全14件 (14件中 1-14件目)
1
やっと6月の出来事が書ける・・・と思ったら、もう7月(・・・も終わり)随分日記を疎かにしてしまった・・・。書きたいことは山積みだけど、今週末からまた1週間いなくなるので、今のうちに少しでも書いておこうと思う。この日記、いつになったらリアルタイムで書けるやら・・・**************************************** 私たちが日本へ行ったその1週間後、(もう随分前のお話ね~)今度は義母が韓国へやって来た。私の母は何度も訪れていたけど、義母は今回が初めてだ。長男が結婚したので、安心して家を空けれるようになったのだろう。とりあえず1日は、ソウルに滞在することにした。義母は小さい頃、韓国に住んでいたことがあったらしい。その頃の同級生(韓国人)が、ソウルに住んでいて、今でも同窓会などを通じて交流があるそうな。そのお友達に会うために、みんなでソウルへ向かった。こちらは、お友達がくださった絵↓長男の結婚祝にと、わざわざ用意してくださった。白いテントの下で、たくさんの人が買い物をいしている様子が、義母のいた頃の韓国と何気に重なって、懐かしく感じたそうな。義母とお友達は、まだ日韓の関係が難しかった頃に知り合って、何十年もの歳月を経た今でも、交流を温めあっている。義母「ほら、あそこにアイスクリーム売ってるお店があったでしょ。 加藤さんの家の隣。それで、その角を曲がったところに・・・。」友達「あぁあぁ、ありました。確か、白い建物の・・・。」まるで昨日のことのように話す二人。ちた「あの・・・お義母さんが小さい頃の話ですよね?」義母「うん。だからもう60年以上前の話しよ。」ひゃーっ、どんだけ記憶力良いの?義母によると、当時の記憶の一部はものすごく鮮明に残っているらしい。学校であった出来事や会話も、未だにしっかり憶えていらっしゃる。義母の思い出の韓国は、今ではすっかり変わってしまったけど、お友達との友情だけは、今後もずーっと変わらず続いていくと良いな・・・と思った。翌日は、ソウルで観光の定番「景福宮」へ行ってみた。ここはとにかく広いので、高齢の義母には車イスを使っていただくことにした。ちなみに車イスは、身分証を預け、必要事項を記入したらすぐ借りられる。最初は必要無いと言ってた義母だったが、約2時間の観光を終えて帰る頃には、大変感謝された。(こんなに広いとは思わなかったらしい。)入り口だけ見たら、想像できないよね~↓天気が良いのはいいけど、暑くて汗が・・・。おかげで、写真写りはバッチリ↓ 青瓦台(大統領官邸)↓おおっ・・・ここから青瓦台が見えるとは知らなかったよ。帰りは運良く、守門将交代儀式も見ることができた。義母は大喜び↓ 暑いけど、ギャラリーはいっぱい↓ 結構近くで拝見♪↓ 仲良く(?)記念撮影↓ お仕事中なので話しかけたら悪いかなと思い、そ~っと近づいて、写真を撮ったらすぐにその場を離れた。他の人も話しかけてなかったけど、やっぱりお喋り禁止なのかな?義母は割と楽しんでくれたようだった。翌日は釜山へお出かけ。本当は博物館へ連れて行ってあげたかったけど、この日はあいにくお休みだった。そこで、釜山近代歴史館へお連れすることに・・・。できるだけ、義母が住んでいた頃の韓国が見れる所を選んだつもりなんだけど、ここは日本人にはちょっとキツイ場所だった。建物は3階建てだけど、見るのは2階と3階だけ。2階にある展示物は、大半が日本に侵略された時の資料だった。義母が、とある女性の写真に目を留めた。この人は何をした人なの?と聞かれたので、説明を読んでみたけど、名前や出身・所属が書いてあるだけで、詳しい説明は無い。ちた「うーん、特にこれをしたってのは書いてないですね。通訳の人を呼びましょうか?」義母「・・・ん、そうねぇ・・・。」ちた「気乗りしないんですか?でも詳しい説明を聞けますよ。」義母「ん~、そう・・・なら・・・。」私は通訳の方を付けてもらうよう頼んで、一緒に説明を聞いた。通訳の方は、「この人は日帝時代に、独立解放を訴えた女性ですよ。」と教えてくださった。あいたたた・・・「彼女だけでなく、ここに写っている人たちは全員そうです。」とおっしゃるの聞いて、全体を見渡した時、ようやく気付いた。大きなボードのあちこちに写真が掲載してあって、一番上に「独立運動で活躍した人たち」みたいな題目がついていた。だから横にある小さな説明には、何をした人か書いていなかったのね・・・。私たちも心苦しいが、通訳の方も居心地が悪そうだった。後から義母が、「何かそんな気がしたから、通訳は乗り気じゃなかったのよね。」と、ボソリ・・・。おかーさーん、そう言うことは、通訳を頼む前に言って下さいよ通訳の方は最後に、「ここはちょっとあれですけど、3階に行ったら、もっと楽しくご覧いただけますよ。」とおっしゃった。ってなわけで、2階には長居しないことにして、早々に3階へ移動。3階に到着するとすぐに、こんな背景が・・・。何だかタイム・スリップしたみたい↓こちらは立体的で、雰囲気出てる~↓ 今度は割と、リラックスして見れた。義母の顔にも笑顔が・・・。ソウルと釜山を3泊4日という駆け足で見て回り、(途中私たちの家にも滞在)いよいよ空港までお見送りする日となった。