「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
100万ポイント山分け!1日5回検索で1ポイントもらえる
>>
人気記事ランキング
ブログを作成
楽天市場
019498
HOME
|
DIARY
|
PROFILE
【フォローする】
【ログイン】
The delusion world
復讐者が唄う狂想曲
―――俺の記憶の中で、彼女は確かに笑っていた。
いつも。
俺とあの子達を見て、静かに微笑んでいた。
あの時、俺が「結婚してくれないか」と言ったときも。
「はい」とすごく柔らかな笑みで俺を受け入れてくれた。
「世界中がココみたいだったらよかったのに」
と、少し残念そうに、自嘲気味に笑っていたこともあった。
疲れて仕事から戻ってきた俺を迎えるときも。
いつも、胸をなでおろすように笑っていた。
そう。
彼女はいつも笑っていた―――。
なのに。
どうして。
彼女が今ココに転がっているのか―――?
その顔は引きつっていて。
いつもの彼女の笑顔は砂の粒ほどもない。
服を着ていない。
着テイナイ。
裸で地面に転がっている。
ナゼ?
思考が働かない。
ナゼ。
ナゼ、ソンナ所ニ横タワッテイルンダ。
震える手を彼女へと伸ばす。
認めたくないと。
すがるように手を伸ばす。
―――冷タイ。
息ヲシテイナイ。
辺りには血痕。
彼女に傷がないということは、よほど抵抗したのだろうか。
血痕の近くに砕けた食器の様な物が転がっている。
嘘ダ。
ソウ言ッテクレ。
もう“過去の物”だと解っているのに。
少し、ほんの少し前まで“彼女”であった物を抱き上げる。
抱き上げた彼女に熱はなく。
体は鉄のように硬い。
開かれた目。
そこに生気など微塵もなく。
その全てが。
全てを否定したがる脳を否定する。
ドウシテ。
ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ。
カノジョハシンデイルンダ―――
キノウマデ。
ワラッテイタノニ。
「あ、あ・・・ああああああああああああああぁあぁぁぁああぁぁぁぁあぁ!!!」
崩れ落ちる。
膝から―――
ココロガ。
地面に。
雨ガ降ッテキタ。
地面ニ雨ト一緒ニ頬ヲ伝ッタ滴ガ落チル。
ソウダ。
何モ着テナイト寒イダロウ。
アア。
地面ニ落トシタココロガ雨デ溶ケル。
溶ケテイク。
ソウシテ残ッタ物ハ―――
憎イ。
憎イ。
憎イ!
全テガ。
憎イ!!
彼女ヲ汚シタ奴ラガ。
彼女ヲ救ワナカッタ神ガ!
神ガ裁カナイトイウノナラ。
俺ガ裁ク。
俺ガ裁クカラ―――
ソコデ見テイテクレ、レイス。
サア。
狂想曲ノ始マリダ。
<狂った暗殺者>
夕暮れ時。
路地裏で蠢く生き物が2つ。
「ぎゃっ・・・ちょっ、や、め・・・」
グチャグチャ。
動かなくなっても、グチャグチャと。
もう死んでしまったそれに、ナイフを突き立てる。
―――足リナイ。
血ガ足リナイ。
見渡す限りの血の海で
男は狂ったように笑い出す。
いや。
既に男は狂ってしまっている。
憎イ。
その感情のみが、男を動かす原動力。
次ハ―――アッチカ。
血に濡れたコートを脱ぎ捨て、路地裏を後にする。
口元には歪んだ笑み。
1対1デ俺ヲ殺セル者ナドイナイ。
俺ハ暗殺者。
俺ノ本当ノ姿ヲ知ル者ハモウイナイ。
彼女ハ死ンダノダカラ―――。
一般人には知る由もない世界の“闇”。
その“闇”を知る者に、彼の名を知らぬ者はいない。
“最強”。
何者も彼には敵わぬと。
そう呼ばれた彼が結婚したのは1年と半年ほど前。
結婚相手の名はレイスリール・ハート。
愛称はレイス。
彼女は同業者でも、はたまた闇の世界を知る者でもなく。
ふとした事から知り合った、ただの一般人だった。
「俺が恐ろしくないのか?」
ある時。
自分の素性を打ち明けた時だった。
何百人という人を殺してきた自分を前にして、彼女は微笑んでいた。
だから。
そう聞いたのだ。
「あなたが心の底からの人殺しだったら、こんなことはしないわ」
