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古代日本の超技術 改訂新版 (ブルーバックス) [ 志村 史夫 ]NHK「100分de名著」ブックス 維摩経 空 と慈悲 の物語 [ 釈 徹宗 ]上記2冊、読み進める。【中古】 マンチュリアン・リポート / 浅田 次郎 / 講談社 [単行本]【メール便送料無料】【あす楽対応】こちらが優先。珍妃の井戸などの、スピンアウト、ということが途中から分かって来る。書下ろし。最近は、夜眠いので、あまり読書が進まないや・・。かさんと、デュオして、ライブしたりしてるが、思わぬところから、「歌声広場」のソングリーダーにどうか、とのお話を頂く。さあてと・・。
2024年06月14日
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蓋し名言。感じ入る。早口でダンガンのように言葉が出てくる。しかしその弾丸はいささか、小さい。かなりのお年の男性である。しばらくぶりに、、聴き入る。死んでも不幸を離しませんでした。と何度も言われる。二ヤリ。(とする)不幸と不安。不安にシフトできないんですね。。と。だから、不幸のままなんです。と。死んでもラッパを離しませんでした。の言葉が浮かんだ。今日は、電動バリカン、ってえのを見に行くのだ!と、クルマで出かけた折りだ。いつもの、、ねねちけー第2放送。日曜の10時から。カルチャーラジオ 日曜カルチャー人間を考える 人生の悩み・幸せの秘訣加藤諦三さんのお話だ。(この会かぎりみたい。次回は違う方のお話)彼のお名前は知っていた。ずらりと著書が並んでいるイメージ。タイトル、、を見るだけだった。タイトルだけで分かった気になっていた。初めて肉声を聞いた。すごいんだな・・。結局、駐車場で最後まで聴き入った。血の通ったいいお話だった。今度、図書館で何か彼の本を探してみよう。電動バリカンは買わないけど、オリブオイルは買う、つもりで出かけて。いつものを業務スーパーで。値段見て、ビックリする。1580円(税抜き)になってる。ほぼ倍になってる!910g(1リットル)。500mlも見たけど更に割高だ。買わずに、グラスフェッドのバターだけ買った。ハイ次行って、、と違うお店に。2000円肥えてる、じゃなくて、超えてる。これじゃあとてもとても。。帰宅して、ネット。ありゃ、更にお高い。結局、後刻、業務スーパーにまた行った。シュン・・。税込だと1700円を超えた。頻度は少ないので、次回購入の際には少しでもお安くなっていて欲しい。
2024年06月10日
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以下、えねちけーアーカイブスからコピー。→比叡山延暦寺では、創建以来1200年、厳しい修行が行われています。7年に渡って山中を歩き続ける千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)です。歩く距離は1日30キロ、7年間でのべ4万キロ。一木一草、生きるものすべてに仏を見出しながら祈り続けます。回峰行の中で最も過酷なのが、700日の修行を終えた5年目に臨む「堂入り」。食事と水を絶ち、一睡もせず、9日間ひたすら真言を唱え続けます。堂入りを終えた僧侶は「生き仏」と呼ばれ、人々を導く阿闍梨(あじゃり)の名を授けられます。これまで記録に残る回峰行者は50人。歴代の阿闍梨たちは、千日回峰行を終えた後、京都御所を訪れ国家と人々の安寧を祈ってきました。(この動画は、2017年に放送したものです。)← 以上。3回、この文章を読んで、あたしが思ったのは、、比叡山延暦寺と言えば、僧兵、で有名だったよね。まるで、歩兵訓練の洗練された形、と言えなくもない。併せて、、「坊主に逆らえば地獄に落ちる」と言い続けての最近のセクシャルハラスメントの事件。落差が大きすぎて、理解に苦しむ。昨日はまた、歩道橋の下から女性のスカートの下をスマホで撮影するという大学教授。小学校の健康診断で、女児の下半身を覗き見、、じゃないなあ、医者なんだから、本人曰く、診断である。と。。などの、ニュース。まとめようと思っても、まとまらないや。
2024年06月08日
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流人道中記(上) (単行本) [ 浅田 次郎 ]流人道中記(下) (単行本) [ 浅田 次郎 ]読了。主人公の青山玄蕃、旗本のお武家様。青山氏と言えば、、丹波篠山である。江戸(東京)にも、地名の青山があるが、こちらが元。徳川260年だか270年だかの、武家社会だけど、戦争のなかった時代を総括し、その栄光と影、を描写して余りある。関連書、と言うと何やら学問のようだが、引き続き、浅田次郎さんのを読んでみます。次いで、、NHK「100分de名著」ブックス 維摩経 空 と慈悲 の物語 [ 釈 徹宗 ]これにとりかかっております。中学生の時に、小乗仏教、大乗仏教、を習って、その伝播ルートも暗記して、試験に臨んだのを覚えているが、小乗、、の単語がこのご本の地図に無いので、探したりしているが、、ったく、あたしは、単語的に知っているだけの世俗にまみれた普通人なので、新鮮。
2024年06月07日
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先生、シロアリが空に向かってトンネルを作っています! 鳥取環境大学の森の人間動物行動学 [ 小林朋道 ]小林先生の研究日誌?のように、定期的に読ませて頂いている。文集中にいささか、括弧が多いけれどこれとて、あたしの日記にもよくある事でかえって親しみが増す。小山さんノート [ 小山さんノートワークショップ ]この間お会いした、市会議員の方(女性)またお会いし、この本の事が話題になった。むににに・・と、気持ちがウレシイ。(のは余談)小山さんのノートの中には、入浴が2年振り!とか、出てくる。毎日、入浴剤入りのお風呂に浸かるのが習慣のあたしとしては、、週に何度も、プールに通うあたしとしては、言葉なく。。。。NHK「100分de名著」ブックス 維摩経 空 と慈悲 の物語 [ 釈 徹宗 ]未読。これから。古代日本の超技術 改訂新版 (ブルーバックス) [ 志村 史夫 ]前書きと、目次のみ。読了。次の本。流人道中記(上) (中公文庫 あ59-9) [ 浅田次郎 ]昨夜から読む。お話おはなし、、を欲しがる幼児のように、つい手が出る。最初の行からめくるめく、、ドラマがはじまるのだもの。。月のしずく (文春文庫) [ 浅田 次郎 ]どうも、著者には、筆が進むのとそうでない分野があるような感じだ。勘なのだが、流人・・・の方を後で読もうとしたのは、当たっている。今回は、のめり込みを避けて、流人・・は上、だけ借りている。後にして正解。あ、これは読了です。
2024年06月01日
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小山さんノート [ 小山さんノートワークショップ ]アリが、掃除の行き届かない納屋の床に出るようになった。たとえ1個のカリカリフードが床にあっても、たかる。食べこぼしが散ったら、即座にたかる。キレイになってから、(つまりアリがそれらを運び出してしまって)納屋にあたしが行ってるかもしれないし、一度は、すっかり床掃除をした方が良いかもしれない。この、本の主人公は、50代で亡くなった女性ホームレスだ。手書きの日記が残されており、それは、A4ノート、80冊にギッシリ。力強い、乱暴ではないがエネルギッシュなやや大きめのある意味、達筆で、書かれている。本の中にそのノートの写真があるけど、見て、不愉快ではない。第一印象は、「ほう!」という感じだ。小説原稿を手書き、の作家さんは今はまだちょいちょいおられるだろう。勢いは、それに負けない。しかし、読む人の事を考えて書いておられないとすぐにわかる。彼女は、そういう事(本になる)はおそらく、、予想されてない。読み進むのが辛いので、でも風通しは良いけれど、、金銭の事に関しては、鋭いのが過ぎるので、辛いし、でも、空はいつも明るいし、、などと、まとめてみている。あたし。アリが、キャットフート1個にたかるように、心ある女性たちが(ひょっとして男性もおられるかもだが)うわっとたかって、本にする、、ということ無しには、これは、、本当に大きなヤマだ。一人では、負ける。こちらに、もうその強さ、、ヒトとしての強さが、無いのかもしれぬ。【中古】 赤猫異聞 新潮文庫/浅田次郎(著者)【中古】ハッピ-・リタイアメント /幻冬舎/浅田次郎(文庫)以上2冊は、楽しく読了。
2024年05月28日
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久しぶりの図書館である。前のめりになった。もう一度出かけて、見直し!【中古】 人を動かす「色」の科学 1杯のコーヒーから始まる身近で不思議な世界 サイエンス・アイ新書/松本英恵(著者)自分が、かつて、講演などで話していた事だった。もう一歩踏み込んだ、心理学的な考察があると思ったのだが・・。くるぶし [ 町田康 ]小説のつもりが、歌集だった。ページ開いて、右に3首、左に3首、、。さみしい。好きな言葉の展開なので、カッコイイとは思うが、、。【中古】死なないための智恵 /イ-スト・プレス/上野正彦(単行本)ホラー基調なので、。少なくとも、今の自分には、合わない。老いたら好きに生きる 健康で幸せなトシヨリになるために続けること、始めること、やめること [ 和田 秀樹 ]いつも、和田先生の言っておられることに大いに励まされている。熱心な、はぐれ読者故、デジャヴュ。こんな世の中に誰がした? ごめんなさいと言わなくてもすむ社会を手渡すために [ 上野千鶴子 ]上野先生のは、かろうじて、、復習的に、もう少し置いておくことにする。何か参考になることがあるかもしれない・・。気持ちも落ち着くし。さ、仕切り直しで、今日も!図書館に行ってみよう。鷲田先生が、いつか本の中で言われていた、、読書に関する文章で、何も義理かい厄介で読みたくない本を読むことはありません。次行こう!でいいのです。と言ってらした。そうしよう。漫画家が見た 百年前の西洋 近藤浩一路『異国膝栗毛』の洋行 (筑摩選書 273) [ 和田 博文 ]まだ、読了にならず。素晴らしい。西洋膝栗毛の体裁をベースに、イラストの解説集のように、お話は100年前に渡欧した、画家や彫刻家(全員男性)の旅の様子を書き記したもの。パリ、だけではなく他の都市も。名だたる美術館にもこの、本の主人公となる近藤浩一路(こういちろう)氏は行ってるのだけれど、一切の感想は書かれていない。とのことで、非常に好感している。彼の旅日記として、一日の出来事にタイトルをつけて、それを、漫画?(一コマ)にしているのだが、これが楽しいし、上品だし、いい感じなのだ。その、イラストにも、著者は丁寧なコメントをつけておられる。だから、、ゆっくりしか、読み進めないのだ。それでいいのだけど。。あたしも、パリでは、彼らのうろついた辺りの近くに友人のアパルトマンを一か月借りて、暮らした思い出があるので、ピガールら辺の空気とか、思い出すので、胸キュンだ。100年前、藤田嗣二の時代。佐伯祐三は、オギスは?京都派かもだね、。。いつ頃だったのだろう。こんな本の中で、あたしは、一人、昔話に熱中している。
2024年05月19日
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人間は老いを克服できない (角川新書) [ 池田 清彦 ]本の最後のところで、盆栽の話が出る。あたしは、盆栽、いいと思ってる。盆栽ミュージアム、ってのを宝塚時代に市長に提案したことがあって、。実際にこのミュージアム、関東の方であるようだ。今。北朝鮮・拉致問題の深層 当事者たちの証言で追う [ 鈴木拓也 ]当時13歳のめぐみさんが拉致されて以来から、金正男氏のアサシンケースまでを網羅。・・。【中古】帰郷 / 浅田次郎返すはずが、長期休館で結局、返さないでいる。何が何だか [ 中野 翠 ]ナンシー関、という消しゴム版画でも有名だった方のコラムと同じ名前であったか!と想起した。時事とふだんのくらしをない交ぜにした文章なので、しかも書いている方が団塊の世代で女性。サクサク。腐ったテレビに誰がした? 「中の人」による検証と考察 [ 鎮目博道 ]結局読了。世の中が音を立てて変わっている。お金の音もしている。75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本 [ 朴啓彰 ]昨日、無事に新しい免許証が手元に。更新手続きの高齢者なんとか、、で予約騒ぎから、七転八倒の更新手続きだった。オツカレ自分。スッピンの写真が気になっていたけど、見てみると、案外元気そうだ。控えめに言うが、、前より若くなっている。うふ。漫画家が見た 百年前の西洋 近藤浩一路『異国膝栗毛』の洋行 (筑摩選書 273) [ 和田 博文 ]この方のイラストないしは漫画、いい感じだし、あたしの洋行はちょうどこの本から50年後、なので、楽しく面白く、そして、しみじみと読み進んでいる。しっかしなんですなあ、、物価が、踊るぜ。1400円がとこ、今は2000円、必要である。なんと、!!(自分のスーパーでの予算は、1回ごとに大体1400円で事足りたが、今月に入ってからは、2000円は、必要のようになってきている、、怖い)しっかしなんですなあ、その2ご夫婦での買い物が増えたが、お爺さんがお婆さんを従えて歩く、スタイル、、健在。まるで、お手伝いさん(昔のいい方では女中さん)。少し年代が下がると、、男性お一人が増えたなあ。彼らは、所在無げにうろつく場合が多い。それと、、通路にたたずみ、顔だけはキョロキョロさせて、カゴの中と言えば、お酒とおつまみ、、これ確保ね。みたいな感じで。しっかり勉強せえよ、と、無言で呟く。妻(行為主体者)の指示待ちで付いてきました。とまったく無関心な方。も。しっかり、2人で協力して暮らし防衛に立ち向かうぞ!みたいな行動の速いご夫婦も、おられる。これは稀。更に年代が下がると、、別行動。(と思う)そして更に、、下がると、、小さなお子さんがてんこ盛りのカート、このカートを押しているのは決まって、女性である。男はない。男性の主体的家事能力の展開をマジカに見ることが出来るのは、、何時のことだらう?