この日義母は、韓国滞在中、一番手厚いもてなしを受けた。チェックインの際、義母が一人で搭乗すると知った係の方は、すぐに車イスを手配してくれる。最初は車イスを快く思っていなかった義母だが、(年寄りっぽく見られるのが嫌だったらしい)これに乗ると楽だし、しかも高待遇になることが分かり、すっかりお気に召されたご様子。しかも今回は、綺麗なお姉さんが3人も付添いとして同行してくれた。すっかり気を良くした義母は、「こんなに楽なら、秋も来れるね」と言って、満足気に帰って行かれた。「海外旅行は体力的にきついから、あんた達の所に来るのはこれが最初で最後よ!」て言われてたから、今回すっごく頑張ったんだけどな・・・。 次は秋か・・・あは~ おまけ;お食事集 ~インサドンの韓定食↓ 景福宮でランチ↓ プサンでポッサム↓ どれも大変おいしゅうございました
2011.07.20
コメント(10)
ついつい書きそびれてしまってたけど、先月ダンナが、家の近所の病院へ行ってきた。旅行から帰ってからずっと咳が止まらず、薬を飲んでも治まらなかったのだ。こっちの病院に行くなんて無理無理・・・と意地を張っていたけど、1週間経っても一向に良くならないので、諦めて行くことにした。色々調べたところ、私の町には日本語が話せるお医者さんはいないらしい。じゃ英語は・・・と言うと、随分離れた所に1~2軒あるそうな。で、彼が選んだ病院は・・・?ちたぁ「英語話せるお医者さんだった?」ダンナ「ううん。」ちたぁ「じゃあ何でそこを選んだの?」ダンナ「職場の人が、ここにも英語を話せる医者がいるだろうって言ったから。」ちたぁ「で、結局いなかったの?相変わらずいい加減なこと教えるね」ダンナ「うーん・・・って言うか、大きい病院だから、一人くらいいると思ったみたいよ。」ちたぁ「で、たくさん医者がいるのに、一人も喋れなかったの?」ダンナ「うん。受付で聞いたけど、話せる人いないって言われた。」ちたぁ「でもお医者さんでしょ?英語勉強したハズでしょ?一言くらい英語で話さなかった?」ダンナ「あ・・・一言だけ話したよ」ちたぁ「それ何?」「SYMPTOM(症状)」・・・その単語、知ってる人の方が少ない思うけど・・・って言うか、そんな難しい単語知ってるんだったら、もっと簡単な単語を羅列して説明できるでしょうに・・・結局ダンナは、辞書を引き引き、自分なりに解釈して退室したそうな。ま、病名は「風邪」だったので、注射を打ってお薬をもらったら終わり。日本とあんまり変わらないのね。何はともあれ、ダンナはこの日以来ちょっと度胸がついたらしい。これで次から病気になっても、一人で病院に行けると言っていた。今回も一人で行ってるけどね・・・職場の人に頼めば良いのに・・・と思ったけど、頼れる人がいないからしょうがない・・・。なんせ総務は、今もまだ例のキムさん1だからねこんな「独立宣言」を表明した彼だが、その後すぐに「でも健康診断は日本で受けようね」と言い足した。ふふふ、当然です!ってな訳で、明日から1週間、健康診断を兼ねて日本に帰ることになりました。またしばらく日記をお休みしますが、帰ったらできるだけ早く更新しますね~。では良い1週間(チュソク)を
2010.09.16
コメント(10)
今年の3月から始まった韓国語の会話授業も、先週ついに終了~。その後は8月末まで夏休みに入るので、事前に先生が統計を取られた。先生「秋からも授業を受ける人?」生徒 し~ん先生「誰も授業を受けないの?」生徒 し~ん私はまだ決めかねているので何も答えなかったんだけど、他のみんなは・・・?先生が恨めしそうな目で私を見たので、仕方なく「まだ分かりません」と答えた。本当は続けて通いたいんだけど、このクラスの授業はちょっとなのよね。理由その1会話クラスなのに、会話がほとんど無い。先生が一人で話してらっしゃるので、私たちはほとんどの時間を聞いて過ごしている。まぁ・・・リスニングには良いだろうけどね・・・。私にはとても物足りない。理由その2先生がよく英語で説明される。と言うのも、アメリカ人の子にはこの授業が難しいらしく、先生は手っとり早く英語で説明を済ませちゃうのだ。(と言っても、やはりコングリッシュである)初級の頃でさえ、授業中こんなに英語を聞いたことはなかったのに・・・。理由その3水準が合ってない。(理由2の延長なんだけどね・・・。)そもそも上級クラスに人数が集まらなかったため、授業が開講されなかったのがいけなかった。行き場を失った私は、中級クラスに落とされる・・・。しかしこのクラスには、中級の実力が無い子も来ていた。(人数がそろわないと開講されないため、頭数を合わせるため必要だったようだ。)ってな訳で、私には易しいこの授業、ある子にはちょうど良く、またある子には超難解な授業と化している。特について行けてないのがアメリカの子なんだけど、この前衝撃的な出来事があった。先生が、「好き嫌いがある」と言う意味のフレーズを説明された。が、誤った理解をしている子もいたので、先生が2度ほど、簡単な単語でゆっくり説明をされた。もちろん英語も駆使しながら・・・。しばらくして全員が正しく理解したと判断した先生は、別の単語の説明へと移られた。間もなくして休憩時間になったので、クラスメートががアメリカの子に話しかけた。友達「キムチ食べれる?」アメ「うん。」友達「嫌いな韓国料理ある?」アメ「無いよ。」友達「じゃあ、好き嫌いは無いんだね」アメ「・・・?どう言う意味?」友達「さっき先生が説明したでしょ?“好き嫌い”だよ。」アメ「君が話してる言葉が分からないよ・・・。」聞いてた全員が、軽くショックを受ける・・・。その後誰かが英語で説明したら、やっと気づいてこう言った。「さっき、ああ、さっき先生そんなこと話してたんだ。 先生が話すスピードが早過ぎて、いつも何言ってるかよく分からないんだよね。」があああ~ん先生・・・あんなに時間をかけて、英語も交えて説明されてたのに・・・。幸いにもこの時先生は席を外されてたので、この会話を聞かずに済んだけど、もし聞いてらっしゃったらひどく落ち込まれただろう。またある時は、私自身が深手を負った。韓国のバス話になったので、私がこんなことがあった・・・と話した時のこと。当然ここで笑いが起きる・・・と思ったのに、笑ってくれたのは、先生だけだった他のみんなには・・・伝わらなかったらしい。難しい単語を使ったつもりはないんだけど、他のみんなの単語力が圧倒的に不足しているのだ。ってな訳で、先生は単語の説明にながーい時間をかけられる。正直、先生が説明される単語の80%は、文法コースにいた時すでに習った単語なので、説明の必要が無い。なおかつ、私は授業の前に軽く教科書を読んで行くので、分からない単語は事前に調べて行っている。が、そんなことをしてる生徒は他にはいない。結果、欠伸が出るほど退屈になり、やがて眠くなる先生の韓国語を聞くのには慣れたけど、年配の方と話す時は、何を言っているか分からないことが多い。ドラマを見てても知らない単語はたくさん出てくるし、何より話すのが難しい。発音だって悪いので、すぐに日本人だとバレるし・・・。だけど今のクラスでは弱点の補強ができない。次学期も続けるべきか辞めるべきか、悩みどころだわ・・・~おまけ~学期の最後は、先生たちがピザ・パーティーを開いてくださる。この時は、会話コースの生徒たちが、レベルに関係無く全員集まる。ざわざわしている教室で、先生がおっしゃった。先生A:さぁ皆~、先生の話をよく聞いてね~。みんな:ざわざわざわざわ・・・。先生A:みんな静かに~。先生の言うことよく聞かなきゃダメよ~。みんな:ざわざわざわざわ・・・。先生B:もともと韓国語が分からなかったら、言うこと聞かないよね。ちたぁ:(うぷぷ。もっともだわ!座布団一枚♪)みんな:ざわざわざわざわ・・・・。あいご~、笑った生徒が一人もいないじゃない・・・これじゃ来学期も上級クラスは開講できそうにないわねランキングに参加中です↓
2010.07.27
コメント(8)
先々週結婚した韓国人の友達が、お土産を持って遊びに来てくれた。彼女たちの新婚旅行先は、プーケット喧嘩をすることも無く、楽しく過ごしてきたそうだ。うんうん、何より何より♪食事はイマイチだったそうだけど、ヴィラは最高だったとのこと。プーケットかぁ・・・いいなぁ。モルジブにも行ってみたいなぁ。ガラス床から直接真下を泳ぐ魚を眺めれたらなぁ・・・うわぁぁ最高い、いかん・・・妄想してしまった。友達からもらったお土産↓ゾウのぬいぐるみがとってもかわいい♪ところで前の日記にも少しだけ書いたけど、、彼女は式が終わるちょっと前まで、ずーーーっと無表情に近かった。いつもニコニコしてる彼女が、式の最中はほとんど笑顔を見せなかったので、緊張してるのかなぁ?まさかお腹でも痛いんじゃ・・・と心配したりしていた。今日、式の時に撮った写真を一緒に見ながら、「結婚式の時は、どうしてほとんど笑わなかったの?」と聞いたら、意外な答えが返ってきた。韓国ではね、結婚式の時にいっぱい笑うと、男の子に恵まれないって言われてるから・・・。えええーっ、そうなの?さすがにこれは、韓国文化の授業でも習わなかったなぁ・・・。一生に一度の記念日なのに、笑顔の写真が少ないなんて寂しい日本で終始、無表情の新婦がいたら、「政略結婚?」、「もう後悔してる?」等々の憶測が飛びそうだけどな・・・。今まで行った結婚式を振り返ってみたら、鶴ちゃんの時は良く笑ってた。たぶん外国人だから、そんなのは関係無かったんだろう。キムさん1の奥さんは、割と無表情に近かった。私は彼女にこの時初めて会ったので、そういう人なんだと勝手に納得。お偉いさんの娘さんの時は、割と良く笑ってた。海外留学していたそうなので、そこはオープンマインドなのかもしれない。ってな訳で、4回目の結婚式でようやくこの事実を知ることとなった。ここからは私の勝手な想像だけど、友達があまり笑わなかったのは、彼女がそういう迷信(?)を信じているためと言うより、ご主人側のご両親が信じているためじゃないかと思った。彼女は結婚式の準備の時から、最近では省略しつつある様々な儀式や贈り物を全てこなしてきたらしい。新婚旅行から帰ってきた後も、昔ながらの習慣に習って、家族全員でご主人の実家にご挨拶へ行ったり、翌日は朝早くから韓服を着て朝の支度をしたり、数多くの面倒な行事をこなして疲労困憊だったとか。(ちなみにこれらは全部、ご主人側のご両親の希望みたい。)う”-ん、結婚式がこの調子なら、きっとチュソクやソルラルも手を抜かないんだろうなぁと思う。