1994年後半新聞投稿集



Cheap Goods without Sticking to Rice

The rice problem seems to have been sorted out, and I am impressed that a

California-rice-buying-tour is on offer. This is truly a tour operator which

Believes in a free economy.

At the end of March I came back from Australia via South Korea. On the baggage

Conveyor belt at the airport there were several 10 kg bags of rice. On the side

Was printed the word “Hungle”, so I assumed it must have been Korean rice.

In the letter I received from Japan at the beginning of March it asked me to

Bring home some rice, but I thought this was a joke .In Australia 1kg of rice costs 1.5

Australian Dollars (About 120 yen). It’s cheapand delicious . In my homestay we ate

Rice about three times a week with curry or stew.

We are living in a border-free world. The fixed idea of one country being a bread- eating country and another being a rice-eating one doesn’t seem to hold true. Even

In Japan we are eating considerably more bread, and in Australia they often eat rice

Now.Cheap,quality goods are getting through. This is the main principle of a free

Society. Written by Yosiharu Idemitu

(これは、第1弾に和文あり。)


1994年4月28日掲載 生徒と共に教師もハッスル

(Teacher hustle with Students)

I am glad that I understand the benefits of teaching. Since April, four or five of the students at my school have come up to me after class to ask some questions. Each time

It’s a different face. During the class, they have listened well to what I have said. In the classes after lunch, when they are tired , they stand and ask me to let them keep standing as they are sleepy.

Recently, one student has been giving a self-introduction every class, and they have been doing it wonderfully. When I ask them to go to the front (platform) and give it a go, they say that they are shy and then do a good job! In the team-teaching lesson with the foreign teacher we use a video as teaching material for English conversation.

Unless I listen to this teacher’s advice, the lesson wouldn’t be a success. Since the students ask questions to liven up the]lesson , the two of us try our best to answer them. I lead the students by listening to the television. English conversation at seven o’clock in the morning ,and the radio English programme at seven in the evening.

Being forced to study with the students I have the most wonderful surroundings that a teacher could hope for. Written by Yosiharu Idemitu

(これは、第1弾に掲載済み)


1994年4月28日掲載 市街化調整区域の見直しを

Rethinking Urbanization Control Zones

When I wanted to buy a piece of land ,I asked my neighbors and was told that because it was an urbanization control zone, the common people couldn’t buy it . Even though it’s quiet, full of greenery and comfortable to live in, I am hindered by the law.

For what reason do we have this weird line drawn between those areas which can be urbanized and those that can’t ? Was it not the large real estate agents (house and land construction business) who made use of this very line to buy the land cheaply and then sell it at a high price ? Did not the authorities ,in partnership with the real estate agents, steal the]greenery ?

Does this system, which prevents individuals from buying farmland, not rob us of our constitutional right to freedom of work, freedom of job-change,and freedom of movement ? Just a small piece of land. Just a house in the country. I feel as if the doors have been closed on these wishes.

Written by Yosiharu Idemitu

(これは、第1弾に掲載済み)


1994年5月4日掲載      母のぬくもり

おにぎりと言えば、母親を思い出す。現在は親元を離れ、寮生活を送っているからだ。今までは、家族と一緒に、一言で言えば、まあ、ぬくぬくと育てられてきた。寮は時間に束縛されるというか規則正しい生活であり、だからこそ、おにぎりという言葉だけでいろんなことを思い出す。そんな不思議な心の現象を引き起こしてくれる、おにぎり。

しかし、おにぎりが窮地に立たされている。凶作の影響で、コメ不足なのだ。コメが高くては、瑞穂の国・日本の宝ともいえるおにぎりが満足に口にできないということにもなりかねない。かといって、外国米はぼろぼろして、おにぎりというよりも、「かたまり」という感じでそぐわない。

ああ、どうしたらいいんだ。母親のぬくもりは、どこへ行くんだ。僕は、母親のぬくもりを忘れたくない! 今年の稲作よ、大豊作になっておくれ。

                             吉岡 紘史




1994年6月3日掲載  皆で意識高め「地球にやさしく」

ライオンやトラは、必要以上に獲物を取らないという。それに比べ、人間は食べるだけで残りは捨てる。いかに傲慢か。

今まで、人類は豊かさだけを追い求め、その結果、文明は飛躍的に発達し、今日の社会が成り立っている。その歪みが今になって生じてきた。歪みは直接人間に影響を及ぼすというよりも、「地球全体」に対してである。

私たちは、その傲慢さで自分達を育んでくれた地球までも、森林破壊や空気汚染などの形で傷つけようとしている。結局は自分の首を絞めることになるのに馬鹿げた話だ。

しかし、近頃ようやく、それを解する人々が増え地球の危機を懸念する声が上がり始めた。もちろん意識が足りず実際には何もやっていない人が多いものの、地球を考える人達はまとまりつつある。地球は確実に良い方向へと導かれるだろう。みんなが一つになるまで、もう一息である。