2024年05月15日
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コピペオッケー、との事なので。以下、引用。「女性の政治進出について」 女性の政治参加が増加することでどのような社会の変化が期待できるのかについて意見を求められた。 少なからぬ女性議員がいわゆる「保守」界隈にはいるけれども、彼女たちが男性議員と異なる政治的役割を果たしていると思っている人はいないだろう。あえて名を挙げるまでもなく、この人たちはしばしば男性議員以上に差別的であったり、強権的であったりすることで存在感を示している。こんな議員がさらに増えても、ろくなことは起きない。だから、この問いは「まともな女性政治家が増えることでどのような変化が期待できるか」でないと意味をなさない。 でも、それだと「まともな政治家が増えると何が変わるか」という問いと実質意味は同じだから、答えは「政治がまともになる」に決まっている。 実践的な問題があるとすれば、それは「まともな女性が政策決定に参加できる筋道をどうやってつけるか」である。 昨年の統一地方選の時に、私の知り合いの女性たちが何人か立候補して、当選を果たした。多くはそれまで市民運動をしてきた無名の市井の人たちである。今の政治に「もう我慢できない」と自ら立ったのである。彼女たちの当選はその素志が有権者に伝わったからだろう。 千葉県白井市、兵庫県宝塚市、東京都杉並区で議会が「女性過半数」となった。特に目立ったのは杉並区で、女性議員が改選前の15から25に増えた。これは明らかに岸本聡子区長の功績である。このような趨勢が他の自治体にも広がるなら、地方議会から政治は変わると思う。 国政の参入障壁が高いのは第一に供託金が高額なせいである(選挙区300万円、比例区600万円)。組織的な支援がないとこの供託金は無駄になる。それに対して政令指定都市以外の市議選と東京23区の区議選は30万円である。これなら無名の市民でも「まともなこと」を訴えれば議席を得ることができる。つまり、地方政治の方が国政よりも民主主義として機能するチャンスが高いということである。 国政がこれだけ劣化したのは、(異常な低投票率のおかげで)組織票を持つ公認候補なら人格識見と無関係に当選できるからである。レベルの低い政治家が増えれば増えるほど有権者の政治家に対する期待は萎み、投票意欲は減殺され、投票率は下がる。このメカニズムの最大の受益者が自民党の世襲議員たちであることは現状を見ればわかる。 しかし、地方議会なら有権者は人格識見を基準に議員を選ぶことができる。だから、まず地方議会から「民主化」を進めることが最も現実的だと私は考えている。地方で「善政」の実績を積んだ議員が国政に進出する道筋をつけることさえできたら、遠からず女性議員が国政でも過半を制すると思う。(『通販生活』3月16日)
2024年05月08日
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腐ったテレビに誰がした? 「中の人」による検証と考察 [ 鎮目博道 ]お金が回らなくなったんじゃないの?何が何だか [ 中野 翠 ]ホント、何が何だか・・。人の日記を読むなんて・・。75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本 [ 朴啓彰 ]一大マーケットと化す、高齢者運転!レクリエ 高齢者介護をサポートするレクリエーション情報誌 2024-3・4月【3000円以上送料無料】今年度から、自治会のお役を引き受けて、やはりここは、、いろいろこれでお勉強しなくちゃ!漫画家が見た 百年前の西洋 近藤浩一路『異国膝栗毛』の洋行 (筑摩選書 273) [ 和田 博文 ]時折挿入される、イラストのようなもの。。これが、近藤こういちろうさんのだとは、しばらく気がつかず、失礼しました!すごい才能である。
2024年05月08日
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図書館が春季休館となる昨日、いつもより多く借りることが出来ます、と係の方に言われて、言われたけど、そうそう読むばかりじゃなさそうな、あたしの予定だし。などと、館内滞在予定10分のところ、半時間ほど滞在した。うち、15分は、お顔なじみの方とおしゃべりする。今回の休館で、一年一度の蔵書総ざらえをされるらしい。たいへん。隣りの三田市では、かつて、すべての蔵書にマイクロチップを装着、とのこと。(あの、出口ゲートを作成し、ピ!をしないで出ると、アラームが鳴るやつ)そんな事を係の方と話した。注力してお勉強、の類の本は、今は要らない。他にすることがあるし。直近では、人間は老いを克服できない (角川新書) [ 池田 清彦 ]読了。で、池田先生は、この中身のような事をメルマガ発信されている。月に440円だ。年にすると5000円ほど要る。あたしは、本の方を選ぶことにした。許されよ。一つお年は下だが、やはり、同世代の感覚が心地よい。タイトルの件で、最後まで行くと思いきや、数字追いかけテストのようにあちゃこちゃする。悪いわけじゃないけど。生物学がご専門故か、理科系明晰な小文がずらあり。後半、地球温暖化に関しての論考。これがいくつか続いた。【中古】帰郷 / 浅田次郎復員兵と思しき写真が表紙にある分で、ハードカバー。結局いつも、沢山引いてもどれどれ、、となるのは、やはり文章かしら。この本に至る前のは、彼の明治維新の頃のだった。実は読了。復員兵のテーマで、短編が6篇。中でも、「不寝番」はすごかった。小説「すばる」2016年3月号が初出。浅田次郎氏は、自衛隊入隊後しばらく、その生活、という経験の持ち主である。年齢も近い。あたしの弟と同じ学年である。(弟は亡くなって久しい。)あたしは、10歳未満から、父とよく、大阪に出かけている。父は、復員兵である。その父と、就職以来会わなくなった、そして、彼が亡くなるまで言葉をほとんど交わしていない、という個人的事情があって、今になっても、(そう、半世紀たっても)折に触れて思い出すことが多い。(母方の叔父二人は、戦死している。あたしの生まれる前のことである。この事も、影響している。)遺跡の調査に入って、暗がりでブラシを持ち、懐中電灯の光で過去の遺物をコシコシ掘り出す感覚に似ているのだろう。息をフッと吹きかけて、砂埃を払うと、ああ、と思ってしまい、読まずにはいられなくなった。結局、日がな一日、読むことになった。今日は恵みの雨の日。田植えが済んで、農家の方々はホッとされている事だろう。
2024年05月07日
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黒書院の六兵衛 上 (文春文庫) [ 浅田 次郎 ]黒書院の六兵衛 下 (文春文庫) [ 浅田 次郎 ]ハードカバーにて、上下とも、読了。面白かったー!連休中に、と思ってたけど、読んじゃった。10年ほど前の新聞連載小説。さて、次は・・。人間は老いを克服できない (角川新書) [ 池田 清彦 ]北朝鮮・拉致問題の深層 当事者たちの証言で追う [ 鈴木拓也 ]
2024年05月06日
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記事の出ることには賛成だけど、記念日とかでないと出せないのか?拙速に過ぎると思うのはあたしだけかしらね・・。以下、朝日デジタル版からのコピーです。↓「女性のなよなよした声で憲法9条を教えられますか?」。そんな偏見としたたかに闘い、女性憲法学者の先駆けとして活躍した辻村みよ子さん。家族やジェンダー平等の問題にも長く取り組み、いまは医学部入試における女性差別対策弁護団に名を連ねる。辻村さん、そのエネルギーはどこから湧いてくるのですか?ぶつかった「どうして女性が?」の壁 ――一橋大の法学部に入学されたのは1968年。160人中女性は2人だけだったとか。 「『女性がどうして法学部に?』とよく聞かれました」 ――「どうして」だったのですか? 「生後6カ月で親類の養女となり、高校卒業までずっと広島市で育ちました。街のあちこちに原爆の爪あとが残り、家にはガラスの破片が突き刺さった桐(きり)たんすがあって、家族との日常会話にも8月6日のことが出てくる。大の広島カープファンだった父と政治談議に花を咲かせるうち、平和と憲法のために尽くしたい、研究者か弁護士、でなければジャーナリストになると心に決めていました」 「養女だと告げられたのは18歳の時。実父は東京都立大の物理学教授でしたから、東京の家で育っていたらきっと理系の道を歩んでいたでしょう。ある種の運命を感じます」 ――しかし女性憲法学者は当時ほとんどいない。なかなか過酷な「運命」だったのでは? 「何度も言われました。『女性は憲法に向かない』と」【関連記事】「スンッ」より「はて?」で世界を開け 「虎に翼」作者インタビュー ――はて。それはなぜ? 「女には憲法=天下国家を論じられないという偏見ですよ。『女性のなよなよした声で9条を教えられますか?』とも言われました。私は大学のボート部に女子部を創設し、全日本選手権にも出ていましたから、なよなよ? 冗談じゃないって」「だけど実際、就職口が見つからないのです。ある地方の国立大では、『憲法は女性じゃない方がいい』との反対意見が出て人事がつぶれた。後で、反対したのは憲法の専門家だったらしいと聞こえてきました。また、ある女子大の学長に対して、仲介役の教授が私のことを『優秀で、女子ボート部をつくってリーダーシップもあり、酒も飲みますし』と紹介したら、その女性学長は『女でお酒を飲む人は嫌いです』。それで終わり」 「大学院生同士で学生結婚して長女を出産しましたが、非常勤講師だと保育園に預けられない。論文を発表する場もなく、ゼミの同期で最後、32歳でやっと成城大のフランス法の専任講師となるまでは精神的に苦しかった。あの時の焦りや怒り、被差別感は今も忘れられません」仏留学で出会ったグージュの「女性の権利宣言」 ――でも、諦めなかった。 「『どの学会の受付にもいる』と評判になるくらい学会の事務局を多く引き受け、『やめないぞ』という意思を示しました。終了後の飲み会にも参加し、『奥さん/お母さんなのだから早くお帰りなさい』と促されても最後まで残り、帰宅したら娘が熱を出していたことも」 「フランスに73年に短期留学した際に出会った、劇作家オランプ・ドゥ・グージュの『女性の権利宣言』も支えになりました。『人と市民の自由・平等』をうたったフランス人権宣言を、グージュは『男性の権利宣言に過ぎない』と批判し、1791年に『女性の権利宣言』を著します。帰国後、この全訳・解説が『法律時報』に載った。院生の論文が採用されることは珍しく、自信になりました」 「憲法研究者としては主権や選挙権といった『王道』を進んで地歩を固めつつ、グージュの伝記を翻訳出版する構想を1995年に実現させた。そして彼女に手を引かれるように、憲法学が無視してきた、家族やジェンダーの問題に取り組みました」 ――無視、ですか。 「憲法=天下国家だから、私的な領域に憲法学が立ち入るべきではない、家族や性といった私的な問題は民法学に任せておけばいいというのが当時の学界の常識でした。しかし『個人的なことはすべて政治的なこと』です。夫婦別姓にしろ、同性婚にしろ、私的領域にも憲法の原理が反映され、この社会が誰にとっても生きやすくなるよう、憲法学者として力を尽くしたいと考えるようになりました」 ――私的領域の軽視は、憲法研究者に女性が少ないことと関係があるでしょうか。 「あると思います。2000年代前半に調べたのですが、学問分野にも性別役割分業があり、家族法や社会保障法では女性研究者が30%程度と高い。一方、刑法13%、憲法9%、安全保障は3%にも満たなかった」 「ただ私は、自分が女性だからジェンダーや家族を研究しようとしたのではありません。広島出身だから9条擁護なのだろうとか、『原体験主義』で自分の仕事を矮小(わいしょう)化されたくないという気持ちは強くあります」 ――「原体験主義」はそんなにダメなことでしょうか。差別や抑圧という女性の原体験は「取るに足りぬ」と男社会の中で握りつぶされ、女性の口はふさがれてきたのでは? 「わかります。だけど私は、差別や抑圧への『怒り』や『怨念』をエネルギーにするような研究者は私の世代で終わりにしてほしいと願っているのです」 「それに、私より下の世代は『原体験』を持ちにくい。私たちは大学紛争、もっと上だと戦争体験。国家や権力を身体感覚でつかんでいる。それがない若い世代には、『原体験主義』は安易に映ると思います」転機となった憲法学教授就任 ――1999年に国立大法学部では初の女性憲法学教授として、東北大に移られました。 「大きな転機でした。学内の男女共同参画委員会副委員長を12年続け、学内保育園や病児保育所もつくって若い同僚に感謝されました。理論と実践、時代の流れがうまくかみ合い、法科大学院で『ジェンダーと法』を開講。ジェンダー法学会の立ち上げや内閣府の男女共同参画会議の仕事にも力を注ぎました」 「一方、男女共同参画を旗印に国から資金を得て研究することに反感を持つ人も多く、ジェンダー問題の『現実』にも直面します。男性中心の発想や旧弊との闘いに疲弊し何度も体調を崩しましたが、一定の成果があったと考えて、定年を機に2013年に明治大へ移りました」 ――NHK朝の連続テレビ小説「虎に翼」の主人公のモデル、日本初の女性弁護士・三淵嘉子さんは明治大出身ですね。 「『虎に翼』は楽しみに見ています。不当に差別されていた100年前の女性の『はて?』に、視聴者が『わかるわかる』と共感を寄せている。新憲法のもと様々な変革が行われたのに、差別や偏見は引き継がれてしまった。高度経済成長を達成するため、『男は仕事、女は家庭』の性別役割分業を、国が推進したことの弊害はあまりに大きいと言わざるを得ません」 ――「虎に翼」の初回冒頭、憲法14条が朗読されました。日本国憲法14条すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。 「たしかに14条で差別禁止が明記されたことは重要です。ただ、AさんとBさんは法の下で平等ですと言っても、憲法学的には『Equality is empty(平等は空っぽ)』。権利の内容こそが重要になるので、私自身は個人の尊重と権利の保障を一貫して追い求めてきました」 「13条(個人の尊重・幸福追求権)・14条と24条(家族生活における個人の尊厳と両性の平等)は、この社会を変える確かな武器になる。夫婦別姓訴訟や同性婚訴訟も、これらの条文が支えています」権利のためにこれからも闘う ――最近は、被選挙権年齢の引き下げ訴訟に意見書を提出したり、医学部入試における女性差別対策弁護団に入ったり、直接的な活動が目立ちますね。 「『政治とカネ』が問題となるなか、世界の動向にならって被選挙権年齢を下げ、政治を若返らせて根底的に刷新することが不可欠です。また、入試での不当な性差別を最高裁ではっきり糾弾してもらわなければなりません」 「東日本大震災の時、『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』を保障する25条を使って、被災者を救うために何かできないかと考えました。こんな時に役に立たないのなら、憲法学はいったい何のためにあるのかと。しかし学界の大勢は、憲法は万能じゃない、と腕組みしてみせただけです。だったら、弁護団に入ったり、いい意見書を書いたり、実践に力を注ぐ方が早く人の役に立てるのではないか、と考えるようになりました。今後はもっと、弱い者のために憲法をどう使うかを議論していくべきです」 「『憲法にもっと光を。主権者にもっと怒りを。女性主権者にもっと力を!』。90年の憲法記念日に行った市民向けの講演をこう結びました。それから30年余、ずっとこの言葉を胸に闘ってきたけれど、まだ終わっていない。決して負けたくないですね。だから闘い続けます。思いを同じくする多くの皆さんと共に。権利のために」(聞き手 編集委員・高橋純子、同・豊秀一) ◇ つじむら・みよこ 1949年生まれ。東北大名誉教授。フランス革命期の研究をはじめ比較憲法にも詳しい。弁護士、ジェンダー法政策研究所共同代表。「著作集」を刊行中。
2024年05月04日
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【中古】 異国人たちの江戸時代/森田健司(著者)以下引用。跋(ばつ―あとがきの意味)より 極めて端的に表現するならば、本書は江戸時代に来日した異国人たちの見聞録に、江戸時代を語らせる試みだった。彼らは、時に悪意を込めて全く根拠のない虚偽を記録している。しかし、その背景を知れば、彼らがなぜそのような内容の記録を残したか、納得できる場合が多い。例えばそれは、対応した日本の役人に対する怒りから、ヨーロッパに誤った日本の情報を拡散するために書かれたものかもしれない。ただし記述そのものは虚偽であっても、それを記した人間は、偽りなき実在の人間である。彼らの記録だけで紡ぐ歴史は、穴だらけ、誤りだらけのそれとなるだろう。しかし、記録を行った人間ごと取り込めばそれは一つの真実となる。 私が異国人たちの見聞録に惹かれるのは、まさにこの点からである。実際にこの地を踏み、日本の海を移動した彼らの人生、人柄なども踏まえて読む見聞録は、整理された歴史書では到底描けない、生々しい歴史の姿を我々に見せてくれる。引用ここまでp482270年間の20人の異国人の人生、、、ああ。読んでしまい、次にかかっている。散歩哲学 よく歩き、よく考える (ハヤカワ新書) [ 島田 雅彦 ]昨夜は、カラアゲにした。娘と孫、滞在ちう。。
2024年04月29日
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【中古】 異国人たちの江戸時代/森田健司(著者)アーネスト・サトウ、について、サトウ、という名前について。サトウ、というのは、本名。スラブ系の希少名、とのこと。へー!
2024年04月28日
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【中古】 異国人たちの江戸時代/森田健司(著者)一連の物語はいよいよフィナーレに向かうところ(まで読み進んだ)。多くの外国の、(ほとんどがオランダとの関わり―鎖国政策)責任ある立場の、全ては男性による日記、ないしは記述によるが、270年の間の江戸時代を俯瞰するには、良質の眼鏡、と言えると思う。テレビでの暴れん坊将軍や、水戸黄門や、必殺仕事人、などのドラマによって、江戸時代の描写があるけれど、これらは、江戸後期のごく一時代を反映しているものだ、と著者は最初に語っておられる。そう言われても、、読者は、ああそうなのね。くらいにしか分らぬほどの門外漢。ましてや、日本史を選択しないで、高校でも地理、であったあたしは、未だに、この後期高齢者になっても新しい知見があるので、果てしない物語を屋根裏で読む少年と、変わりがないのだが。。日本史の通史は決まって、3学期の終わりごろに文明開化が来て、小学校6年の時に、担任の朝山先生が、「太平の眠りを覚ます蒸気船 たった四杯で 夜も眠れず」という和歌を教えて下さり、蒸気船ー上喜撰(お茶のブランド)四杯、は、4隻の軍艦と、4杯のお茶ー上等なのでよく覚醒するー、に、掛けているんだよ。と、教えて下さったことを思い出した。長じて、(どのくらい長じた?っちゅうねん!)年をとった分、知識も少しは積み重なり、日本近代史などは、祖父祖母の時代でもあるので、先祖に、加納諸平とか、の人名も加わり、好奇心からだけど、折に触れ関連本を読んだりする。この本の素晴らしいところは、外国人の日記をベースに、コメントを本文の形で必ず入れるという形式であるところだ。本人は、この時こう言ってるけど実際は、いつどこでこう言う事があってこんな風に事態は進んでいるのだからあり得ない。あるいは、彼はよく動いている、とか、、もっと言うと、日記の書き手の品格や、性格、当時持っていた名誉欲なども余すところなく描写しているという点である。だから、、ドラマをみているような気分になり、ペリー、ハリス、ラスプーチン、ヒュースケン、などの登場人物、(可能な限り肖像画とかを挟んである)生き生きとお話の中で活躍している。もちろん、日本人も都度、登場。どんな色の着物を着ていたかとかも。。顔立ちはどうだったか、とかも。激動の、1850年代である。その170年後に、読んでいる。
2024年04月27日
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異国人たちの江戸時代 [ 森田 健司 ]人がどう言ってるか、いつも気になります。誰しも。本作は、人、と言っても、鎖国時代の外国人のコメント集。コメント、と言ってしまえば簡単ですが、、これがあなた、、すごいことになっとります。本が分厚い!1600年くらいから、明治維新までの、270年間の間の、コメント集なんですから。時系列、人別、なので、国も様々、その外国も様々。語り部の出生からの解説もついて、人となりなど分かるようにしてあり、また、その人の感じを表す、タイトル付き。たとえば、、稀代の詐欺師、とか。とにかく目が離せず、とうとう、ぺルリ、まで来てしまっています。しっかし、家光がゲイだとは知らなんだ。。明朝体の教室 日本で150年の歴史を持つ明朝体はどのようにデザインされているのか[本/雑誌] / 鳥海修/著次はこれです。順番待っとります。
2024年04月26日
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ディアナに本を贈ろうと思っていた。ついでだから、何か観光絵葉書も、送ろうかなと思って、探したけど、英文のが見つからず、致し方ない、訳文を添えて、、とちょっとだけ書いたが、アナログ故、読みにくいがごめん。その本と言うのが、、香港で買った昔の本。「徐氏藝術館」と言う。アマゾンでまだしっかり値段も付いているものなので、恥ずかしくない。英文の解説付きだし、こちらは、、本の整理にもかからないとというフェイズなので、。。東洋の陶芸を趣味とされる外国の方にはちょうどいいかなと・・。郵便局に行って驚いた。手書き伝票は送れません。文字入力して作成してください!の黄色のチラシが置いてあった。小型包装物、SAL便、EMS、などやり取りの経験はそれなりにあるが、久しぶりの海外発送、ふたを開けてみれば、様変わりである。では、と、取り組んだが、これが、、難関で、、こんなことに手間取るとは、、というのが、正直なところ。言いたくないけど言うけど、もう少し、簡単に出来ないものか、。。。窓口に持参し、手続きをするが、係の方はこう言うのです。1回目で出来る方など、滅多におられません。あたしだけが、困ったのではないということである。滅多におられない、、などと言ってる場合か!ぷんぷん。ゆうちょ、でしょ?ゆうちょう、じゃないです。(この文章は英訳むつかしい)おまけに、、書籍、を送るので、バースデーカードを入れなかったんだ。。ディアナ、ごめん!Anyway,I did it yesterday!
