神頼みな毎日

神頼みな毎日

途中


 これ以上ないくらいに顔を真っ赤に染めて、震える手でスカートの裾を力一杯握り締めながら、搾り出すような声でそう言ってくれた。すごく緊張しているのか、最後の方は声が小さくなってしまっていて聞こえなかった。
 一緒に下校しようなんて誘ってくれて、嬉しくてびっくりした。二人で歩く秋空の下、家までの短い道は、普段と色を変えて楽しそうにしていて、それは僕の心を反映したものだった。
 そして、今突然立ち止まった彼女に告白されて、僕ははじけてしまうくらいに嬉しかった。
「真実……、本当に?」
 真実は、ゆっくり頷いた。頭から湯気が出るんじゃないかと思うくらい頬は朱に染まっている。触れたら熱そうだ。
 嬉しい。死んでしまうほど歓喜が体中を駆け巡って騒ぎたてている。僕だって好きだ。二人ともお互いが好きだったなんて、そんな素晴らしいことがあるのか。そんな嬉しすぎることがあっていいのか。
 ――でも。僕の中のお祭り騒ぎは、急速に冷めていく。おい浮かれてるなよ、目を醒ませ。お前には、彼女と一緒にいる権利なんかないだろう?
 嬉しかった分、悲しかった。僕が一方的に彼女を好きでいる。ずっと遠くも泣く近くもない、友達の関係として彼女を見ている。本当はそれだけで良かった。だって彼女に告白されてしまったら、僕は彼女を傷つけなければならないんだから。
 返事は決まってしまっている。そして僕は彼女に想いを寄せる権利もなくす。近くにいる事もできなくなる。
「……真実」
 僕は、真実の瞳をまっすぐ見つめた。綺麗な目だった。いつも真実に見つめられると、すごくドキドキしてて、まともに目なんか見れなかった。
 でもこれが最後の、僕がしっかり真実の目を見て言葉を発することができる最後の瞬間なのかもしれない。
「ごめん。僕は君と付き合える人間じゃないよ。……そうさ、真実も知ってるだろ。僕は人間ですらないんだ」
 笑顔と言うのは、無理やり作るとひどく疲れるものだった。顔の神経は固まったように笑顔を作っているけど、内心では冷たさがうごめいていた。
 真実は俺の素振りから、僕がするであろう返事を察したらしい。けど首を振って僕の手を掴んだ。いつも自信に溢れて明るく生きている彼女が、すがるような目で僕を見ていた。そんな姿にどきどきしながらも、僕はただ困惑するだけだった。
「私、真剣だよ。真剣に好きなの。歩がなんであったってかまわないもん」
 僕が掴まれた手を優しく解こうとすると、首をぶんぶん振って肩ほどまで伸びた黒髪を揺らす。だめ、離さないと真実は言った。
 それでも僕の中に住まう厄介な現実は、どこまでも僕を冷やしていった。現実はそんなに甘くない。知ってるよ。真実だって、分かってるのにそんなこと言ってるんだ。
「知ってるでしょ? 僕の体にそんな触れてちゃ駄目だよ」
 そっと真実の手を僕の肩から離す。その手は既に冷え切っていた。
「だ、大丈夫だもん。寒さなんか全然平気っ! 平気だから……ッ」
 黒い大きな瞳が潤みだして、僕は少したじろいだ。けれど今日の僕はすごく冷静で、ただその様子を慌てずに見つめていた。いつもは目が合っただけで駄目になるのに、こんな時だけ僕は必要以上に強かった。
「大丈夫じゃないよ。これから冬で、僕は特に危険だ。……たとえ夏でも同じさ。君の体を壊しちゃう」
 でも……。そう言いかけた彼女から、僕は逃げるようにして、……いや実際に逃げた。走って、家まで振り返らずに逃げた。

 結局、僕は弱い。彼女の泣く姿も見れないし、彼女の想いを受け止めることもできない。自分の想いも口にできなくて、逃げることしかできない臆病者だった。

  ◇

 化学とか、そういう人間社会の発達は全ての幻想を削り落とした。出すぎた力は不要になったし、古来から伝わってきた身を守るための能力も、もはや過去の産物と化していた。とにかく邪魔でしかなくなったのだ。
 そしてそんな要らない力を持っていて、普通に暮らすのにも苦心している僕がいる。邪魔で邪魔で仕方ない力を持って生まれて、今の今まで十四年間を生きてきた僕がいる。
 ただ好きでいることも、好きだと言ってくれた相手に「こちらこそ」と言う権利もない。過去の産物は予想以上に厄介な代物だった。
 僕は本当に脱兎のごとく、家に飛び込んだ。飛び込んで現実に潰されそうになって、玄関で扉を背に座り込んだ。とにかく、もう嫌で仕方なかった。
 こんなところで泣いていたって、仕方ないじゃんか。僕は立ち上がってカバンをソファーに放り投げて、台所に向かう。口から出てこようとする感情を水で体内に押し留めようと思ったから。
 蛇口を捻ってコップに水を満たす。リビングに戻って椅子に座り、水を一口含んだ。
 ひどく惨めだった。どうして好きな子に告白されて、ただ嬉々として返事をする。それだけのことができないのか。なんで僕だけが、許されないのか。
 気付けば、びきびきと音を立てて僕の握っているコップが凍り付いていた。しまった、久しぶりにやらかした。
 右手が力一杯握り締めているコップ。中身は芯まで凍りつき、表面もガラスを多い尽くすように霜が包んでいる。無意識に、怒りに任せて、ただ右手に『力』を入れていた。
 氷点下の世界が右手のうちだけに現れた。今は右手だけだが、僕はこれを全身を使って行うことが出来る。感情が高ぶると、辺りの熱を全て根こそぎ奪う能力。
 それが僕の枷だった。重く、取り払うことのできない枷。

