ちょっといい女

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ちょっといい女の独り言




こんな不景気な世の中だから

会社をリストラされる人も、珍しくない。

近所でリストラされた人がいて、それを姑が、他人事のように言っているのが、腹立たしい。

おもしろ半分で言っているだけで、世の中の不景気を実感できていない無知さに、とても苛立つ。自分がそれとは全く関係ないという、浮世離れした感覚が許せない。

年金生活者で、且つ、嫁の働いた収入を、毎月、感謝の念もなく受け取り、単に口を開けて待っていれば、当然の如く入ってくると思っている様が。

いつ、自分もそんな情況に陥るかも知れないと思っていた私は、以前、ダブルインカムを考えていた。





そんな時、一緒にビジネスをやらないかと言われた。

いわゆるサプリメントや化粧品のディストリビューターとして。

その販売方法が、MLM的だったので、私は一旦、断った。

でも、その人は権利収入の魅力について語った。

サプリメントや化粧品は、長期に渡って愛用するものだから、リピート率が高い。

だから一度注文を取りつけさえすれば、あとは定期的な配達だけですむと強調した。

それでも、大量入荷すればコストが安くつくということで、大量入荷した結果、大量の在庫をかかえて困っている人も、私は知っている。

それでも、私がすぐには断れなかったのは、その人が在日コリアンで、彼がその事で、世の中の理不尽さに、非常に苦悩していたからだったかも知れない。

だから、私はその事を、誰にも言えずにいた。





今でこそ韓国ブームだが、

近所に在日コリアンがいて、その人のことを、無教養な姑は、訳もなく差別する。

姑がそんなだから夫にも話せなかった。姑ほどではないにしろ在日コリアンに対し、ただそれだけで、違和感をもっているに違いないから。

実際、能力があるにも関わらず、在日コリアンであるが為に、彼は何をするにつけ、差別されていた。わずか17歳の頃から、反発するには、あまりにも大きすぎる国家に、世の中の理不尽さに、彼は立ち向かわなければならなかった。観察される標本としてしか見られないもどかしさをいつも感じつつ、そしてそれをわかりながらも常に期待を寄せて話していた。彼は、彼のような人達がいちいち悩まなくてもいい社会を日本につくりたい、そして在日コリアンと言われる人達が、いちいち今ほど意識されないようになる日を・・・夢見ていた。

それを解決できると日本はもっと世界に貢献できるすごい国になる、もっと世界的にいい影響が持てると・・・信じて。

だから彼はまず、世論を喚起していって、日本人に自分達自身のことをわかってほしい、それができないと他者を認めることはできない、そういう想いでビジネスをやっていた。





ビジネスはリスクがあってこそリターンがあると言っていた彼。

――オーナービジネスですよ。ビジョンを持たないと。――

――目先の出費ばかり考えていては大きなことはできない。――

――ビジョンを持たない人間に僕は微塵も魅力を感じない。――

彼は、いつまでもビジネスに参加しない私に対し、メールに攻撃的に数々の辛辣な言葉を残した。

(現実を踏まえた上でないとビジョンではなく単なる夢想に過ぎないでしょう。)

(目先の出費がどれくらいの利益をもたらすかを、冷静に判断するのがビジネスでしょう。)

と言う言葉を私は呑み込んでいた。

だけど、その人自身、そのビジネスに疑問を感じていたようだった。

試しにサプリメントを購入しようとする私に

『別にいいですよ。』

と言ってみたり、

『結局、僕らも数字がかかってるんですよ。

 だからダウン構築するか、商品を売るかしかないんです。

 月末になると、お願いですからこれだけ買ってください!

って無理矢理、頼み込む事になるかも知れません。』

知人、特に親しい人を選んで、無理なお願いをしていかなければならない販売方法に、彼自身、躊躇いを感じているようだった。

――この話はここまでということでしたら、それはそれで構いません。――
――返事はいりません。来ないことで、判断します。――

彼の思惑通り、私は返事を送らなかった。

そして、それから私達は二度と逢うこともなかった・・・。





或いは、全ては虚構だったのかも知れない。

ダウン構築する為に必死だった彼の常套手段だったかも知れない。自分の生い立ちを、添付ファイルで長々と送ってきたのさえも、常套手段だったのかと思うと、寂しくもあるが・・・。

否、あの内容は真実だったのかも知れない。

あの内容を虚構と考えるには、言葉が乱れていたから。

普段は、論理的に無駄のない文章を書く彼が、世の中の不条理に対する悔しさを書いているときは、彼らしからぬ誤字脱字と共に、言葉自体、荒々しかったから。

でも、それさえもそう思わせる為の技巧だったのかと思ったこともあったが。

私は心底、彼を信じてはいなかったのだろう。

彼に言わせると、私も姑と何ら変わらない人間の1人かも知れない。

否、更に酷い偽善者として軽蔑されるべきかも知れない。

敢えて騙されてみようかとも思った。

それが虚構であれ、真実であれ、そんな事はどうでもいい事かも知れなかった。

気持ちの赴くままに思い通りに生きてみたかったから。

ストイックに生きているばかりでは息苦しくなるから。





最後の思いやり

メールで彼が辛辣な言葉を送ってきて、敢えて終わらせたのは、いつまでも結論を出せないでいる私に対する、最後の思いやりだったのかも知れない。

いずれにせよ、今となっては既に幕は閉じられた後だけれど。

なぜなら、彼のビジネス用ホームページは、今は削除されていて、もう既にない。

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