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玲子36~『Bar D』にて 1~


駅から少し離れた住宅街のマンションの1階に、昔からの行きつけのバーがある。
『Bar D 』のドアを開けると、ほの暗い店内のカウンター中央に、ユースケの顔があった。
「いらっしゃいませ。」にっこりと笑って、アタシたちを迎える。
いつ来ても、この対応。なれなれしくもなく、そっけなくもない。程よい距離感。
「久しぶりに来てみたわ。こちらは瀬川さん。」ユースケに慎司の妻を紹介する。
「はじめまして。よろしく」ユースケは、慎司の妻を見つめて挨拶する。
たいていの女は、ユースケのこの目にやられてしまう。吸い込まれてゆく。そういう「あやうい目」だ。
「きれいな方ですね。可憐な感じ。」カウンターに座ったアタシたちにお絞りを手渡しながら、
ユースケは慎司の妻に話しかけた。
「そんな・・・」慎司の妻は、恥ずかしそうにうつむく。
アタシとユースケは「目」を合わせる。そして、微かに口角が動く。
アタシたちの「お遊び」は、すでに始まっていた。

「なににします?」ユースケに訊かれて、アタシは慎司の妻に尋ねる。
「瀬川さんはお酒、何がお好きなの?」
「そんなに飲めないから・・・甘い方がいいわ」
「それじゃユースケ、なにかカクテル作ってあげてくれる?」
「はい。カシスとか好きですか?カシスオレンジはどうかな。」
慎司の妻は、優しく微笑むユースケの目を見れずに「それでいいです」とだけ、
うつむきがちに答えた。


慎司の妻は「尚子」といった。尚子は白いレースのワンピースを着て、黒髪を肩まで伸ばし、
薄化粧で目立たない女だ。それでも、芯の強さのようなものが、どことなく感じられた。
アタシは始めからバーボンのロックをオーダーし、尚子と乾杯する。
「この店には、よく来るんですか?」尚子がアタシに訊く。
「初めて来たのが学生の頃だから、もう何年になるかしら。時々、ひとりで。」
「え?ひとりで飲みに来るの?」尚子は驚いたように、声を高くした。
「そうですよ。どうして?」
「私、一人で飲みに行ったりしたことないわ。こういうお店も結婚してから、ほとんど行ってないし」
「そうなの?私も、一人で飲みに来るのはこの店だけですけどね。
ここは女一人で来ても居心地いいし、安心して飲めるんです」
「そんな感じね。いいお店だわ」
「ありがとうございます。瀬川さんも、ぜひまたお越しくださいね」
すかさずユースケが間に入ってくる。
「『尚子さん』でいいわよ、ね、尚子さん?」アタシはいたずらっぽく尚子に笑いかける。
「じゃあ、尚子さん」ユースケが尚子の名を呼ぶ。
尚子は黙って、ユースケに微笑み返した。


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