                             新原 大基




1994年6月5日掲載   もう一息克服、志望校に入学

 もう一息、あと一歩という言葉を聞くと、受験期の頃を思い出す。この高校に入学するため、「頑張れ、あとちょっとだ」と自分に言い聞かせ、ネジの切れそうな自分を何度励ましてきたことだろう。勉強しても成績が上がらない苦しい日々。もう受験地獄から抜け出したいと感じた日々。でも、今となっては、なつかしい思い出となっている。結果的に見て私は、自分に打ち勝ったのだから。

合格発表の日、私は何とも言えぬ満足感で一杯で、あふれるばかりの感動を何度も何度もかみしめていた。いつしか涙が頬を流れていた。

そして、いま「あと一歩」を克服した私は、すぐあきらめる弱い人間から、自信を持ち最後まで自分を信じてゴールに向かって走りつづけることのできる人間に生まれ変わったと言えようか。うぬぼれでは決してない。これからも、幾多の困難が待ちうけているかもしれない。でも、自分のこの勝利を糧として目標に向け走り続けたい。

                             北村 隼人




1994年6月12日掲載    僕が断った友、事故で死ぬ

一生忘れることはできないだろう。小学生のとき、僕はA君と仲がよかった。彼は目立ちたがりやで、どこにでもいそうながき大将だった。ただ、家庭事情は複雑で、夜はいつも一人で家に居たし、わがままなところがあったので、仲良しグループから敬遠されることもあった。

そして冬休みに入り、ある日、彼は僕と遊ぼうと、家に来た。だけど僕は、用事があるからと、その誘いを断った。その時、彼はすごく寂しい目で僕を見つめていた。冬休みの間、そのことが気がかりでならなかった。

冬休みが明け、教室で皆が顔を合わせたが、彼の姿はなかった。次の日も次の日も。1週間くらいして、登校して来たけど、もう僕の知っている彼ではなかった。彼は不良になっていた。そして去年、彼はバイク事故で死んでしまった。僕があの時、「うん」とうなずき、彼の誘いを断っていなかったら、彼の死はなかったかもしれない。

                             北村 隼人



1994年6月14日掲載   活性化のため、人の交流必要

組織と言えば歯車、そして現代社会が連想される。しかし人間は社会を構成して生活する特徴を元来持っているから、あながち悪い意味にばかり取ることもない。組織の良い面は助け合いの精神だろう。つい先日、風邪で寝込んだが、同僚の先生が来てくれ病院に連れて行ってくれた。職場という組織での人間関係のおかげだ。また私は養育の課程で家族の長老の伯母に大変世話になった。家と言う組織のおかげだ。伯母は子はなかったが家のために生きた。

組織の悪い面は、古くなると融通が効かなくなることだ。しきたり、伝統、形式を重んじる。そして現代人は自分が歯車の一員に過ぎないことを実感する。それは、現代が動乱期から成長期、安定期に入っていることと深い関わりがある。動乱期のフレキシビリティー(融通性)や夢が失われているのが現代だ。組織の活性化のためには、組織を一度つぶすことや人の交流が大事。夢を人に与えることが大事。

                             出光 良治



1994年6月16日掲載   子のおやつは安全な食品を

学校の裏山を歩いていると、茂みの中に野イチゴを見つけた。先生に話すと、大変に懐かしまれ、おやつ代わりによく野イチゴを摘まれたことを教えてもらった。先生の幼年時代がうらやましい。

今の子供達のおやつは、どうだろうか? 添加物ばかり使用したお菓子類を、親から与えられている。なんでも最近はキャラクター使用料やプリント代がかかるから、その費用を補うために、逆にお菓子の質は悪くなっているという話だ。

企業側は、もう少し考えて欲しい。私達はキャラクターを求めて製品、お菓子を買っているのではない。そんなことに金をかけずに、製品の質向上に力を注いでほしい。

また、子供に与える側にも責任はあり、せめて成分表示を確認してから買い与えてほしい。親である以上、子供に安全な食品を与えるのは当然な義務ではなかろうか。

                             新原 大基



1994年6月23日掲載   投稿集まとめ200部自費出版

3年前に我が家の歴史について、自費出版した。他人に見せたいとも思わなかったので,30部しか作らず、書店には預けなかった。今回は私の投稿が100編になったのを節目にして川柳と随筆による自分史「出光先生、ただ今とうこう中」を200部限定出版した。所詮、自費出版というものは、自己満足に過ぎないが、今回はたくさんの人に読んでもらいたかった。投稿は投書と違って随筆集になる。そこで販売店の確保に努め、6店舗回って3店舗に置いてもらえるようになった。印刷屋と本屋が少し潤うだけで、著者はいかにリスクを少なくするかに、頭を痛める。自費出版の醍醐味は、国立国会図書館へ納本してのお礼状と日本書誌録に登載されることだろう。

                            出光 良治




1994年6月25日掲載 ゲームやめて生活を見直す

         An End to Games. A Change in my Life !

In spite of having to study as a middle student for exams, whenever I had time, I frequently absorbed myself in computer games.To be honest, they were fun!

At present, I live in the school dormitory. Strange though it may seem, computer games mean nothing to me now. On the contrary, I have even questioned what advantages there are to them.

The weakening of one’s eyesight, the waste of money, the cause of irritation and so on. While appearing to be having fun, we are actually being robbed of many things by these games. It almost seems as if humans are being controlled by them.