まだ若い彼女が、疲れて老けこんでしまわないか心配だ。仮に大丈夫だったとすると、今度はもっと心配なことがある。面倒な行事にも慣れ、心も体も鍛え上げられる頃には、完全なアジュンマになっていないだろうか・・・と言う不安。韓国人なのに、それを感じさせることがない彼女。(冷蔵庫を開けたことも無いし、家の中を勝手に徘徊することも無い。)今の彼女にはアジュンマの素質が全く感じられないのだけど、以前子供と遊びに来てくれた友達は、結婚後にアジュンマになったと言っていた。彼女の場合、アジュンマの素質が元々備わっていたんだと思うけど、素質がゼロだとしても、やっぱりちょっと不安だ。どうか・・・どうか彼女が、今のまま変わらないででいてくれますように~。ランキングに参加中です↓
2010.03.18
コメント(10)
先週の水曜日から授業が始まった。今度から会話クラスの上級を受けることになったのだけど、本当に上手な人から、私のように行く所が無くて来てる人まで様々だ。本来なら上級の上下を作るべきなのだけど、学校の方針により、中級以上の人は皆、上級に押し込まれてしまった。私以外の日本人の子たちはペラなので、萎縮してしまう・・・。ちなみにクラスの構成は、日本・中国・モンゴル・アメリカ・メキシコ・フィリピン等など、実に多国籍だ。教科書は、前学期使っていた教科書の「上級」を使用することになったので、わたし的には問題無いのだけど、この教科書で会話中心の授業ができるのかな・・・との疑問も残る。ちなみに今のところ、発言の機会は少ない。文法コースにいた時の方が、まだ多かったこれから変わっていくかもしれないので、今学期は様子を見ようと思う。が、授業より何より大変なのは、朝の通勤ラッシュだ。前回なんて、最初に来たバスは満員の為、停留所を素通りして行った。次に来たバスには絶対乗るぞ!と意気込んでいたものの、私の前の人まで乗ると、扉を閉められた。ちなみに前の方、扉に体を挟まれて、かなりかわいそうなことに・・・。結局、その次のバスに無理やり乗ったんだけど、息苦しくて死ぬかと思ったあまりの満員ぶりに、運転手さんのご機嫌も斜めだし・・・。学校に着くと教室まで走って行った。開始時間ピッタリに到着~・・・何とか遅刻は免れた。(とは言え、時間に間に合ったのは2人だけだったので、何だかな~って感じ)今は新学期が始まったばかりだから仕方がないのかもしれないけど、早く学生たちが授業をサボり始めるように祈るしかない。ちなみにいつも遅刻して来る友達は、「バス空いてますよ~。」と言っていた。15分ほど遅れれば、空いてるバスで快適に通学できるようだ。実に魅力的な話だけど、私の性格からして遅刻は無理・・・。あー・・・学生たちや、早くサボるか遅刻癖をつけておくれ~!ランキングに参加中です↓
2010.03.08
コメント(4)
日本で病院へ行ってきた。私はすごく緊張したり、「ここでは絶対迷惑をかけちゃいけない!」と、強く思えば思うほど、簡単にお腹を壊す傾向にある。もともと小心者なので、緊張し易いのに加え、最近は進路や韓国語の上達が遅いことに悩み、ここ2週間は頻繁に下痢と便秘を繰り返して、心身ともに疲れ果てていた。果たしてその診察結果は・・・「過敏性腸症候群(IBS)」最近多い症状なのだそうな。腸に異常があると言うわけではなく、神経性のもので、ストレスが加わると症状が悪化するらしい。まさに、そのとーり。気にすればするほど悪くなるので、気にしないのが一番だとか。一応整腸剤を出してもらったので、それを服用して様子を見ることになった。ヒドイ人になれば、精神安定剤を使うこともあるらしいけど、そこまでする必要は無いでしょうとのこと。「できるだけ気を楽に、ストレスを溜めないように生活して下さい。」と言われた。んー・・・そうしたいのは山々だけどねぇ・・・。韓国で暮らしていると、そうもいかないのよねぇ・・・。来てすぐの頃は、何かと頑張り過ぎて、自分自身を追い込んでしまった。その結果体調不良に陥り、親切なアドバイスを頂いて、「頑張らない生活」を始める決心をしたのが今年の2月。(「頑張らない宣言」についてはこちら。)それが今じゃ、初心を忘れて、また頑張っているではありませんか。これじゃーいかんもう一度初心に戻り、頑張らない生活を始めようと思う。こんな宣言する人、めったにいないと思うケド・・・。頑張るにしても、頑張らないにしても、有言実行って難しいのね。ランキングに参加中です↓
2009.11.10
コメント(6)
