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2007年08月14日
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カテゴリ: 小説
64
 10日間の遅れを取り戻すように、僕は次々に仕事をこなしていった。どの仕事も面白いほど順調に、簡単に片づいていった。それもどの仕事もあの声の力はいっさい頼っていなかった。僕自身がまさに“出来る男”になっていると実感出来た。

 もう完全に遅れも取り戻し、後はレースの開催を待つだけとなった時に僕は社長に呼び出された。そこには神妙な面持ちの社長がいた。
 「どうかしましたか?」
 いつもの社長とあまりに雰囲気が違うのに僕は戸惑っていた。もしかしたら、今回会社に迷惑をかけた事でクビになるのでは、そんな風にさえ思ったほどだ。
 「今回のプロジェクトうまくいっているみたいだね。」
 表情と会話の内容にすごくギャップがあった。そのギャップがますます僕を困惑させた。
 「入院したのに完璧に仕事を終わらせるなんて、大河内はかなり仕事が出来ると思うんだよ。」
 ここまで褒めてもらうのはうれしかったが、社長の表情は相変わらずだった。本当に何が言いたいのか要領を得ず少し苛立っていた。

 急にイントネーションが変わりいつもの調子に変わった。友里さんの事は特に話す必要もないと思っていたので話していなかった。となると、ますます話が見えてこなかった。
 「特にないと思いますが。」
 僕は淡々と答えた。今度は社長の方が、話が見えてこないような顔をした。席を立ち、少し椅子の周りをうろうろし始めた。天井に目を移し、床に目を移し、何か落ち着かない様子だった。最後に大きく息を吸った後、社長の口から意外な言葉が出てきた。
 「レースが終わってから、大河内、お前を引き抜きたいと言ってきたんだよ。」

65
 退院してから、あの声は聞こえてこない。

それは悩んでいる今も同じだった。彼女のお父さんが僕を引き抜きたいなんて事は、夢にも思わない事だった。まして、僕は彼女のお父さんに迷惑をかけてばかりで、何も良いところがあるように思えなかった。
 「なんで、引き抜きなんか・・・。」
 家に帰ってもその事ばかり頭を過ぎっていた。でも、いくら考えても答えが出てこなかった。

今の仕事が楽しいと思っていた。
彼女といる事も楽しいと思っていた。

その事は僕と彼女にとっては良い事だと思える。
けれども、今の仕事が好きだ。

 堂々巡りをしているうちに、出てきたのはあの声がもう一度聞こえて来ないかという事だった。
 「あの声が聞こえてくればどうすればいいかわかるのに・・・。」
 そう思いながらため息をついた。こんなに悩んでいるのに、それでもあの声は一向に聞こえてくる気配もない。もう永遠に聞こえないのかもしれない、もしかしたらあの声は幻だったのかもしれない、そう思うようになっていった。

 あの声が聞こえないなら、自分で彼女のお父さんに直接話を聞くしかない。そう思い、僕はトランスライダーの前にいた。そしてすぐに、僕が彼女と付き合う事になったあの会議室に通された。
 「なんだい?急に。」
 そう言いながらも、僕が何を言おうとしているのかは完全にわかっているようだった。
 「うちの社長から聞いたのですが、僕を引き抜きたいとおっしゃったそうですね。」
 僕のその言葉を聞くと、彼女のお父さんが含み笑いをしているのがわかった。そして、僕が求めている答えは返ってこなかった。
 「友里とは仲良くやっているのかい?」
 あまりに意外な切り返しに、僕はただ短く返事をする事しか出来なかった。
 「はい。」
 その答えを聞くと、また同じように含み笑いをした。
 「友里は毎日楽しそうに君の事話すのだよ。本当に楽しそうに。そんな友里が時折寂しそうな顔をするんだ。どうしてかわかるかい?」
 この質問の答えは僕には全く検討がつかなかった。付き合って間もない事もあるが、ケンカなんかした事もなかった。僕といる時の彼女はいつも笑顔で楽しそうだった。そんな彼女が寂しそうな顔をするなんて想像も出来なかった。
 「友里はね、君はレースが終わったらいなくなるんじゃないかって心配しているのだよ。あくまでも仕事の上の事で自分と付き合っているとね。だから、君を試すと言うのは申し訳ないが、わざと社長に連絡したのだよ。もし、君が仕事の上で友里と付き合っているなら断ってくるはずだからね。」
 この言葉は脅迫に近かった。僕は彼女と真剣に付き合っているつもりだ。だから、レースが終わってもずっと一緒にいるつもりだった。
でも、少なくとも彼女のお父さんはそうは思ってくれていないようだった。僕が彼女の事を想っているなら、会社を辞めろと言っているようにしか聞こえなかった。
 彼女が僕の事をそこまで想ってくれているなんて考えもしなかった。でも、落ち着いて考えれば入院した時の献身的な行動はそこからだったのかもしれないと思った。僕はあの時の恩返しを彼女にまだ何もしていなかった。
 「僕は彼女の事を真剣に愛しています。わかりました。おっしゃる通りにいたします。」
 即決した僕に少し驚いている様子だったが、そんな態度がますます彼女のお父さんに気に入られたようだった。僕の方に歩み寄り握手をしてきた。
 「ありがとう。本当にありがとう。」





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Last updated  2007年08月14日 23時23分30秒
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