Having been isolated from computer games,it seems as if I can now see a different world. What’s more , now realizing the reason why my parents told me to refrain from playing them, I am suddenly saddened.

This is the reason why I will live without computer games from now on. I believe that this experience has given me an excellent opportunity to reconsider my life.

Written by H.N.

ゲームやめて生活を見直す【1994年6月25日朝日新聞掲載】

和文は、H.N.君の希望で、この小冊子には掲載しません。


1994年7月2日掲載  「国家」感じる「国語」教科書

6月26日の声欄「国語よりも日本語では」は、私もずっと同じ事を考えていたので、大変興味深く読んだ。小学生時代、なぜ日本語の勉強を「国語」というのか、納得のいく解答をみないまま、今日に及んでいる。

現代は国際化時代だ。米国では、「イングリッシュ・コンポジッション」(英作文)や、「イングリッシュ・リーディング」、あるいは「ライティング」(英語の読み書き)などの科目として学ぶ。米国の真似をしろというわけではないが、「国語」という言葉には、何かしら「国家」というものがくっついている響きがある。実際の小学校、中学校、高校の国語の教科書は、いわゆる「日本語」の教科書である。「国語」という名称は、アジアで覇権を求めていた時代の名残…以下省略

                             出光 良治


1994年7月12日掲載     投稿の反響に感謝

本欄への私の投稿「投稿集まとめ自費出版」(6月23日付)に対し、読者の方から私の出版本を購入したいとのお手紙を頂いた。下関市の方で、ご自身の手作り本「海猫屋日誌」を後日、送ってこられた。

書皮友好会のメンバーで大層な読書家だ。1982年88冊、1983年90冊、…1993年96冊。私はその10分の1だろうか。

投稿で知り合った友を大切にしたい。

                             出光 良治


1994年7月13日掲載     楽しかった古沢岩美展

2週間に1回ある半日研修の日を、県立美術館の古沢岩美展で有意義に過ごした。小学生以下は無料となっているが、はてさて、古沢氏の絵が小学生にはどうとらえられるだろうか? 数年前、山口市で大英博物館展があっていたので子供を連れて行ったら「パンツはいてないね」「チンポまるだしや」と展示場でしゃべっていた。今回は裸婦像が多かったので一人で行ったのは正解だったと思っている。男女、それも老夫婦の二人連れが多かった。ポルノ雑誌も米国や西欧圏では夫婦で見る。芸術とポルノとの違いとか、そもそも芸術はエロス(性愛)であるとか、いろんな考えがあろう。そんな中で、佐賀もおおらかに芸術を受け入れ出したと感じた。国公立美術館所蔵の古沢作品は、さすがに見ごたえがあった。“神話の世界”の古沢作品には、この佐賀の展示に間に合わせるべく作られたものが数点あり、佐賀県で迎え入れられるための大義名分(飾り)のような気がした。

                             出光 良治



1994年7月15日掲載  1ヶ月2回の速度違反反省

 この1ヶ月に2回も速度違反でチケットをもらった。1回目は高速道路上で瞬間自足が107キロであった。軽自動車の制限速度が80キロというのを知らなかった。軽自動車と普通自動車に差があることを知らなかった。それ以来、高速では80キロで走っている。

そして、今度は同じ土曜日に、時間もあるし、初めての経験だが下を通って行こうとした。自宅へ向かう田舎道で、時速50キロのところを70キロで走ったということでチケットを受けた。高速道路は値段が高いし、節約をしようとしたのが裏目に出た。

妻に会わす顔がなかった。憂鬱なドライブとなった。経過を話すと、車を使わずに電車で帰ってきたらと言われてしまった。結局、お金と安全性と利便性を考えて、高速道路を時速80キロで走ることにした。

                             出光 良治




1994年7月16日掲載   現世に無念を残さないよう

祖父が世を去って8年目になった。小学2年のころで、本当に実感の湧かない死であった。思い起こせば、祖父は強情で口うるさく、毎晩酔っては祖母や母を困らせていた。そして、曲がったことが大嫌い。僕がボールを黙って借りてきているのを知ると、力いっぱい僕を殴り、一晩中家に入れてくれなかった。祖母にこっそりと家に入れてもらったのを、今でもはっきり覚えている。そんな祖父も病には勝てず、別人のように痩せ衰えた体を病院のベッドに横たえていた。僕や妹が行くと隠れて泣いていたのを、その頃は不思議に思っていた。時が経つのは早く、中学校、高校へと進学したが、ことあるごとに祖母は、「おじいちゃんにも見せたかったね。」とつぶやく。最近は、その祖母もめっきり老いた。いつか彼女にも死が訪れ…以下省略

                            島 和英



1994年7月20日掲載  建前社会を切る吉岡氏の教育論

話のうまいのには、びっくりした。同じ教職経験者で、こんなに話のうまい人は初めてだ。吉岡たすく。小学校の先生、そして校長を勤められた人で、今は、「テレビ寺子屋」のレギュラー講師。私はテレビを見ないので、初めてお目にかかった。7月15日、佐賀市文化会館の中ホールを埋めた800余人の聴衆。

