また雪が降っています。今は午前10時(日本時間夕方6時)です。この手紙をフロントでファックスして、11時にはチェックアウトし、空港へ行きます。いよいよイスラエル、テルアビブに向かいます。「浄化の雪」と考える事にしました。ママの身体は2月18日の朝から、波動が立ち上がりっぱなしで、特に額は穴が開いたようにズキズキ騒ぎまわっています。目を閉じると、全身を氣が走り回っているのがわかります。体調、波動調整をしてイスラエルに向かいます。

平成8年2月20日

27歳で初めて国際線に乗って以来、今日までの20年間、世界各地の空を、それこそ数百回も飛んできたが、イスラエルへの空は不思議な温もりに包まれていた。まるで、大人の修学旅行。多くの人達が席を離れ、てんでに狭い通路で飲み、かつ談笑している。こんな光景は今までのどの旅にもなかった。テルアビブ行きの飛行機は、高校生のバス旅行と化してしまったかのようである。この機内の一体感は何だろう。ユダヤ人皆が見事に家族である。その人達の顔は、私の家の隣に住んでいるおじさんのようでもあり、緊張感を溶かし、不思議な安心感で包んでくれる。流浪の民の並外れた帰属意識?久しぶりの里帰りで感じる高揚感?同族意識?建都3、000年の行事があると聞くが、その為だろうか。たまたま乗り合わせただけの人達だけで、こうもにぎやかに、全員を巻き込む温もりと悦びを醸し出す事ができるものだろうか。トイレの前ですれ違った80歳くらいの白い髭のおじいさん、その温もりは私と無縁の人ではない。「お久しぶり」と声をかけ、しばし背中合わせにじっとその波動を感じてみたくなる。どのユダヤ人の顔も私の顔と同じである。温かさ、人の良さ、懐かしさが溢れている。
成田の大雪で行く手を阻まれ、パリでも雪。成田同様、出発が遅れる。機内に入ってからも長い間待たされた。イスラエルに入るのに、こんなに手間暇かかるとは思わなかった。大変さは、今朝のシャルルドゴール空港でのチケットチェックインの時から始まった。チェックインカウンターが見つからないのだ。あちらのカウンター、こちらのカウンター、と荷物を抱えてさまよい歩く。係りの人に聞くと、言葉の問題だとは思うが、あっちだ、こっちだ、と振り回される。広い空港ロビー内、約1時間くらいさまよい、やっと目的のカウンターが見つかった。地下の特別コーナーである。警備の人だけがいる。寒々として、何もなく、どことなく険しい空気が漂う地下の様相は、空港のチェックインカウンターと呼べるものではなかった。そこは長蛇の列で、ゆっくりとしか前に進まない。ただ、ただ、並んで待ち続ける。周囲は灰色の壁のみで、まるで収容所への道と感じてしまう。

