神頼みな毎日

神頼みな毎日

忘れ


 長寿の生物にとって、日々と言うものは酷く意味の薄いものになる。
 例えば吸血鬼である彼女は既に五百年は生きているが、その驚異的な時間の長さとは反比例して、一日の時間は短く味気の無いものになっていった。
 つまり、生きれば生きるほど、加速的に日々が過ぎていく。
 と言っても、それはあくまで感覚的なことで、本当に他の生物と時間の流れが異なるわけではない。一日が二十四時間なのは、時間に縛られない異例の存在を除いては、全ての存在が等しい。

 吸血鬼は人間と生活スタイルが異なる。
 彼女の一日は夜から始まる。彼女は早寝体質なので昼前には寝てしまうから、そうなると普通の人間と行動時間は変わらない。違いは昼夜逆転しただけである。
 それでも彼女の体感時間は、人間の何倍か、何十倍かになる。適当に時間を潰していれば、それで一日は終わってしまう。紅魔館の当主であっても、ここ幻想卿では何か政治的なものに追われることはないし、仕事は優秀な従者が全て片付けてくれる。だから彼女自身は常に暇であり、それがまた時間の加速に拍車を掛けている。
 膨大な時間にたいして、彼女の身体は体感時間を早めることで抵抗しているのだ。
「……退屈ね。何か面白いことはないのかしら」
 だから短く一日を出来る限りよくしようと考える。長い時間を楽しく生きようとする。
 娯楽に貪欲になるのだ。
「退屈よ……あぁ、退屈」
 彼女、レミリア・スカーレットはそう呟くのが癖になっていた。


 そして多くの異変以来、彼女には外の知り合いが増えた。中には宴会で初めて顔を合わす者も居たが、とにかく知り合いが増えた。交流関係が外に広がったことで暇潰しの方法も増えた。
 神社で行われる宴会には毎回顔を出しているし、巫女の所へ遊びに出かけることも多くなった。知人の中には紅魔館を訪れてくる者もいる。以前ほど暇だと呟く回数は減り、外に出る回数は増えた。
 大抵の知り合いは、特に人間の知り合いは夜に寝て昼活動するため、会うためには昼間から起きなければならない。例外として宴会の時は夕暮れから夜更けまで続けられるからその必要は無い。
 となると、彼女はわざわざ知り合いに会うために昼夜逆転の生活を余儀なくされるのだが、それはとても辛いことである。自分の身体のメカニズムに反する行動は、耐え難い苦痛になる。そうでなくても吸血鬼にとって太陽の光が眩しい昼間に外に出るのは生命危機にすらなり得るのだから、なおさらだった。

 それでも彼女は生活リズムを捻じ曲げて、不規則に変化させていった。これは仕方の無いことだった。なにせ普段の生活リズムを守れば、待っているのは夜と退屈な時間なのだから、彼女に選択の余地などない。
 誘いがあれば受けるし、無くても自ら遊びに飛ぶ。
 永遠にすら感じる自分の長い寿命を消化するのに、何もない時間よりは、楽しい時間を使ったほうがいいと、彼女はどこかで切実に感じていたから。

 その週は特に忙しかった。普段の中身の無い一週間とは打って変わって――時間の加速具合はいつもどおりだが――色彩溢れていた。
 巫女の家にはよく遊びにいくが、普段はそれほど頻繁ではなかった。行っても週に一、二回。しかし今週は特別多く、連日巫女の家にと言った具合だった。
 さらに、そこに宴会が重なった。誰が言い出したのかあっという間に企画され準備され、瞬く間にどんちゃん騒ぎになった。何人かが酔っ払い、喧嘩が始まり弾幕勝負。レミリアも当然巻き込まれ、すぐさま全世界ナイトメア。まさに悪夢。狂宴だった。
 そんなわけで紅魔館に帰ってきたレミリアはボロボロに疲れ果てていて、すぐさま寝入ってしまった。




「新しい喜びを見出すと、それに夢中になります。そうすれば必然的に周りのことは見えなくなります。何かに夢中で、また疲れ果てた身体で、一体どうして完全でいられるでしょう」
 忘れ事だって致します。それは仕方ないこと。
 そうメイド長は言うのであった。



「咲夜。今は何時かしら」
 レミリアが起きると傍に従者が控えていた。
 主の就寝中に部屋に入ってくるなんて、とレミリアは寝ぼけた頭でぼんやりと思ったが、従者が答えた時間を聞いて納得した。その時間は館に帰ってきて、彼女が寝入った時間である。丸一日寝ていれば、従者も様子を見に来ると言うものだ。
「いいえ、丸二日ですわ。お嬢様。埃も溜まっているでしょうから、せめてお部屋掃除だけでもと」
「そ、そう」
 頭がぼんやりした。聞けば何度か咲夜はレミリアを起こしに来たらしいが無駄だったと言う。レミリアにはそんな記憶はなく、ただ空白の二日間があったらしいと言う認識しか今はなかった。
 帰ってきたままの姿で寝たレミリアは、寝汗も相成って酷い姿だったので、とりあえず咲夜に命じて風呂の用意をさせた。流れる水も弱点であるため泡風呂である。
 風呂から出てくると、朝食が用意されていた。時間的には何食というべきか迷うが、メニューは軽めのものが主だった。
 食事を終えて一息つき、咲夜の淹れた紅茶を飲みながら、
「何か忘れているような気がするわ」
 レミリアの頭には先程から何か引っかかっていた。レミリアはしきりに首をかしげ、咲夜は不思議そうな顔で紅茶のお代わりだけ注いだ。
 しばらくそうして頭の中の違和感と格闘していたレミリアだったが、結局それがなんであるかを明確に掴めずに諦めた。
「今週は忙しかったので、そんな気がするだけではないでしょうか」
「そうね。私にこれと言って予定があるはずがないし。……と言う事は失せ物かしら? うーん、まぁいいわ」
 やはり引っかかるのか、なんとも言えない表情でお茶を干した。
「私が出かけてる間、寝ている間に何か変わりはあったかしら」
「いいえ。そういえばもうすぐ紅魔館の創立記念日のパーティーが予定されています。少しずつそちらの準備も始まりました」
「そういえばそんな時期ね」
 紅魔館ではこの時期になると、紅魔館創立記念日としてパーティーが催される。この館はレミリアが建てたものではないが、友人が昔古い書物を引っ張り出してきて、その紅魔館の生い立ちを説明してくれたのがきっかけだった。それからは毎年そのようなパーティーが開かれた。これは紅魔館で働く者たちにとって最も楽しみなイベントのひとつでもある。
「あと昨日ですが、パチュリー様がいらっしゃいました。就寝中だという旨を伝えましたら、『それならいい、特に用事はない』との事です」
「そう。遊びにきてくれたのかしら。悪いことした……わ……」
 さながらパズルのようだった。まるで図ったかのようにピースが集められて、それが流れるように違和感を照らし出した。
「わぁぁっ!」
 そしてレミリアはまるで子供のような声をあげた。
「お嬢様?」
「わ、わ、わ、」
「わ?」





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