話をする人が一番下手に座り、上座には見物客という配置は、ギリシャ風だと文化会館を褒められ、舞台から降りて、観客の中に入っていくや、結局、一番低いところで話を続けられた。日本にも小豆島に、こういうスタイルの見物席が、自然の形で残っているから、日本の風土になじまないという結論はできないという。学校の教壇も…以下省略

                             出光 良治     


1994年7月23日掲載  英語で発表し表現力を磨く

 7月13日の本欄に英語教育に関する2つの意見が載っていた。どちらも批判的な意見だったが、すべてがそうだというわけではない。私の学校では英語に力を入れている。その方法はとてもバラエティに富んでおり、なおかつ実践的だ。そのいくつかを紹介する。クラスの掲示板には英字新聞が張ってある。休み時間ともなると、みんなが群がってそれを読む。先生が訳し方のヒントを書き加えているので…以下省略

                             新原 大基


1994年7月23日掲載  時間を無駄にしてはならぬ

人類にとって最も無駄にできないのが時間である。刻々と過ぎ去る時間は私達を待ってはくれない。

私達は、青春時代、朱夏時代、白秋時代、そして玄冬時代へと時代に流されて行く。私は今青春時代にあり、その時間を無駄にすることは人生において大きな負であると確信して生活しているのだが、中学時代はゲームやつまらんテレビに没頭し随分時間を無駄にした。これではいけないと思い、現在の全寮制の高校に入学し一応時間を有意義に過ごしている。

話は変わるが、もうすぐ地球が滅亡するとも聞く。一秒たりと自分の時間を無駄にせず、充実した日々を送るよう心がけ、できるだけ親孝行をしたいと思う。時間は、限りある人間世界を超越して永遠に継続する。われわれ人類がこの世から消え去った後も、時間は流れる。

                             島 和英



1994年7月24日掲載  スポーツで調子上がる

            Sports Improved Condition

Taking lessons in a room with no air-con was hell. I was always tired; real heat exhaustion. I fought the weariness with healthy vitamin drinks, but it never lasted long. Meat and eels are the best thing to combat the fierce heat, but in my school we all live in a dormitory, so one can’t wish for such things.

However recently I’ve discovered another method- sport. As I work hard at practice with the volleyball club, my mind and body gradually improves. When all is said and done, I now realize that heat exhaustion is something that one can solve, if you just face it head on. Although my confidence to overcome this summer through sports was boiling over ,still, I secretly hope that one day we can see fatty, delicious eel and succulent meat on the menu in our dormitory.

Written by H.N.

(和文は、H.N.君の希望で省略します。)



1994年7月26日掲載  生徒に人気の日本女性3人

私の高校では、外国人とのペア授業でテレビ英会話を使っている。初め20分間ビデオを使用し後の半時間は内容についての質問や、そこから発展した話題について生徒に発表させるよう努めている。

今週は、米国の新しい女性誌ミラベラの5周年記念号について、「恐れを知らない100人の女性たち」が語られた。女優のジョディ・フォスター、女性初の宇宙飛行士ミー・ジャミソン、運動選手のジャッキー・ジョイナー・ケーシー。当然、ヒラリー・クリントン(弁護士)も入っている。

発展トピックとして、生徒諸君に日本人では誰を推挙するか聞いてみた。どのクラスも向井千秋、田中真紀子、土井たか子が圧倒的に多かった。若者はマスコミに敏感だ。マスコミは、英雄をつくり、また葬り去る。それにしても、この3人は、いま日本の花形だ。

                             出光 良治


1994年7月26日掲載  先生の投稿読み書く楽しさ知る

私は最近やっと文章を書く楽しさが分かってきた。それまでは学校の課題の作文など提出したことがなかった。一言で言うと、つまらなかったのである。皆が同じようなことを書いてくる。そこには思想が入る余地など全くなかったからである。

最近の若者は活字離れが著しいというが、それは彼らがそういう文章を書くことを強いられて、嫌気がさしたからではないか。私はその流れに反している。元来は本を読むことは好きだったが、文章を書く楽しさを知るきっかけになったのは、I先生との出会いだろう。

先生は、本欄にもよく投稿、掲載されている。私は先生の文章が新聞に載っているのを見て、興味本位で投稿したものだ。それが今では、「自分の意見、考えを一人でも多くの人に知ってもらいたい」と思うようになってきた。

原稿用紙はでっかいキャンパスだ。そこに、どんな絵、どんな思想を描くかは、その人の自由だ。私は、私の絵をこれからも描きつづけていこう。

                             新原 大基



1994年7月30日掲載  離れていても友達は「宝物」

 僕の学習机の右隅に一枚の写真がある。それは数ヶ月前、中学校の卒業式の日に、僕と友達2人、計3人で同じ大学に行こうと決意したときのものである。それぞれ、別の高校に行くので、大学でまた会おうというのだ。