飽きるほどの待ち時間が過ぎ、やっと手荷物検査カウンターまでこぎつける。ウエストポーチと手持ちバッグを渡す。検査済みで出てきたのは手持ちバッグだけ。ウエストポーチが出てこない。イスラエル滞在中のお金はすべてこのウエストポーチの中だ。係員にウエストポーチが出てこない事を告げるが、取り合ってくれない。邪魔だからさっさと前へ進めと、手で合図してくるのみ。私のクレームを取り上げようという姿勢はない。冗談じゃない。この旅の全てがかかっている。ドーム状の検査機の中のどこかにある筈なので、機械を止めて調べてくれと食い下がるが、シッ!シッ!と、まるで迷い犬でも追い払うような係員の態度に、さすがの私も戦闘体勢に入った。君達がやってくれないのなら、自分で実力行使するまでのこと。ウエストポーチを返してくれないなら、私はてこでもここを動かないし、この検査機を止めて解体作業をするまでだ。その行動に出る寸前、一人の男の人が奥から現われて、検査機を止めてくれた。検査機の真ん中辺り、溝の中にウエストポーチが見つかった。やれやれである。文句の一つも言いたかったが、ウエストポーチは出てきたのだし、私に手を貸してくれた男の人に御礼を言って先に進んだ。こんなことってあるのだろうか。国内便、国際便、数限りなく利用してきたが、初めての体験だ。何かがおかしい。2月18日スタート時からの不協和音に心がざわつくが、それでも(株)ヒヨキの日下部会長達と出会えたことで、私の心は少し和らいだ。
テルアビブ行きの空はいつも揺れるのだろうか。国際線ではめったに揺れを感じたことがないのだが、今回はよく揺れる。隣席の京都から来られた浅沼友紀子さん、横須賀からの斉藤和恵さんが恐怖で声を上げる。「コレデモ、アナタハ、イスラエルイキヲ、ヤメマセンカ。」と試されているように思うのは考え過ぎか。2月19日をイスラエル入りの日と決め、スタートしたこの旅、どうも出足が悪い。「私を試し、脅しても無駄ですよ。私は自分の生命力を信じています。私の守護神を信じています。」と心に繰り返す。足裏にたくさんの針が突き刺さるように、チクチク痛む。指先が痺れる。「勝手にやってなさい。私は平気です。」誰に対してというより、自分に声をかけている。
隣席の浅沼さん、斉藤さんは、共に波動を感じる人達だった。浅沼さんがよく見る夢に付いて語り始めた時、私の全身に鳥肌が立ち、そのことを伝えると、彼女も同じ反応を示した。最近よくあることだが、本を読んでいても、ある箇所になると、急に鳥肌が立ったりする。鳥肌が立ったとき、それは真実だとの身体反応である、と私は思っている。「その夢は、浅沼さんの過去生で経験されてきたことで、真実だと思います。」と伝える。斉藤さんも、「私は吸い易い体質なので。」とブラジャーの内側に入れてある石二つと、ピラミッドのペンダントを見せてくれた。
日下部会長達をテルアビブ空港に迎えに来てくれたガイド嬢は、埼玉県出身、考古学、歴史学専攻の知的な女性で、お父様が牧師様、お母様は神社のお嬢様とのこと。名前は柏原ルツ。ルツはヘブライ語で「神」を意味するのだそうだ。いくつかの、予期せぬ出来事をクリアーし、何とか2月19日、無事テルアビブのホテルに入る。

明けて本日、2月20日、いよいよ死海へ向かう。日下部会長達がチャーターしたバスに同乗させてもらう。地球の断層をこれでもかと尊大に見せつけて、赤茶色の別世界が広がる。アメリカのロッキー山脈に入ったときや、ラスベガスから飛んだグランドキャニオンも凄かったが、ユダの荒野は、それらとはまた一味違ったイメージで威圧してくる。

『チャーターバスの中から何気なく撮った写真の中に、異様な雲が写っていた。魔法使いのおばあさんのような、長いかぎ型の鼻をした、顔のような形の雲である。なぜそんな写真があるのか、自分では意識せずにシャッターを押したものと思われる。帰国後、UFO氏に見せると、「ああ、龍神だね。浜ちゃんに龍神が憑いていたんだよ。」と軽く言われた。残念ながら、その貴重(?)な写真は、今はない。イスラエル中で撮った写真からの波動がとても重く、苦しいので、全て燃やしてくれとUFO氏から言われ、不満ながら彼の苦しむ姿はかわいそうなので、燃やしてしまった。その時、このネガも一緒に火の中に入ったらしく、後で焼き増ししようといくら探しても見つからなかった。』



4、000年間、独自の生活文化を保ち続け、一切の戦争とは無縁に生きているという、ベドウィンの子供達と写真を撮る。かわいい小さな口唇から出てくる言葉は、「Money, Money」のみ。貧しい国々で演じられ続ける同じシーンを、私は何度、この目にして来たことだろう。子供達の無邪気さ、可憐さ、その澄んだ瞳の奥に同居する哀しさに戸惑いながら、幸多かれと祈る。
全身に入ってくる波動が、強くなったなと感じたら、そこにマサダの要塞が突如現われた。昼食のため、そのふもとに立ち寄る。「明日、ゆっくり来るからね。待っていてね。」と声をかける。ユダの荒野の道端には、白骨化しかけているロバの死骸や、戦争中使用したトラックの残骸などが、そのまま風化にまかされている。荒野にときたま生えている植物は、ソルト・プラントと呼ばれ、口に含むと塩味がするという。また、イスラエル・プラントと呼ばれる植物が、ビン詰めにされ、土産物として売られているらしいのだが、その植物は空気も水も要らないものだとガイド嬢から教えられた。砂漠を通って、死海に面しているニルバナ・ホテルにチェックインし、浅沼さん、斉藤さん、両名と共に早速死海へ降りて行く。恐る恐る足を湖底から揚げてみる。面白いように身体が浮かぶ。水に粘りがあって、まとわり付き、手や足を動かすと油分が混濁しているかのように、湖面はゆっくりといろいろな美しい紋様を見せてくれる。湖底から塩の結晶が付いた小石を拾う。強い波動がその小石から出ているのに気付く。