彼女はそう答えた。
何人もの捨てられた子供達に囲まれて。
彼は、両親に捨てられた孤児院の子供達を引き取り、養っていた。
自分でも何故かは解らない。
もしかしたら、彼の本当の性分は“人を救う事”だったのかもしれない。
だが彼は暗殺者なのだ。
今まで何百人という人を殺し、これからも何百人という人を殺す。
それ故に最強と呼ばれたのだから。
それでも彼女は笑っていた。
「あなたが私を殺すというのなら、それもかまわないわ」
と。
そのときも確かに笑っていた―――。
そんなある日、事件が起こる。
結婚してから3ヶ月ほど経った日の事だった。
仕事から戻った彼はすぐに家の様子に違和感を覚えた。
人気がない。
いつも彼女が迎えてくれるはずなのに。
時が経てば経つほど嫌な予感は確信へと変わっていく。
急いでリビングへと向かった彼が見つけたものは。
既に冷たくなった彼女の死体。
子供達はいない。
攫われたのだろうか。
だが、そんな事は最早どうでもよかった。
彼女が死んでいる。
自分の目の前で。
青白い肌。
開かれた目。
そこから見える、生気のない瞳。
その全てが。
彼女の死を絶対的なものに仕立て上げていた。
「あ、あ・・・ああああああああああああああぁあぁぁぁああぁぁぁぁあぁ!!!」
「がっっ・・・・!!」
後ろから忍び寄り、タン、と頭に鉛弾を放り込む。
―――俺ハ何ヲシテイルノダロウカ。
本当は彼女が死んだときに自分も死にたかった。
「――――ルト!」
ただ。
“このまま仕事を続けていれば、いつか彼女の仇に出会えるかもしれない”
そう思うと死ぬ事は出来なかった。
「――――るのか?応答しろ!」
それに。
憎イ。
この思いを消し去ることは出来なかった。
「――――って来い。話がある」
ふと、無線から声が聞こえていることに気がついた。
「なんだ?」
「なんだ、じゃねぇ!いいからさっさと戻って来い!!」
どうやら先程から聞こえていたのは無線士の声だったらしい。
戻って来い、と言われたのなら戻ろう。
次ハドレグライ血ヲ浴ビレルノダロウ―――。
彼の中の狂気が期待に震える。
次ハモットモット浴ビタイナ。
と。
あの日生まれた狂気が蠢く。
その醜い感情を知ってか知らずか。
彼の口元は歪んだままだった。
<復讐者の誕生>
しばらくしてアジトに帰り着いた。
彼女と住んでいた家には、彼女が死んでから一度も行っていない。
アジトに入るとすぐに無線のスイッチを入れる。
テレビ電話ぐらい用意できないことはないが、彼は顔を出すのを極端に嫌がる。
「遅いぞ、ロベルト」
ロベルト、と呼ばれた暗殺者は今回使ったナイフと銃を放り投げる。
どうやら無線の相手には特に興味が湧かないようだ。
「悪かったな。で、用件は何だ?暗殺の依頼ならちゃんと代理人を通してくれ」
そのままコーヒーメーカーを手に取り、カップにコーヒーを注ぐ。
彼は未だ無線の相手に興味を示してはいない。
だが。
次に聞こえてきた言葉に彼は耳を疑った。
「お前の妻を殺した奴らが分かった」
―――ナンダッテ?
手にしたカップが滑り落ちる。
コーヒーが足にかかったがそんな事は気づいていない。
「レイスヲ殺シタ・・・奴・・ラ・・・?」
隠していた狂気が表へと出てくる。
理解したはずの言葉が理解できない。
「そうだ。その組織とアジトの位置が判明した」
淡々と、無線から音が流れてくる。
ゆっくりとその音を理解していく。
そして全て理解し終えた時、彼は弾けた様に音に喰い付いた。
「どこだ!場所ハ!!誰ナンダソイツラハ!!」
狂気が抑えられない。
だがそんな事は構わない。
やっと見つかった唯一の手掛かり。
それをみすみす逃すわけにはいかない。
「データは今から送る。だが、1つ忠告しておくぞ」
データを送信しているのか、無線の向こうでカタカタと音がする。
「・・・今回の敵は例えお前でも生きて帰って来れるか分からない」
無感動の声が響き渡る。
“生きて”帰ってくる―――?