2024年04月24日
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仲野教授の この座右の銘が効きまっせ! [ 仲野徹 ]旅のお供にカサが小さいので持参。読了。タイトルから想像できるように、終始関西弁オンリーの話し言葉。あたしには、ピッタリ。老後をやめる 自律神経を整えて生涯現役 (朝日新書940) [ 小林弘幸 ]著者はお医者様。一応、今のあたしの立ち位置の確認として、読了。人間の値打ち (集英社新書) [ 鎌田 實 ]すでに出版されている本で、どこかの団体が大文字にして再出版しているバージョンを借りた。DJヒロヒト [ 高橋 源一郎 ]読了。いやあ、面白かった。それで、、↓異国人たちの江戸時代 [ 森田 健司 ]これを引いてきた。265年間の江戸時代に、外国から来た種々雑多な国と職業の人達、、つまり外国人を江戸時代前・中・後期に分けて、その人の目で見た日本のレポート、という態勢を取って、編集されている。DJ・・を読んでいなければ、これは引かなかった。日本人一般の江戸時代に関してのイメージが、根本から覆される。大作で、労作。以前、、長崎の出島に居た、通詞(通訳)の本を数冊読んだことを思い出した。まずは、、三浦按針(日本名、有名な人、、どなたでしょう?)から・・・。どれどれ、。
2024年04月19日
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DJヒロヒト [ 高橋 源一郎 ]鋭意、読書ちう。天皇に関して、こんなにワクワクの本、今までになかったと思う。人種差別の習慣 人種化された身体の現象学 [ ヘレン・ンゴ ]生きるとか、生存とか、その、行為のことを、当たり前以前のとらえ方として、自動詞で誰もが語るが、この本は、、生きられてきた(言葉遣いの例として)とか、、にするのだ。そしてその言葉には、必ず、、と言っていい程、傍点をつけてある。たったこれだけの、作業(傍点)で、この本自体、著者の立ち位置が読者に伝わり、グッと、提示される世界が広がる。脱帽。平伏。詭弁社会 日本を蝕む”怪物”の正体【電子書籍】[ 山崎雅弘 ]未読ながら、リクエストした本。昨日ゲット。村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫 新潮文庫) [ 村上 春樹 ]これは、順番待ちで、同じく昨日ゲット、だけど、もう読み始めて、、村上さんのは1冊だけしか読んでいない。河合さんのは蔵書を含め多数読んだ。この背景で、スラスラと進む。ウチの猫ちゃんのことで、思索を続け、悩み、している今日この頃である。なんとか、悲しくならないように着地点を探している。なので、とっても慌ただしい。そして、、関係各位に感謝している。
2024年04月10日
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サブタイトルは、核兵器と冷戦。ネトフリのドキュメンタリー。あたしは1973-4年に欧州、デンマークに居たので、かの地の思い出と関連して、その時代の世界情勢などに興味があり、チェックする意味で観るのだが、とりわけ、1974年春に、ベネズエラからの留学生、カルメン(同級生)、ミラノからの太田さん、(ミラノ工科大から、女性)と、デンマークからフェリーで東ドイツへ入り、ベルリンの、あたしの友達の従妹、のピアニストを訪問する、という小旅行を敢行したことがあったので、あの時代は、、どうだったか、、と、目を皿のようにする。ベルリンの壁は、当時はしっかりまだあって、再度、1990年に子供たちと訪問した時は、すでに、、瓦礫となっており、その、カケラを1マルクで道端で買った。石の収集を趣味の一つにしているので、持っているはずと思っているが、もう無いかもだ。昨日、電話でその事をはさんと話した。羽生くんのオッカケを自認する彼女は、チェコまでも彼の試合について、出かけている。欧州に詳しい彼女は、あたしにとって、貴重な話し相手である。それで、、それで、、と、聞いてくれるので記憶を引き出せる。話せば話すほど、また、、ネトフリ(ターニング・ポイント)を観れば見るほど、、セピア色の記憶が、鮮明になり、、(おそらく、、脳が美化するのだと思うが・・)女子3人旅の思い出が、鮮やかによみがえるのである。チェックポイント・チャーリーを通って、東ドイツ側のベルリンにも入った。石造りの重厚な建物のあちこちに、銃弾の跡が生々しかった。豚まんがある時、、ないとき、、のCMのようである。(合わせて、、ロシアにもこの時期に行ってるので、あるときないときの感覚、、しっかり思い出せる)日本人ピアニストの彼女は、ドイツ人の大学助手と、同棲を始めたばかりでそのアパートに最初の1泊を寝袋でしたが、まだ、壁は、自分たちで塗っている途中だった。お二人は、、あたし達を観光案内に連れ回り、夜は、友達のパーティーに参加させてくれ、、、(あたしは、、その夜の会は、きわめて政治的ではなかったか、、との疑念を持った)多言語が飛び交うその集まりには、フランス人の詩人、と称する多弁な方もいたし、ロイターの記者、という美しいブロンドの方もいた。(グイネス・パルトローにそっくりだった)朝は散歩、という名の語り合い会、、みたいのをやって、次第に、、その大学助手の考え方とかを理解し、、いろんな、地下の活動とか、関わっているのではないか、、とピンと来たのだった。彼と個人主義について話したこの散歩は、イングリッシュガーデンのような近所の公園の景観と合わせて、強烈な印象を受けた。ベネズエラからのカルメンとは、途中で、別れる。ベルリンの数ある検問所の一つで、ポーランド人のボーイフレンドと待ち合わせをし、バイバイしたのだ。アフロヘアの針金のように細い長身の彼女は、英語の訛りが強かったが、とてつもなく賢い印象で、。。カルメンも、今から考えると、、何やら政治的、、な感じだなあ。ネトフリを観て、そう思う。このシリーズは、結構硬派で、構えて観ないと理解できない。字幕が頼りとなる。誤訳は無いようだが。自分のキャリアに感謝である。
2024年04月09日
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限界分譲地 繰り返される野放図な商法と開発秘話 (朝日新書941) [ 吉川祐介 ]以下引用p234より。→ 僕が東京都内から千葉県に転入して八街市内の家の近所には、ちょうど1990年代初頭、地価がピークに達した時代にその土地を購入し、自宅を新築した老夫婦が暮らしていた。2017年の時点で、その分譲地内にはまだ多数の空き地が残されていて、いつ買い手が付くのかもわからないまま草刈りが繰り返されていたのだが、その夫婦は、自宅を建てた60坪の土地を、当時2000万円という価格で購入したのだという。1990年代前半頃、八街市内の建売住宅は、一般的なファミリー向けサイズで3000万~4000万程度で販売されていたが、当時の金融機関の一般的な住宅ローンの金利を考えれば、総支払額はその販売額の2倍以上になる。 本書執筆時点で、その分譲地の最も安い売値は、51坪で47万円という価格だが、金利を度外視した物件価格だけでも、土地の実勢相場は30分の一以下にまで下落している計算になる。「私たちは一番高いときに買ってしまった」と力なく語っていたその姿を前に、今はそんな時代じゃないからあきらめろ、などと面と向かって言う勇気は僕にはなく、その時代は八街だけが高かったわけではないですから、と語ることしかできなかった。(中略) まして実際にそこに自宅を建てて暮らしたわけでもなければ、菜園として使うことすらもなく、ただ土地を所有し続けただけの人にとっては、事実を書き連ねるだけでも古傷をえぐられるような話であろう。半面、おそらく「限界ニュータウン」に縁のない多くの方にとっては、そんな話も遠い地における珍奇な事例のひとつにすぎないはずで、結局僕は一体誰に向けて問題提起をしているのか、自分でもわからなくなる時がある。←引用ここまで。p235しかしながら著者は続いて言う。「事実は事実として発信しつづけたい」と。なかなかここまで、言えないわなあ、と思う。任意の日本列島のごく小さな市の中のこれまた、小さな分譲地に焦点を合わせて日本人の土地神話?についての考察を、不動産業界の(本人は業界人でない)仕組みや、ここ半世紀の歴史を考察して読者に分かりやすく問題点を提示している、、と感じた。
2024年04月05日
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限界分譲地 繰り返される野放図な商法と開発秘話 (朝日新書941) [ 吉川祐介 ]鋭意読書中。この本の中の研究対象となるのは、千葉県北東部。著者自身もこの地域の中の限界分譲地にお住まいである。ユーチューバーでもあるらしい。対象地域が、関西とは違うし、ましてや、あたしの全く知らない土地のことで、読み始めて、、これはもういいかな?と思った、、のだが、のだが、、彼は、地を這う研究者のように、誠実に、率直に、冷静に、自分のことから始めて、読者にとって必要なガイドの自覚、十分にあり、論を進めるにあたっての常識、、というか、、理屈の進め方と言うか、、そういうのが、完成されており、、要するに、、読ませるわけ。衒いがない。好感が持てる。本書中のコラムには、、田舎暮らし、という所謂さが無いのも、、。つまり、「田舎暮らし」というものを決して、商業的文化的に捉えていないところが、大いに気に入った。もうすぐ、終わる。夫が亡くなってもう、5日で丸2年である。思うこと、考えること、発見すること、、気持ちを新たにすること、、多い。
2024年04月04日
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書くことの不純 (単行本) [ 角幡唯介 ]読了。開高健が、登場、、はわかるけど、なんと、三島由紀夫を結構、突き詰めて論じておられる。3章以降。でも、納得だった。キーワード、「○○の実在」○○は、、ちょっと待って、と、本を取りに行き、、(ウチは広いので悪しからず・・ってなんだか変)「実在の精髄」だった。最後の方で、頻繁に出現するこの単語。あたしの緩い直感、いや、直観では、、「出産」は、これに該当するやもしれぬ。という感じかな?どうひっくり返っても、男子はこれを経験することが出来ないもの。
2024年04月02日
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老いの失敗学 80歳からの人生をそれなりに楽しむ (朝日新書942) [ 畑村洋太郎 ]読了。本書中、気になった事その一、日常の生活行為で、ミスがあると、(思い違い、度忘れ、失くしモノなど)先生の、失敗学の出番となるが、同時に先生は、高齢でもあるので周りが、認知症じゃないか、と、短絡的に繋げてしまう、、のではないかと、ミスした側が(先生が)短絡的に思ってしまう。(ややこしい)デッデンド(dead end)。これでは先に進めない。この意味の物言いが、そうさなあ、、1冊の本に10か所以上出てくる。これは気になりました。リスクヘッジのことでは、、自分のように高齢ではないが、50代の人が、手に取ったものをよく取り落としてしまう。それで、手を添えるようにして、落とさないようにすることを心掛けて、、とあるが、、50代で、頻繁に取り落とす、、って、何かの病気を疑った方がいいんじゃないか?と思ったのと、自分じゃないけれど、、と例を挙げるのに、すべてが高齢者になると、一般論化しにくいから、敢えて50代、としたのかしら?と勘ぐったりした。この50代の例は気になりました。ま、サクサク読めるし、激しく同意!が満載なので、最近、のことをわが身に振り返り、なんとなくご不安なご同輩には、お勧めしたい本です。限界分譲地 繰り返される野放図な商法と開発秘話 (朝日新書941) [ 吉川祐介 ]土地は経済財か。水は、経済財か。ヒトにとり、住む、事とはなんぞや。などと、パチパチ思いながら読み進む。書くことの不純 (単行本) [ 角幡唯介 ]前書きに、、「冒険は飯のタネか?」と、早速の根本的命題。著者、やりたいだけなのにね。というのを、どうやったら世間様に表現できるか。お悩みである。昨日の一番笑った会話は、パンダって、、あなたほどの大きさなの?と、ばあちゃん3人で話していたとき、1人が、見たことある。2人がまだ見たことがない。の場面で、見たことある。と言ったかさんに、あたしが聞いた。そら、(そりゃあ)あたしより大きいに決まってるやんか。へー、えらい肥えてるねんね。こんな、ノリで、大爆笑した。
2024年03月31日