『この小石を何気なくいくつか拾い、部屋に持ち帰ったのだが、数えてみると、その数は9個。パリのソフィテル・ホテルでUFO氏から預かった33枚の「御札」のうち、いくつかを小さく折って、ウエストポーチに入れていたのだが、これも、数を数えていたのではないのに、9枚入っていた。「9」という数字は、イスラエルを表わす数字だと近藤宏次朗氏から教えられ、どうせイスラエルに旅をするのなら、日本を表わす「1」とイスラエルを表わす「9」が和合する日ということで、2月19日にテルアビブに入国するようスケジュールを作ったのだが、この拾ってきた小石と、折ってウエストポーチに入れた御札は、無意識の行為でありながら、どちらもイスラエルを意味する数「9」を私は選んでいた。』

湖面に浮かんでいたが、少し寒くなってきたので、浅沼さん、斉藤さんが部屋に戻っていった。一人になった私は、ビーチサイドに石で穴を掘り、小さく折りたたんだUFO氏の御札を、一枚、その中に深く埋め込んだ。そして、A.Ayanokohji氏の描かれた「太陽の剣」というタイトルの絵葉書と、宮崎県にある宇土神宮で撮ってきた「豊玉姫」の写真を背中合わせにして両手に挟み、瞑想状態に入る。「光明浄化、因縁消滅、波動浄化。」の言葉をゆっくり繰り返す。太陽と月と地球のイメージを描きながら……。
「イスラエルの友よ、ご苦労様でした。永い永い年月、貴方達は国を求めて戦ってきた。ありがとう。もう、充分です。貴方達の目的は達せられました。許し合い、愛し合うときがきました。イスラエルの友よ、私達は皆、家族です。一つです。国境は消えました。民族も消えました。地球は一つ。人間は一つ。宇宙は一つ。全てが統合を始めたのです。大いなる意志の下、地球の、宇宙の、そして、人類の大調和を実現し、弥勒の世を創る。それが私の願いであり、貴方達の願いでもあるのです。どうぞ全ての苦しみ、憎しみを解放して下さい。弥勒の世、実現のため、お力を惜しまないでください。共に歩んで下さい。イスラエルの友よ、ありがとう。本当に永い間、ありがとう。皆さんは救われました。」など浮かんでくる言葉をそのままに、心の中で語りかける。
小さな風が吹いてきたと思う間もなく、唸りを伴った強烈な風が、巻き起こってきた。ゴゴーーーーーーーッ!!何もかもを吹き飛ばそうとでもしているのか。この烈風は、マサダの砦の方角から、一気に駆け下りてきた。ビーチチェアーに掛けてあったタオルやガウンが、勢い荒く吹き飛ばされていく。地中に埋め込まれているパラソルも、倒れてしまいそう。まるで、龍神がこの天空を駆け回っているようで、そのイメージが広がった。天岩戸神社での御神業時の風も凄かったけれど、その比ではない。竜巻が起きるのではないかと、心配するくらいだ。突如として巻き起こった超弩級突風に、ビーチに残っていた他の外人客二人も驚いて、棒立ちになっている。この風は、私の行動に、その因がありそうな気がしている。全身の波動が、死海に浸かったせいか、身体からはみ出し、大きく呼吸しているのを感じる。
その後、死海の水を引いて作られている温水プールで、プカプカ浮かび、スパに行く。全身泥パックと、塩マッサージを受けた。爪先から頭のてっぺんまで完全に痺れて、身体は私の所有ではなくなっている。身体の輪郭が消え、フワフワと浮遊して空に漂っているかのよう。夜、日下部会長に誘われて、ホテルのバーに行ったが、一杯のレモンカクテルでダウン。お~~~~~~い、私の身体、返してちょうだい!部屋に戻るため、エレベーターに乗る。壁にもたれたら、その壁が大きく観音開きに開き、尻餅をついてひっくり返る。右手首三箇所、擦過傷。