ダンナの車が、会社の敷地内でぶつけられたらしい。ダンナの所へ、ぶつけた人が報告に来たそうな。社有車だから、誰が乗ってるかすぐ分かったんでしょうね。擦っただけで大したこと無かったらしいけど、ダンナは昨日から代車に乗ることになった。その代車とは、「ジェネシス」。この子です↓車の写真だけ撮りたかったけど、ダンナが「怪しい人って思われるかもよ。」と言ったので、横に立ってもらうことにした。これなら、他人の車を撮ってるとは思われますまい・・・。さてこの子、代車の中でも一番良いクラスらしい。ダンナは大そう気にいったらしく、元の車が戻って来なきゃいいのに・・・なんて言っていた。これこれ私も乗ってみたいけど、慣れない車に乗るのはちょっと怖いなぁ~。ダンナの運転だからなおさら。ダンナの期待とは裏腹に、私は早く前の車が戻ってきてほしいと思う。前の車は、ダンナが乗るまで相当期間放っておかれた。洗車をしたら、ボンネットの中から大量の草が出てきたと言ってたので、(草むらに放置されていたらしい。)どれだけメンテされてなかったかことか・・・。ダンナが乗り始めて、ようやく本来の役目を果たすようになったと思ったら、今度はぶつけられて、本当に不運な車だと思う。(ダンナが乗ってる時にぶつけられなくて幸いだったけど。)私たちが滞在する間は頑張ってもらわなきゃいけないので、今回しっかり修理してもらい、元気になって帰ってきてほしいな。ランキングに参加中です↓
2009.11.04
コメント(0)
今週から中級の授業を受けているのだけど、授業のレベルが格段に上がった気がする。まずクラスメートの韓国語が上手いこと。初級から一緒だった子もいるけど、その子はあまり話すのが得意じゃなかった。だけど夏休みの間、韓国人の友達に手伝ってもらい、毎日勉強を継続していたらしい。どうりで以前よりキレイに話せるようになったわけだ。偉いなぁ~・・・。他の子も、みんな単語をよく知っているし、自分の意見を話すのに苦労してない様子だった。特にある女の子は、話すのが早過ぎて「先生より早いね。」と言われていた。彼女には韓国人の彼氏がいるらしく、初級の時からやたら話せていたらしい。外国語を習得する一番の近道は、現地人の恋人を作ることだと聞いたことがあるけど、まさにその通り・・・。あ、もちろん本人の努力もあると思うけど、家に帰ったら日本語で話しまくってる私としては、羨ましくもあり反省する点でもあり・・・。授業で使われる教科書は、初級の頃と全く違う教科書になった。今回は単語に重点を置いているらしく、第1課だけで知らない単語が続出。頭に入りきれない・・・。先生は、毎日見て覚えてたら、そのうち頭に残るようになるよとおっしゃった。あぁ・・・また白髪が増えやしないか心配だわ。また、今学期からドラマや映画を見る授業が始まった。授業なので、当然鑑賞後は誰が何と言ったか勉強するのだけど、早過ぎて耳が全くついて行けないこともしばしば・・・。仮に聞きとれたとしても、書いたら違ってるし・・・。あぁ恨めしや、パッチムたち今学期も頑張ろうと思っていたけど、思っているけど、初級の頃よりもっとずーっと努力しないと、あっという間に落第生になってしまいそうだ。中級になったら、少しは気持ちが楽になるかなぁと思っていたけど、プレッシャーは増すばかり。後には引けないので、あと半年、あと半年だけは頑張ってみようと思う。ふぅぅ・・・「頑張らない生活」を送るハズが・・・。頑張るにしても頑張らないにしても、有言実行って難しい。
2009.09.02
コメント(0)
クラスメートの中国人が、他の大学の試験を受けてきた。彼は他の子より4~5歳年上で、韓国語もよくできる。将来は韓国の会社に就職するつもりだと言っていた。最初は、夏休み期間の特別クラスでも受けるのかと思った。だけど彼は、学位を取るべく入学試験を受けたことが分かった。んー・・・なぜっ?確か1年間はここで韓国語を勉強して、その後この大学に入学するはずだったよね・・・?彼に直接聞いてみたけど、どうも事情が複雑らしく、彼は鶴ちゃんに助けを求めた。そこで鶴ちゃんが、彼に代わって事情を説明してくれた。全ては中国人失踪事件が発端だった。彼らが失踪したため、学校側は、同じ時期に入学した中国人学生全員、この学期を最後に中国へ帰すことに決めたらしい。すでにこの大学へ入学することが決まっている学生は、例外的に残ることができるらしいのだが、私たちは3月に入学したばかりなので、まだ試験に通るほどの語学力が備わっていない。そんなの、無理に決まってるじゃん。今ここに残ってる学生は、みんなまじめに勉強してるのに・・・。トバッチリもいいとこだよいつもはクールな鶴ちゃんも、今回の説明の時は怒り気味だった。同じエリアの人達だけ帰すならまだしも、他のエリアの人達まで帰すのは酷過ぎる・・・と。(私はエリアに関わらず、帰すのはどうかと思うんだけど・・・。)今帰ったら、今後の将来が台無しになる可能性が高いので、とても不公平だと言っていた。「もし彼らが今後、英語圏に留学したいと思っても、韓国で強制的に帰された履歴が明らかになったら、どの国でも受け入れてくれないよ。中国大使館か入管に抗議して、この決定を撤回させた方が良い!」と、一気にまくしたてた。そうか・・・そういう弊害もあるのか。不法滞在するしかなかった彼らにも同情するし、たまたま彼らと同じ時期に同じ学校へ入学した、他の中国人学生にも同情する。皮肉にも、不法滞在を選択した方は韓国に残り、まじめに頑張ってる方が中国へ帰される結果となった。何か・・・やり切れない。今日から梅雨入りしたのか、雨がひどい。雨が降る時は、私の気持ちも雨模様になることが多いのだけど、今回もやはり、降り止まない雨と同じになった。
2009.06.22
コメント(0)