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限界分譲地 繰り返される野放図な商法と開発秘話 (朝日新書941) [ 吉川祐介 ]老いの失敗学 80歳からの人生をそれなりに楽しむ (朝日新書942) [ 畑村洋太郎 ]以上2冊はリクエストしていたもの。そして、、書くことの不純 (単行本) [ 角幡唯介 ]あ、角幡さんがあった!と思って、引く。ツアンボ―渓谷の探検記以来、折に触れパラパラ程度から熟読までいろいろだが、続けて読んでいる。ついに来た。書く事の・・というタイトル。理屈抜きで、次はこれかあ。なるほど、、と思った。前書きまで進む。やはり想像通り。そして、置く。先の2冊は、まず、限界分譲地については、田舎関連、じゃないけど、自分の周りに時々現れる、つまり、山里回りのドライブとかでも、何とか台、みたいな看板をみたり、ネットでの田舎住宅ケンサクでも、土地が出ていたりするので割と身近な「商材」なのだ。著者は若い。いま一つは、、つまり老いと失敗、、は、現在只中の老い、と失敗、を結び付けている点で、なるほど、、(そうやんかなあ、、本質は一緒やで)と、思ったこともあって、引いた。著者はお年上。(文章に元気がない、、というと語弊があるが)語り口がやはり、馴染みよい。しかも、、早々に、合唱がご趣味であることが判る。そして、、これが肝心なのだが、あたしよりも、、少し(5年ほど)年長である。これが、、絶妙なんである。なんでか、知らんけど。昔、超整理術、とかいう本を出された野口悠紀雄先生、のことを思い出した。この本が出た時、読んだが、途中で止めている。なんせ読む方の人間(あたしのこと)が超忙しく、ご意見アドバイスを受け入れる余裕がなかったのだ。一方失敗、、の方は、以前からこの方面で、多くの本を出しておられることは知ってはいたが、あたし、失敗ばっかりしているので、リスクヘッジは意味ないだろう、と、横目で通り過ぎている。ところが今回、「老いと失敗」である。当事者である。あたしにとっては一種、未来学、といってもいい。時間の限られてきている昨今、やっぱ読んでおきましょう。と思った次第。3冊併読とは行かないので、限界・・は、お待ちいただく事にしよう。
2024年03月29日
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深海ロボット、南極へ行く 極地探査に挑んだ工学者の700日 [ 後藤 慎平 ]ほぼ読了。面白いったらありゃあしない!ほぼ、、というのは、、今日返却予定にしていたが、最後まで読み切りたい、の思いと、読書中に、、いろいろ思い起こされて、中断したりしたからだ。(なので、この本は明日以降に返却、、と。していつまでに返すのだ?とリストを見る。。)そうそう、あたしも、こんな風に時間との競争&任務遂行、あったよなーとか。考えてみれば、どなたも、ある程度、組織あるいは社会人として活動経験がある場合、ドキドキワクワクのご経験があるのではないだろうか。この本の著者は、子供時代の一つの夢であった、南極に行くという目標を叶えた方だ。夢の実現とは別に、成り行きで飛び込んだ世界でも、それなりに、ドキドキワクワクは生じるものである。もっと、別の次元では、、思い出の屑籠 (単行本) [ 佐藤愛子 ]では、、登場人物の成年、没年、と、あたしの身内の成年没年とを照合したりする。佐藤愛子さんは、昨年に100歳になられる。お小さいころ、西宮にお住まいであったので、セリフはモロ関西弁、しかも古い方。なんとありがたいことか。今の日本のドラマでは完全に消え去っている話し方である。だから、、あたしの祖母(1876-1962)などのことが思い起こされ、懐かしかった。これは余談。70代、80代になっても、仕事の記憶は鮮明である。今となっては、、と、落ち込むより、そんな冒険が出来たのだと、自分で自分を褒めてあげよう。身体を、褒めてあげよう。よく頑張ってるね、と、。。
2024年03月28日
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科学目線 上から下からナナメから [ 元村 有希子 ]深海ロボット、南極へ行く 極地探査に挑んだ工学者の700日 [ 後藤 慎平 ]お腹召しませ (中公文庫 あ59-7) [ 浅田 次郎 ]浅田ワールド、に入り込んで、この短編集から。しかし読了。で、南極・・に入ったところ。浅田次郎さんは歴史と、小説、、つまり、リアルとファンタジーの兼ね合いについて私見を巻末で述べておられる。この短編集は、、たとえば、、ある小編は、、実は昨日、深酒をして、、とか勇気凛凛・・のエッセイのような書き出しからいずれも始まり、ギリギリまで、ライターの脳内アイデアについて、開陳する、という、いささか冒険的な仕立てになっている。各篇は別々に雑誌等で公開されたものだが、こうしてまとめたものを読むとこれはこれでまた、面白さ倍増だ。子供のころ、おじいちゃん(明治維新の前後に武士として生きておられたお父上ーつまり曽祖父から聞いたという)の昔話からヒントを得たという。上の2冊は(南極と、科学)、いずれも実学。しばらくまた、こちらの世界で遊ばせて頂く。
2024年03月25日
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和歌山県内の調査という限定的な数字ではあるが、22年6-9月に県内の中学英語教員に実施したアンケートでは、新指導要領に対応した教科書について「内容が難しくなった」→70%「盛りだくさんで精選が必要」→64%「授業しにくくなった」→35%一方、「授業しやすくなった」→7%「内容が易しくなった」→0%となっている。(出典先 朝日新聞3月18日の記事/以下同)教科書に出てくる単語数について、「多すぎる」→69% 「適切」→17%題材・内容については、「多すぎる」→54% 「適切」→32%となっている。2013年4月に、(ああ、もう10年以上過ぎているのだ!)自民党の教育再生実行本部が、グローバル人材育成のために「結果の平等主義から脱却し、トップを伸ばす戦略的人材育成」を掲げ、「高校段階で英検2級以上を全員が達成」など、非常に高い目標を盛り込んだ提言を提出しました。とある。10年前からの指導要領路線変更(結果として難しくなった)をしたころ、この同じ和歌山県で昨年11月に、同じ自民党のえらいさんが、多様性を看板としてされた事を、思い出す。当の本人お一人で、企画されたことと聞くが、彼は、10年前にはおいくつで、どのようなお立場であったのだろうかと、思いを馳せた。高い目標は結構なことだ。しかし、、結果は目標とは程遠い。教えられる生徒の方は、、これは全国の学力調査。英語4技能の平均正答率は、前回2019年度から「聞く」68.3%→52.3%「読む」56.2%→51.7%「書く」46.4%→24.1%「話す」30.8%→12.4%と、軒並み下がる。書く、話すは、バッサリ半減である。この記事のシリーズでは、別の記事になるが、もっと衝撃的な数字が並んでいる。指導要領の改訂はほぼ10年に一度だそうで、、。関係各位の奮起を切望いたします。
2024年03月24日
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デジタル朝日の、田舎暮らし関連の記事のコメント欄に以下の、あるジャーナリストのコメントがあった。お名前を失念しているがこの記事、あまりに痛快であったので、半年の間、デスクに置いてある。P.Oして。こんな風→【解説】同じような山村で育った経験からガチコメントしてみる。ど田舎の集落は人間社会の縮図である。ボス猿のジャイアン的な存在、それに追随するだけのスネ夫、いいやつだけど弱気なのび太、優等生だけど深入りしない出木杉くん、みんなにチヤホヤされるしずちゃん、だいたい全部そろっていて、絶妙なバランスで村の均衡を保っている。”入村”するには、その力学を見極めなければならない。ジャイアンに一目を置かれ、スネ夫に貸しを作り、のび太に頼られ、いざという時には出木杉くんに相談できるホットラインを作る必要がある。しずちゃんにも生理的に嫌われたりしてはいけない。都会にも同じようなキャストは揃っているが、それぞれの絶対数が多いので、自分と似たようなキャラクターに紛れることが出来る。「その他大勢」でいられる。それにコミュニティに働く人間関係の力学に与える自分の影響は相対的に小さい。だから都会では「その他大勢」としての人生や役割に一抹の寂しさや疑問を覚えてしまうのかもしれない。田舎の集落ではそうはならない。村に立ち入った途端、主要な登場人物の一人に数えられる。代替不可能な存在として扱われる分、過剰に期待され、評価され、疑われ、幻滅される。田舎の集落で暮らすには、そんな人間社会の力学を攻略するくらいの気概があるか、よほど鈍感であるか(こちらのパターンで成功した移住者も知っている)のどちらかでなければならないようだ。引用している間に思い出した、、四国の方で、家族で移住し、カフェかなんかを開業し、地元とトラブルになり、家族で、そこを引き上げざるを得なくなった、、という記事へのコメントだった。。本当によく出来た文章だったので、何かあるごとに、読み直していた。あたしも、田舎暮らしがもう、15年か?16年か?なんだなー。この、ジャイアン以下の登場人物、すぐに浮かぶのだった。
2024年03月22日
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珍妃の井戸 (講談社文庫) [ 浅田 次郎 ]科学目線 上から下からナナメから [ 元村 有希子 ]深海ロボット、南極へ行く 極地探査に挑んだ工学者の700日 [ 後藤 慎平 ]以上3冊。伏兵は、もちろん、浅田次郎の「ちんぴのいど」である。なんせ、感動とともに読了した「蒼穹の昴」の後日語りであるので、。。シャンソンは、、「失われし愛」グレコ。「メケメケ」ベコー。「愛の遺産」ナナ・ムスクリ。の3曲。本日、教室での歌い合い会。シャカリキに一日中練習した。不足ではあるが、時間切れ。とにかく出かけることにする。
2024年03月20日
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本の栞にぶら下がる [ 斎藤 真理子 ]読了。引用の章のタイトルは、「編み物に向く読書」以下引用p176中ほどから→ー要するに人間は「ながら」の領域を拡張するに任せて生きて来たらしいということがぼんやりわかる。 読みながら編んだ偉大な先達として、橋本治氏がいる。『男の編物 橋本治の手トリ足トリ』(河出書房新社)などで、本を読みながら編み物をするとはっきり書いていた。『そして、みんなバカになった』(河出新書)によれば、そのきっかけは卒業論文を書いたときで、専門書を読む必要があったが、「なんかしながらじゃなくちゃ」読めないと思って、セーターを編みながら読んだのだそうだ。それによれば当時、「本だけ読むということはほとんどして」なかったというから驚く。 となると、橋本さんは、新情報を身体に入れるために編み物を使い、私は逆に既知情報を愛でるために編み物を使ったことになる。橋本さんは私なんかとは違って、何色もの糸を使った精緻な編み込みを編んでおられたので、脳の処理能力という面ではまるで比較にならないが、一つだけ共通かもしれないのは、身体を使った読書のパワーということだ。 すっかり習慣化した編み手にとって編み棒は手の延長で、身体の一部にすぎない。そして、身体を使う事が読書に拍車をかけているのは間違いないだろう。これは乗り物に揺られている時に読書に集中できることとも通じるのではないだろうか。 私の「編み本」の基本は・・・と文章は続くが引用ここまで。あたしの、「ながら」は、数々あれど、読みながら編む、はしたことがないけど、編み(つまり手先を動かし何らかの作業をしてい)ながら、(パソコンの画面を)観る、のは日常。加えて、複数の家事は基本、「ながら作業」である。
2024年03月19日
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眠っている間に体の中で何が起こっているのか [ 西多 昌規 ]読了。昔、、ミクロの決死圏、という映画がありました。人間がマイクロサイズになって、人体の内側を動き回る、、ってやつです。最後は、眼球の涙腺の海(小さな人間なので)から、脱出し、元のサイズになる。で、ハッピーエンド。本の最初の方で、それを思い出した。それほど、中身は微に入り細に渡り、人体、、睡眠中の人体について分かりやすく書いておられます。大いに学ぶことが出来ました。本書中、「睡眠時無呼吸症候群」という症例についての言及が多く、この、9文字の漢字が頻出するのですが、この9文字が現れると、睡・・・・・と、読み飛ばして、いたくらい。知己に、この症状で、最近治療を始め、逐一その経過を聞いていたものだから、よく分かった。なにしろ、著者の先生がこの、睡・・・なのです。眠ること、、に興味のある方には、ぜひおすすめしたい。本の栞にぶら下がる [ 斎藤 真理子 ]著者のお名前を時々本棚で見ていたので、さてと、。。という感じで読み始める。日韓のこんがらがったここ150年ばかりの歴史について、全てではないけどところどころ、解ける(ほどける)、、という感じで読み進んでおります。しかし、翻訳業という仕事は、、本当に深いのだなあ。
2024年03月14日