 『UFO氏からイスラエルへ行くに際し、大きくて長いペンダント風な数珠と、33枚の御札を預かったが、それ以外に「豊玉姫」の写真を持っていくように指示されていた。1月31日、唐突に昌美嬢を連れて、天岩戸神社へ行くことになり、私も同行するように誘われた。「昌美のための御神業なんでしょう。私がついていく必要性があるの?」「嫌なら無理にとは言わないけれど、行った方が良いと思うよ。良いことがあるかもしれないよ。」「良いことって何?」「さあ……ね?」のやり取りで、結局、私もついて行くことになった。1月31日、熊本空港に着いてすぐ、レンタカーを借り、阿蘇・日の宮幣立神宮へ参拝。正月に息子と娘、昌美嬢、持丸氏と共に参拝を済ませたのに、立て続けの参拝は、これで三度目となる。そして、昌美嬢念願の、天岩戸神社へ行き、UFO氏による岩戸開きなる御神業が行われた。天照大神のエネルギーを昌美嬢の身体に入れた(?)らしく、その後ずっと、昌美嬢から様々な言葉が出てきた。私には、この辺のことは良くはわからないのだが、彼女によると、天照大神には男性神と女性神が存在しており、この二人の仲があまり良くないらしく、それぞれの言い分を聞いて、戸惑い、混乱している。UFO氏より「わかったから、二人を和合させなさい。」と言われていた。
翌2月1日、宮崎に向かう。「浜ちゃんのために、宇土神宮へ行くよ。」とUFO氏。私のため?どうせ、何を聞いても詳しくは説明してくれないので、ともかく、任せてついて行く。宇土神宮は海に面したとても美しい神社だった。降車場でレンタカーから降り、海に向かって大きく伸びをすると、海に張り出している立派な松の枝が目に入ってきた。その枝に鳥の巣らしきものが見える。私の目がその巣に行ったとき、大きな鳥(無知な私はその鳥の名前がわからない。)が巣から飛び立ち、海の上をグルッと回って、私達の頭上をゆったりと旋回し、大きな弧を描いた。不思議な感覚に包まれて参道を進み、境内につくと同時に、しめやかな鼓や笛の音が私達を迎えてくれる。2月1日、大祭の日に当たっていたようで、まるで私達の到着に合せるかのように御神事が始まった。大勢の人、人、人……。「浜口先生!浜口先生ですよね。」急に後ろから声をかけられる。京都生まれの男性、エステティックサロンを博多で営業している方のご主人で、以前、永久脱毛を教えたことがある。凛々しい袴姿で、剣舞の奉納をするとのこと。何だか嬉しくなってしまった。この感情は何だろう。単なる懐かしさという感情だけではなさそうだけれど、理由不明のままウキウキしている。人の波を縫いながら奥へ進む。ひっそりとした目立たない場所に、「豊玉姫」の絵がポツンと置かれている。その絵の前で、UFO氏の御神業が始まった。近藤宏次朗氏の御神業は長い瞑想に入ることから始まったが、UFO氏のそれは、祝詞をあげることから始まり、とてもスピーディーでとんとんと進む。30分くらいで終了する。何を目的に、何をしているのか、私には皆目わからないのだが、指示されることをそのままにやっているだけだ。「浜ちゃん、豊玉姫の写真を撮っておいて。」の言葉に従い、それをイスラエルに行くとき持って行くように言われたのだ。なぜ、この写真を撮り、イスラエルへ持って行くのかの説明は、全くない。

帰国後、やっとその意味を教えてもらえた。日本とユダヤの和合は、本来、天皇家が行うべきことだが、それを頼むことはできないので、私の身体に天皇家の祖先である豊玉姫のエネルギーを入れたのだという。「肉体的には民間レベルの人間だが、エネルギー的には天皇家の代表ということで、浜ちゃんはイスラエルへ行ったんだよ。ユダヤとの和合のためにね。」との説明に、「ふ~~~ん。そうだったの。」とのみ答えたが、実感はない。にわかに「豊玉姫」って一体誰?との思いから調べてみると、宇宙考古学者 高坂和導氏の著作「竹内文書2 天翔ける世界天皇、甦るミロク維新とは何か」の223頁、上古代天皇・皇后名一覧表の中、25代8世、統治年数163万7千8百90年、天皇名「天津彦火火出見身光天津日嗣天日天皇」、皇后名「豊玉姫皇后宮」という記述が見つかった。何だかわからないながら、恐れ多いことで、私と共にイスラエルを旅したその写真は、それ以降、大切に額に入れ、毎日お水を差し上げている。』


© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: