☆ ☆ SARRYの「ありがとう」日記 ☆ ☆

☆ ☆ SARRYの「ありがとう」日記 ☆ ☆

全ては通過するためにある。


経験したら消化し、それをまたゼロに戻していく。

大切なのは、「その過程で自分が経験したこと」です。

カメラに残る写真よりも、

「心に残る景色」を大事にしようではありませんか。


そうやって、日々暮らしていると、

「どんな自分・体験・気持ち」と出会うために


お金・時間・体力・労力・知識・過去


を使おうか、という視点になる。


お金や時間や労力を使うのは、「何かを得る」ためであるというより


「何かを通過し、体験するためにある」


ということ。


そのつなぎ目をしてくれるのが


お金・時間・才能・他人・過去・・・

などなど。


決して、ツールはあくまでもツールなだけであって、


「目的」だったり「獲得したいもの」ではないはずなんですね。


お金って、自分がどのように扱うか?によって

だいぶとその「性格」を変えて、我々にも接してくる。


何かを避けるためにしている行為でお金を得ると

(例えば、死なないために、とか嫌われないために、とかで仕事をすると)


「何かを避けるためのツール」として、お金は手元にやってくる。

そして、


「何かを避けるために使うツール」として、お金は再び出ていく。


その時に残る感情は、

「何かを避けたい感情」だから、


とっても奪われたりなくなったり減ったりする感情になる。



みなさんは、「どんな意識で行っている行為」によって

「どんなツールとしてのお金」を得ているだろうか?


心にグサッと来る人は、ちょっと考えてみてもいいかもしれませんね。


好きで好きでやめられない仕事と出会い、

相手を相手の舞台に立たせ、

自分も自分の舞台に立てるような人たちと出会い、

瞼を開けていても、閉じていても、そこには

自分の選んだ景色がある日常と出会う。

それ以外に、人生を創造していく意味はあるのだろうか?


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ちなみに、秦は


「自分が心から楽しみ、自分の可能性を広げるための行為」=仕事

でお金を得ているので


「自分が心から楽しみ、自分の可能性を広げるために」お金を

使うことになる。

これは、潜在意識下で繋がっているため、

例え、不本意な形でお金が出て行ってもそれは必ず


「自分が心から楽しみ、自分の可能性を広げるためのお金」

として、役割を果たして現実化してかえしてくれるものです。


だから、基本的にお金を使って後悔することはありません。


減った、なくなった、奪われた、という感覚も、


「自分はどうせ、入れ物じゃないんだ」


という感覚なので、それほど感じることもない。

(たまに、感じたときは勘違いを観察)



そうやって、お金と言うエネルギーや他人と言うエネルギーと

付き合っていきませんか。

http://ameblo.jp/haatooo/entry-11482870163.html

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