日本に帰って来てから、病院巡りをやっている私。最初はダンナと一緒に、健康診断を受けに行った。一応問診があったので、先生に気になることをいくつか聞いてみた。1・皮膚の乾燥がひどい2・喉が変(エヘン虫が多い)1については、やはり韓国が乾燥しているから・・・と言うことと、以前行った「アカスリ」で、大事な皮膚まで取ってしまい、再生に時間がかかっているのではないか・・・ということを言われた。その先生は、あまりアカスリをおススメしていないとおっしゃっていた。そうか~・・・私も疑問に思ってたのよね。洗顔とか泡で優しく洗った方が良いのかと思っていたけど、アカスリって肌をガシガシこそいでいるから、皮膚に負荷がかかりすぎないかなぁ~と気になっていたんだ。2については、これまた韓国の空気のせいではないかと言われた。やっぱり~?実は日本に戻って来てから、喉の調子が良くなった。ちなみに私はまだ症状が軽い方で、ダンナにいたっては、笑っても咳が出るほどヒドかった。念のためレントゲンで詳しく調べてもらったけど、肺には異常が無かったので、ひとまず安心した。韓国、黄砂も飛んでるし空気は日本より汚れてるかもね~。そうそう、日本の総務に、健康診断を受けるにあたって、この症状のことを伝えていた。そしたら、こともあろうか「部屋は大丈夫ですか?」などと言われたらしい。なにーっ?そりゃ、うちの家、なぜか毎日大量の埃が出るけど、(不思議なことに、毎日掃除しても毎日埃が出る!)掃除はちゃんとしてますからね!!第一、あんたにそんなこと言われたくないわよっ!!ダンナも「失礼だよね。」って言ったので、「君は何て答えたの?妻はしっかり掃除してますって言ってくれたの?」って聞いたら、「ん?家は去年建ったばかりだから、大丈夫でしょうって言っておいた。」だって。おいおいおい・・・シックハウスの問題だと受け止めた私に対し、アスベストなど建築資材の問題だと受け止めたダンナ。あの総務が、建築資材まで気にするほど気が回るわけないでしょー。 それから次に、歯医者さんへ行った。ダンナが、歯がしみると言っていたので、一緒について行って、私もついでに見てもらうことにした。今回実家の近くの、最近開業した歯医者さんへ行った。私は虫歯が無かったので、クリーニングして終了。ただしこのクリーニングが痛いこと痛いこと・・・。「痛かったら言ってください。」と言われていたので、相当我慢した末に「痛いです。」と言ってみた。だけど何も変わらなかった。しかもそれ以来、歯がしみるんですけど・・・。歯石を取るハズが、歯まで削っちゃったんじゃないの?で、ダンナは歯を抜くことになってしまった。虫歯ではなかったけど、親知らずが弱ってるので、いっそ抜いた方が良いと言われたのだ。抜くのはすぐ終わったけど、ダンナは弱り切っていた。そして手には、ケースに収められた、記念の親知らずが握りしめられていた。お互い虫歯は無かったものの、待合室で清算を待つ間、病人のようにぐったりしていた。 そして今日、産婦人科へ行って来た。以前筋腫があるので、半年ごとに検診をした方が良いと言われていたのだ。で、せっかくなのでこれまた実家の近くの病院へ行ってみた。筋腫は1~2cmくらいで、特に成長している様子はなく、このまま大きくならなければ大丈夫とのこと。ただし半年ごとに検診を受けるように・・・だそうで。韓国では行きたくない(行けない)ので、日本に帰省した際は産婦人科行かなきゃね~。でも健診、嫌なんだよね~。今回子宮の奥の方の検査もしてもらった。結果は数日後に分かるらしいので、何も無ければいいなぁと思う。 日本にいたら、いつでも行けると思って行かないけど、韓国に行ったお陰で、マメに病院に行くようになっちゃったよ。
2009.05.19
コメント(2)
今日、学校でレベルチェックを受けてきた。まずは筆記試験があったけど、さっぱり分からなかった。隅っこの席に座っていたので、壁に貼ってある動物の絵を見てたら、先生がやってきて「どうして書かないの?」みたいなことを聞かれた。「分かりません。」と日本語で答えたら、なるほど・・・って顔をして答案用紙を持って行かれた。 次に、先生3人によるインタビューがあったけど(生徒も3人ずつ)、これもさっぱり分からなかった。すぐに一人の先生が助け船を出してくれたので、私への質問はあっという間に終わった。一人の子は、ぺらぺらと喋ってて、最後は自己アピールみたいなことも話してた。そんだけ話せたら、学校通う必要ないんじゃない? で、私は前もって知らされていたとおり、一番下のクラスに入ることになった。日本人は私だけ、あとベトナム人が1人いて、残りは全員中国人だった。(しかも若い。)先生が私のことを日本人だと紹介したら、一斉に私の方を見て(一番後ろに座っていたので、一斉に振り返るのよ)、かなりビビってしまった。今どきどこに海外旅行したって、日本人がいないって状況にはならないのに、よりによって身近なお隣の国でそんな体験をしようとはね・・・。 帰りはもっと悲惨だった。反対方向のバスに乗ってしまったのだ。でも普通、朝降りたバス停の向かい側が、帰りのバス停だよね?だけどこのバス、朝下りたバス停から、帰りも乗らなければならなかったみたい。バスの番号によって違うんだと思うけど、わからんっ!!私は運転手さんに、「○○行きますか?」と聞いてみた。運転手さんは「あにょ。○×△・・・」と言ったので、たぶん反対方向だと言ってると思った。