ソンナ事ハ関係ナイ。
彼女ヲ汚シタ奴ラハ殺ス。
タダソレダケノ事ダ。
俺ノ命ナド有ロウガ無カロウガ知ッタコトデハナイ。
「俺が言いたいのはそれだけだ。それじゃ、俺の用件は終わりだ」
そう聞こえたかと思うと、既に無線は切れていた。
ピコン、という音がしてデータが届く。
昨日から付けっ放しだったパソコンと向き合う。
届いたデータは、本当に簡潔で、彼が必要としている物だけだった。
敵の組織とそのアジト。
それらを並べただけの、50文字にも満たない文字列。
たった50字足らずの文字列を目に焼き付け―――。
ソレジャア。
狩リヲ始メヨウ。
歓喜する狂気を抑えながら、家を後にする。
右手には銃を。
左手にはナイフを。
口元には歪んだ笑みを携えて。
俺ハ世界最強ノ暗殺者。
サア。
狂想曲ノ始マリダ。
笑ッテミセヨウ。
降リシキル血ノ雨ノ中デ―――!
そうして、1人のアヴェンジャー復讐者が生まれた。
<It is the capriccio that an avenger sings.>
「―――此処か」
目の前にそびえるビルを睨む。
表向きはどこにでもありそうな株式会社。
だが。
裏向きはマフィアとの繋がりもある組織のアジト。
その前に彼は立っている。
一歩でも中に踏み込めば、生きて帰れる保証などない。
それでも彼は足を止めない。
一歩。
また一歩と。
歩を進めていく。
さあ、復讐の始まりだ―――。
「社長。お知らせしたいことが」
音もなく部屋に入ってきた“社員”が言う。
豪勢なイスに座ったまま、振り向きもせず“社長”と呼ばれた男は返事をする。
「なんだ。言ってみたまえ」
「侵入者です」
社員の一言に、社長は微かに反応し笑った。
社員の方からでは見えないが、確かに笑った。
恐らく彼の顔は歪な笑顔を形作っているはずだ。
「ようやく来たか。ロベルト・クリフト」
部屋に入って初めて、社長が社員の方へと振り向く。
その顔はもう笑っていない。
「迎え撃て。誰でも構わない。奴を殺せ」
ブシュッ。
タン。
ギャアアアアアアア!
血の吹き出る音。
銃声。
断末魔。
色々な声や音が交差する。
マダ足リナイ。
モット。
モット血ヲ。
銃は当たらない。
そう判断したのか、先程まで銃を撃っていた女が彼めがけて走ってきた。
だが彼は何の躊躇もなく、一瞬の間に女の首にナイフを突き立てた。
「は・・・ぁ・・・」
声にならないのか、何か言いたげに口を動かす。
そんな女の脳天に、ストン、とナイフを突き立てる。
ウルサイナ。
黙ッテロヨ。
事切れたのか、女はうつ伏せに倒れて動かなくなった。
モウ何人殺シタダロウ。
キリガナイ。
辺りは地獄絵図さながらの風景だった。
社員全員が組織の一味だったのか、スーツを着ている男でさえ銃を持っている。
「この分だと・・・。トップは社長室か」
それなのに。
頭の中は凄く冷たくて。
まるで死んでしまっているかのようだ。
いや。
もしかしたら、あの日彼は死んでしまったのかもしれない。
最愛の妻を失った、あの日から―――。
「社長室は8Fか」
社内の見取り図で位置を確認し、階段へと向かう。
エレベーターは危険だ。
狙われやすい。
アトドレグライ血ヲ浴ビレルノダロウ。
いつになったら彼の渇きは潤うのか。
それは誰にも、彼にさえ解らない。
あと何人。
どれだけの人を殺せば終わるのだろうか―――?
