WILDハンター(仮)

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十七章「黒き暗雲・中」


 そう言ってジャンボ村の村長代理をしている竜人族の姐さんが酒場のカウンターに腰掛けて首をかしげている。ここ最近テロス密林の奥地で巨大な何かが目撃されており、またソレに追われたのか奥地を縄張りとする何頭ものリオレイアやイャンクックにゲリョス、はてはガノトトスまでもが他の地域へ移動してきたのだ。それも普通なら今までいた飛竜と縄張り争いになるはずなのに元々いた飛竜たちも彼らをまるでかくまうように自らの縄張りへいれたままにしている。
「それにこの通知。何かヤバいヤツがこの辺りにきてるのは確定ね」
 そう呟くと姐さんはカウンターの上に置いたままのギルドからの通達書に目をおとした。それには古龍観測所の気球がテロス密林北東部古代の遺跡付近で黒い動く山を観測したので付近の村々では避難の準備等、警戒を怠らないようにという旨が書かれていた。
「姐さ~ん。さっきのギルドの人たち何を置いていったんですか?」
 ちょうどクック討伐へ向かったハンターたちへ成功の報酬を渡したパティがズズイと姐さんが見ていた通達書を覗き込んだ。中身を読んでいくとパティの顔に緊張の色が浮かびあがってきた。やや頬をこわばらせながら、
「これ…村の人たちに早く知らせたほうがいいんじゃないですか?」
「そうね。悪いけどパティこれを広場の掲示板に貼って、それから親方さんのところへいって物見台から村のみんなに呼びかけてくれるよう頼んできてちょうだい」
「はいッ!」
 姐さんの指示にパティは通達書を引っつかむと土煙をあげて駆けていった。彼女が掲示板へ着いた辺りで姐さんはカウンターから立ち上がると、
「さて、私はハンター君たちに指示しなくちゃね」
 そう言って背伸びをひとつするとハンターたちへ貸し出している家が並ぶ通称ハンター通りへ歩いていった。昔と違い今ではジャンボ村もハンターが10~15組ほど常駐するテロス密林狩猟の拠点となっている。もちろんハンターたちの腕前はピンキリではあるが。