次のバス停で降りると、一緒に降りたおばさんが、手招きして反対のバス停まで案内してくれた。それで私をバスに乗せて、「この子日本人。○○で降ろしてあげて。」と運転手さんに言ってくれた。おかげで私は無事帰ることができた。おばさん、親切にしてくれて本当にありがとう!バスの中では、私の前に座っていたおばさんが、(私は立っていた)私の荷物を持ってくれるとジェスチャーで話しかけて来てくれた。私はいいですよ、と断ったけど、おばさんは私の荷物をひざに乗せて笑ってくれた。ありがとう・・・でも教科書買ったから、すごく重いのに・・・。元気なおばさんならまだしも、小柄でちょっと年配の方だったので、私はかなり申し訳なく思った。おばさんも持った後、「失敗した!」って思っただろうなぁ~。 本日何よりの収穫は、日本人の女の子とお友達になれたことかな♪クラスは別になっちゃったけどね・・・。そう言えばその子、卒業証明書を含む他の書類を全然提出していないらしい。「ない。」と言ったら、「じゃあいい。」と言われたそうな。私、まじめ過ぎた?この学校、試験もインタビューも時間通りに始まらないし、(インタビューは30分経っても始まらなかった。)書類はそんなんだし、お願いしていた学費振り込みの領収証も出来てないかも・・・と思って聞いてみたら、案の定出来ていなかった。「今日は忙しかったので。」と言われたけど、頼んだのは1月の中旬ですから。1月末にお願いした時も、「また今度」と断られた。2月いっぱいかかっても、まだできない領収証、どんだけ大そうな領収証を発行してくれるのやら・・・?
2009.03.02
コメント(5)
今日から私の母が遊びにやってくる。旧正月でダンナの会社が休みのため、母にとっては都合が良いのだ。私たちにとっても都合が良い。掃除好きの母に、片づけを手伝ってもらうつもりだから♪ ところでうちの母、すごくおっちょこちょい。と言うと聞こえは良い(?)が、思い込みが激しい小心者。(私の血は、明らかに彼女から受け継いでいるようだ・・・。)母は私達と一緒に海外旅行をしたことはあるが、一人で行ったことはない。いつも私たちがついているので、機内で渡される入国カードすら書いたことがない。そんな母が、頑張って一人で来ると言ったので驚いた。 私は途中まで航空券のを手配していたけれど、出発まで時間がなかったので代理店とのやり取りを母に伝えて、申請書の記入と入金については直接確認するように言った。ただ、家にはファックスが無いし、母はパソコンが使えない。いっそ家の近くの旅行代理店で申し込んだ方が、簡単でいいかもとも思ったけど、私が調べていたチケットはネット料金のため安かったので、母に考えて決めてもらうことにした。 しかし丸一日経っても母から連絡が無い。航空券は取ったのか?まだ考え中なのか?気になって母に連絡してみると、「あぁ、昨日近くの旅行代理店でチケット取ったよ。お金も払ったから。」だって。それならそうと、連絡ぐらいしてよね。で、金額を聞いて驚いた。私が調べていたネットの料金より、2倍近く高いのだ。えーっ、それなら2回来れるじゃないっ!キャンセルして取り直した方がいいよ!と言ったけど、もうお金も払ったし面倒だからいいと言い張る。ついでに、「あんたが言ってた時間、飛行機なかったよ。だから夕方の便にした。」だって。えーっ、まだまだ座席に余裕あるみたいだったのに、たった一日で席が埋まる?すごく納得がいかなかったけど、本人が代理店で確認したならそうなのだろう。取りあえず今回はそのお高いチケットで来てもらうことにした。 夜、入国カードの書き方など、こっちで分かる分の情報をメールで義姉に送った。義姉から母に情報が伝わって、母から確認の電話があった。母:「到着地は、ソウルじゃないの?」私:「?何言ってんの?いつもプサンって言ってるでしょ。」注)私が住んでる町からは、プサンの空港を利用する方が便利なんです。母:「あらっ、お母さん、韓国にはソウルしか空港が無いと思って、ソウル行を買ったよ。」私:「はぁ?ソウルの話とか、一度もしたことないでしょ。 家に置いてきたパンフレットも全部、プサン観光のだったじゃない。」母:「そうけど、ソウルって思い込んでたんだもん。」おいっ!!人の話はちゃんと聞きなさいっ!(私もよく言われたなぁ・・・。) 結局母は、取ったばかりのチケットをキャンセルして、私が勧めていたネットのチケットを買うことになった。一人じゃできないので、義姉の助けを借りて、翌日ネットのチケットを取り、今取ってるチケットをキャンセルしに行った。結果的に、キャンセルして取り直した方が安く上がった。そりゃそうよね~、って言うか、行き先違うから当然。飛行機の時間がなかったのも、これで納得。満席のため無かったんじゃなくて、その時間に飛行機が飛んでなかったのだ。 今回、事前に発覚したので事なきを得たけど、これが出発した後だったらと思うとぞっとする。母は日本語以外全く話せない。もしソウルに着いていたら、釜山の空港で待っている私達と連絡が取れずに泣いていたと思う。(母の携帯は日本国内のみ使用可。)飛行機にさえ乗ってしまえば大丈夫だと思ったけど、乗るまでがこんなに大変だとは思いもしなかった。 今日空港で母に会えて、やっと安心した。
2009.01.25