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日曜の朝10時から一時間、えねちけー第2放送で、大人のお話の時間がある。いつも聴くというわけではないが、昨日はそれに当たった。カーラジオ。様々な分野の方が出演される。4回か、5回シリーズ。前回は、カナダ人の落語家のお話だった。桂サンシャインさん。昨日は、「いのちを見つめる」シリーズの、何回目か。女性だった。話し手のお名前も存じ上げない。お話の中で、ピーターフランクルの「夜と霧」の話が出た。次いで、2001年の「付属池田小事件」の事がでた。話し手の友人のご夫婦が、子供さんをこの、付属池田小に通わせておられ、被害に会われたとの事。この犯行当日、あたしはすぐそばの高速道路を通過中。晴れた日だった。もう、ドキドキした。23年前なのに、記憶は鮮やかである。お話は続く。「二つ良い事、さてないものよ」は、故河合隼雄先生の言である。折に触れ、思い起こす。二人称の死、は養老孟先生の言。これもそう。山あり、谷ありの人生。お話は、陰陽の世界へと入っていく。クルマはスーパーについたが、あたしは車の中でお話の続きを聴いていた。だからこそ、と「人生の谷底」を思い出す時に、、自分を嘆く前にこの言葉を入れて、呟いてみてください。と。。(あの時は大変だった。本当に…。と遠い目)だからこそ、、(今の自分がある。じゃないか)だからこそ、本当にそうだ。泣けてくる。本当に、、生きていくことは大変なんだけど、感謝である。気分転換に買い物に出たんだった。朝から、公民館のお掃除、次いで、自治会役員の引継ぎ会。(とても落ち込んで、、とかじゃないです)全体がゆるゆるで、ため息。ゆるゆる路線のまま、お引き受けする。任期2年。今朝は、総務省のページで、自治会、ってのがどう言う位置づけか、勉強した。窓ガラスを懸命に拭いて、腰が痛くなった。脆いものだ。あたたた・・。生きているからこその腰痛である。
2024年03月11日
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【中古】 勇気凛凛ルリの色 講談社文庫/浅田次郎(著者)ガツガツと読んで読了。次は、、これだ。↓【中古】 勇気凛凛ルリの色 2 / 浅田 次郎 / 講談社 [単行本]【メール便送料無料】【あす楽対応】ざっくり、四半世紀前の事々ともう少し前か、くらいの時事放談エッセイ。無意識に、安堵する。懐古趣味である。しかし、読ませる。さすがである。昨日のニュースに、10歳かそこらの子供が、友達に93万円(96万だったか)と言う金額を搾取された。というのがあり、大いに驚く。これ純金でっせー、今金は高いからなあ、、なんぼ(価格)にしとくわ。ほなら、それ、、くれや。金渡すから・・。とかの会話があったかどうかしらんが、渡されたものは、単におもちゃのメダル。この行き来、、手を変え品を変え数回はあったとのこと。で結局、100万に近い金額が子供たちの間を行き来した。取られた方が父親に相談し、発覚したとの事。(その父親、子供に謝りました。とのコメントがあった)こないだ、高校の同級生のはさんが、去年、クロアチアに旅行したと聞いている。参考までに、費用はいかほどか、と聞いている。そうねえ、、50万、、は行かなかったかまあそんなところ。と。ツアーにしたし。と。クロアチアに2回行けますがな。あたしは1990年に親子で欧州鉄道縦断旅行をしている。3人で、一か月、110万かかった。金を売ったのだ。1グラム1100円。今は何と、10倍になっている。旅行に行かず、金を売らなければ、その菌は、じゃなくて、その金は、、1100万になっているのだぞ。単に計算しただけだ。このくらいの計算ならすぐ出来る。あまり深入りしないでおこう。山の端の雲を眺めて居よう。
2024年03月05日
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勇気凛凛ルリの色【電子書籍】[ 浅田次郎 ]【中古】 勇気凛凛ルリの色 2 / 浅田 次郎 / 講談社 [単行本]【メール便送料無料】【あす楽対応】(以上2冊リアル本です)赤穂市の図書館から引いてくださった。これで、連載当初からのエッセイを通読できる。ありがたやありがたや。本中、最初から3番目か4番目のタイトル、「勇気凛凛・・」とあって、ふむふむ、、と読み始め、。思った通りの展開。このタイトルの由来、少年探偵団のテーマソング、の事が書いてあった。著者の調査によれば、1995年時点で、37歳か38歳を境にして、知っている、知らん、が別れると言うのだ。今に時代を滑らせると・・、30年ばかり足せばよい。67・8歳以上は、知っている。以下は知らん。となる。なあるほど。この項、終わりの方に、、これを書いている自分(著者のこと)、どうしても、メロディーが出てきて、歌と一緒になる。と、。。当時、テレビ黎明期の子供向け番組で、江戸川乱歩原作の「少年探偵団」が流行ったころである。ごっこ遊びに夢中になった子供たちの描写もある。そうか、。浅田氏は、あたしより3つ、下。もう亡くなっているが弟と、同い年だ。色の秘めたる歴史 75色の物語 [ カシア・セントクレア ]この本もやって来た。読むのが楽しみである。
2024年03月02日
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撤退学宣言 ホモ・サピエンスよ、その名に値するまであと一歩だ (犀の教室) [ 堀田新五郎 ]引用ここからp88 3章 撤退学宣言 展望編より→ ということで確認しましょう。政治的リアリストの心得その1「真理ではなく、権威が法をつくる」(ホッブス)。「法は正義ではなく、強者の利益である」(トラシュマコス)。「法は正義ではなく、強者の利益の侵害である」(カリクレス)。いつの時代、どの共同体でも、制定されたルールというのは、「公平正義」を装いつつ、実は強者の利益を保障するのである。これが「政治=立法行為」の赤裸々な現実と心得よ。トラシュコマスとカリクレスの主張は一見すると対照的だが、時間軸を入れれば同一の命題と理解されよう。現行の法秩序は過去の(3文字傍点)強者(米欧)の利益を表す。よって、勃興しつつある未来の(3文字傍点)強者(中国)の利益の侵害なのである。 現状、習近平は国連本位を謳い、—以下中略(7行)ーで、中国の対応は?アメリカを戦争仕掛け人として非難しました。ロシアを非難することはありません。え、まじ?習近平は「国連憲章の断固たる擁護者」じゃなかったの?中国は二重基準の「批判者」ではなく「実践者」でしたか!もちろん中国は、ロシアに対する「支持」もしていません。それをしたらさすがにG7との対立が抜き差しならず、また中国の「新型国際関係」が「不公平・不正義」だと世界に公言することになりそうだから。よって、「非難はせず、支持もしない」、これが国益にかなうという、なりふり構わぬリアリズムです。お見事! ということで確認しましょう。政治的リアリストの心得その2以下中略7行ー・・ ということで確認しましょう。政治的リアリストの心得その3以下後略、引用以上。p90まるで、講義を受けているような臨場感、畳みかける語彙たち。難しいのだが、血圧が上がる。ということで、、確認しましょう。わが国の首相が、政倫審に出るって?
2024年02月29日
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ポール・ニューマン語る ありふれた男の驚くべき人生 [ ポール・ニューマン ]読了。いいアイデアだと思ったことは、ポール以外の人の語りが、随所に出てくるが、それらが、すべて、段落ちで、2文字分下がって組まれている。だから、読むときに頭には違う声がする。本人以外だから当然、男女あるわけだが、。。反脆弱性[上] 不確実な世界を生き延びる唯一の考え方 [ ナシーム・ニコラス・タレブ ]未読。撤退学宣言 ホモ・サピエンスよ、その名に値するまであと一歩だ (犀の教室) [ 堀田新五郎 ]持続とは何か、今の時代の持続とは。ホンマやねえ・・。SDGsに強烈なパンチ!疲労とはなにか すべてはウイルスが知っていた (ブルーバックス) [ 近藤 一博 ]徹底して、身体内部の理系をベースにした論文。だけど、、温かみがあって読みやすい。壮大な人類史。「疲労」と「疲労感」は違いまっせ。から始まっている。犬や猫は疲労するかとかそういう問題なんだろうか。ある種のウイルスと人類との長い歴史を読み解く!って感じかな?
2024年02月28日
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内田先生の本日のブログからです。→文字の書けない子供たち 高校の国語の先生から衝撃的な話を聴いた。生徒たちが文字を書けなくなっているというのである。教科書をただノートに筆写するだけの宿題を毎回課すが、やってくるのは半数以下。授業中に書いた板書をノートに写すようにという指示にも生徒たちは従わない。初めはただ「怠けているのか」と思っていたが、ある時期からどうもそうではないらしいことに気がついた。『鼻』の作者名を問うテストに「ニコライ・ゴーゴリ」と答えを書いた生徒がいた。ゴーゴリもその名の短編を書いているが、教科書で読んだのは芥川龍之介である。どうしてわざわざゴーゴリと書いたのか生徒に訊ねたら「漢字を書くのが面倒だったから」と答えたそうである。 生徒たちの提出物の文字が判読不能のものが増えて来たという話は大学の教員たちからも聴く。学籍番号までは読めるが、名前が読むのが困難で、コメントの文字に至ってはまったく解読不能のものが少なくないという。何を書いたのか学生自身に訊いてみたら、自分でも読めないと答えたそうである。 一体何が起きているのか。どうやら文字を書くという動作そのものに身体的な苦痛を感じる子どもが増えているらしい。 文字を書くというのはかなり精密で繊細な身体運用を要求する。筆で書くなら、ひとさし指と中指をかけて親指で筆を抑え、肘を上げて穂先をまっすぐ立てる。これを「懸腕直筆」という。昔お習字の時にそう教わったはずである。この姿勢をとると体軸が通る。 武道家として言わせてもらえば、体軸が通っていないと手足の自由は得られない。文字を書くためには、まず身体の構造が整っていないと始まらない。当たり前の話なのだが、どうも当今の子どもたちはその身体の構造そのものが崩れ始めているように思われる。長い話になりそうなので、続きはまた次週。 先週の続き。「文字の書けない子どもたち」がどうして生まれて来たのかについて武道的立場から考察したいと思う。 筆で字を書く時にかなり精密な身体運用が求められる。能筆の人は横に一本線を引く時も、勢い、太さ、濃淡を細かく変化させながら筆を運ぶことができる。 最後の首切り役人だった八世山田朝衛門は斬首の一閃の間に涅槃経を唱えたと後年述懐している。右手の人差し指を下ろす時に「諸行無常」、中指を下ろす時に「是生滅法」、薬指を下ろす時に「生滅滅已」、小指を下ろす時に「寂滅為楽」。そこで首がぽとりと落ちるのだそうである。一瞬の動作を四句十六文字に分節していることになる。斬ることの本質が力ではなく、動作の精密さと多分割にあることがよくわかる逸話である。 精度の高い身体運用をなしうることは生きる上での必須の能力である。それができなければ、包丁で葱を刻むこともできないし、針の穴に糸を通すこともできないし、文字も書けない。しかし、どうやらその基礎的な「生きる能力」が今の子どもたちは衰えているらしい。 文字なんか書けなくても、キーボード叩けば済む。葱だって刻んだものを売っているし、靴下の穴なんかけちくさく繕わずに買い替えればいい。そうかも知れない。でも、身体の構造が崩れて、細密動作ができないという子どもたちを制度的に創り出しているかもしれないという危機感を大人たちは持った方がいい。 文字を書くというのは、罫に沿って、あるいはます目に合わせて、複雑な図形をかたちよく配列することである。字間調整も必要である。おそらく古人は子どもたちが書字によって身体の精密な運用を学び、生きる力を高めるということを知っていたのだろう。だから、子どもたちに「黙って臨書しろ」と命じたのだと思う。今さら習字を必修にすることはできない。 では、どうしたらいいのか。私にもわからない。
2024年02月27日
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ポール・ニューマン語る ありふれた男の驚くべき人生 [ ポール・ニューマン ]表紙見開きから以下引用→「ハスラー」「暴力脱獄」「明日に向かって撃て!」など、数々の名作に出演し、今なお愛される伝説のスター、ポール・ニューマン。1986年、還暦を過ぎたニューマンは、ひとつの企画を思い立つ。それは、世間から誤解された虚像を正すため、親友で脚本家のスチュワート・スターンを聞き役として、口述筆記による自伝を執筆しようというものだった。取材は5年間にも及んだが、当事者の二人が世を去り、記録は散逸したかに思われた。ところが2019年、コネチカット州の自宅の地下室から、その書き起こしが発見されたーーそこには、劣等感に苛まれた少年時代から、失敗に終わった最初の結婚、終生彼を悩ませた飲酒問題、愛する息子の死、政治への傾倒、俳優としての遍歴、ジョアン・ウッドワードとの50年におよぶ結婚生活に至るまでが赤裸々に綴られていた!トム・クルーズやジョージ・ロイ・ヒル、ジョン・ヒューストンらの共演者、監督、映画関係者などの証言も織り交ぜて、ハリウッド最後の名優の"真実"をあぶり出す、最初にして最後の自伝。 ←引用以上。1925年生まれと言えば大正14年だ。ほぼ親の世代。息子さんが亡くなったとは知らなくて、でも知ったのだが、その事が書いてあるところくらいまで読み進んでいる。ポール・ニューマンを映画俳優として認識した最初の映画は「明日に向かって撃て!」だった。原題が「Butch Cassidy and the Sundance Kid」とは知らなくて、1973年の年の暮れ、コペンハーゲンの王立アカデミーに留学が決まり、同じクラスのイギリスからの留学生、アリソン・ミッチェルと仲良くなり、彼女とよくお出かけし始めたころ、彼女がタダの映画あるでー、と、タイトルを連呼し、興奮して誘ってくれた。英語のタイトル連呼だから、あたしはよくわからんけど、タダやったら行こか?位で出かけた。ポールよりも、印象は断然、ロバート・レッドフォードが強かった。なんやこれ、「明日に向かって撃て」やんか、とポスターを思い出したのだった。日本に帰るときにロンドン経由であったので、アリソンが、友達のウチに泊るといいよと、紹介してくれて、ロンドンで一泊した時に、彼女の友人たちが集まり、女の子のおしゃべりナイト、、のときに(アリソンは不在)デンマークでのアリソンとあたしのことをしゃべっている時に映画の話になり、誰が良い?あたしは、、ロバート・レッドフォードがいいなあ、と言った。話の輪の中の誰かが、「おばあちゃんがファンだったわ」と言ったので一気に自分だけ、しらけた、、のを覚えている。この時に、ミック・ジャガーが、あそこにおった、いや誰それが王室の誰か(エドワード王子だったっけ?)と一緒のパーチーに出たんやで、へーあんた会ったの?時代は変わらず、国も変わらず、女子の喧しい事。そうやんか、、その時は・・きゃきゃきゃ・・。さて、ポール。ブツブツしゃべるスタイルで、静かなモノローグなんだが、ときに応じて、関係者の証言、と言う形で第三者のコメントが入る。まるで、映像を見ているような感じがする。ご本人が、誠実で、正直、率直でないとこれだけの大叙事詩!は存在が難しいだろう。強くお勧めします。は早計か?まだ、3分の2くらいまでしか読んでおりませぬ。
2024年02月24日
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増補 破戒と男色の仏教史(955;955) (平凡社ライブラリー) [ 松尾 剛次 ]読了。大きな学びがあり、読んで良かったが、なんちゅうか、ほんちゅうか、。引用もはばかられ、。前書きに、、藤村の「破戒」を想起した方が多いのではないでしょうか?とあり、あたしも、その一人である。破戒、とは、約束を破る事である。と。仏門に入るに際し、何百戒、、というマニュアル?を誓約するが、その、戒、を破ることが破戒。ということ。有名無実の実情をこれでもかと、紐といておられる。あとがきに、、昨年のJ事件のことも引いておられ、タイムリー。それほど前ではないいつか、、出版されたが世の中の動きにほだされて?また出版した?みたいな感じだ。仏教伝来以来の日本史をおさらいする、、破戒の観点から。お勧めの本である。リュウキンカが咲き始める。早い。午前中に今度のトイレ設計図のために、にひゃくいち(二百分の1)の地図を役所に貰いに行った。あたしのつもり、、を説明して。。ご担当が、あまりにプロなので驚きました。と言ってくださるが、いえいえ、、手すさびでごぜえますだ。(内心、ホッとした)
2024年02月21日
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「失われた30年」=経済成長が無い、、いったい誰が悪いねん、みたいに受け止めていたけれど英語圏の国々で、ジャパニフィケイション、という言葉まで出来ているとは知らなかった。今朝の朝日新聞の水野先生の記事、紹介引用します。↓日本の国内総生産(GDP)が昨年ドイツに抜かれ、4位に転落した。5位インドに抜かれるのも時間の問題だ。経済低迷・超少子高齢化という難題を抱えた日本の「失われた30年」を、欧米は「Japanification(日本化)」と呼び、避けるべき事態だとしてきた。しかし、経済学者の水野和夫さんは、それこそ歴史の必然であり、むしろ望ましい状態だという。どういうことか。みずの・かずお 1953年生まれ。法政大法学部教授。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)などを歴任。著書に「資本主義の終焉と歴史の危機」「次なる100年」など。人口3分の2の国に抜かれた意味とは 今回の順位転落を、2010年に中国に抜かれた時以上の衝撃で受け止める人もいるようです。日本のGDPの水準低下は、短期的には円安の影響。「異次元緩和」で日本を安売りしてきたツケですが、もっと根深い原因があります。 ドイツの人口は、日本の約3分の2なので、国民1人当たり1・5倍の経済格差がついたことになる。しかも、ドイツ人の平均年間労働時間は日本人より2割ほど短い。要は日本の労働生産性が低いということですが、それは、付加価値に結びつかない仕事が多すぎるからです。必要性が不明な会議の資料作りとか。それでいて「人手が足りない、足りない」と言い続けている。だったら無駄な仕事を削ればいいのに。そこの労働時間を短縮しただけでは、GDPは変わりませんが。 国民1人当たりのGDPを高めたいなら、最も簡単な方法は、フルタイムで働いていない労働者を減らすことです。所得税の課税や配偶者控除の基準となる103万円や、年金の第3号被保険者でいるための上限130万円など、いわゆる「年収の壁」を取り除けば、非効率な就業調整はなくなります。これらの制度は、男性正社員と専業主婦の家庭を前提にした昭和の遺物。他の先進国のようになくせば、女性の活躍にもつながるはずです。ここから続き ただ、1人当たりGDPが5万~10万ドル程度と高いのは、スイスやシンガポール、北欧諸国など、少人口で得意分野に産業集約した国ばかり。日本のように1億人以上の国は特化は難しく、段々畑にまで労働者が従事している以上は生産性はどうしても下がります。例えば愛知県が自動車産業に特化して独立したり、首都圏を金融特区にしたりすれば、そのエリアの1人当たりGDPは跳ね上がるでしょうが、そんなことをしても意味はありません。 私はGDP幻想、つまり成長幻想から、もう脱すべきだと思っています。成長はあらゆるケガを治す? 資本主義は利潤の極大化を目指します。利潤追求は再投資のためであり、再投資は、より生産し、より売るため。この運動は際限がない、ゴールのないゲームなのです。 それでも資本主義が肯定されるのは、国民生活を豊かにすると思われたから。倫理学者でもあった「経済学の父」アダム・スミスの著書名が、「国富論」だったのは示唆的です。フランスの歴史家ブローデルは、「成長があらゆるケガを治す」と言いました。成長すれば税収も社会保険料も増え、社会保障も機能する。人手不足になれば賃上げが起こり、生活水準も上がる、と。 でも、そんな時代は80年代で終わりました。成長はあくまでも手段のはずなのに、資本の暴走は止まらず、再分配の仕組みは故障し、今や世界の上位1%の富裕層が全体の個人資産の4割を握っている。いわゆる「絶望死」が増え、民主主義も後退し、環境破壊が進み……と、先進国も途上国も矛盾だらけです。米ウォール街で普及した、10億分の1秒で株を売買する高速高頻度取引など、国民の幸せとまったく関係がない。資本主義は、原理的に格差を生み出し拡大させるのです。 もはや、この「ゲーム」から降りるべきです。といっても、計画経済や社会主義に転換しろということではない。私が考えているのは、私企業や市場や自由貿易は維持するが、利潤の最大化を目指さなくてもよいのでは、という世界です。 アベノミクスで、経済産業省の研究会は、平均5%ほどだった日本企業のROE(自己資本利益率)を8%以上にする目標を事実上掲げました。欧米企業のROEの水準は15~20%。でも、そんなに必要なのか。 かのケインズも、資本の利潤率は土地の利回りより低くてよい、と言っていました。例えば最近のREIT(不動産投資信託)の利回りは4%強。低すぎると言われてきた日本企業のROEで十分なのです。日本企業はすでに内部留保が潤沢なので、更なる資本調達をする必要もない。株式上場をやめてもよいのです。「経済」の本来の目的に立ち返れ 「それでは日本だけが世界で貧しくなる」と心配でしょうが、いずれ欧米や中国も、「ゼロ金利・ゼロインフレ・ゼロ成長」の日本の後を追うことになるでしょう。いわゆる「Japanification(日本化)」ですが、本当は「モダニゼーション」というべきです。日本の今の姿は、欧米がつくった資本主義の根っこにある資本の自己増殖を忠実に実行したにすぎないからです。米国の経済学者ボーモルは、どの国も近代化の条件が整えば、1人当たりGDPは一定の水準に収斂(しゅうれん)すると予想しました。実際のデータを検証すると、1人当たりGDPは最終的に4万ドル(21年の日本)程度に収斂していくことが確認できます。英国の思想家ミルも、経済成長は最終的に「定常状態」になるとしています。 日本は急激に人口が増加して成長を遂げ、そして急速に老いましたが、他の先進国は今は移民によって生産年齢人口をなんとか維持し、限界生産力を無理やり上げているだけです。 でも、自動車のアクセルとブレーキを絶対に踏み間違えないための技術革新ならともかく、旧デザインとの差異を演出するためだけのモデルチェンジに、どこまで意味があるのか。衣類の大量廃棄も著しい資源の無駄遣いだし、消費者も、毎年のようにモデルチェンジされるスマホの性能に、もはやほとんど違いがないことに気付いている。成長の限界は明らかです。 「より成長を」というのは合理的思考ではなく、ほとんど宗教。経済大国であれば国民が豊かで幸福だ、というのは幻想です。 経済の目的は本来、明日のことを心配しなくてもよい社会をつくること。それには働く人の権利を守り、社会保障を充実させることが必要です。育児休業の取得促進も「年収の壁」撤廃も女性活躍も本来、GDPを上げるためではなく、働きやすい環境づくりが目的でなければならない。それは成長至上主義からは決して生まれてこない。政治と国民の力で実現するしかないのです。(聞き手・石川智也) ◇ みずの・かずお 1953年生まれ。法政大法学部教授。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)などを歴任。著書に「資本主義の終焉と歴史の危機」「次なる100年」など。引用以上。
2024年02月20日
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赤とんぼうさぎうみ海越天楽今様おぼろ月夜かたつむりかくれんぼかりがわたる汽車こいのぼり子もり歌さくらさくらスキーの歌茶つみ月とんび春がきた春の小川日のまるひらいたひらいたふじ山冬げしきふるさとまきばの朝虫のこえ村のかじや村まつりもみじ夕やけこやけ雪われは海の子(文部省唱歌、とあるのには作詞作曲者の名前はないが、それ以外には記入され、あと、日本古謡、わらべうた、などの表記がある)以上、32曲。小学校6年間で習う歌。小学校学習指導要領(音楽)で示してきた歌唱共通教材)(アイウエオ順)あたしも習っている。共通教材に変化はないということか、。。あ、たき火、が無い。これは、消防法に関連して無くなったと聞いたが。小学校5年か6年の時、それは、、1960年ごろ、おぼろ月夜、と、荒城の月、を合唱で。モツアルトのディベルティメントをハモニカ合奏で、府の大会に出場したことがあった。ピアノ伴奏は、同じクラスのかなこちゃんだった。指揮はお先生。荒城の月は32曲の中に入っていない。ドイツ曲、垣に赤い花咲く♪とか、夕空晴れて♪はスコットランド、、そういう曲も習ったように記憶するがもっと後かしら。今では、和声のⅠ・Ⅳ・Ⅴ・Ⅴ7 を教えるらしい。これは、あたし達の時は無かった。(音楽)はついで、、に見たのだが、(指導要領)もともとは、美術、(図画工作)のを探して文科省の指導要領を読んでおった。考えさせられる。
2024年02月18日
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ポール・ニューマン語る ありふれた男の驚くべき人生 [ ポール・ニューマン ]長い間、行方不明となっていた本人の語り(なんと5年間)の資料が最近発見され、あらためて、今回出版の運びとなる。ご本人が生きた時代、そして回想して語り編集した時代、そして、2024年の現在。。と、イキサツも含め、興味が深くなる。所有論 [ 鷲田 清一 ]未読ながら、積読(つんどく)で、眺めています。増補 破戒と男色の仏教史(955;955) (平凡社ライブラリー) [ 松尾 剛次 ]これを読み始めているが、、最近、仏教界での、セクハラの事件が報道されたりして、気になっており、手に取る。しかしなんですな。わが国における宗教、、ってのを眺めるには格好のガイド本のように思う。楽天ブックスの検索で出てこなかったもう1冊は、、「半脆弱性 上下」この、上だけ借りてきている。さるところで、推薦されておった。著者は ナシーム・ニコラス・タレブ。