<決着。そして選択>
「ふむ、復讐者が奏でる狂想曲か。悪くない響きだ」
下から聞こえてくる音に耳を傾ける。
さながらそれはBGMの如く。
断片的に耳に入る音は実に心地好い。
命の消える音。
何かが崩れる音。
ただ、その音が表すのは自身の、組織の“敗北”だ。
「どうやら・・・私の負けのようだな」
ふぅ、と静かに溜息を吐く。
「それでは、復讐者の到着まで今しばらく待つとしようか」
「待て」
後ろから声をかけられ、彼は振り向く。
振り向いたそこにはナイフを両手に持った男が立っていた。
「ここで俺に会ってしまったのは運がなかったな。俺こそは、かの切さ」
言い終わる前に彼は男の頭を撃ち抜いていた。
そこには何の感慨もない。
ただ目の前に敵が現れたから殺しただけのこと。
何か喋っていたがそんなのは聞いてすらいない。
アト少シダ。
ここは7階。
あと1階上がれば社長室のあるフロアにたどり着く。
もう敵はいない。
正確に言えばいるのだろうが、誰も彼を攻撃しようとしない。
誰も。
それほどまでに彼の存在は圧倒的だった。
押し寄せる敵をたった1つの銃とナイフのみで殺した。
彼の体は返り血で真っ赤だが、傷はついていない。
そんな彼に攻撃しようという奴はもういない。
攻撃したところで返り討ちにあうだけ。
だから、ただ見ているだけなのだ。
「此処か」
社長室。
そう書かれたドアの前に立つ。
慎重にドアノブを回したが、驚くほどあっさりとドアは開いた。
何カオカシイ。
敵意ガ感ジラレナイ。
ドアを開けたまま立ち呆けていると、中から声が聞こえた。
「どうした?早く入りたまえ」
驚くほどに穏やかな声。
その声に促され、彼は中へと歩き出す。
罠はない。
敵意も感じられない。
どうやら本当にすんなり受け入れてくれるようだ。
「初めまして。ロベルト・クリフト君」
奥に行くと、1人の男が机の向こうでイスに座っていた。
「貴様がトップか」
「そうだ。私が組織の頭だ。・・・まあ、もう組織とは呼べないがね」
残念そうに男は言う。
年は50ぐらいだろうか。
組織の頭、というのに覇気はほとんど感じられない。
「単刀直入に聞く。レイスを殺したのは貴様らか?」
「そうだ。彼女を殺したのは私の指示だよ」
「貴様・・・!!」
淡々と言ってのける男に、彼は銃を向ける。
返答しだいでは即座に殺すと。
その瞳は語っている。
「ふむ、これでは質問と応答の繰り返しだな」
やれやれ、と男は机に置いてあった紅茶を飲む。
「さて、そこでだ。君に選択肢を与えよう」
ティーカップを机に置いたあと、静かに男は言った。
「選択肢・・・だと?」
彼の顔が強張る。
この期に及んでこの男は何を言っているのか。
モウイイジャナカ。
話ナンテ聞ク必要ハナイダロウ―――?
狂気が彼に語りかける。
だが、彼は狂気を振り払い、男へと向きなおした。
「―――言ってみろ」
「簡単な話だよ。君が真実を知りたいか、知りたくないかだ」
真実。
男は確かにそう言った。
彼女ガ目ノ前ニイル男ノセイデ死ンダ。
コレ以上何ガアルトイウノダ。
「君には真実を知る権利がある。ただ、義務ではない」
知らなければならないという訳ではないのだよ、と男は微笑みながら続ける。
「さあ。どうする、悲しき復讐者よ。知るか知らぬか、選ぶがいい」
男はたいそう楽しそうに笑う。
その口元は歪んでいて。
この男も狂っていることを表している。
真実ヲ・・・知ル?
俺ニソノ必要ハアルノダロウカ?
俺ハ―――。
<真実の追究>
「話せ。お前が話すと言うのなら、聞いてやろうじゃないか」
彼はそう男に言い放った。
「そうか、知る方を選ぶか」
男はたいそう楽しそうだ。
「いいだろう。君が知りたいと言うのなら、話そうではないか」
どこか聞いたことのある口調で男は言う。
先程まで歪な笑みしか浮かべなかった男が、純粋に笑っている。
「さて、どこから話そうか。・・そうだな、まずは彼女のことから話そうか」
「まて、彼女のことを話す必要はないはずだ」
彼女はただの一般人なのだから、と彼は言う。
「いや、実のところ彼女は一般人ではないのだよ」
だが。
男はその言葉を即座に否定した。
―――ナンダト?
「彼女は、本当はこの組織の一員だったのだ。彼女は君に言わなかったようだが」
「彼女が・・・レイスが・・・組織の、一員・・・?」
目眩がする。
正常な思考が保てない。
彼女ガ・・・同業・・者?
ソンナコト。
ソンナコトハ。
「・・・嘘だ。嘘だ!それなら、なぜ彼女は俺の側にいた!!」
吼えるように男に言う。
男の口から紡がれた言葉を否定したいと。
否定しようとするが、心の底では認め始めようとしている。
確かに、彼女の様子がおかしなときはあった。
風邪を引いた、と彼女は笑っていたが明らかに変だった。
そして、男の口から最も聞きたくない言葉が出てくる。
「君の監視のためだよ。彼女にはそういう任務を与えていたのだ」
“任務”―――。
ソレジャア何ダ。
愛シテイタノハ俺ダケデ。
彼女ハ俺ヲ見張ッテイタダケダッタノカ?
ソンナ。
馬鹿ナ。
「そんな・・そんな・・・」
心が押し潰されそうだ。
愛していた者は同業者で。
今まで信じてきたのに裏切られて。
彼女は彼のことを愛していなかったというのか。
「待ちたまえ。落ち込むには早すぎる。いや、そもそも落ち込む必要はない」
男の言葉に彼は顔を上げる。
「任務、とは言ったがそれは初めの頃だけだ。それ以降は彼女の意思で君の側にいた」
ふむ、と言ったあと、男はもう一度紅茶を飲んだ。
「ああ、それと“レイスリール・ハート”というのはまぎれもなく彼女の本名だよ」
仕事柄、この世界には偽名を使う人間が多い。
本名を知られては、危険な場合が多いからだ。
だが、そんなことは今はどうでもいい。
―――言葉が出ない。
上手く考えがまとまらない。
「私が君の監視を命じたのはある依頼の件でね。覚えていないかい?私からの依頼を」
ソウダ。
確カニ、コノ組織カラ依頼ヲ受ケタコトガアル。
確カ。
人ヲ1人殺シタダケノ依頼ダッタハズダ―――。
「あの依頼は必ず成功させてほしかったのだよ。だから監視を置いた」
ちょっとした保険だ、と。
男は先程まで見せていた楽しさを微塵も見せず呟いた。
「しかし、彼女は依頼が終わったあとも戻ってこようとはしなくてね」
淡々と言葉が並べられていく。
それが何を意味しているのか。
彼はほとんど理解できていない。
「彼女は、どうやら君の側に居たかったらしい」
その言葉で、やっと男の言いたいことが理解できた。
「喜びたまえ。彼女は確かに君を愛していた」
そう。
彼女は彼を愛していた。
だから。
あの笑みも。
あの仕草も。
全て“本物”だったのだ―――。
「ああ・・・ぁああ・・・あ・・・」
涙が溢れてくる。
いつ以来だろうか。
こんなにも涙を流したのは。
ソウダ。
ソウイエバ彼女ガ死ンダ時以来泣イテナカッタナ。
「私としては彼女の願いを聞き入れたかったのだが―――」
男はすまなそうな表情で目を伏せる。
理由は分かる。
理由はどうあれ、彼女は組織を抜け出したのだ。
それが許されるはずがない。
だからこそ彼女は、見せしめにも近い意味を込めて殺された。
「・・・だが、やはり罰されるべきは私なのかも知れんな」
「・・な・・に?」
涙で濡れた顔を今一度男の方へと向ける。
男は苦虫を噛み潰したような顔をして
「私が、君と私の組織との戦いを望んだのだ」
と言った。
「君の名は闇に生きるものなら誰もが知っていた」
その言葉に間違いはない。
彼は世界最強の暗殺者。
誰もがそう認めていたのだから。
「君が最強だからこそ、戦いたいと思った」
男は続ける。
まるで神に懺悔するかのように。
「私の作り上げた組織と、君1人。どちらが強いのか知りたかった」
「・・っ!そのために彼女を殺したってのか・・・!!」
止まらない涙を流したまま、彼は吼える。
彼の顔は怒りに満ちている。
“彼女を殺せば彼は復讐へと身を乗り出すだろう。”
それは彼を知っているものならば誰もが予想できたことだった。
それほどまでに彼は彼女を愛していたのだから。
「そうだ。内部への見せしめ、という事もあったが、本来の意味はこちらの方が強い」
彼の懺悔は終わらない。
「故に、彼女には死んでもらった」
「貴様ぁっ!」
彼は男の首を掴み、持ち上げる。
まだ。
彼の頬に涙は流れている。
だが男はそれを言葉で制した。
「待ち・・たま、え。・・まだ話は・・・終わって・・いない」
「―――くそっ!!」
彼は男を元の位置へ、イスの上へ投げ飛ばし、吐き捨てるようにそう言った。
そして、再び男に銃口を向ける。
男はそれを気にせず、掴まれた首を擦りながら話を続ける。
「・・・彼女は、最期まで君の名を呼んでいたよ。自ら死を選んだその時も」