コメント(0)
今日から18日まで、日本に帰ることになった。ダンナの出張&ビザの取得のためである。ダンナのビザが取れたら、私の分も一緒に韓国で申請することになるらしい。 しかしこのビザの取得・・・本当にストレスが多い問題だった。(実はこのブログを書いているのは2月で、現在取得済み♪)日本の総務が当にならないので、日本にある韓国の領事館に何度も電話で問い合わせをした。 今回日本の入管で手続きをするのはダンナだけ。ダンナはすでに韓国内でビザ発行の許可をもらっているけど、私にはないのだ。で、領事館には私のビザをどうやって申請するか問い合わせた。すると・・・「旦那さんと一緒に日本で申請するのが一番なんですけど、どうしてそうしなかったんですか?あなたに何か問題があって、許可が下りなかったのですか?」と言う、シツレーな質問を逆に受けた。わたくし、軽微な交通違反以外、警察のご厄介になったことありませんからっ!(それもずーっと昔。) そもそも日本の総務のせいで、ビザが間に合わなかった。だから韓国の総務に頼んでビザの申請を進めてもらった・・・んだけど、キムさん1(=韓国の総務)、なぜダンナの分だけ申請して、私の申請をしてくれなかったのだい?その後も、私のビザがどうなるか聞いてみると、「ダンナがビザを取ったら、奥さんは要らない。」と言ってきた。そんなバカな・・・。ひょっとして最近変わったの?それともキムさん1は役所にコネでもあって、融通が利くとか?など憶測したものの、やっぱり納得がいかない。だいたいダンナもダンナで、そんな回答に疑問も持たず私に伝えるなんて・・・。 私は当然次の質問をした。「本当にビザ要らないの?ネットとかで調べても、ビザ無しで滞在できるのは最長3カ月までだよ。もし不法滞在とかってことになったら、私、強制送還されちゃうんだけど、ほんっとーに大丈夫なんだね?」ダンナは伝書鳩のように、キムさん1に伝えた。 そして次に彼が言ったのは、「ダンナがビザを取得したら、奥さんはパスポートを持って役所で手続きをすれば大丈夫。」と言う言葉だった。 ダンナ、ここでも君はそのまま納得したようだが、おかしいやろ?「第一どうやって君と私が夫婦って証明するの?夫婦関係を証明する書類が要らないってことは、例えばブラジル人の女性が”私この人の妻です。”って言ってきてもビザを発行するってことよね?」と聞いてみた。※ちなみに例えが「ブラジル人」になったのは、その時飲んでたオレンジジュースがブラジル産だったからだと思う。 ダンナは再び伝書鳩となってキムさん1に質問した。次に得られた回答は、「パスポートと戸籍謄本と証明写真を持って、役所で手続きをしたら大丈夫。」と言うものだった。うーん、それだけあれば大丈夫かなぁ、と思うけど、今までが今までだけに安易に信用できない。ダンナに「本当にそれだけで大丈夫なの?」と念を押してみると、「今回は入管かどこかに確認してたから大丈夫じゃない?」と言われた。っええーーー!今まではキムさん1の個人的判断で答えてたの?ありえーん。私は散々ダンナに文句を言った。今にして思えば、ダンナも新しい職場でいっぱい苦労していたと思う。それなのに家に帰って来てからも(途中メールでも)、私から苦情を言われ、つらい思いをしたと思う。ダンナ、ごめんね。(このブログ、ダンナを含めて誰にも教えてないので、ここで謝ってもあまり意味が無いんだけど。) そして私の怒りの矛先は、もともとの悪の元凶、日本の総務へと向かうのであった。ダンナには、「今回の出張で総務に会ったら、飛び蹴り入れといて!」とお願いをしておいた。こともあろうにダンナは、「うちの妻がこう言っていた。」と、職場の同僚に伝えたらしい。うわぁぁ~私の大人しいイメージが・・・。ダンナの、ささやかな仕返しだったのかなぁ?
2009.01.15
コメント(0)
今日、ダンナが車(社有車)で帰ってきた。実は月曜から今日の朝まで、毎日キムさん1とキムさん2に家まで送り迎えをしてもらっていたのだ。(ちなみにキムさん2は1より若く、現在彼女募集中の好青年。) ダンナは、いつまでも送り迎えをしてもらうのは悪いから、と、今日の夜から独り立ちを決めたらしい。でもさぁ、まだ職場に行き始めてからたったの4日だよ。日本と違って左ハンドルだし、道路は右側通行。まだ危ないからキムさん達に甘えなさいよ、と言う私の助言も聞かず、ムボーにも一人で帰って来たのだ。 君、方向音痴でしょ。左右もよく間違えるよね。ここで事故でも起こしたら、キムさんたちにもっと迷惑をかけることになるんだよ。慣れるまで待てないの?ときつい口調で言うと、 自分で運転しなかったら、いつまで経っても道を憶えないよ。そんなに怒られたら、自分がめちゃめちゃ恐ろしいことしたみたいに思えるじゃん。と切り返す。 オソロシーことしてるんだよっ!!こっちに来てまだ1週間もしないのに、私を未亡人にする気かい? 結局ダンナは折れず、明日から毎日自分で運転して行くことになりました。もー・・・こっち来て神経ヨロヨロになってるのに、これから毎日無事に職場に着いたか、生きて帰ってこれるか、も心配することになるのね。こっちが死にそうだよ・・・。
2009.01.08
コメント(0)
全14件 (14件中 1-14件目)
1