ALL TOMORROW'S PARTIES

最後の日


ベッドの上で空を見つめ横たわる笹塚の周りには、
高校時代からの友人である、佐藤と横田と山口が取り囲んでいた。
笹塚は末期のがんで余命半年を宣告されたばかりだ。
笹塚はまだ三十二歳。早すぎる死の宣告だった。

口火を切ったのは佐藤だった。
「この前、子供生まれたんだよ、俺。」
「へえ。おめでたいじゃないか。」
横田が場の雰囲気を和らげようとわざと陽気に声を張り上げて言う。
しかし佐藤は暗い様子でため息混じりに言った。
「いや、それがそうでもないんだ。」
「え、何で。」
「俺さ、前不倫してた裕子、知ってるだろ。あいつの子なんだよ。」
「え、だってだいぶ前にわかれただろ。」
「ああ、だけど、最近になっていきなり現れてさ。これお前の子だから責任取れって。」
「だってそれお前の子かどうかもわからないだろ。」
「そうなんだけど、それで女房にもばれてあいつ怒り狂っててさ、離婚するって。
慰謝料とかもとられそうなんだよ。弁護士と相談してるらしくて、、。」
「そりゃそうだろ。で、どうすんだよ。」
「知らないよ。でさ、俺あいつの親父のコネで今の会社はいったじゃん?
このままじゃクビになりそうだし、、。とにかくやばいんだよ。。」
「お前災難だな。」
今まで押し黙っていた笹塚が始めて声を出す。
「そうなんだよ。本当死にたくなるよ。あ、悪い。。」
佐藤は気まずそうに笹塚を見やった。
「いいよ。気持ちわかるよ。けどそりゃお前自業自得ってもんだぞ。」
「そうだな。本当馬鹿だったよ。」
「ああ、馬鹿だよ。奥さんあんなにいい人だったのに。」
「はははは。本当馬鹿だよな、俺。」
「ははは。馬鹿だ。」
二人は目を見合って笑いあった。

「あのさ、俺の話も聞いてくれよ。」
「何だよ。横田。」
「俺さあ、会社、やめたんだ。」
「はあ?冗談だろ、お前。」
「いや、本当に。で、ほらこれ退職金だって。」
横田は足元の奇妙に膨らんだバックから札束を数個取り出すと
得意そうに振って見せた。
「500万円あるよ。」
「奥さん、許さないだろ。そんなこと。」
「うん。だから女房は殺したよ。」
「何だって?」
「殺したよ。あんまりうるさいから。」
「殺したって、、死体は。」
「まだ家にある。とりあえず押入れに・・。」
「子供はどうしたんだ!?」
彼にはこの前4歳になったばかりの娘がいたのだ。
彼はがっくり肩を落とし首を二、三度振った。
「子供は・・・殺せなかった。」
「じゃ今どうしてるんだよ。」
「お袋のところに預けてるよ。」
「それで・・・どうするんだよ・・・・お前。」
「さあ・・・逃げれるだけ逃げるけどね。まあ、時間の問題かな。」
そういいながらまるで他人事のように上の空だ。
「お前がそんな馬鹿なやつだとは思わなかったよ。」
「うん。馬鹿なんだよ、俺。」
「大馬鹿だよ。」
「お前見てると勇気付けられてさ。」
「はあ?」
「いや人間死んだらお終いだなって思えてさ。」
「お前それ病人に言う言葉か?」
「ごめん。でもそうだろ。」
「うん。まあ、そうだな。」
いつしかお互いの口元は弛緩して、どうしようもない笑いがこみ上げてきていた。
「ははは。馬鹿だよ。お前は俺より馬鹿だ。」
佐藤が横田の肩を叩いて笑う。
「うんうん。ははははは。馬鹿だよなー。」
「はははははは。」
「はははははは。」
もはやその笑いは爆笑となって部屋中に響いていた。
笹塚も身をよじって笑っている。
「で、山口、お前もなんかあるのか。」
笹塚は一人押し黙っていた山口に半ば期待を込めて声をかける。
「ああ。」
「やっぱりな。さっきから暗いんだもんな。何したんだよ。もう何でも驚かないぞ。」
「ああ。」
「何やったんだ。」
「ああ、、、まだやってないけど、、。」
「何。」
みんなの顔が期待でうずうずしていた。
笹塚の顔を凝視しながら、山口がためらいがちに口を開く。
「おれ、お前を殺そうと思うんだ。」
「は・・。」
一瞬笑いが消え、沈黙が支配する。
「ばか。お前、俺は死ぬんだってもうすぐ。」
「ああ。けどそれじゃ、俺の罪にならないだろう。俺だってもうどうだっていいんだよ。
俺だけ仲間はずれにしないでくれよ。俺は人を殺したいと前から思ってたんだよ。
お前いいだろ。どうせ死ぬんだから、、。」
山口はそういって手元のスーパーの袋から大きな出刃包丁を取り出して見せた。
すし屋を経営している山口の自前の包丁だろう。よく研いであって切れ味がよさそうだ。
「お前、それで俺を殺るつもりか。」
「そうだよ。よく研いであるだろ。」
息の詰まるような緊張感があたりに充足する。
横田がおろおろして二人を見回している。
佐藤がこらえきれずに笑い出した。
「ははははは。こりゃ傑作だ。」
つられて横田も吹き出す。
「どうなってんだこりゃ。」
笹塚もだんだん笑いをこらえきれなくなる。
「ははは。本当だな。いいよ。やれよ。山口。ただし、心臓をちゃんと狙ってくれよ。」
「ああ・・・。」
山口の手は上下に激しく震えていて、今にも包丁を落としそうだ。
「手、震えてるぞ。大丈夫かよ。」
「当たり前だろ・・。人間は初めてなんだ。」
「はははははは。しっかりしろよ。」
その瞬間、包丁が勢いよく振りかざされ、鈍い音がして
笹塚の胸に深々と突き刺さった。
「がっ・・・。」
衣服に血がにじみ、瞬く間に広がっていった。
「痛・・・ばか。お前これ心臓じゃねえよ。はずしてるって・・。」
「ごめん・・取り乱して・・。けどお前出血多量で死ぬだろ・・どうせ。」
「そうだな・・・痛・・・それにしても痛いな。」
笹塚にとってその耐え難い痛みでさえ最後の体の感覚としていとおしく感じられるのだった。
胸元に広がる血のあたたかさも、生きていることと死ぬことの実感を生々しく伝えている。
意識が断続的に遠のく。
「死ぬんだな・・。俺・・。でも、なんだか嬉しいようなきもする。」
「ああ、本当にうらやましいよ。」
「お前が死んだら俺はきちんと自首するよ。」
「そうしてくれよ。それにしても・・・お前ら本当に馬鹿だな。
本当、最高だよ。」
「はははは。そうだな。」
「はは。」
「ははははは。」
笑いが笑いを生み、抑えきれないほど大きくなっていった。
「はははは。こんなおかしい死に方・・・ははは、見たことないよ。」
「はははは、俺もだ。」
笹塚が笑うたびに激しく痛む胸を抑えて声を絞り出す。
「ぎゃはははは。」
横田はもう立っていられなくなって、床に転がり腹を押さえて肩で呼吸をしている。
「はははは。本当におかしいや。」
「はははは。」
「はははははは。」

いつしか皆泣いていた。泣きながらいつまでもいつまでも笑っていた。




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