♪天使のほっぺ♪

♪天使のほっぺ♪

+もう一人のカワイイ我が子のこと+



戸籍にも残らず、彼(彼女?)が居たという記録はどこにもありません。
あるのは、私の手元に残る数枚のエコー写真だけ・・・。
あの子の存在をどこかに残したくてここに書かせてもらいました。



私は結婚後も働いていましたが「そろそろ子供が欲しいなあ」と思い、結婚から1年経った2000.8に会社を退職しました。
「子供が欲しい」と思ってから、1年後の2001.9に妊娠発覚!
妊娠検査薬で陽性反応が出たときには嬉しくてたまりませんでした!

2001.9.14 妊娠検査薬で陽性反応
2001.9.18 病院へ(4W・まだはっきりした姿は見えず)予定日は2002.5.30!
2001.10.1 診察(6W・赤ちゃんが確認できました!)ツワリがはじまる

そして2001.10.13、土曜日だったので主人も一緒に病院へ。
赤ちゃんの心臓が動いているのを確認できるはずなので、楽しみにしていました。
主人も一緒に診察室に入ろうとしたら「まだお腹からエコーを見れないので、旦那さんは外でお待ち下さい」と言われてしまいました^_^;

内診台でのエコーを見ると先生が「あれ??見えないねえ~」と・・・。赤ちゃんの心臓が動いている姿は確認できませんでした。
診察室に主人も呼ばれて「稽留流産が疑われるから、1週間様子を見て来週もう一度見てみましょう。出血とかがあったらすぐに来るように」といわれました。
診察室を出て、会計までの間も涙が止まらなくて周りの妊婦さんには「何だろう??」と思われていたと思います。

稽留流産とは、出血などの自覚症状がないままにお腹のなかで赤ちゃんが死んでしまう流産のことでした。
そう言われてみればここ2~3日ツワリがおさまっているような・・・
でも、赤ちゃんを信じて「きっと大丈夫で、来週の診察ではちゃんと心臓が動いている!!」と自分に言い聞かせていました。
この1週間は、精神的にきつかったです。

翌週、2001.10.20
診察しましたが、やはり赤ちゃんはお腹の中で亡くなっていました。10Wでした。
その日にそのまま日帰り入院して手術を受けることになりました。

子宮口を開く為に、薬を入れるのですがこれが痛くてさらに涙が出てきました。
全身麻酔なので、気付いた時には個室に寝かされていました。

夕方前には退院することが出来て、手術の2日後と1週間後に検診。
受付で診察券を出すと「母子手帳はありますか~」と聞かれ、その都度「あの、流産の手術後の検診で・・・」と説明するのが辛かったです。

流産後は、励ましの言葉が逆に辛かったりかなりブルーでした。
(「若いんだから」とか「流産後はできやすくなるらしいよ」とか「流産ってよくあることだから」とか・・・どれも禁句です)
妊婦さんや、ベビーカーを押して歩いている人を見かけると、羨ましくて悲しくて・・・・・(;_;)

でも、いつまでもクヨクヨもしているわけにもいかないので、新しくバイトを始めたり旅行に行ったりして「次こそ元気な赤ちゃんを!!」と思うようになっていきました。

そして、2003.2.24!!
待望の妊娠検査薬の陽性反応が再び出ました。
母子手帳を貰った時は感動でしたっ。
2003.11.12に元気な赤ちゃんと対面することが出来ました。

どんちゃんの育児に追われながらも、時々「まめちゃん」(←お腹に居た時にそう呼んでいたので)のことを思います。
いつか、どんちゃんにも「きょうだいが居るんだよ」と、話したいと思います。
うまれてくることは出来なかったけど、確かに私のお腹には「うまれた」命だったので、私たち夫婦は一生「まめちゃん」のことを忘れる事は無いです。
短い妊婦生活でしたがその間とても幸せでしたし、一時でも私のお腹にやってきてくれて本当に嬉しかったです。


・・・長々と読んでいただき、ありがとうございましたm(__)m

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: