神頼みな毎日

神頼みな毎日

長編製作途中


 まだしっかり動き始めていない頭が重かった。全身にずっしり残る眠気にうんざりしながら、食卓に着く。トーストにかじりつきながら、ぼぉーとテレビを眺める。コーヒーから湯気が立ち上っていて、かすかに良い香りがする。
 平和な朝の風景だ。そしてこのあと普通に学校に登校して、友達たちと他愛も無い話をする。勉強を適当にこなして、家に帰ってきて、夕食を食べて寝る。その次の日も、その次の日も。ずっとこんな平和的なサイクルが続く。
 ――そのはずだった。そのはずだったのに、それは母親の口から突然告げられた。一方的に。
「明日、七日が家に来るから。二階の物置部屋になってる部屋、片付けておいてね。しばらくこっちに住むことになりそうなの」
 思わず朝食のトーストを落としそうになった。寝ぼけていた頭が、「七日」と言う単語を耳が拾い上げたことに慌てて、急にフル回転しだす。
「は、はぁ? な、七日が戻ってくるって……。なんでだよ、あいつ三日前に十四になったばかりだろ。アッチッ!」
 動揺を隠せず、熱いコーヒーのコップを不用意に掴んでしまい手のひらを火傷した。手のひらがひりひりと痛み、その痛みが頭を少しだけ覚ましてくれた。
 ――七日が家に来る。俺の妹の七日が。
 十四歳と言う『雪の時』を迎えている妹が、この家に明日戻ってくる。そして、なんとしばらくこっちに滞在するらしい。
 妹がこっちに来る。なんとも恐ろしい……、異常な毎日が待っているだろう。
「お婆ちゃんがね、ちょっと風邪をこじらせて入院しちゃったらしいのよ。そうするとおばあちゃん家に七日、一人になっちゃうでしょ。さすがに雪山の屋敷に七日一人ってのも無理があるじゃない? 普通の人の家に置いてもらうわけにもいかないし……」
「だからってこっちに来させるのかよ。『雪の時』を迎えてる十四歳だぞ? それこそ無理がある」
 ここは雪山の奥地でも、人里離れた秘境でもない。普通の街に位置する、ごくごく一般的なマンションだ。平均的な人間達が生活している、なんの変哲も無いの環境だ。
 こんな『普通』の中で、今の『雪の時』真っ最中の七日が上手くやっていけるわけがない。
「もうこっち呼んじゃったもの。仕方ないでしょう。色々問題があるけど、でもやっぱり家に呼ぶしかなかったの。あ、ちなみに学校にも行かせるから。そのつもりでね」
「が、学校にもッ? ちょっと待て、母さん。それはいくらなんでも無理がある。せめて家に閉じ込めておかないと……」
「だって一人で半年も篭りっ放しもかわいそうでしょ。学校の友達にも会いたいだろうし……」
「俺の時はばっちり休んだだろうかッ! て言うか母さんだって知ってるでしょ、雪の時の危険さは。しかも十四になったばかりで全くコントロール取れてないのに」
 必死に捲くし立てる。どうせ学校で七日が問題起こしたら、俺が走り回ることになるのだ。今の平和な日常を潰してたまるか。
「雪人の能力が冗談じゃ済まされないことくらい知ってるでしょ。本当に勘弁してよ」
 すると俺の言葉に、母さんは俺の目を真っ直ぐ見て言った。
「母さんね、信じてるの。七日のことも、幸文のことも」
「信じてるって……」
「七日はしっかり自分を抑えられると思うし、幸文はしっかり七日の事を助けてやれる。そう信じてる」
 母さんの珍しく真面目な顔に、俺は口を開くも声が出なかった。
「あ、もうこんな時間。まぁもう決まっちゃったことだから、ね?」
 わざとらしく時計を見上げて、慌しく支度を始める母さん。問答無用らしかった。下手な逃げ方しやがって。真剣な顔で上手くごまかされた気がする……。
「明日仕事場からそのままお父さんが空港まで迎えにいって、お昼には帰ってくるらしいから。じゃ、部屋の片付けよろしくね」
 母さんは捲くし立てるように言うと、腕時計で時間を確認してハンドバックを掴み、
「それじゃ、行ってくるわね。幸文も早くしないと学校遅れるわよ? 戸締りはしっかりね。じゃ、いってきまーすッ」
 そう言って母さんはバタバタっと騒がしく玄関から飛び出していった。時計を見上げれば七時五十分。いくら家から学校が近いといえ、俺もそろそろ行かないと高校に間に合わない。
 慌てて朝食を口に詰め込もうとして、さっきから握ってたコーヒーが冷めていることに気付いた。口を付けてみるが、冷たくておいしくない。
「俺もまだ完璧じゃないな……。それなのに七日の面倒なんか……」
 仕方なくコーヒーは諦めて、食器を洗い所に突っ込む。本当は片付けてから家を出たいがもう時間がない、帰ってきてからやろう。
 窓の鍵をチェックして、通学カバンを手にとって、母親のように慌しくバタバタと玄関から飛び出す。ドアの鍵を閉める。
 かちり。そういう音がした。何故か普段は気にも留めないその音が、妙に頭の中で響いて溶けていった。
 ――七日が来る。嵐を両手にたんまりと抱えて、やってくる。俺はそれを上手く制御できるのだろうか。
「普通に平和に、暮らしたい……」
 一言呟いて、大きくため息を吐いた。


 月山家は特別な家系だった。我が家では母さん以外が、つまり俺と七日と父さんが雪原の能力を持っていた。母さんは直接月山家の血が流れていないため、能力は無い。
 雪女とか、雪男って知っているだろうか。寒さに異常に強い体質の人間で、妖怪的な存在だ。雪山の奥地で隠れて住んでいる特殊な存在。
 月山家は世間的に言う、雪男とか雪女とかそういう存在だった。まぁ色々話の中の雪女たちとは能力的に随分違うものがあるし、雪男、雪女ではなく雪人と呼ばれてる。
 だけど妖怪とか、そんなんじゃない。雪人はただ少し特殊な人間。そう、少し特殊なだけだ。
 未だに雪山の奥地が隠れ住むなんて古臭いこと現代では普通やらないし、お婆ちゃんは山奥の本家屋敷で暮らしているが、それでも頻繁に街に出かけたりしているから山に篭ってるわけじゃない。普通は山から下りて都会で暮らすのが一般的だ。
 特殊な存在だけど、しっかり普通に暮らしている。月山家以外にも雪人はいるだろうが、たぶん家と同じように平穏に暮らしているだろう。
 しかしそれが許されない時期がある。それが『雪の時』と呼ばれてる十四歳の一年間だ。雪人としての能力が目覚める年、目覚めたばかりのうちは制御が上手く出来ず

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