魂の還る場所

魂の還る場所

第八夜   箱庭の翼

 真っ白なシャツが夏風(かぜ)をはらみ、広がる。
 一瞬、時が止まったような、気が、した。
 雑踏は音を無くし、街並はモノクロームに染まる。
 口端が僅かに上がり微笑んだように見えたのは、錯覚だったのか?
 風が吹くと、純白の…が舞い上がる、と。


 砂時計が一粒零すたび、私達は何かを落としてる…優しさかもしれないし、愛情かもしれないし、他のものかもしれないし…未来かもしれない。
 鏡の中で見る顔は、いつも醜く見えた。
 真っ白な建物、真っ白な部屋、無菌室の日々。
 何も知らない子供でなんていたくないの。
 抗体。抵抗力。自然治癒力。
 自分で身につけなきゃしょうがないの。教えられたって意味がない。
 そう思う私は子供ですか?神様。
 オトナになることは簡単で、子供でいることは難しいの。
 怖いもの知らず。
 何も知らない、なんて無理だし。
 聴こえてくるのは歌声ばかりじゃなくて、汚れた心の声。
 テレビは人の噂が好きなの。オトナはそうでしょ?ワイドショーは今日も真面目な表情(かお)でお芝居してる。
 昨日見た絵本には、キレイなキレイな「天使様」。
 でもみんな知ってるわ。「天使様」なんて存在しない(いない)の。サンタクロースと同じにね。
 誰が言い出して、誰が決めたの?みんな信じて、信じ続けて、夢を見る権利持ってたのに。
 集めて、破いて、燃やしちゃったの。
 別の権利(チケット)と引き替えにしてね。
 でも私は要らないわ。まだ夢を見てるから。
 毎日毎日退屈で、脱走することばかり思ってた。別に消えちゃっても良いよ、私。「いま」から抜け出せるなら。私の持ってる砂時計を壊しても、泣いたりしない。
 …もしも天使が目の前に現れたら…もう少しくらい期待できるかもね。
 この世界が夢で、起こしてくれるとしたら他にはいない。


 一度で良い。狭い部屋の中(おもちゃばこ)以外を知りたかった。テレビや雑誌は歪んだことしか教えてくれないから。思い込みの情報に惑わされたりしないで、間違いを信じたりしないように、自分で確かめたい。肌で触れて、大切なことを覚えたい。
 あきらめたりしないから。
 「あした」があることを信じたいって思うのは当たり前。普通に生きていれば、考えなくてもすむこと。それは幸福(しあわせ)なことなのに。


 人の群れ…車の行列…声、音、体温…空気。
 日常の中、非日常。
 広がるシャツ。
 広がる翼。
 絵本の中から飛び出した、未来(あした)を夢見ることへの勇気。 


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