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父親がNHKの大河ドラマ『直江兼続』の鎧のマーク『愛』と戦旗『龍』『毘』を手作りしたとのことで,写真が添付されてきました。許可をもらったので写真をアップします。手作りとは思えないほどの精巧さ。もともとの鎧とマッチしてます。「愛」という字の特徴的な兜。直江兼続の生き様がここに現れているようです。父親の趣味である日曜大工は昔からで,小学校の夏休みの自由研究ではお世話になったなぁと思いだしました。実家には手作りの細工があふれてます。
2009.03.31
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歳を重ねてそれなりに就職を考えだす立場になると,話す内容も自然とそのような話題になります。先生方と話す場合も研究そのものよりも職場環境や給与のことなどプライベートなことに及びます。そういうリアルな話は自分としては今後の行き先についてのイメージがつくのでありがたいです。ざっくばらんにそういう話をしていただける同じ大学の先輩(今は他大学の先生)がそばにいてくれて,職場に関する情報が本当に自分には役に立っています。今いる大学の前にいた大学の先生や先輩ともつながりがあって,今後も何らかの形でお世話になりそうです。何でも一人で解決しようとするとどうやってもうまくいかないので,自分の身の振り方を考える時もできるだけたくさんの人たちの意見を参考にしていかなければと思いました。
2009.03.30
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今日は朝から学会のためにお仕事でした。東京都内だけど辺鄙なところにキャンパスがあります。行くまでに時間がかかるので朝の早起きは辛かったです。自分の発表はなかったけれど,学会運営の要員として働きました。そのあとは他人の発表を聞いていて,その中に自分のテーマに近い発表がありました。韓国の留学生の発表で面識はありましたが,研究の成果を初めて聞きました。言語や文化が違うと調査しにくいうえに,テーマとして難しいものを扱っているけれど,自分に近いテーマを扱っているのでぜひ彼女にはがんばってほしいと思って声をかけました。懇親会でどんどん話が盛り上がって将来は具体的に目に見える形でコラボできればいいねという話になりました。国を超えて共通の話題で盛り上がったので,このつながりが今後大きな発展性のある仕事になりそうな予感がしました。明日もう一日あるのでまた新しい刺激をもらいに行こうと思います。
2009.03.29
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桜が開花してから東京では花冷えの寒さが続いてますね。桜のつぼみもいったん花びらを開くのを控えています。学校には桜かなと思いきやコブシが咲いてました。桜より白く,大きくてまるい花びらです。全体的に丸い雰囲気を帯びてました。桜以外にも蕾を開こうとしている花はたくさんありそう。
2009.03.28
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今日は久しぶりに後輩とカレーを食べに行きました。今年度に別れはあるものの引き続き籍を置き続ける後輩がいます。カレーを食べた彼もその一人です。また自分と同じ立場の先輩・後輩も入ってきます。でも明らかに高齢化しているなぁ。それから新しい後輩も入ってくるとのことで,当初懸念したほどには教室の人数は減らなさそうです。頭を活性化するには人数はある程度いた方がいいかなと思うのでよかったです。すでに新しい場所に旅立つ人の引っ越し作業が始まっています。そして,新しく来る人の荷物が届いています。自分も身分の上では若干新しい環境に身を置くことになります。代り映えはあまりしないけれど,新しい仲間と楽しみながら仕事ができたらと思います。
2009.03.27
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フジテレビの深夜すぽるとで春高バレーの全国大会を紹介しています。中高とバレーボール部だった自分はその当時を懐かしく思いながら見ています。WBC同様,バレーボールもチーム力がとても大事です。絶対的エースの存在は必要ですが,それだけでは不十分で,打てるトスを上げられるセッター,レセプションのできるレシーバーがあって初めて攻撃が生まれます。まとまりのあるチームはきっと先輩後輩の垣根を超えた厚い信頼があるんだと思います。敗退チームが流す涙は感動させらます。自分たちのころは,弱小チームでした。それもそのはず,同僚が1人しかいなかったし,一緒にチームのメンバーも他のクラブで幽霊部員だったやる気のない後輩たちでした。自分はセッターとしてキャプテンを中学,高校と務めました。でも,自分の技術を磨くよりもチームをまとめようとしてまとまらない苦い思い出が残ってます。それでも最初にやりたいと思ったことを最後までやり遂げることは自信につながっています。
