☆わたぼうmama☆ROOM

退院


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雪だるま雪だるま雪だるま雪だるま





         2002年 1月 5日  38.5度の熱が出て7日の始業式への出席をあきらめる。                                                                     
               1月 9日   夕方より急に尿量が減る。

                      その後1日1500~2000ミリリットル
                      薬は決まった時間にやはり入れるように言われる。

                      全身打撲のような痛みが続いて体が動かない。

              1月15日   薬をストップしてほしいと頼む。
                      ずっと薬が切れる間もなくしんどがる。
                      薬の入れすぎは脳障害を起こすと言いながら薬を決まった時間に
                      入れるように言うのはおかしいと訴える。
                      薬が切れたと感じた時に入れさせてほしいと言う。                                                                      
                      尿量が少ないと下痢をする。尿量が多くなるとピタッと止まる。
                      その繰り返しの日が続く。
                      薬は1日3~7フンムで息子が勝手に調節する。

               1月20    急に薬が効き始めたのはホルモンが出だしたのではないかと息子が言う。                                                      
                      ホルモンの検査を頼む。                                                          
                21日     薬が切れて丸一日後採血。



 結果
20日10時から21日10時までの尿量
19430ミリリットル約20リットルの尿量があり
抗利尿ホルモン 入院時より出てないという結果が出る。
ホルモンの正常値1~3.5
息子の値0.3



              尿量が少ないのは(薬のおかげで)その頃だけでまた4500~8500ミリリットルの量に戻る。
              1日3~4フンムで体調を整えながら入れていく。
              頭痛、肩こりはだんだんひどくなる。
              とんぷくを飲むのが当たり前になってくる。

              2月6日~9日、11日~15日         外泊

                 学校へ実際に出て様子をみようとするけれど朝起き上がれない。
                 ごはんも食べれないけれどとんぷくを飲んで15日2時間目技術の時間出席してみる。


たった30分だけど学校へ出席する。
学校の西門で待つ。
授業が終わって友達3人に付き添われて出てきたのが今でも忘れられない
学校は楽しいと言った。
170の学生服から185の学制服に買い換えての
5ヶ月と10日ぶりの登校



この期間に地元の病院へ変われるよう段取りをつける。
知人の友達のS産婦人科のお医者様から
日本鋼管F病院のこの辺りで小児科トップと言われるI先生宛てに
紹介状を書いてもらうようにと指示を受け
退院にもって行く指示を受ける。



*確かに大きな病院で難病の受け入れ体制が整っているかもしれないけれど
最後まで息子のしんどさをわかってもらえなかったことに不満、不信感を覚え
特に目の前ある息子の症状よりマニュアルでしか治療できない担当医を
受けつけれなくなるところまで私も息子もきていた。
早く家に連れて帰りたいもうそれしか考えれなかった*



               2月15日   学校復帰を理由に地元の病院へ紹介状を書いてもらい退院したい旨を
                       主任看護婦さんに告げる。
               2月16日   k中央病院  退院

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