高校生活が始まって数ヶ月、僕はその短い間に幾度もこの写真に励まされた。とても疲れているとき、その写真をボーっと見る。中学生の時の思い出が次々と浮かび上がる。

「そういえば、こんな楽しいこともあったなあ。あの頃はもう二度とやってこないのか。いや、例の約束通り同じ大学に行けば、また3人そろうじゃないか。」

そんなことを考えていると、いつしか疲労より希望が大きくなっている。

友達というものは、考えていたよりずっと大きな力を持っているようだ。先生の説教や文学作品より、写真に写った友達の笑顔の方が僕にやる気を起こさせてくれる。友達は最高の宝である。僕は毎日希望の源に見守られて学習している。

                             成吉 明彦


1994年8月6日掲載  祖母の流行観分かる部分も

祖母と一緒に電車に乗っているときのことだった。前に最近流行のファションをした僕と同じ位の少年が立っていた。祖母は家に帰るなり、僕にああいう格好は決してしてはいけないよと言った。僕があれは今流行っているのだと言っても無駄だった。

それから幾日かして、僕は友達と遊ぶためかつての少年のような格好をしていた。祖母はそれを見るなり僕を叱りつけた。僕は仕方なく、祖母が納得する格好で遊びに行き、恥ずかしい思いをした。

考えてみると、祖母は大正生まれの戦争体験者。アメリカは敵だと教育され、今のアメリカンスタイルの服装を極端に嫌うのだろうが、近頃の若者は自分が見てもだらしない格好と想うときがあるから、祖母の気持ちも分かる気がする。でも、そんな祖母が中学1年になる妹と英語のラジオを聞いている姿を見ると、心が和んでくるのだ。

                              島 和英


1994年8月6日掲載  環境守るため各自が注意を

An Environment for All

The other day I found a terrapin in a river. My town in the countryside, so I was surprised to come across a terrapin in a river where construction work is being done.

Recently an amazing number of development projects are being carried out even in small cities, towns, and villages. Even in my town we are faced with problems such as river construction work and the building of a golf course.

Without doubt these projects are a great help to the public in preventing disasters and improving the employment situation. However, when they are related to the destruction of the environment ,it’s a different matter.

Recently we often hear about the destruction of the environment on a global scale.

This is a problem that we have all played a part in, in such things as throwing away rubbish, and driving in our cars which emit carbon dioxides.

Humans have no justifiable right to destroy the environment. Yet, having gone this far, we are now left with the problem of what we can do from now on to prevent further damage.

Various counter measures are in operation, such as the reduction in the use of CFCs, paper recycling and the collection of cans. I feel that an important way in which to protect our natural surroundings is for each one of us to take care of the environment in our daily lives. Writteen by H.N.


1994年8月9日掲載    中身より人の優しさに感激

おみやげ。私の幼い頃は、おもちゃであれば何でも喜び、買い忘れられても近くの百貨店で買ってもらえば大喜びしたものだが、成長するにつれ、そうはいかなくなった。

おみやげは、その地方特有のものでなければならず、買い忘れたから近くの店で買ってきた物では満足しないのだ。でも・・・最近は交通機関の発達もあって地方特産品がどこででも売られており、遠くまで出向いてのお土産も有り難味が薄くなった。おみやげ物から「地方」が肌で感じられなくなり、思い出や愛着も感じられなくなっている。

しかし、先日、祖母が旅先からお土産を買ってきた。どこにでもある菓子だったが、私のためにわざわざ買ってきてくれた、その気持ちがうれしかった。お土産とは、人の思いやりや優しさを感じさせてくれる、そんなものかもしれない。

                             島 和英


1994年8月11日掲載  イカに学ぶ生命の尊厳

          Life’s Greatness from a Squid

The other day I went swimming in the sea for the first time in ages with six friends. As it was a Sunday there were lots of people there and so we couldn’t swim so well, but we were able to reconfirm the greatness of life.

It was just one squid. We had never seen a real live squid before, so half in fun we cornered it on the seashore ,and succeeded in killing it. The squid made a vain attempt to resist by squirting its ink, but we were absorbed in our game. Then….we heard the cries of children around us repeating “Poor thing !.” I suddenly came to. Although the squid was desperately fighting for its life, we continued our meaningless fun,and finally killed it.

It was just one squid. The gentle hearts of those children .From this we high school students felt as if we had discovered the meaning of life, and had been touched by its greatness.

Written by H.N.




1994年8月20日掲載  早起きの得、三文以上

The Early Bird Catches more than the Worm !

The intense heat every day of the summer holidays created many problems, but always made sure to get up early. If I were lazy during this time, it would make things hard for me in the dormitory in the second school term.

To tell the truth,during my time as a middle school student I usually got up around eight o’clock,and so I am not very good at getting up early now. But as they say, the early bird catches the worm. The freshness of those early mornings is something unique. On those days I feel that all is well. On the other hand, when I sleep in, my body is tired and I don’t feel like doing sports or anything.

It’s not easy to get through this hot summer, but if you get up early every day, it makes it a bit more pleasant. In addition, in order to get my body strength back, I’d like to add jogging to my daily routine, as well as getting up early.

Written by H.N.