――その頃、テロス密林北東部付近――

 ダクシュとフィアは狩り場指定区域から外れた奥地へと向かって駆けていた。ジャンボ村でギルドからの通達書を渡したあとに船着場からノーチラスで最も目標に近い砂浜へつけてもらい、そこから狂走薬を飲んで一気に目標までたどりつく予定であった。だが、それらしい痕跡を見つけることができずにいた。二人ともかれこれ4時間は走り詰めのままである。木々のあいだを抜けていくと少し開けた巨木の周りに出た。二人とも軽く息が上がっている。
「はぁはぁ…そろそろ狂走薬の効果も切れるわね」
「そうですね…ふぅ…」
 ダクシュの言葉にフィアが額の汗をぬぐいながらそう答えると、ダクシュは背負っていた荷物を置いて巨木の根元によりかかって座った。
「ちょっと休憩しましょう。もう相手がここらにいない可能性もあるし次の狂走薬の効果が切れるまでに見つからなかったら一旦本部へ戻るわよ」
「りょ~かいです」
 疲れた口調のダクシュにこれまた疲れた口調でフィアが答えて同じように巨木の根元へ座り込んだ。すると疲れていたせいか二人ともすぐに寝息をたてはじめた。しばらく経ってダクシュは妙な振動を感じて目を覚ました。一定のリズムで繰り返される振動。それはまぎれもなく巨大な何かが動いていることを示していた。
「フィア!」
「準備はできてます!」
 ダクシュが跳ね起きてフィアの名を叫ぶともう彼は自分の荷物を背負っている。やや拍子抜けした表情をうかべてダクシュは荷物の中から狂走薬の入った瓶を取り出すと一気にあおって、
「そんじゃ全速で駆けるからね!遅れてもスピードは緩めないからしっかりついてきな!」
「ダクシュさんこそ僕に追い抜かれないようにしてくださいよ」
「あんたも言うようになったねぇ」
 お互いに不敵な笑みをうかべると一気に振動のする方へ二人は駆けた。その速さはまさに疾風迅雷。足場が悪いことをまったく感じさせず張り出している木々の根に引っかからず藪もいとも簡単に抜けていく。振動のしてくる方へ駆けていくと不意に視界が開けた。見ると何かが通ったのだろう。樹木がなぎ倒されて道のようになっている。
(幅はざっと1000cmといったところか。老山龍の徘徊コースではないし仙高人ではこんなきれいに一直線だけなぎ倒していくことはできない。前々の情報からも例のヤツである可能性が高い。とにかくこの道を振動のくる方へいけば標的に辿りつけるだろう)
「かなりでかいですね」
 頭の中で色々と考えていると後ろからフィアが驚きと呆れが混じった口調でそうもらした。その言葉を聞いてダクシュはからかうような笑みをうかべながら振り返ってこう言った。
「怖かったら帰ってもよろしくてよ。おぼっちゃん」
「んな…ッ、怖がってなんかいませんよ!」
 その言葉にカチンときたフィアはむりやりに肩をはって強がった。それを見てダクシュは腕組みをして意地の悪い笑みをうかべてため息をついた。
「さて、こいつを追うよ!」
「はい!」
 喝をいれられたフィアは威勢よく返事して駆け出したダクシュの後ろをついていった。ほどなくして彼女らの行く手に動く棘の生えた山が見えてきた。
(大きさはだいたい老山龍の半分ってとこね。それでもグラビモスの金冠サイズはゆうに超えるか)
 駆けながらダクシュはおおまかな分析をしていた。そうしているうちにも山はゆっくりと移動していく。
(こいつが進んでる方向…ひょっとして…)
ダクシュの後ろを駆けているフィアはどうしてもそれが気になりポーチから方位磁石を取り出して方位を測ってみた。今彼らがいるのはテロス密林の北東部。目標はゆっくりと南西にむかって進んでいた。そのままいけば大円湖に出るがその方向には、
「ダクシュさん!」
「何?」
 フィアの鋭い声にまずい事態が起こっていると直感したダクシュは即座に聞き返した。フィアはすぐさま落ち着いた声で話した。
「山は南西へ進んでます」
「それで?」
「その方向にはジャンボ村を含めいくつかの村が点在しています」
「あちゃー…」
 フィアに方角を言われた瞬間に予想したことが的中してしまい、ダクシュは困ったと頭をがっくりたれた。しばらく走りながら考えていたけれどパッと顔をあげ、
「山はあたしが追うからあんたは近隣の村へ避難するよう伝令に走って!ついでにネモさんとこ行ってギルドへ増援要請をお願いして!」
「了解!」
 矢継ぎ早にダクシュが指示を出すとフィアは素早く脇の茂みへ飛び込んでいった。それを確認するとダクシュは前を向き目の前の山へ目線をあげた。
(本来は賞金かけられたモンスターとギルド関係者がやりあうのはギルドの規約違反なんだけど…)
 そう考えながらダクシュはポーチの中のカートリッジを確認している。
(まぁ近隣住民の安全を確保するって規約に違反するよりかはマシだね)
「うっし、やるか!」
 気合をいれると山の行く手に先回りするべく彼女も脇の茂みへ飛び込んだ。その頃古代の遺跡の入り口に黒い山を見つけてほくそ笑んでいるマリクとリヒャルトの姿があった。
「シュシュシュ…ようやく見つけたぞ。アカムトルム」
 独特な笑い声をあげながらリヒャルトは満足そうにゆっくりと歩を進めるアカムトルムを眺めている。マリクもその傍らで自慢の金髪をかきあげながら不敵な笑みをうかべている。すると突然、
――ギャオォォォオオォォォォオ――
 アカムトルムが吼えて怯んだ。それを見てふたりは予想外の事態にうろたえた。
「な…ッ、何が起こったのだ!?」
 リヒャルトはそう叫び戸惑っていたが、マリクはすぐ平静をとりもどし懐から双眼鏡を取り出してアカムトルムの前方を覗きこんだ。見るとギルドナイツらしき赤髪の誰かがアカムの足止めをしているらしかった。木々のあいだからアカムの顔めがけてボウガンの弾を撃ち込んでいる。
「ギルドが嗅ぎつけてきたようです。アカムトルムに懸賞金をかけてそれで終わりだと思っていましたがかなり本腰をいれているようですね」
 そう言いマリクは覗いていた双眼鏡をリヒャルトに渡した。リヒャルトはその様子を見ながら何事か思案している。おもむろに双眼鏡をおろすと、
「マリクよ。アカムトルムの血はもう濃くなったと思うか」
「いえ、未だやつの血は煮詰まっていません」
 意味深なやりとりをしてリヒャルトはもう一度黙考し始めた。しばらく沈黙が続いたが、
「ではアカムトルムを人里へ向かわせよ。人と争わせればやつは怒り、その怒りがやつの血を濃くする」
「分かりました。ではここからほど近いジャンボ村へやつを呼び寄せましょう」
「うむ」
 リヒャルトの言葉を聞くとマリクは一礼して密林の中へゆっくりと消えていった。

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