 雪男とか、雪女って知っているだろうか。あれだ。僕はあれの末裔なんだ。極寒の地に住むために特殊に体が変化して、化け物と化した種族だ。寒さに強くなるどころか、『寒』の権化に成り代わった雪族は、ただの化け物だった。
 僕は完璧に氷となったコップを流し場に戻した。溶けるのに何時間かかるか分からないが、こうしておく他はない。
 これでもまだマシなほうなのだ。小さい頃は力こそ弱かったものの、制御する術も知らなかった。感情をセーブできない子供の僕は、何度大掛かりな氷の彫刻を作ったか。
 そういえば、時には家の内部を丸々凍りつかせたこともあったな。自嘲気味に笑うと、さらに気分が鬱々としてきてソファーに体をうずめた。
 だからこそ生身の人間には、特に彼女には近寄れない。彼女の傍にいて感じる、高揚感を抑える自信がなかった。怒り悲しみ笑い、度を越えた感情には分け隔てなく力は発動するのだ。
 最悪の場合、僕は誰かを殺す。氷漬けにして、命の炎を簡単に消す。

 ◇

 次の日の学校は憂鬱だった。なんて顔して会えばいいんだ、いやもう会わないか。そんな事ばかり考えていた。学校を休もうかと思ったけど、親が五月蝿いので仕方なく学校へと重い足取りで歩いた。
 うちの両親は器用な人だ。父は人間で、今でもしっかり僕の父親として生きている。どうして雪女である母親と結婚して、どうして今まで生きてこられたか。僕は正直にすごいと思っていた。父より母の力を制御する能力をすごいと思うべきなんだろうけど、しかし制御力のない子供の僕とも何年も生活していたんだ。一緒にいても死ななかったんだ。やっぱりすごいと思った。
 それでも、そんな二人を見ていても、僕の心には希望は沸かなかった。だって僕は不器用すぎるから。それに臆病だ。
 教室についてから僕は一切、窓側一番後ろの席を見なかった。そこは彼女の席で、彼女は毎日そこで本を読んでいる。いつもなら、目が合って彼女は笑顔で挨拶してくれる。僕はそれを見てどきまぎする。でもそんなやり取りも、もう余計だった。
 なんの関係も持たず、残った月日を過ごしていく。そしてクラス替えがあって、クラスが分かれればあとは廊下で気を使えばいいだけだ。そう、それまで耐えればいい。耐えるのは慣れてる。
 しかし彼女は簡単には許さない性格だった。小学生の頃、初めて出会って、そして手を差し伸べてくれた真実。あの頃から変わらず、彼女は真っ直ぐだった。
 だって机で寝ていたら肩を叩かれて、顔を上げてみれば真実がいた。腕を組んで「ご立腹」と言った感じで僕の机の前で立ってる。
「え、えーと」
「昨日のあれは何?」
 もうそこには、昨日の珍しく弱弱しい彼女は見当たらなかった。そう、たまたま昨日彼女はか弱い少女だった。だから僕は逃げ出すなんて愚行ができたわけ。ちょっと上下関係が奇跡的に逆転してたわけ。
 て言うかたしかに気丈で明るい、強い人だった。でもそんな、気まずい空気すら切り抜けて、堂々とそんな……。
「今日も放課後、一緒に帰るから」
「え……、でも……」
「逃げたら、怒るからね」
 既に怒ってる、それも本気で怒っている。押されるがまま「……はい」と返事をしてしまい、その返事を聞いた彼女は自分の机へと戻っていった。
 もう少しで見逃してしまうところだったけど、言うだけ言って机に戻ろうとした時の真実の顔を見て、彼女の目が赤く腫れていることに気付いた。
 やっぱり泣いたんだ。胸に何か冷たいものが落ちるのを感じた。隠してるようだけど、あれだけ赤くなるほど泣いたんだ。
 また少し自己嫌悪の念が浮上して、気付くと握っていたペンが半分凍りついていた。慌てて、ペンケースの中に突っ込んで、息をつく。
 でも泣きはらして、疲れるまで泣いて彼女は逆に切れたんだ。何、なんで逃げたの。なんで逃げられなきゃならないの。信じられない。そうやって、涙でぬれた枕に、今度は拳をぶつけていたんだろう。
 でもそれは僕にしてみれば、少しの救いだった。

 全授業が終わって、教科書をカバンに詰める前に真実が飛んで来た。そして僕の手を掴んで、引っ張った。
「ちょ、カバンすら持ってないよ僕」
「知らない。昨日逃げた歩が悪い」
 そう言って下駄箱まで来て、僕に外靴を放った。どうやら僕は手ぶらで帰らないといけないらしかった。罰らしい。
「ほら、さっさと履いて。早くっ!」
 諦めて、靴を履く。すると上履きを下駄箱に戻さないうちに、またも引っ張られた。こうして僕は上履きだけ持って校門から出ることになった。
 僕の手を引き、がんがん進む真実。学校指定の黒を基調とした制服を来ていて、他の子に習ってスカートも少し短めだ。本当は動きやすいズボンの方が好きなのは知ってる。でもやっぱり最近真実は、だんだん可愛い女の子としてたしかに変わりつつあった。
 怒りとか何か決意らしいものが、その背中からにじみ出てる。それでも僕よりいくらか小さい背中を見ていると、わけもなく悲しくなった。
 どんなに頑張っても、僕は報いることができない。この背中がどんなことを背負っても、彼女は何も得られない。
 なんだかひどく、悲しくなった。

 どこに連れて行かれようが、付いて行こうと思った。




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