1994年8月23日掲載  床の間に位牌移す盆の供養

毎年、盆にはご先祖の位牌(いはい)を仏壇から座敷の床の間に移す。寄せ位牌、個人位牌と数種あり、全部で30くらいの位牌を13日朝に移し、また、16日朝には元の仏壇に戻す。そして、精霊迎えと精霊送り。父が元気だった10年前までは、川から籠を取ってくるのが父の仕事だった。今は、コモの代わりに白い布を敷いている。明治の初め以来、人口は4倍に膨れ上がっている。ということは、明治の初めの1軒は4軒に増えている計算になるが、我が家は平均並みで、つまり5軒に膨れ上がった本家である。300年、同じ地にいるので、位牌の数も多い。当然、童子や童女、叔父、叔母も祭ってある。分家では、仏壇から床の間への位牌の移動はないと思う。年に1回の移動の際は、位牌を空雑巾で磨く。そして、あの時代のご先祖様は景気が良かったんだなあとか、このご先祖様は追善供養・・


以下省略

                             出光 良治


1994年9月16日掲載  電化製品普及本当に便利

最近の電化製品は本当に世の中を便利にしているのだろうか? 私は留守番電話が嫌いである。声が一方的に流れ、急いでいるときなど腹が立ってくる。また、先日、祖母が電話を何度も何度もかけなおし、しまいには、この電話は故障しとると怒っていたが、相手は留守番電話であった。

我が家にも留守番電話が導入されダイヤル式からプッシュ式に変わったが、祖母はやはり困惑していた。考えてみると、我々には便利な世の中であるかもしれないが、高齢者にとってはどうだろうか?

リモコンを例にとってみても、家にはテレビ、エアコン、扇風機、ビデオと多様にあり、言うまでもなく、祖母は、テレビひとつつけるのにも、悪戦苦闘を強いられている。こんな世は、祖母の時代からは、夢想だにできなかっただろう。便利であるように見える世の中は、本当は人みんなに便利なのだろうか? 高齢化社会を迎え、高齢者への配慮がなおざりにされてはいけない。

                              島 和英


1994年9月19日掲載  埋もれている伝統的な古家

「合掌造り集落」が世界遺産に推薦されるというニュースを見ながら、我が家の木造家屋も何とかならないものかとあせった。

宗像市の資料によると、我が家(元、醤油醸造業)は、築360年。もっとも、弘化5年の系図で調べると、250年の建築物であることは、明白。文久元年の在銘指図(家屋敷の図面)も残っている。

20年前に表から裏に通り抜けられる土間を近代風に廊下にする際に、町役場に文化財の申請の相談をしたが、何の音沙汰もなかった。昔とすっかり変わってしまったが、何とか家屋を残したいと思い、今夏、再び、市役所に文化財の相談に行った。自分では、いろんな古い家並みと比較しても遜色のない、突出した古さの家だと常々思っているのだが、未だに調査にもみえない。

古い家々が古い巻物や図面を持っているわけだが、ただ持っていても宝の持ち腐れに終わる。そんな家が日本には数多く埋もれていると思う。

                            出光 良治


1994年9月29日掲載    今、夏の花が

「秋の夕焼け、鎌研いで待っとけ」と昔から言われているが、毎日、金立山の美しい夕映えを堪能している。

9月中旬の雨で夏の植物が、生き返っている。ヒマワリ、ムクゲの花が、彼岸花と時を同じくして咲いている。夏の日照りがもたらした珍現象の一つである。

                            出光 良治


1994年10月8日掲載  熱気の体育祭、後には無常感

体育祭の時期、児童、生徒から年配の大人まで、校庭や公園などで、一日中自分の本業である勉強や仕事を忘れて、力いっぱい走ったり、応援したりしていた。見る方も見られる方も一生懸命だった。

僕が中学生だった頃、先生は、体育祭は演技だ、最初と最後が重要だ、と言っていた。学校によっては、準備に2ヶ月以上もの時間を費やしているところもあった。そんな多くの時間の結晶は、ほんのわずかな瞬間の表現にすぎない。だが、その一つ一つが重なり合い、応援団もすごい声援と迫力で、観客席を盛り上げる。この点で、体育祭を完成させることは、一つのドラマを作り上げるのとよく似ていると思う。

しかし、どの学校を見ても、体育祭後のグラウンドはとてもしらけている。そこには、あの熱気も活気も残っていない。ただ寂しい冬の情景が浮かんでくるだけだ。こんな無常感を抱くのは私だけなのだろうか?

                             村上 隆太



1994年10月14日掲載 人類の未来の記事読みたい

今、さまざまな話題が世間をにぎわせている。宇宙に関する記事もその一つだ。秋山さん、毛利さん、向井さんらの日本人が、宇宙を旅した。そのうち、誰もが宇宙を旅することが可能になるだろう。

私が通う学校で講演された、宇宙開発事業団種子島宇宙センターの菊山紀彦所長の話によると、「21世紀後半には、他の惑星に住む人も出てくる」ということだった。この他にも様々な話をされた。今、宇宙開発がそんなに進んでいるとは、全くといっていいほど考えていなかった。自分がどれだけ宇宙に関して無知だったか、ということを思い知らされた。新聞は、そういった人類の未来に関わるようなことを、もっと載せていくべきだと思う。

日本の国内問題も確かに重要だ。だが、世界や人類に関係することをほったらかし、視野の狭い国内の問題だけを一面に掲載するというのはかんがえものだ。朝日新聞ならなおさらだ。国民の視野を広める手助けをするのが、新聞だ。

                             村上 隆太


1994年11月3日掲載  古藤先生の「古賀穀堂…」

いろんな自費出版本がある中で、古藤先生の「古賀穀堂と佐賀藩政改革」には、その内容の充実に脱帽した。佐賀大学大学院の修士論文であるが、一般人にも分かりやすい。佐賀の歴史が一目瞭然だ。古賀穀堂を、鍋島直正公を育てた、佐賀リストラの先駆者と位置付けてある。印象に残った要点を記す。穀堂は、「葉隠れ」無用論を説いたのではなく、佐賀藩士の意識改革として、「葉隠れ」だけでは時勢に対応できないとして学問を勧めた。佐賀藩直轄地の約1割の耕地が地主から取り上げられ、小作人に分配されるという「均田制」は、全国諸藩の中でも例を見ない土地改革だった。おかげで農民救済が行われ、藩内では1件の百姓一揆も…以下省略

                             出光 良治



1994年11月5日  空気の美しさ、「田舎」は偏見

今春、私は、北九州市の親元を離れ、佐賀市にある全寮制の高校に入学した。ひとつとても驚いたことがある。それは、空気の美しさとでもいうべきものだ。

北九州市にいた頃は、半年に一度は鼻水とくしゃみが一日中、出っ放しの時期があった。それが今では、くしゃみを1日1回するのさえ稀になった。

この地で寮生活を始めるにあたっての不安は、まさに環境の変化による健康面への影響だけだった。それは、空気のきれいな地に学校があるということで克服できたといっても過言ではない。晴れた日などは、雲仙も佐賀平野の奥に見えるぐらいに空気は澄んでいる。最初、佐賀の高校に進むのが決まったとき、友人たちは、「そんな田舎に」と笑った。その時は、実際の佐賀を知らなかったから反論できなかった。でも今は違う。「佐賀は田舎」というのは、偏見だ。ここに住んでいると…以下省略

                            村上 隆太



1994年11月19日掲載  投稿で得た仲間と知識

この「こだま欄」には幾度か掲載させていただき、本当にうれしく思っている。幼いときからずっと作文が苦手で、なんとかしようと高校に入って始めた新聞投稿。勉強の合間に気分転換として書いていたのが、つい熱中してしまい、勉強がおろそかになったりもした。しかし自分の作品が掲載されたときの喜びは形容しがたく、勉強を忘れて熱中してしまうのだ。

今では、自分の意見を広くみんなに知ってもらう、その手段だという意識がでてきた。また、これで一段と視野が広がり、自分を省み、物事を主観的に受けとめて考えられるようになった。

このように、投稿で苦手が克服でき、掲載によって得た図書券で本を買い、さらに知識を深めることができる。また、投稿仲間もでき、彼らと切磋琢磨していこうと思う。同じ世代の若者よ、テレビゲームもいいが、投稿もいいぞ。

                              島 和英


1994年11月23日掲載 素晴らしい彫刻の森

週末に宗像市に戻る単身赴任の私だが、今回は風邪療養のために残って城内公園を散策した。県立美術館・博物館の周りの古賀忠雄氏の彫刻を見て回った。こんな立派な常設の屋外彫刻展があるだろうか? すっかり感心した。

福岡県には有料の屋外彫刻ランドが宗像郡津屋崎町恋の裏にある。これは一種のテーマパークである。入場料が高い。どちらが古いだろう。

…途中、省略…

是非、私の3人の子供に見せたい。本物の迫力はすごい。

そして、この辺りに昔、師範学校があったこと、城があったことなどを子ども達に語りたい。江藤新平や島義勇ら13烈士が供養されていることも伝えたい。勤労感謝の日にはバルーンを見に、妻子4人が来るという。順次、佐賀の案内をと胸をときめかせている。

                             出光 良治


1994年12月号掲載   300人一斉に聴いています

              Together Listening

Dear Mr. Osugi, I’ve been listening to NHK’s English Radio programme ever since I became a high school student. In our school we all live in a dormitory. About three hundred of us, including the third year of junior high school, listen together to the broadcast which our teacher has recorded on tape beforehand. The way in which we study English in my school is different from other schools. Every day, after having memorized the English conversation of the radio and a page of idioms, we goto school and are given a test of ten questions about it. If we achieve less than 75% , we have to make up the shortfall in the additional test.

Around April or May, it used to take me about an hour to remember the day’s conversation, but since having got used to English from listening to the broadcast, I am now able to learn it all during the broadcast. The one thing that does make me sad is that I cannot hear “Music on Parade”, the Saturday broadcast.

At this time we all have to study, so I can’t listen to it. “Music on Parade” is often featured in “Voices Corner” too, and seems to be somewhat interesting. I think I will record it myself next time, and listen to it that way.

Finally, looking at the country as a whole, I think that the reason why English grades in our school are so good is due to the fact that all the students here have to listen to the Radio English conversation. Many thanks. So, everyone, take care and do your best !

P.S.Mr. Osugi, your cheap jokes are rich! Whenever you crack a joke, the study room is filled with pleasure, causing much concern for the dormitory teachers too ! Please keep the cheap jokes coming !

Written by H.N.


【Mr. Osugi’s Comment 】

I am happy to hear that all the students at your school listen to the programme. What a wonderful school ! (I bow towards Saga.)

To the dormitory teachers, I have one thing to say: my jokes will return ! I am sorry for the trouble these will cause.

Written by Mr. Osugi




1994年12月1日掲載     バルーン

勤労感謝の日、宗像市に住む妻子と母がバルーン見物に来た。早朝の競技には間に合わなかったので、午後の競技開始までの間、城内公園に案内、博物館と古賀忠雄氏の彫刻群を見て回った。南堀の茶室前の彫刻を見て子どもが、大きな声で「チンチン出してる」と言った。

バルーンフェスタ会場では、いろいろな催しがあっていて、長男は「これが見たかったんよ」と、お祭好きな彼らしい言葉。2時過ぎから堤防の坂に陣取り、バルーンが上がるのを待ったが、バルーンは北西約4キロ先から河川敷に飛んでくるのであった。私達を含めて、それを知らない人達が何万人もいたというのは問題だろう。

帰り際、バルーンの大群を見て「来たかいがあった」と家族が喜んでくれたのがうれしかった。

                             出光 良治



1994年12月1日掲載   私達が今できること

エイズの講和をみんな興味しんしんで聞いていた。実際、本物のエイズ患者をスライドで見たが、息が詰まって言葉が出なかった。それに対して、なすすべもないということに恐怖を覚えた。そして、その“恐ろしいエイズ”が、自分のすぐ近くに迫っていることが分かり、びっくりした。以下省略

                             木本 智士


1994年12月1日掲載   差別偏見はなくさねば

今、最も恐ろしい病気といえば癌とエイズだと思う。僕は癌については「病院で死ぬということ」(山崎章郎・著)などを読んで、悲しみに打ち勝とうとする人々の姿に胸打たれた。が、エイズについてはあまり知識もなく、ただ…

以下省略

                            古沢 誠司


1994年12月1日掲載  喫煙はしない、自殺もしない

エイズ講演を聴いて、これまでの自分の無関心を反省した。一番印象的だったのは、「感染したことが分かっても決して自殺してはいけない」と言われたこと。自分が感染したら…と考えると、やはり、絶望感と恐怖からノイローゼになってしまいそうな気がする。

赤黒いカポジ肉腫(=エイズの一症状)の患者さんの写真を見たときは、ただ、「怖い」としか思えなかったが、後でよく考えると、これは私のすぐ近くにまできている病気であり、恐れていては始まらないと思うとともに、その写真を提供してくれた患者さんの勇気と、人のためになるという心に感心し、胸を打たれた。私は思い病気に苦しんでいる人をあまり見たことがないので、なおさらだった。講師の先生が、「頭の良い人は、世の中を良くする為に生まれてきた」と言われたのにはドキッとした。私が今まで世の中の役に立てたことといえば、数えるほども…以下、省略

                             小林 隆剛



1994年12月3日掲載  科学の進歩は人間の幸福か

先日、情報通信に関する資料映像を見たが、驚きと同時に、ひどくあきれた。現在、日本をはじめ、世界はマルチメディア時代へと移り変わろうとしている。その中心となるのが情報通信であるが、その最新技術には、ただ、驚かされるばかりだ。例えばテレビ電話や携帯電話のほかに、コンピューター1台あれば、なに不自由なく生活することが可能だ。もし実現されれば、夢のような生活ができるにちがいないだろう。しかし、コンピューターに管理された生活が、果たして幸せだろうか? 資料映像に、テレビを通して買い物をするシーンがあった。自宅にいながら製品を見て、注文できるシステムだ。一見便利そうだが、見ていて何か空しくなった。自分で買いたいものを手に取り、確認もせずに買い物を済ませるといった姿は、人間の本来の姿ではないと強く感じたのだ。

我々は、目まぐるしい科学の進歩によって、機械に任せきりの生活になりつつある。今、もう一度、「人間らしい生き方」というものを考えなおしてみる必要があるのではないだろうか。

                            原口 健次


1994年12月18日掲載  学校文化祭に献血車を待つ

人間は、競争と協力のこの二つで先史以来、発展し生存している。競争と協力は、人間が人間でありつづける限り、永遠に併存していくものであると信じる。「助け合い」は当然、協力を意味する。

私にできる社会的協力、助け合いは献血である。前任校では10年間ずっと献血、今度は新しい学校でいつもの11月頃には献血するつもりでいた。ところが、新任校では献血車に来てもらえないということだった。時間はかかっても、献血車に学校にきてもらうのが、私の助け合い参加だと思っている。

エイズが献血製剤によって多数引き起こされたことを考えるとき、私達の献血の血液が役に立つと信じる。文化祭の時に学校に来てもらって、父母と生徒の希望者が献血できるようにと願っている。

                            出光 良治


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