一瞬、彼の動きが止まった。
男が呟くように言った言葉の中に、聞いてはいけない言葉があった気がする。
だが。
聞こえてしまったのだ。
「自ら、死を選んだ?彼女は貴様らが殺したんじゃなかったのか・・・?」
「結果としてはそうだが・・・。直接的な死因は毒による自殺だ」
そう男は言い切った。
「―――どうして、なぜ彼女は死を選ぶ必要があった」
彼は動揺している。
その証拠に、男に向けられた銃口が上下に揺れていた。
男は少しため息をついてこう言った。
「汚されることを恐れたのだろう。彼女はそういうタイプの女だった」
最愛の人以外の男たちに汚され、殺される。
彼女にとっては何よりも許せないことだったのだろう。
どちらにしろ死ぬ運命なら、せめて汚されることだけは避けようと。
彼女はそう思ったのだ。
「・・・そういえば、彼女は最期に君に謝っていたよ。『ごめんなさい、ロベルト』と」
“ごめんなさい”
彼女が最期に言った一言。
その言葉にはどんな想いが込められていたのだろう。
それは今まで騙してきた事への謝罪か。
はたまた死んでしまうが故の謝罪か。
もう知る由もない彼女の想いが、止まっていた彼の涙を再び流させる。
「さあ、これで私の話は終わりだ。撃ちたまえ。私は死ぬべき人間なのだから」
男は両手を広げ、彼が撃つのを待った。
だが、彼はすぐには撃たず
「1つ聞かせろ・・・。あの家には子供達が居たはずだ。子供達はどうした?」
と言った。
その問いに男は首を傾げる。
「子供達?ああ、そういえばそんな情報があったな」
何かを思い出すように男は続ける。
「私達が君の家に行ったときは既に居なかった。恐らく彼女が逃がしたのだろう」
あの時君は任務で1ヵ月ほど家を離れていたはずだ、と男は言う。
確かにそうだった。
故に、狙うとしたらその時以外無かった。
彼女も同業者だったのだ、自分が狙われているという事は分かっていたはず。
だからこそ、子供達を逃がしたのだろう。
自分の巻き添えになって欲しくないから。
逃がすことで、生き延びて欲しいと彼女は願った。
「・・・そうか」
今度こそ、彼は引き金にかかる指に力を入れる。
男もそれに気づいたのか、微かに笑みを浮かべながら彼を見ていた。
「これで、終わりだ」
引き金が重い。
かつて、これほど引き金が重いことがあっただろうか。
だが。
撃たなければならないのだ。
撃たなければ、終わらない。
―――ダァンッ!!
銃声が響く。
意を決して引いた引き金は、一瞬で男の命を奪った。
男は頭から血を流して机に突っ伏している。
「これで、終わったんだ」
もう一度、同じセリフを繰り返す。
何かにすがるように、繰り返す。
外からは紅い夕暮れの日差し。
中には男の血で染まった紅い部屋と、返り血で紅くなった彼が居る。
全てが紅い世界で彼は1人佇む。
頬を流れる涙はまだ止まってはくれない。
それでも彼は歩き出す。
「こんなことで止まってたら、申し訳ないもんな」
どこに向かっているのかは自分でも分からない。
彼女が死んだときから行ってない自分の家かもしれないし、違うかもしれない。
もしかしたら、別にどこでもいいのかもしれない。
ただ立ち止まっていたくないだけ。
立ち止まれば心が死にそうだから、無くなってしまいそうだから。
新たな想いを胸に、彼は歩いていく。
その胸にもう狂気は住んでいない。
真実が、彼女の想いが狂気を消してくれた。
もう、狂想曲は終わった。
彼の復讐劇は終わったのだ。
ファンファーレを鳴らそうじゃないか。
マーチでもいい。
立ち止まりたくないと言うのなら。
何かを奏で、進んでいこう。
さあ。
行進曲の、始まりだ。
<エピローグ>
「―――そうですか。ありがとうございました」
彼は少し残念そうに受話器を置く。
あれから2ヶ月。
彼は彼女が逃がした子供達の行方を追っていた。
今更遅いのかもしれないが、彼はそうしたいと思ったのだ。
あの時彼が養っていた子供達は7人。
2ヶ月で半数近くの3人は行方が知れた。
1人は病気で死に。
1人は会うことを拒み。
1人は会うことを許してくれた。
3人の内1人以外は会えなかったが、仕方のないことでもあった。
生まれて間もない時に捨てられ。
そして拾われて。
まだ幼い時に再び捨てられたのだ。