2009.03.26
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WBCが前回大会から連続V2を果たしましたね。ばっちりLiveで見られてその瞬間を見届けられて感動しました。日韓とも試合ごとに成長しているような気がして,おそらくこの2チームがお互いにライバル関係にあるからこそ成長しあえる部分が大きいのかもしれません。イチローは最後はちゃんと優勝の立役者になっていて,何かそういう運命を生まれもってきているのかと思えるほどでした。当初の打撃不振の頃は相当なバッシングも受けたと思いますが,終わりよければすべてよし。一つのことに打ち込んでただ一つの目標に向かってチームとして自分が何ができるかを考えるという「侍」魂には惹かれます。4番であっても1点が欲しい場面ではバントでランナーを送ることも厭わない。みなが陰の立役者になってチームを支える姿がかっこいいと思います。岩隈の苦労話を見ていて,家族のために肘の故障などによる不振を乗り越えた姿がまたよかったです。野球人気もこれで盛り返しそうな勢いを感じます。
2009.03.25
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緑道に一足先に花を咲かせた桜がありました。さっそく花見できました。でもそのほかの木はまだまだ蕾の状態です。そして今日は修了式&祝賀会。久しぶりに会う後輩とも話ができました。終わりよければすべてよし。桜も咲いて笑顔があふれる1日になりました。
2009.03.24
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行動展示で一躍有名になった旭山動物園。とあるところからペンギンの散歩の写真を入手。こっちに歩いてきてますね。見てるだけで癒されます。いつか行きたいなぁ。
2009.03.23
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昨日はインターゼミでした。大盛況で発表を聞いているだけで知的刺激を受けました。今回は来週の学会発表者の予行演習でした。発表時間は本番と同じで質疑は長めにとりました。そこで大学の後輩が発表した内容に対していろんな突っ込みが出ました。彼にとってはそれがショックだったようで,発表後の懇親会でも先生からアドバイスを受けてました。すべてお開きになってから彼にお茶を誘われてアドバイスを求められました。彼の不安の大きさが分かりました。途中まで個別の具体的な事例からいかに一つのものにまとめるかという現実的なことを一緒に考えてました。彼自身ちょっと考え込んでいたところもあったので,途中からは考えすぎずに限られた時間内でベターなものをというアドバイスをしました。1年前の自分を見ているようでした。考えすぎてもマイナス思考のわなにはまってしまうので,自分の納得したベストなものを仕上げるというよりは,出来る範囲で+αの部分を大きくしていくというスタンスでいくのが一番負担なく継続してできるかも。1年前を振り返ってみればそんなものかなと思えます。ただ当事者の不安の大きさは相当なものだと思います。
2009.03.22
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今日東京で桜の開花宣言が出されました。東京の開花は例年より7日早く去年よりも1日早いとのことです。満開は1週間後。3月中に満開になりそうです。東京は今日もいい天気です。
2009.03.21
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「一人だったらとっくにやめていた」楠田昭徳さん(65歳)の言葉です。楠田さんは52日間連続フルマラソンにチャレンジしています。きっかけは48歳のイタリア人が51日間連続フルマラソンを完走してギネス記録を更新した記事を目にしたことでした。今年の1月30日から近所の公園(1週1km)を走り始めて,3月22日に東京都で開催される「東京マラソン」で52日間連続フルマラソンの記録更新を目指しています。楠田さんは大学時代に箱根駅伝も経験しているそうで,退職して時間ができた今,死ぬまで人生を精一杯生きるうえで自信をつけるために達成したいとその思いを語っていました。楠田さんは陸上仲間とNPO法人「HERITAGE チャリティーリンク」を立ち上げています。この法人の目的として「52日間連続フルマラソン」を位置づけているそうです。雨の日も風の日も休まず走り続けています。しかし,途中,すねに激痛が走り通常よりも40分遅くゴールしました。翌日以降,足を冷やしながらのジョギング。徐々に彼の行動に協力を申し出るサポーターが現れて一緒に走る人たちが増えているそうです。さらに走った後は入念なマッサージをしてくれる専門家もいます。人はいくつになっても目標をもって何かをやり遂げるために努力し続けることができるのだと思いました。そして,そのためには独りだけの力ではできなくて,やっぱり周りのサポートが不可欠であるとも思いました。これこそ生きることそのものではないかと思いました。
2009.03.20
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加藤諦三(2004):「気が軽くなる生き方」知的生きかた文庫.どうしたら自己回復できるか本書の最後に自然な感情を抑圧してきた過去から決別する方法が書いてありました。まず,自分を一個の人格として認めてくれない人から離れることである。どんな犠牲を払ってでも,その人から離れることである。そして,自分を一個の人格として認めてくれる人と付き合うことである。それ以外にはない。それから,自分自身,自分を一個の人格として認めることである。誰の所有物でもない,一個の人格をもつ自分自身を認めることである。--------------------------ずるい人から離れようとするときにその人から非難されるかもしれません。それだけ,その人は自分を都合のいいように使っていただけなのかもしれません。他人からは何も期待してもらわず,自分がやりたいことをやりたいようにやる。それでも他人に受け入れられるような人と付き合う必要がありそうです。自分が他人に受け入れられたいと思っていると,他人もそのような動機で動いていると思いがちです。しかし,人に会った時にこの人は他人に受け入れられたいから行動しているのではなく,自分がやりたいから行動しているのだと意識することが必要です。考えの癖を治すには,自分の人格を認めている人とともに行動していくのが早いと思います。
2009.03.19
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九州や四国で観測史上1番目,2番目に早い桜の開花が続々と発表されています。開花予報には最高気温の積算方法がいろいろあるそうです。それによるともう開花していていい場所が多いみたいです。都内では早咲きの桜が咲いているそうです。今日は新たに開花予報が出るそうです。また予報が早まるかも。それにしても日本人ほどこんなに桜の開花が首を長くして待つ国民はいないですね。
2009.03.18
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加藤諦三(2004):「気が軽くなる生き方」知的生きかた文庫.生き残りをかけた戦いを前に他人が自分をどう思うかなどということを気にしている人は,公私において甘えている人であろう。生き残れるか生き残れないかというぎりぎりのところで,他人に嫌われるのが怖いなどと甘えたことを言っている人はいないであろう。家のローンを払いながらぎりぎりの暮らしをしているサラリーマンを考えてみよう。今月は厳しいというとき,他人にお金がないと思われるのが嫌だからといって,同僚に気前よく御馳走するだろうか。不況で人員整理を始めた会社にいるサラリーマンで,明日までにある報告書を書かなければならないというとき,学生時代の友人の付き合いが悪いと思われるのが嫌だと言って,朝方まで付き合う人がいるだろうか。生き残りをかけて必死の戦いを始めたものにとって,他人に自分がどう映るかなどと,いちいち考えている暇はない。ただ必死になって目の前の仕事に取り組むだけである。世間に対する見栄など張って苦労しているのは暇人なのである。生き残りのための戦場に立たされた人は,対人関係に過度の気を使って神経性の胃腸障害など起こしていられないのではなかろうか。------------------------------先生にも過度に他人の評価を気にしている人はいます。他人の評価によって自分の今の地位が決まった人は常に他人の批判の目におびえなければならないのかなと思いました。他人にどう評価されようが自分はこれだけは譲れないという軸をもっていないとこの業界でやっていくのはなかなか厳しいかもしれないです。その自分の意見は他人のいろんな意見を聞いて間違っているところがあればいつでも修正可能だと思います。いつでも本気で真剣に生きていればどう転ぼうが自分の人生に納得できるのではないか。どんなに自分が悪い状況に置かれていた場合であったとしても,それはすべて周りの世界が悪いのだろうか。他人の評価基準が自分の不利な状況の唯一の理由なのだろうか。どんな偶然も自分が選びとった結果である場合も少なくないかもしれないです。いつの瞬間も人生に向き合って必死に道を選びとって生き抜く。その先に自分が生き抜いたと思える充実感・満足感があるのかもしれません。
2009.03.17
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平泉~みちのくの浄土~に行ってきました。平泉には国宝や重要文化財がたくさんあるとのこと。今回の展示では約200点と盛りだくさんでした。いちばん有名な建造物は中尊寺です。平安時代後期に藤原清衡が争いが続いた東北を平和にしたいと願って,平泉に中尊寺を建てたのが始まりとされています。この平泉,世界遺産の候補にもなっていて登録を目指しているそうです。中尊寺・金色堂(文字通り金色で装飾されている)の中には3つの仏壇があって,初代清衡,二代基衡,三代秀衡の遺体が安置されているとのこと。今回の展示では秀衡の遺体がある仏壇上の11体の仏がありました。それぞれの仏には阿弥陀如来や地蔵菩薩などそれぞれ役割があるそうです。寺の装飾にも凝っていて,金色堂の柱には蒔絵や貝の花模様である螺鈿(らでん)が施されていました。昔からの願いは現代の祭りや行事にも受け継がれているとのことでした。昔の宗教観や世界観に思いを馳せるとともに,技術の高さに毎回驚かされます。平泉には一度訪れたことはあるけれど,また行きたくなりました。
2009.03.16
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特製パスタを作ってもらいました。具材はドライトマト,アンチョビー,ツナでした。これらを和えて最後にパスタと絡めます。それからグリルチキンも作りました。アンチョビーに塩味が付いているので何も味付けしなくても大丈夫でした。たまにはちょっと高級感のあるパスタもいいものだなぁ。
2009.03.15
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久しぶりに学校で私的勉強会をしました。自分含め当初のメンバーは入れ替わったりしながら学年を重ねました。新しい院生も入ってきました。学年が上がれば自然と議論の質が上がっていることを感じます。ある程度自分が経験してきたことを踏まえてアドバイスできる部分が大きいのかも。年の功というやつでしょうか。他の学問分野のことを横目に見つつ,自分が身を置いている分野のなかに自分の研究を位置づける訓練をしていれば他人の研究もそのように考える癖がつきます。他人の研究に対してやるべきことをアドバイスするとき,同じ分野に所属している人同士の間では似通ったものになるのだと思いました。今日は自分が発言する機会がなかったですが,他人と意見が一致していたからで,それはうれしいことでもあります。しかし考え続ける作業は刺激的だけど頭が疲れました。終わったあとは懇親会で吉祥寺のもつ鍋屋さんに行きました。鶏ガラやピリ辛,ポン酢でいただく鍋など3種類を食べ比べしました。居酒屋で出るもつ鍋のように癖はなくあっさりしていておいしかったです。すべてお開きになった後,「マコトちゃんハウス」を見に行きました。男3人で明らかに怪しい不審者だったかも。夜だったのでそれほど奇抜な景観だとも思わなかったです。昼間に見たらまた印象が違うんだろうな。
2009.03.14
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とってもいい天気でした。せっかくの天気だったので駒沢公園に梅が咲いているか見に行ってきました。咲いていたけど3分ぐらいしか咲いてませんでした。しだれている梅があるんだけど,ほとんど花をつけてませんでした。枝を切らないと花が咲かないそうで,もしかしたらこのまま咲かないかも?花をたくさんつけている梅の木にウグイスが止まってるのを見つけました。2羽いました。一生懸命に花の蜜を吸ってました。梅とウグイス。日本の美を感じてしまう組み合わせですね。
2009.03.13
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気象庁から桜の開花予報(第2回目)が出されました。東京の開花は3月24日で前回予報よりもさらに1日早まりました。暖冬の影響で全国的に開花は平年より早まりそうです。満開の時期は開花から1週間後。どちらにしても入学式の時期には間に合わなさそうです。もう桜の季節ですね。どこにお花見に行こうか考えなきゃ
2009.03.12
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さっそくカマルグの塩でグリルチキンをつくりました。鶏もも肉を買ってきて,フライパンで焼きます。焼く前に塩とブラックペッパーを振りかけました。にんにくを一緒に入れて酒を少し入れて焼きました。いい焼き色が付きました。表面はカリッと中身はジューシー。カマルグの塩がちょうどいい塩味で,鶏肉のうまみを引き出しています。100g98円の鶏もも肉だとは思えなかったです。塩一つでこんなにも味わいが変わるんだな~
2009.03.11
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日経夕刊に記事が載っていました。中傷する人々の心理インターネットの掲示板やブログに個人攻撃の文面が書き込まれるケースが多発している。中傷と言わざるを得ないものもあり,その攻撃性は日常生活の会話と比べて,より激しい。ネット上では人間の心は変わってしまうのか。お笑いタレントのブログに「殺人犯」などと事実無根の中傷を書き込んだとして,男女十数人を名誉棄損容疑で警視庁が摘発する方針を固めた事件は記憶に新しい。地道な社会活動をしている個人にも犯罪には至らないが,しつこい嫌がらせの書き込みが集中することがある。例えば,産婦人科のある女性医師のブログには「女性は家庭にいるべきだ」というような内容の書き込みが同じ人物から何回も繰り返された。一般に女性のブログには卑猥な言葉を書き込んでくるケースが目立つ。ほかに「おもしろくなかった」というような捨て台詞をあえて書いて過ぎ去る例もある。中略こうしたことが頻発する理由として,立正大学の斉藤勇教授(心理学)は,「普段の生活で意見や不満を表に出しにくくなった社会」をあげる。「空気を読む」という言葉があるように,近年の職場や学校の人間関係では雰囲気を壊すような発言,他人と異なる意見などは「はっきりと言いだせない状況にある」。居酒屋で不満を言いあって憂さを晴らす機会も減った。「仲間同士の信頼感も薄い。付き合いは浅く,酒席でも愚痴など言わず,きれいに飲むといった風潮だ」静岡文化芸術大学の山本幸司教授(日本中世史)は「余裕のない正義感」と最近の傾向を危惧する。ネットの書き込みなど人々の反応が「ヒステリックというか,許容度が恐ろしく低い」と語る。何か話題となる行為や事件があった場合,まず当事者の動機や内面を詳しく知りたくなるのが旧来型の反応。そして「その人のことを知れば知るほど,問題の白黒をつけるのが難しくなることがある。意外に普通の人間だとわかって,場合によっては許すことさえある」ところが現代は,いとも簡単に白黒をつける人が多い。他人を理解しようとする意欲や,人間行動への想像力が乏しくなっている証左ではないかという。「悪口も昔はもっと陽性だった」とも。-------------------------ネットでは現実では満たされなかった不満が吐き出されるのでしょう。そこには他人への配慮はありません。自分が現実の世界でこんなにも傷ついているのだということを書き込みという形で示すことで,現実世界とバランスをとっているのでしょう。顔が見えないなかで,言葉のみのコミュニケーションは結構難しいと感じます。言葉は文字の字面どおりの意味を伝えます。相手の息遣いが伝わりにくいので,相手がどう受け取るか確認しにくいところもあります。それでもインターネットで救いを求めている場合は言葉に頼らざるを得ません。インターネットは使いようによっては無限大の可能性を与えてくれるツールになりますが,一方であらぬ非難を受けるリスクも考えておく必要があると思いました。現実ではもっと愚痴を言い合える機会を作ってもいいと思いました。プラスの言葉しか言いあわないような集まりにしか出ない人もいます。愚痴を言い合うことは自分を高めることにはならないと言います。しかし,それはどこかで自分を偽り,心のある部分にストレスをため込むことになりそうです。心のバランスを保つためには,愚痴を言い合える仲間を作らなきゃいけないと思います。
2009.03.10
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ナンバー23 アンレイテッド・コレクターズ・エディションサスペンスです。動物管理局に勤めているウォルター・スパロウは,野良犬の処理に手間取ったために,その日妻としていた待ち合わせに遅れます。待ち合わせの場所のすぐそばに古書店があり,妻は待ち合わせの間に「No.23」という本を見つけます。遅れてやってきたウォルターはその本をお土産に買います。本の中身を見た彼は,本の中の主人公の子ども時代が自分のころとそっくりであることに気付きます。その本の内容は23という数字に呪われてしまう話です。数字にまつわる話がすべて23に関係してしまいます。その話を自分と重ねて23が自分とかかわっているのではないかという恐怖にかられてしまいます。---------------------------ここから主人公はどんどん本の内容に惹かれて,本の作者を探そうとします。病的なまでに23にこだわる様子はハッとさせられます。自分もたまたま時計をみてぞろ目だったらラッキーなことがあるかもしれないと思うかもしれません。大学時代の先輩は9月27日が誕生日でしたが,車のナンバーが927や時刻を見たら9時27分だったとか,自分の誕生日の数字と同じ数字をみると訴えてました。でも実際にはそういう数字を見ようと努めているだけで,そのほかの数字については見ても受け流しているだけなのでしょう。一度とりつかれたら頭から離れなくなって,ついには自己暗示にかかる。縁起担ぎ,占いやノイローゼもそうかもしれません。いいことはどんどん連鎖させればいいけれど,悪いことは深みにはまって何でも悪いものと結びつけようとするかもしれません。自分の人生もしかりかもしれませんね。
2009.03.09
