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5月4日 15時頃ラスト4km。往路は真っ暗で見えなかったが、右手にはダムと湖を見渡せる絶景が広がっていた。ここからゴールまで、緩やかな下りの国道を残すのみとなった。もう大丈夫、転んでも骨折しても完踏できる。ここからは全速力で走った。足のいろんなトコが痛む。けど、それも心地よく感じた。130km以上走って、まだ走る事ができる…本当によく鍛え上げたもんだ。この挑戦に理解を示し協力してくれた家族に、感謝の気持ちでいっぱいだった。応援してくれた仲間たちにも…走りだした時は、自分がどれだけやれるのか?自分のための挑戦だった。けど、いつの間にか『みんなの期待に応えたい』『みんなの協力を無駄にできない』という気持ちの方が強くなっていた。天花橋を渡るとゴールは目前だった。最後の坂を一気に駆け上がり、瑠璃光寺に入ってゴールテープを切った。ゴール後は達成感というよりも、ホッとしたのが正直な気持ちだったと思う。その安心感と、立て続けに飲んだビールのせいか、その後の記憶があんまりない… 翌朝、ベッドから降りるのも困難なくらいの筋肉痛に襲われた。なんとか自販機にたどり着き目覚めのビールを購入。飲みながら、何度も完踏証に目をやり、何度もにやけてしまった…次の目標は、フルマラソンの四時間切りになるが、ウルトラも走りたい富士五湖の100kmにするか?それとも…… [おしまい]
2009.06.14
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5月4日 13時頃ここの佐々並エイドが最後のエイドとなるので、久しぶりに腰を下ろして休んだ。佐々並豆腐とオレンジジュースを二杯いただいた。食欲などとっくに無くしていたが、この豆腐はとっても美味しかった。この大会のエイドの方々は本当に温かかった。各エイドで元気をいただいた。口下手なので、ちゃんと伝わったかはわからないが、そんな思いと感謝の気持ちを言葉にして、エイドを後にした。あと15km。ここからは国道の緩やかな上りが延々と続いた。富士五湖ではラスト15kmの上りでスパートして失敗した。ここは『まだ行ける』という気持ちを抑えて、ひたすら歩き続けた。思えば、この大会に参加する事になったのも、富士五湖での失敗、自分の情けなさを一掃するため…そんな事を思いだしながら歩いた。『おーい』と呼ぶ声が聞こえた。振り返るとMIB2さんの車だった。助手席にはカルパッチョさんの姿もあった。わざわざ東京から応援にかけつけてくれたMIB2さん。今回、ズバリはまった〔上りは歩きに徹する〕という作戦も彼の案だった。カルパッチョさんからは、トレーニングのアドバイスを受け、オリジナルのコース地図も送ってもらった。車に駆け寄りたい気持ちもあったが、楽しみはゴール後にとっておく事にした。リストバンドをした右手を高く突き上げると、同じリストバンドをした手を上げて応えてくれた。最後の往還道に入った。何度も何度も苦しめられた登山道もこれでおしまいだ。ここまで乗り越えてこれたのは、30年の付き合いとなる友人で山のスペシャリストでもあるツツヤスくんのおかげ。一緒に行った高尾山トレーニングでは、上りも下りも走り方やポイントを指摘してくれた。あれがなければ、この4つの山を越えるのは不可能だっただろう。往還道最後の下りは、足が破壊されそうなくらい急な下りの石畳だった。一気に300m下る長い下り坂で、僕の足は限界に近づいていた。けど、ペースはかなり落ちたが止まる事はなかった。もし完踏できなかったら、みんなのアドバイスや応援、家族との時間を犠牲にしてまで打ち込んできたトレーニング、それら全てが無駄になってしまう。それだけは許されなかった。やっと、ようやく、なんとか萩往還道の石碑にたどり着いた。往還道の終点だ。あと4km。もう山道も石畳もない。 [あとちょっとだけ続く]
2009.06.09
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5月4日 午前10時30分道の駅[萩往還公園]はエイドの他に売店などもあり、ランナーや観光客で賑わっていた。日射しも強くなり、ここで生ビールを飲んでいる人が本当に羨ましかった。残り時間を考えると『一杯くらいなら…』とも思ったが、万が一があったら悔やむに悔やみきれない。ポカリを一杯いただいて出発した。6時間ぶりの萩往還道、往路では〔えげつない〕と表現し、下るのもキツかった山道。やはり登りは更にしんどかった。まだ時間に余裕ができてた分だけ救われた。ここで時間に追われていたら、かなりヤバかったと思う。無理のないペースで、けど足を止めないように登り続けた。30分ほど歩くと、明木市に着いた。行きに通った時は、ひっそりと静まりかえっていた街並みが、今は縁日のようにたくさんの人が行き交っていた。雰囲気だけ楽しんで歩いて通過すると、直後にあららさん親子に会う事ができた。『すごいね早いね』と言ってくれたが、ここまで来た息子さんの方が凄い、と僕は思った。足元がふらついていたので、しきりに身体の心配をしてくれたが、問題ない事を伝えた。別れ際に『んじゃ、完踏してきますんで』と言った。残り25kmのところまできて、ようやく自分の中でゴールを射程圏内に感じる事ができた。明木市を出ると、次の佐々並エイドまでは約10km。この間で、復路最大の難所となる一升谷を越えなければならない。時間は十分な貯金ができたので、もう大丈夫。でも怪我をしたり、力尽きて足が動かなくなったら、そこで全てが終わってしまう。これまでと同様、慎重に進んだ。往路ではライトで照らす道しか視界に入らなかったが、今はどこまでも続く上り坂を見ながら登らなければならない。登れど登れど終わりの見えぬ坂。追い打ちをかけるように石畳の坂が現れた。うんざりした。何かにすがりたい一心で、落ちている木の枝を杖の代わりに使ったりしたが、腕は鍛えてなかったので、すぐに疲れてしまった。もう足に頼るしかなかった。どこまでも続く長い上り坂に、足は一杯一杯になり痛みも増してきたが、止まる事はなかった。一歩一歩、ゴールに近づいている事を思うと、自然と痛みも忘れられた。なんとか上りきり、足元の悪い下りを走りを交えながら下っていくと佐々並エイドが見えてきた。 残る山はあと一つ、萩往還最高所[板堂峠]だけだ。 [もう少し続く]
2009.06.03
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