死んでも、捨てた親を拒むことも、そう珍しいことではない。
トゥルルルルルルル―――。
電話が鳴る。
「はい。こちらロベルトですが」
彼は即座に受話器を取り、話し始める。
どうやら、また1人行方が分かったようだ。
彼女が子供達を逃がした方法はいろいろあった。
それこそ、7人全員違っていた。
1人でも生き延びて欲しかったのだろう。
あれから、彼の中の狂気は完全に消えていた。
立ち止まらず、前に進むことだけを考えた。
その結果として、今もこうして子供達の行方を追っている。
「ありがとうございます」
彼はそう言って電話を切った。
その後すぐにコートを取って外へと向かう。
どうやら子供が会うことを許してくれたようだ。
会って何をする、という訳でもないがとにかく会いたいのだ。
話をするのか、謝罪をするのか、それは会ってみないと分からない。
家を出る途中、机の上にあったコーヒーを飲み干す。
「・・・そういえば、コーヒーの味、変わったな」
ふとした事で自分の変化に気づく。
別にコーヒーのメーカーを変えたわけではない。
変わったのは自分自身。
以前はコーヒーなど眠気を覚ますものでしかなかった。
だが、今は“美味しい”とすら感じる。
そんな自分の変化に、彼は笑みを浮かべながら家を後にする。
「さてと、行くか」
目的地は遠い。
自分としては一刻も早く着きたい。
会って話がしたい。
彼は足早に駅のホームへと向かう。
駅から電車に乗って空港まで行き、そこから長い空路の旅だ。
行こう。
立ち止まることは許されない。
いや、許さない。
7人の子供達を探し出した後は、どうなるかわからない。
あと半年もせずに訪れるであろうその時を、彼はまだ考えていない。
“その時になって考えればいいじゃないか”
そう彼は考えた。
例え何もすることが無くなっても、立ち止まらなければいいじゃないかと。
することが無くなったなら探し出せばいいじゃないかと。
だから、彼は一刻も早く会いたいと思い、足早に駅のホームへと向かう。
彼が彼であるために。
立ち止まることを許さず、歩き続けることを忘れないように。
日々薄れてゆく彼女の姿を、出来るだけ永く忘れないように。
行進曲は鳴り続ける。
今日も。
明日も。
何年経とうとも。
彼の胸の中で鳴り続ける。
立ち止まるなと急かされながら、彼は歩いて行くのだ。
立ち止まれば死んでしまうから。
拾い上げたココロがまた落ちてしまうから。
進め進めと。
行進曲を鳴らし続ける。
意気揚々と、胸を張って歩きながら。
さあ、終わらない行進曲の始まりだ―――。
ジャンル別一覧
出産・子育て
ファッション
美容・コスメ
健康・ダイエット
生活・インテリア
料理・食べ物
ドリンク・お酒
ペット
趣味・ゲーム
映画・TV
音楽
読書・コミック
旅行・海外情報
園芸
スポーツ
アウトドア・釣り
車・バイク
パソコン・家電
そのほか
すべてのジャンル
人気のクチコミテーマ
最近、読んだ本を教えて!
ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの…
(2026-02-08 21:46:52)
本日の1冊
お金は道具
(2026-02-09 07:02:56)
読書備忘録
おつとめ:江戸の仕事
(2026-02-09 00:15:17)
© Rakuten Group, Inc.
X
共有
Facebook
Twitter
Google +
LinkedIn
Email
Design
a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧
|
PC版を閲覧
人気ブログランキングへ
無料自動相互リンク
にほんブログ村 女磨き
LOHAS風なアイテム・グッズ
みんなが注目のトレンド情報とは・・・?
So-netトレンドブログ
Livedoor Blog a
Livedoor Blog b
Livedoor Blog c
楽天ブログ
JUGEMブログ
Excitブログ
Seesaaブログ
Seesaaブログ
Googleブログ
なにこれオシャレ?トレンドアイテム情報
みんなの通販市場
無料のオファーでコツコツ稼ぐ方法
無料オファーのアフィリエイトで稼げるASP
ホーム
Hsc
人気ブログランキングへ
その他
Share by: