The delusion world

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第1話「ドアの向こうへ」



梅雨の時期で湿気が多く、その日も雨が降っていました。

僕は小学5年生です。

傘を差し、学校から帰って来た時に使用人の人から聞きました。

「ご主人様が……お父様がお亡くなりになられました」

悲しそうに、俯き気味で話す使用人の人の顔が妙に鮮明に見えました。

父は僕の知らないうちに病気にかかっていたのです。

もしかしたら父も病気のことを知らなかったのかもしれません。

そんな父の寝顔(・・)はとても安らかでした。

次の日、僕は学校を休み、お葬式に出ました。

大好きで尊敬していた父との悲しい別れでした。

それから何日か経って、使用人の人がある物を僕に持って来ました。

「ご主人様の遺品の中にありました」

と、変な形をした小さな鍵を僕に手渡したのです。

その鍵はとても歪で、とても古くて、汚れた鍵でした。

作られてから何十年も、何百年も経つようなその鍵は一度も見たことがない物でした。

あのドアの鍵だ!!

僕はその鍵がどこの鍵かすぐにわかりました。

今まで開けてみたいけど怖くて、取っ手に手もかけられなかったあのドア。

そのドアを目指して僕は駆け出します。

開けてはならないと言われていたあのドアを開けるのは怖かったけど。

“知らなくてはならない何か”がドアの向こうにある気がしたから。

僕は、地下に向かって駆け出したんだ。

この家には、僕の家族はもういない。

母さんは僕を生んですぐに死んじゃったって父さんが言ってた。

父さんは、先週死んじゃった。

母さんは、僕を生んですぐに死んじゃった。

家族がいなくなるのは悲しくて、いっぱい泣いたけど。

強くなるって決めたから、僕はあのドアを開けるんだ。

たとえドアの向こうに何があろうとも、僕は目を背けない。

だから―――。

僕は全速力で走ります。

地下への階段を下りて、ドアまでの道のりを。

息切れがして足もあまり動かないけど、それでも走ります。

そうしてたどり着いたのは、地下の一番奥、重苦しい雰囲気を放つドアの前。

僕は肩で息をしながら、手にした鍵を鍵穴に差し込みます。

それは驚くほど簡単に回り、後はドアノブを回して引くだけ―――。

なのに、手が震えて動いてくれません。

強くなると決めたはずなのに。

もう泣かないって決めたのに。

涙が溢れそうで、手が震えて、ドアノブを回すことが出来ません。

父の言いつけを破るようで、怖くて。

握ったドアノブから手を離してしまいました。

僕は、こんなにも弱かったのか。

とても大きく見えるドアを前にそう思います。

それでも、僕は強くなるためにここに来たんだ!!

そう思い切って、もう一度ドアノブに手を伸ばして僕は―――。





「強くなるって決めたんだ。だから……!!」

そう呟いて、僕はドアノブを回しました。

錆び付いたドアノブはとても重かったけど、僕はドアを開けました。

「■■ハ、■■■■レタ」

ドアが開いた瞬間、何かが聞こえた気がしました。

けど、その声は急に吹いた風に遮られて遥か遠くへ行ってしまいました。

「……風? 一体どこから…………?」

ここは地下です。

風なんて吹くはずがありません。

吹くとしたら、今開けたばかりのドアの向こうからだけです。

そして、確かに風はドアの向こうから吹いていました。

でも、ドアの向こうは真っ暗で何も見えません。

電灯の光が差し込んでいるはずなのに、ドアを境目に光は途切れています。

ドアの向こうの暗闇は全てを飲み込んでいるようです。

僕はそれが怖くて、思わずドアノブを持ったまま一歩後ろに下がってしまいました。

―――怖い。

それが僕の率直な感想で、強くなる、とかどうでも良くなるぐらい怖くなりました。

でもこのままでいることはできません。

このままここに立っていても何も進まないのですから。

僕は心を決め、ドアに向き直ります。

そうして、もう一度ドアノブを持った手に力を込め―――。





強く、なるんだ。

父さんの言いつけがなんだ、もう、父さんは、いないんだから。

僕はドアの向こうの闇へと足を踏み出します。

そして、僕の足が闇に触れた瞬間―――。

「うわぁっ!!」

何かに体が引っ張られ、僕は闇の中へと落ちてしまいました。

入ったのではなく、落ちたのです。

後ろで、バタン、とドアの閉まる音が聞こえました。

その後すぐに僕は意識を失い、深い深い暗闇へと落ちていきました。

「…う、ん……」

それからどれくらいの時間が経ったのでしょう。

顔に垂れる雫のおかげで僕は目を覚ましました。

目を開けて最初に見えたのは、空でした。

小さく、とても狭くなった空。

その傍らで風に揺れる大きな葉っぱ。

急いで起き上がり、辺りを見回すと、そこは森の中でした。

ここは一体どこなんだろう?

僕は確かに地下のドアに入りました。

それなのに、僕は今確かにどことも知れぬ森の中にいます。

「何なんだよぅ……ここ……」

僕は怖くて泣き出しそうになりながら辺りを見回します。

でも、どこを見ても全て同じ景色に見えます。

僕は震えながら立ち上がります。

それでも、景色はまったく変わりません。

進まなきゃ。

強くならなきゃ。

半ば呪文のように、同じ言葉を心の中で繰り返します。

僕は歩き始めました。

方向なんてわかりません。

道標が在るわけでもありません。

進まないといけないと。

そう思ったから僕は歩き始めたのです。

そうして少し歩くと、獣道を見つけました。

獣道は右から左へ通っていて、道標にはなりそうでした。

今まで道のない森の中をさ迷い歩いていたせいか、もうへとへとです。

行くのならこの獣道しかありません。

問題は、右と左、どちらに行くかです。

どちらに行っても変わりはないかもしれませんが、僕には大事な選択に思えたのです。

少し休んだあと、僕は再び歩き出します。

さあ、これからが本当の、本当の意味での始まりです。

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