2024年02月18日
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入門 山頭火【電子書籍】[ 町田康 ]寸暇を惜しんで、読了。特に本書中、第二部 読み解き山頭火は急流を下るがごとし。水しぶきを楽しみながらの急流下りである。たとえば、、以下引用 p248から→ と今は思いたい。 思えるかあ、 あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、 という残響が、断続的な虫の声と規則的な波の音にかぶる。草がくさい。星の光がかすかで遠い。 と思うとき、それが、 酔うてこほろぎと寝てゐたよ という句になる。句は苦である。 生死を超えたいと願い、超えられなくてその中間の峰にいて、生きたさのあまり、泥酔の生へ、生の谷底に転がり落ちていく。その時の音がこんな呻きになるのである。うくく。憂苦苦。 ←引用ここまで。健在なり町田節。ご本人もお酒と戦ったらしいので、臨場感あります。(ドクメンタリー風の本も出しておられます)
2024年02月17日
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生きるとはどういうことか (単行本) [ 養老 孟司 ]以下引用→ここから.p30 日本でも信州なら、好んで虫を食べるのは、ご存じであろう。イナゴやハチは当然のメニューである。タンパク質の補給だなどと、理屈を言うけれど、ハチの子やゾウムシの子はおいしい。当り前だが、おいしくなければ食べませんよ。 若者にいつも言う事がある。田んぼや畑は将来の君だよ。田んぼに稲が育って、コメという実がなり、それをあんたが食べる。あんたの始まりは、直径たったの〇、二ミリの受精卵ですよ。それが何十キロという大きさになる。その何十キロはどこから来たのか。たとえば田んぼでしょうが。魚を食べれば、海があんたの一部になる。それなのに田畑も海も、俺と関係ない。そう思っているのが現代人である。そういう人たちに、虫と自分のつながりを説くのは、面倒くさい。 虫もあなたも、同じ生きもので、祖先から連続してつながっている。実感としてそう思えないのは、都市化が進んで、野山も田畑も生活から遠くなったから仕方がない。でも時にはいわば「我に返って」、世界を考え直してみてくださいね。そうした自然とのつながりを身近で感じさせてくれるものとして、虫ほどいいものはない。あちこちにいて、何をしているのやら、よくわからないけれど、なんだか必死で生きている。という感じがするじゃないですか。 生きるとはどういうことか、私はそれを虫や動物から学んでいる。思えば現代人は、仕方がないから行きがかりで生きている。という感じがしないでもない。まあそれでもいいけれど、必死で生きている生きものの姿は、本当に美しいんですよ。 (二〇一八年七月) 引用ここまで。p31 現在中ほどまで、。。入門山頭火/町田康【3000円以上送料無料】関西弁、いや大阪弁、、ネイティブとしてはほんま、おもろいです。町田さんは、ミュージシャンでもあり、そして、、若い頃、一時入学を憧れた大阪市立工芸高校、の出身でもあり、。。親近感大いにあります。
2024年02月14日
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生きるとはどういうことか (単行本) [ 養老 孟司 ]いつも、養老先生の本には、癒されるので、もちろん、引くのだが、。読み始め、少し置き、、また読んで、。と、。入門山頭火 [ 町田康 ]分け入っても分け入っても、、から。始まる。入ってもの、つ、が、大文字だ。と。。どういうこと?と、。著者は、山頭火の世界、っちゅうもんを知りまへんねん。そやから、一から取り組みまひょか。。まず、行ったことないスーパーに行ってでんなあ、まず、売り場確認のために店内一周する。そしてやおら、、各売り場の棚を検証し始め、、と行くわけです。との文言。なんだか、町田康さんとお散歩しているみたいな気分になってくる。勇気凛凛ルリの色 満天の星【電子書籍】[ 浅田次郎 ]あたしがこの本を図書館で探したのにはわけがあって、それは、著者の「宗教」に関しての項、を読んだからで、へえ、近い!と感じたからで、。。その宗教の項のある本は無く、それよりも、新しいものしか、ウチの図書館には無かったが、2冊、まとめて借りる。週刊現代に毎週連載してあった、エッセイの一年分をまとめたもの。だから、、すでに30年前くらいにはなる。が。結局、下の本(福音について)は、読了である。それほど、あたしにとっては楽しい本だ。ぼ・ぼ・ぼくらは少年探偵団!♪ と、即メロディーが浮かんでくる。【中古】 勇気凛凛ルリの色 福音について 講談社文庫/浅田次郎(著者)
2024年02月08日
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誰にもわかるハイデガー 文学部唯野教授・最終講義 [ 筒井 康隆 ]読了。借りてよかった。今日返却日であったので、あと30pほどを図書館で読んで返却。下の本は蔵書。読んだ時はさっぱりだったけど、これで、一件落着。文学部唯野教授 (岩波現代文庫 文芸1) [ 筒井 康隆 ]問題はこれである。↓天然知能 (講談社選書メチエ) [ 郡司ペギオ幸夫 ]最初はグー、だったが、読み進めるほどに脳が混乱し、結局ギブアップ。どうも、あたしの知能では、駄目なようだ。。氷上を滑るスケート靴のように、、滑らかに読めるが、サッパリ会得が出来ない。また会う日まで・・。だな。
2024年02月02日
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このたび、麻生さんが福岡での政治報告会で、わが国の外務大臣のことを、けなしたり褒めたり、話題にした。彼なりの言葉で。これが、大問題にならないはずはない。あたしの感じでは、アウチ。だけえども、メディア全体とすれば、論調は生ぬるい。最近は、ニュースで掲げられる、オッサンばかりの写真に吐き気がするのですぐ画面を変えて、見ないようにしている。悲しいし、悔しい。闘う方向で生きてきたつもりではあるが、成果が浮かび上がらない。だからと言って、急に投書魔に、、ってのは古いのだな。呟きバアサン、になるほど、ヒマじゃないし。アウトプットするだけの語彙だって貧しいのだから。。悲しい悔しいと落ち込んでみても、電気代が安くなるわけじゃないし、毎日、自分のメンテだけで精一杯だ。せいぜいが、小さい子に英語を教えたり、学校に出向き、ボランティアで放課後クラスの見守りをするくらい、女性委員会で知恵を集め何か、公共の福祉に資することはできないかと話し合ったり、、。当のご本人は引き締まった上品なかんばせで、(あえて申し上げる)適切なご返答をしておられた。要するに、、「おっちゃん、何でも言うといて、こちとら、忙しかるかる。」という事だと思う。ただ、政権党の重鎮の公式の場での発言なので、何か言えば、人間関係にも影響するのは必至だし、(言いたいけれど)職務の範囲をすぐ超えてしまいかねない。いま彼女はおそらく、、非常に難しいかじ取りを、国際万国博覧会関連で求められているはず。(尻ぬぐい?と言ってしまうと、これまた、、悔しいが)地球は、回っているので、夜となく昼となく、、なんだろうて、。。引き締まったまなざしからは、数段階上の政治家、って感じを受けるのはあたしだけだろうか。緒方貞子さんを思い出す。ここへきて、意識高い系の女性の政治家とか、法曹関連の女性で有名な方々(約2名・・だけだけど、)が、(彼女の、麻生さんへの反応は、ご興味のある方は調べてチェックしてみてください。)ちゃんと反論してよね!と言っておられる。確かに、理想はそうだろうが、彼女なりの言外の言葉を感じて差し上げたい。以前、田中真紀子さんが、外務大臣であったとき、やれやれ(やって頂戴の意味)と言いながら、あたしのスカートのすそを踏むんです。(邪魔をする)と、インタビューで泣いておられたこと、忘れていない。その時代からは、ずいぶん時間が経った。俺たちからすれば、と麻生さんは言った。俺たち?どれ達さ?と、あたしは思う。東北大副学長の、女性数学者をブレーンに招聘したり、この事実からも想像するに、おそらく、もっともっと問題の掘り起こしをダイナミックにされているはずだ。要するに、、福岡での、麻生さんの報告会、、何それ?と言うのが、、ホンネではないかいな・・。昨日は、、セクハラ問題で、なんと、あの、千日回峰を成し遂げた大阿闍梨が、、やり玉に挙がっているじゃん。(当事者、つまり犯人じゃないけど、訴えを聞いてくれなかったと)もう、本当に驚いている。わが国では、あまりに男性性(マスキュリニティー)に強く偏った社会であるためにワールドワイドの潮流がすんなり入らず、そこここで、飛沫になって社会に飛び込むようである。バシャン!と、濡れそぼち、いろいろ大変である。ただ、総体の動きとしては、うねり程度ではあるが、女性性(フェミニティー)に関して、光が当たりつつある、と思うがどうか。これいいでしょ?と、示されるオトコばかりの団体集合写真、主に政治分野、あれ、、問題よね。と、もっと社会が見つめないとだね、。。どうしようもないね。
2024年02月01日
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月の、表面にあって、その姿勢が、逆立ちしたまま、仕事を始めたSLIMさん。えらいです。よろしくお願いします!と、言ってしまった。今日は、落語家の桂サンシャインさんのこと、書こうと思っていたのだった。サン、(三)とあるからには、桂三枝の弟子である。(今は三枝さんは文枝)漢字では、三輝、と書く。外国の方が外国語の落語、、とはこれ如何に。と聴き始めて、面白かった。現在はNYで、活躍中と。彼はカナダ人で、英語の落語をブロードウエイでやったりしている。その彼が、えねちけ第二放送で、青山文化センターでの連続講演をやったのを放送していて、あたしは、日曜の朝10時からを楽しみにしていた。カナダから日本に来て、落語家になるまでのイキサツ、サンシャインの名前の由来、師匠(三枝さん)との会話、落語を英語でやる苦労、、などなど、お話は尽きない。もちろん、これらは日本語で。(ネトフリでは、スタンダップコメディーとかも楽しむけど、。)丁度前回は、この、スタンダップコメディーと、落語の違いについての言及があり、サンシャインさんは言う。ジーバー、そして親子合計3世代が、同時に観客席に座り、同じオチで、大笑いできるのは、世界でラクゴ、しかありません!日本の皆さん、大いに落語を誇りに思っていいです。とかのお話もあった。(子供は連れていけないスタンダップコメディー)彼の公演は世界中で行われている。国により、笑いのツボが違うのではないかと、本人も思っていたらしい。だから、いろんな国で落語(英語)をするにあたり、これはダメか?これはいいか?とか、考えたりしていたと。しかし、結局は、そういう事をしなくなった。なぜなら、、笑いは、万国共通!だと、分かったから・・。(すごいこと、してはりますなあ・・)国により、地域により、、じゃなくて、、人によるのだと。へー。「ハーバード大学」で、やったことあるんです。ここは、こちらが(サンシャインさん)笑ってしまいましたと。。持ちネタで、、「宿題」(文枝の三枝時代の新作落語ー三枝さんのをゆーチューブで聴けます)というのをやったんです。(英語でです)子供が、学校の宿題を家に持って帰り、父親がそれがわからないので、翌日会社に持っていき、部下に教えてもらう、、と言うお話なんだけど、鶴亀算とか、追いかけ算とかが出てくる。で、ハーバード大学で。この算数の問題の場面になると、学生たちが、メモを取り始めて、、答え合わせ!の場面では、、みんなが、よーし、合ってる!とか、囁くんだそうです。熱心に、算数の問題を解き始めて、笑わない。(これには笑ってしまった、、とサンシャインさん)で、結局、三番目の問題を、うやむやにした。(この回限りのアドリブ)公演が終わって、外に出ると、、学生たちが、ズラッと並んでいる。笑わなかったのになんで??と思った。こんなに面白かったか?笑ってくれなかったのに、、と思ったわけ。サンシャインさん取り囲まれて、、あの、3番目の答えは?との質問攻めにあったと言うのだ。答えはありません。というと、、学生全体が、、さもありなんと、、納得。だったそうだ。ハーバード大学で!これを聴いて(ラジオ)いたあたしは、大いに笑った。というわけ。ふーん、ハーバード大学ねえ!もっと、日本人も、サンシャインさんの英語落語、聞いて、英語の落語を楽しめばいいのに、、と、強く思った次第。外務省さん、(そう、外務大臣、あたしは個人的にはええ感じ、、と思っているが、)こういう方を、(お笑い)大使にしてください!!
2024年01月30日
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