慌ただしい2週間が過ぎました。ブログを放置していてすみません。
話は10月26日まで遡ります。大阪で保護犬のためのバザーに行く予定でしたが、岐阜地方は早朝まで雨が残っていました。大阪方面は早めに上がったようですが、会場の足元は芝生なので、ぐちゃぐちゃで開催できない可能性もあったし、もっと天気の良いバザー日和に参加しようと思ってあきらめ、ゆっくり起きようと思っていました。なのに朝5時に家電が鳴りました。時々変な時間にかかってきて、受話器を取った途端にブチッと切れることがあるので(夫の愛人が嫌がらせにかけて来たと言っています)「またか!」とゆっくり起きました。7回ぐらい鳴ってから切れてしまったので寝なおしたら、また電話。今度は出てみたら札幌の父からでした。
「おばあちゃんが今朝亡くなった」 祖母は満98歳、享年99。認知症で10年間特養ホームに入っていました。特養とは思えないほど綺麗で豪華なホームでとっても大事にしてもらっていました。ボケてしまっても「ありがとう、いつもすみませんねぇ」と言うのが口癖でした。甲状腺がんが悪化して食道を圧迫するので、食べ物や飲み物が飲み込みにくくなり、流動食もだんだん嫌がるようになって、最後は水分も拒否しました。無理に点滴をしても自分で抜いてしまう可能性が高いので、延命治療はやめて 「看取り」 をお願いしていました。完全に付き添っていることもできないし、朝起きたら亡くなっていたと言う場合でも仕方がないと思っていましたが、皆さん交替で見ていてくださったようで、午前2時半頃に叔父の所に「そろそろだと思います」と連絡があり、叔父と叔母とお世話になったヘルパーの皆さん達で一緒に見送って下さったそうです。本当に幸せなおばあちゃんでした。
大阪に行っていたら、途中からとんぼ帰りをしないとならないところでしたし、高速道路の運転も危険だったかもしれません。
そして、おばあちゃんの葬儀の日は、もう植物状態になってそろそろ1年になる 母の77歳の誕生日でした 。仲良し親子だったからなあ。
この後、葬儀の写真があります。身内には何という事のない写真ですが気分を害される方もいらっしゃるでしょうからモザイクを入れましたが、心配な方はどうぞご遠慮下さい。
10年間もホームに入ったままのおばあちゃんでしたから、自宅のマンションを処分した方がいいんじゃないか・・・と子供たちの間で話が出たことが何度かありました。共益費が非常に高いマンションだったので、住んでなくても1年間で100万円ほどかかっていたんです。でも母が「両親が仲良く暮らした家からお葬式を出してやりたい、葬儀に集まったみんながホテルに泊まったりするんじゃなくて、家に集まって古いアルバムを見ながら話をしたり、
形見を分け合ったりして、楽しい時間を過ごしたい」
、という思いを貫きました。
私が札幌に着いた夜、老人ホームから送り出されたおばあちゃんは十年ぶりに自分の布団の上で眠るように横たわっていました。
不思議と体をむしばんでいたガンによる首の腫れはひいていました。顔もつやつやで、若返って見えました。叔母が綺麗にマニキュアをしてお気に入りの帽子をかぶせてもらっていました。
湯灌に来た「おくりびと」は女性でした。
20年前に逝ったおじいちゃんが天国の入り口で解らないと困るから、と昔二人で撮った写真を見せて、若返りメイクをしてもらいました。濃いめのファンデーションで気にしていたシミを隠してもらったら本当に若返り、
そのお気に入りの写真を遺影にしてもらって、その時着ていたロングドレスを着せてもらいました。
通夜と告別式は家族葬にして、新聞の死亡広告も出さず、知人にも一切お知らせせず、親戚からのお香典やお花もすべてお断りしました。生前の祖母の希望でした。
葬儀社の社長の自宅だったという一戸建が会場で、
2階に24畳の和室があり6人で泊まりました。
お通夜の後もみんな笑顔。
家族葬というのが流行のようですが、安くできると思ったら大間違いです。
自宅にお坊さんに来てもらってお経だけをあげてもらい、食事なども自分たちだけで手配して、葬儀屋の基本料金分だけをお願いするならOKですが、今回は親戚だけとは言え、通夜後の食事、
宿泊後の朝食などをお願いした分や、夜入浴した時に使ったバスタオルや洗面道具、貸し布団の料金などがかなり高かったです。(旅館の備品のようなタオルと歯ブラシのセットが一組1000円で請求されていました)戒名も簡単なもので良いかと思っていたら、祖父が社葬だったので豪華版の戒名がついてしまっていて、それとのバランスを考えたら・・・と高額バージョンの名前になってしまいました。
私を含めて孫が8人、ひ孫は14人。孫の年代はみんな働き盛りなので急に休みが取れず、葬儀前に日帰りで来た人や、葬儀後の3連休に来た人、四十九日まで来れない人などそれぞれでしたが、おばあちゃんが居なくなってしまうと北海道まで来ることもなくなってしまうので、いとこ達と会うのも四十九日がラストチャンスかもしれませんね。葬儀は悲しいことだけど、おじいちゃんのお葬式以来二十年ぶりに会う人もいるので、こういう機会って必要なのかもね。
一人一枚ずつお手紙を書いて棺に入れました。お習字の筆や半紙も入れ、耳かきが大好きだったおばあちゃんの手には竹製の耳かきを持たせました。
後ろから見ていたら、兄と甥の襟足の毛の生え方が同じでおかしかった~。
お骨を持って、帰りにお墓に寄ってもらいました。おじいちゃんもう少し待っててね。ドウダンツツジが真っ赤で綺麗。
翌日には精進料理なんかそっちのけで、ビール園に繰り出しました。大人6人なのに、ビール園なのに、みんなノンアルコールの一族です。
ジンギスカンと
ラムしゃぶを両方堪能してきました。
今回は私はカメラマンだったので、悲しんでいる様子も写さないと、と思っていたのですが何だか笑顔の写真が多くて変な気持ちでした。きっと天国でおじいちゃんと会えて喜んでいるんだろうなって、みんなが優しい気持ちで見送れた葬儀でした。
これが本当の家族葬です 2015年10月19日 コメント(2)
警察のずるい待ち伏せを告発したい!自分… 2014年09月11日 コメント(3)
半月板損傷って長友とか本田圭祐もやった… 2014年09月04日 コメント(6)
PR
カレンダー
キーワードサーチ
コメント新着