The delusion world

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第5話「遭遇」


現在の位置はエリア10と3の間、小さな洞窟が続く細い道を彼らは歩いている。
何もいない洞窟の中は涼しくて気分がいい。
それだけでなく、時折壁一面に散らばる結晶に日の光が反射して綺麗に輝く様もまた、いっそう気分をよくしてくれる。

だがカズはその中を1人泣き顔で歩いていた。
それも仕方ないと言えば仕方ない。
愛用の武器であったプリズンハンマーが先の戦闘で見るも無残な形に歪んでしまったのだ。
本来四角い檻のような形であるはずのプリズンハンマーは、向かい合った2つの側面が凹んで何ともいえない奇妙な形をしている。

「うぅ……直るかなぁ…………」

カズはプリズンハンマーを両手に抱えてそう言った。
直らなかったらどうしよう、と思っては、この程度なら直るはず、と自分で自分を励ます。

「カズ。そろそろ草原に出るから気を引き締めろよ」

前を歩いていたシュウが言った。
気がつくといつの間にか洞窟内の道は広くなり、先には陽の光に照らされた世界が広がっている。
ここから先は何が出てくるかわからないので落ち込んでいる場合ではない。
カズは無言で頷くとプリズンハンマーを背負いなおした。

「……何もいないみたいだな」

シュウが洞窟の出口から辺りを見回しながら言った。
草原の続くエリア3は先ほどシュウが通ったときから特に変わった様子はない。
行くぞ、とシュウはカズに声をかけて歩き出した。



(ちょっと違う気がするんだよな~……)

首を傾げながらカズは前を歩くシュウの方を見る。
特にどうということもないのだが、一度気になってしまうとますます気になってしまう。

シュウと一緒に歩き始めた頃、つまりドスファンゴの剥ぎ取りを終えた後から気になっていること。
それはシュウの防具だった。

(イーオスシリーズだと思うんだけど)

シュウの防具は間違いなくイーオスシリーズである。
イーオスシリーズとは小型の肉食竜、ランポスの亜種と言われているイーオスの素材を使った防具のことだ。
カズの着けている防具よりは上の防具ではあるが、それでもイーオスシリーズはいい防具とは決して言えたものではない。
毒に対する耐性はあるものの、飛竜の素材を使った防具と比べると遥かに脆いからだ。

そんな防具をシュウが着けているのはおかしい気がする。
何せ彼の武器はコロナなのだから。
コロナと言えば火竜リオレウスの素材を大量に使った片手剣だったはずだ。
それほど腕の立つハンターがイーオスシリーズを着けているというのはありえない。
それに、シュウの着けている防具は以前見たイーオスシリーズとは少し形が違うような気がする。

「ん? どうかしたか?」

むう、とカズがシュウを睨みつけていたのに気づきシュウが言った。

「え。あ、いや…シュウの防具って何なのかなーって思ってさ」
「これか? これはイーオスSシリーズだよ」
「いーおすえすしりーず?」

何やら聞きなれない単語が出てきた。
イーオスの素材を使っているのは間違いなさそうである。
だがどうやらカズが知っているイーオスシリーズとは少し違うようだ。

「これはイーオスの上質な素材だけを使ってるんだ。それで区別のために“S”をつけるんだと」
「へえ~、そうなんだ。で、その防具って凄いの?」

問題はそこだ。
凄いの、とはよくわからない聞き方だが実際凄くなくては意味がない。
イーオスの上質な素材だけを使いました、でも性能は変わりません、では何の意味もないのだから。

「凄いぞ。何せクックの防具よりも遥かに硬いし軽い」
「えっ? そこまで!?」

カズはここが狩場だということも忘れて驚いた。
周りに響くほどの大声を出してしまったがそれも当然のことなのかもしれない。
クックの防具というのは小型の飛竜である怪鳥イャンクックの素材を使った防具である。
小型とはいえ飛竜は飛竜だ。
イャンクックの甲殻や鱗はイーオスの皮や鱗よりも遥かに硬く強い。
だというのに、上質な素材を使っただけでそこまでいけるということが信じられなかった。

「まあ、一応他の素材も使ってるけどな」

驚きを隠せないカズを横目にシュウは苦笑いをしながら言った。
が、カズの耳にその言葉は届いていない。

(俺の装備なんかじゃ比べ物にならないなぁ……)

改めて自分とシュウとの装備の差に落胆しているカズであった。



暗く陽の届かない森の中。
1匹の巨大な何かが歩いている。

「グルルル……」

全身を硬い鱗で覆われたそれは、この世界では“空の王者”と呼ばれる飛竜である。
王者は得意げに森の中を歩き、水を飲む。
ここに我の敵はおらず、生き物は皆我の餌となるのみ。

事実、彼の王者に適う者はこの森にはいない。

いるとすれば“ヒト”と呼ばれる、いや“ハンター”と呼ばれる者ぐらいか。
だがそれもつまらないものだった。
これまでに幾人かのハンターに出会ったが、どれもが弱く小さい存在でしかなかった。
我と闘える者はいないのか、と王者は空を見上げる。
炎を宿した瞳には、小さな青い世界はまるで何もいない世界のように見えた。
すぐに飽きて今一度獲物を求めて歩き出す。
大地が割れるような地響きは、届く範囲から生き物の姿を消えさせる。
故に彼の者は誰もいない世界で1人王者となる。
それは誰にも侵すことのできない世界。
だというのに。

「―――――」

どこからか生き物の声が聞こえた。
王者は獲物の声を聞き取るとすぐさま歩くのを止めて耳を澄ませた。
方向は森の外にある崖、2つの草原が連なっている場所だ。
それを確認すると、王者は翼を広げて天高く舞い上がる。
何本もの木々が王者の体に当たって折れた。
直後、陽の光が当たり王者の体は蒼く輝く。

「ギイオオオォォン!!」

上空に広がる世界よりも蒼き体躯を持つ王者は、獲物を求めて飛び立った。



「――オオォォン」

瞬間、背筋が凍りついた。
隣にいるカズでさえも聞き取れたほどの咆哮。
それは明らかに自分たちが狙われているということだ。

「ねえ、シュウ。今の……」
「ああ。飛竜だ」

心配そうな顔をしているカズに短く事実を告げる。
しかも、今の鳴き声は確か――――

「とにかく逃げるぞ!走れ!!」

シュウがそう発すると同時に2人は走り出した。
恐らくあの飛竜はロウが言っていた上位クラスの飛竜なのだろう。
ならば、俺たちが適うはずがない。

「シュウ。今の、どの飛竜の鳴き声だかわかるの?」

草原を走りながらカズはシュウに聞いた。
カズはまだイャンクック以外の飛竜を文献でしか見たことがない。

「…確信があるわけじゃないが、多分リオソウルだ」

他の飛竜の雄叫びとも言えるような声とは違う、刺すような鳴き声。
姿を見るまでは確信できないが恐らくリオソウルのものだ。
横ではカズが息を呑んでいる。

無理もない。
リオソウルといえば飛竜の中ではかなり珍しい部類に入る。
火竜リオレウスの亜種とされる蒼き体躯の火竜、それがリオソウルだ。
小型の肉食竜、ランポスにイーオスという亜種がいるように、飛竜にも亜種は存在する。
中には希少種と称される飛竜もいるらしいが、そんなものに出遭えるほどの運は持ち合わせちゃいないし命がいくつあっても足りない。
亜種はそのどれもが元の個体よりも強く進化している。
それが希少種ともなればなおさらのことだろう。

「気づかれてないといいけどな」

願望ともとれるような言葉を呟いた。

わかってる。
今呟いた言葉が馬鹿な願いだということには気付いてる。

その証拠に、ほら。
振り返って見た空には蒼い空の王者が飛んでいた。
それに気付くと同時にシュウは走るのを止めた。
少し遅れてカズも止まる。
飛竜に背中を向けて走ることなんて出来ない。
逃げ出したが最後、あっという間に追いつかれ攻撃を受けて即死。
そんな死に方をしたハンターは何人も見たことがある。

「あれが、リオソウル……」

まっすぐこちらに向かって飛んでくるリオソウルを見て、カズが言った。
猛々しく空を飛ぶ姿は、まさしく空の王者と言えるだろう。

(一回り、いや二回りほどでかいか。まずいな)

草原の上空に止まり、今にも降りてこようとしているリオソウルはリオレウスやリオソウルの標準的なサイズよりも大きいようだ。
だがそれを口にはしなかった。
カズに悪戯に恐怖心を植えつけるわけにはいかない。
まあ、どうせ動けなくなるだろうから、その前に先手を打っておくとしよう。
シュウは腰に下げた皮袋の中から丸い玉を1つ取り出し、手に握った。

握ると手の中に収まるその玉は、強烈な光を発する閃光玉である。
閃光玉についているボタンに指をかけ、シュウは投擲のポーズで静止した。
まだリオソウルの位置が高すぎる。
そう思って一瞬投げるのを待ったとき

「う、うわああああ!!」
「っ!? 馬鹿野郎、今そんなことしたら……!!」

突如、カズがリオソウルに背を向け走り出した。
それを見て、シュウもカズを追いかけて走り出す。
今から閃光玉を投げても間に合わない。

瞬時に脚はトップギア、恐怖であまり体の動いていないカズに追いついて後ろから首を覆っている防具を掴んだ。
シュウのその行動と同時かあるいは一瞬遅れてのことか。
獲物を逃がすまいとリオソウルの口から大きな、赤く輝く炎が吐き出された。



――ゴオオォォン!――

大気を焼き、草木を焼いて、爆音と共に地に穴を開け火炎は消滅した。
そこにカズとシュウの姿はない。
ギリギリのタイミングで横道、飛竜の巣へと続く道に飛び込み火炎を避けたのだ。

「ギャオオッ!!」

空が一瞬だけ明るく輝いたかと思うと、リオソウルが悲鳴と共に地に落ちた。
シュウは横道へ飛び込む直前に閃光玉を空に向かって投げていた。

「いいか、カズ。今からお前はひたすらベースキャンプに向かって走れ」

リオソウルが地に落ちたのを確認するとシュウはカズに向かってそう言った。

「え、お前はって…シュウはどうするの?」

少し冷静になったのか心配そうにカズはシュウを見上げる。
カズにはシュウの言おうとしていることはわかっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。

「わかってるなら聞くな。まあ……そうだな、お前がベースキャンプについて5分だ。5分待って俺が来なかったら一人で村に帰れ」

そう言ってシュウは道を飛び出していった。
カズはその背中に何か言おうとしたが何も言えず、無言で走り出す。
向かう先はベースキャンプ、これから先は一度も振り向かずに走りきってみせる。

「ごめん、シュウ」

途中、後ろから聞こえてくる咆哮と爆音に向かって呟いた。

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