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院生時代からお世話になっていた方とコンサルの方と初めての勉強会を開きました。各々あらかじめ課題を設定して,アウトプットを出し合います。机上で考えるよりも顔を突き合わせた方が議論や疑問がたくさん出ます。その中で3人の考えが同じところへ落ち着いていきます。それにはお互いが自分の持っている知識をぶつけあわなければいけないかもしれません。自分もブレーンストーミングを行いながら,新しいテーマが2つも決まりました。顔を突き合わせないとできない盛り上がりと高揚していく感じがありました。研究会として活動する上で,成果物を出すことを目標にして,そのために2カ月に一度は勉強会を開催することが決まりました。その後飲みに出かけました。ここで彼女も合流して話し合いながらまた刺激をもらいました。分野や世代を超えて話を聞くことは,どれも無駄なものはなくてすべてが自分のためになっている感じがします。これまでの生活がいかにマンネリ化していたのかを痛感したと同時に,今後は2カ月に一度はこういう刺激を受けられることの楽しさを知った1日でした。
2009.03.08
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先日,フランスに調査に行っていた後輩からお土産にCamargue(カマルグ)という塩をもらいました。わざわざ自分のために買ってきてくれたなんて感謝です。しかも自分が料理好きだということを知った上でこのお土産を選んでくれたので感動してしまいました。カマルグというのはフランスの地名のようで,地中海に囲まれていて塩湖がたくさん広がっているそうです。地中海の海水を塩田に引いて,はじめに塩田の水面に現れた結晶を伝統に習って手作業で採取しているようです。粗塩で粒が大きいです。さっそくオリーブオイルを掛けたあとの菜っ葉にふりかけてみました。塩なのにしょっぱさだけではなく,甘みというかうま味があります。これはお肉料理にも合いそうです。これから隠し味として活躍しそうです。
2009.03.07
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カオス中田秀夫監督です。主演は中谷美紀。小宮山さおり(中谷美紀)は夫との食事後,誘拐されます。その後,夫は誘拐犯から身代金として3,000万円を要求されます。自宅で刑事と犯人からの電話を待ちますが,会社を通じて伝言ダイヤルを指定されます。夫の姉の息子も誘拐して,姉から500万円を受け取ります。しかし,これはさおりの自作自演でした。さおりは便利屋の江原に誘拐代行を依頼していただけでした。さおりは誘拐場所を指定します。彼女はアメリカに遊びに行った友人から熱帯魚の世話をお願いされていたので,この友人宅に潜んで縄で縛られます。ところが,江原が出かけてから帰ってくるとさおりは殺されていました。誰もこの場所を知らないはずなのに誰がさおりを殺したのか。真相は分からなくなってきます。------------------------サスペンスです。人は人をどこまでだましとおせるか。自分たちの罪を隠すために巧妙な仕掛けをしたとしても,最後には自分の身にまた災難が降りかかってきます。最初のシーンで食事をしていたお店がこの間友人が結婚式をあげた代々木にある「ラファエル」でした。知っている場所がロケ地に使われると何となく他人事ではないように見入ってしまいます。それにしても中谷美紀の演技は引き込まれます。美しいのに,何か訳ありの心の闇が垣間見える感じが主役に適役でした。
2009.03.06
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加藤諦三(2004):「気が軽くなる生き方」知的生きかた文庫.間違った期待に苦しむアメリカの心理学者シーベリーは「わたしたちにとって,人生は人生そのものではない」と書いている。その通りであろう。われわれは,他人が自分に期待する人生を,自分の人生であるべきだと思っている。人生はこうあるべきだ,なのに今の自分の人生はそうなっていないと嘆く。しかし,人生はこうあるべきだと思うのは,単に他人が自分にそのような人生を送ることを期待しているからにすぎないのではなかろうか。一流企業の社員になって立派な一戸建ての家に住むことを期待された人間は,そのように人生を送れないと悩む。しかし,人生とは必ずしもそのように送らなくてもいい。そのように人生を送らねばと感じるのは,他人の期待通りに生きることを当然としているからである。しかし他人が本当にそのように期待しているかというと,これまた必ずしもそうではない。他人がそのように期待していると自分が錯覚している場合が多い。最初の期待が間違っていたのである。つまり幼少年期の親の期待である。何かを間違えて,ひどく怒られたとする。すると,大人になっても間違うことを恐れる。英語を訳していて誤訳してしまう。人間なんだから誰だって誤訳ぐらいする,と気楽に考える人もいる。しかし青くなる人もいる。間違いを指摘されて,自分の人間としての価値がなくなってしまったと感じる人もいれば,ただ,「ああ,間違っていたか」と思う人もいる。そして,ただ間違っていたかと思う人は,今度は間違わないようにしようと思うだけである。しかし,間違いを指摘されて自分の価値を低められたと感じる人はいよいよ劣等感を強くし,今度は間違わないようにしようとさらに不安な緊張に苦しむ。他人の期待の重圧から解放されるためには,やはり自分のなかに自律性が出てこなければならないであろう。われわれの心配の何割かは,他人の期待に重圧を感じることから生まれている。人生はこう生きなければならない,というようなことはない。生きられるように生きればそれでよい。こう生きなければと思っている人は,他人の期待の重圧から解放されていない人である。------------------------今日はたまたまこんなたぐいの話を後輩としてました。余命1年と告げられて今と同じ仕事を当たり前のように過ごせるかどうか。それとも大事な人と旅行に出かけたりして過ごすか。その時は話にはならなかったけど,自分だったら,自分の伝えたいことを講義を通じて学生に伝える楽しさを感じているから,講義は続けたいなと思います。でも,仕事は続けないかも。要は自分の人生をかけてやっているというほどのことでもないのかも。でもそれなりに楽しさは感じているんだけど,どうしても就職のために求められているという部分が大きくてそれによる苦痛が大きいのかも。ストレスを感じて,他人の期待を背負いすぎた時にはこれまでと違う人と付き合ってみるといいかもしれません。近い人たちだけとの関係ではどうしても視野が狭くなってしまいます。いろんな人と出会う中で,悪意のない本当の善意を与えてくれるような人やこれまでよりもずっと悪意のある人もいるかもしれません。これまではとかく批判されてしまうことが多かったかもしれませんが,実はそうでもない人結構いることに気づくかも。愚直なまでに努力していればきっと見てくれてる人は見てくれているはず。腐らずにがんばろう。
2009.03.05
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この間おしゃれなお店に夕飯を食べに行きました。1100円でカレーセットが食べられました。お昼のランチタイムには200円お得です。「ピヨコアロマテラピーアンドシフォンケーキ」というお店です。店内には装飾品や美術や風景などの写真集が揃えてあって,ゆったりと時間を過ごせるようになってます。食事以外に占いのようなこともしてもらえるみたいです。あとは障害者が作業所で作ったシフォンケーキなどもお土産として売ってます。おしゃれな盛り付けですね。カレーはクリームとココナッツが入ってました。回りに豆腐コロッケが3個のってます。付け合わせのサラダは,ニンジンスライスと菜の花のような見たことのない菜っ葉でした。量は少なめだけど味はインドカレーに近くておいしかったです。1食に1000円超えるのは高いけれど,たまにはおしゃれなお店でゆっくり食事をするのもいいかも。
2009.03.04
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今日は品川に行ってきました。風は強かったけれど太陽がまぶしかったです。途中の海につながる川があって,その河岸の手すりに海鳥が横一列になってるのを見かけました。人も少ないし品川の隠れた癒しスポットです。周りはビルが立ち並んでいるけれど,この場所だけは違う時間が流れているように感じました。
2009.03.03
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ETV特集・選「作家・辺見庸 しのびよる破局のなかで」5年前に脳梗塞で倒れた作家辺見庸の講演録でした。この世で起こっていることを読み解きつつ,それを小説のかたちで作品にしたいと考えています。1.秋葉原事件について加藤容疑者が携帯電話サイトに書き込んだ一文に「リア充はいい」があります。リアルには生きていないということを表明しています。孤独感が現れています。また自分が部品化されています。携帯電話を2台をもっていて,寂しいからもう一台の携帯にメールを送る。この状態は世界から切断されています。ここで辺見氏が思い浮かんだ歌に夢野久作の猟奇歌があります。膨大な量の詩を残した夢野氏。その中の一文です。「白塗りのトラツクが街をヒタ走る何処までも/\ 真赤になるまで」この歌が生まれた1929年は大恐慌の時代だったそうです。歴史は第二次世界大戦へと突き進みました。それから80年,アメリカの証券会社の破綻から始まった不況は,大恐慌の再来といわれています。派遣切りは経済のグローバル化に勝ち残ろうとする企業にとっては都合のいい労働調整法でした。派遣労働者は一定の期間しか役に立たない部品であり,負け組と呼ばれました。グローバル化に適応したものだけが勝ち組である=優秀であることを教えられる。投資がまるでいいことだと教えられてきたのです。負け組は人間として価値がなく,能力がないと教えてきたのは誰でしょうか。金儲けだけが人生の価値であって,それを批判する者は嘲笑されたことと,秋葉原事件とは大いに関係があるのではないか。2.破局について資本に支配された社会は取り返しのつかない破局に向かっているのではないかと辺見氏は主張します。破局とは金融恐慌や気候変動,新型インフルエンザのパンデミックなどが言われます。しかし,パンデミック(感染爆発)という言葉は,心の問題や文化面をも含んだ広義の破局全体を表す言葉として用いていいのではないか。人間としての自省がなくて対症療法的にしか対応していない。それでは,パンデミックとは何か。それは「価値観」であると主張します。これまで人間が有していた価値観が揺らいでいます。生きていく意味があるのかないのか,そうした根源的な問題について今問われています。派遣労働者は働く商品として扱われてしまう。人間が社会的にあるための諸権利(労働,教育など)が常識的に与えられなくなってきています。建前としてはあってもそれさえ保障されない。恐慌から抜け出してまた一部の勝ち組が生まれる状況がこの問題を解決しうるとは思えない。だからこそ今人間の真価が問われているといいます。今という時代は歴史上のどの時代よりも物事の上塗り(コーティング)するのがうまい時代である。食べるのに困る人々がいるのに,その辛さをコーティングするような流れがある。特に,お笑いを流すメディアなどがそうです。すると,人々はたいしたことはないのではないかと思ってしまう。そこには「無意識の荒み」があるといいます。正気と狂気が交差し重層する社会になっている。メディアでは,派遣切りのニュースとともに大食い競争や名店のグルメが紹介されています。そうした事実を正面切って指摘することすらはばかられるような雰囲気ができている。しかし,そういうパンデミックの状態に対して,生体反応のように無意識でいなければならないし,コーティングしていなければならない。そのことによる不安がどこかで噴出している。即時性について次のように語っています。空間と時間を感じる力がなくなってきているのではないか。すぐに情報をやり取りできるようになった反面,人間がもっていたじっくり思索する時間をもてなくなってきているといいます。無駄ともいえる時間や空間を取り戻す必要があるのではないか。現代の速さは人間の適応力を超えてしまっているという考えに共感しました。3.言葉は必要かどうか言葉を用いるときは,「インタラクト」=相互に作用しなければならない。シングルマザーで風俗で稼ぐ親をもつ子どもは辺見氏に「金で女を買ったことはあるか」と聞いたことがあるそうです。愛や痛みの感覚がなくなってきている。モニターから叫びは聞こえてこない。今の愛はモニター画面上のペラペラなものかもしれない。最後は痛みの感覚を共有するために,相手の痛みを感じ取ろうとする必要がある。そのためには言葉に頼らざるを得ない。「派遣村」も社会の善が現れてきたものだとする報道の仕方に疑問を投げかけています。外の世界に目を向けず,まだ見て見ぬふりをしている。癒し,約束,誠実,愛,尊厳,優しさといった言葉は消費資本主義における宣伝において,下心をもって使われてきています。最後には下心のない誠実さ(sicerity)をもって資本主義に抗わなければ,現状は打破できないといいます。
2009.03.02
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雨上がりの空。今日は6日?ぶりにお日さまが顔を出しました。そしてまた鵯(ヒヨドリ)が来てくれました。今回はたまたま洗濯物を干しにベランダに出ていたので,うまいタイミングで写真を撮ることができました。今回はばっちり収められました。また水浴びをしてました。よっぽど気に入ってるんだなぁ。夕方から鷺沼で大学の友人宅でピザを呼ばれに行きました。前回飲んでおいしかったオーストラリア産ワインをお土産に持っていきました。実は忘年会のはずだったんだけれど,メンバー6人の都合がつかなかったり,インフルエンザや風邪をこじらせたりと延び延びになってました。ピザなんて久しぶりに食べました。こんな機会じゃなきゃ食べないかも。そのあと早めに退席しました。渋谷でも別件の飲み会に参加しました。渋谷ではこちらの大学のOBを中心にした同窓会がありました。総勢で20名ほど。仙台や明石,信州からはるばるやってきてくれた懐かしい人もいて楽しかったです。気の置けない同僚といるとタイムスリップしてお互いに馬鹿な話もできますね。ただ,今回は彼女も二つの飲み会をはしごするつもりだったのに,体調不良でドタキャンすることになっちゃいました。また次の機会あるかな~
2009.03.01
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