2012/03/23
XML

●奇跡的な治癒に関する対話

こと葉です。

今日の国立は、浄化の雨です。

先程広島在住の実母と電話で話したら、そちらも雨とのこと。

これが上がると、また一段とあたたかくなるのでしょうね。

みなさまがお住まいの地域はいかがですか?

ここ数日の私は、無意識にインプットしている思いこみの数々を見つめ、それを手放す作業を意識的に続けています。

地味で楽しい作業です。

畑でイモ掘りをするように、
手に小さなイモが当たったと思ったら、そのままずるずると深いところのイモを引っ張り出すべく、
慎重にイモヅルを手繰り寄せています。


今日は、以前から抱えていた思いこみの一つについて、
筆談によって、一つの解(というかやりとり)が得られたので、
ご縁のある方にシェアをさせていただきます。

ピンとこなければ、する~っと流してくださって結構です。^^


テーマは、「治癒」についてです。

_____

私ーー世の中には、"奇跡的な治癒"というものがありますね。
   それがあるから、どこかで「治癒がよいことだ」と、思ってしまっているんです。
   でも、治癒がよいことで、治癒しないのが悪いことではないよね?
   健康がよいことで、不健康(病があること)が悪いことでは、やっぱりないよね?
   私は、そのあたりの思いこみが苦しい。そこから自由になりたいのです。
   神様、治癒は絶対的なよいことで、
   治癒しないのはダメなことですか?

ーーーそうではない。   そのような二元論ではないのです。


私ーー神様


ーーーそう私は神です。


ーーー友よ、この世界は本来、ふたつに分かれてなどいないのですよ。
   ふたつに分けるから、おかしなことになるのです。
   あなたは「中庸」と先程書いたね。
   「中庸」とは、何を指していると思う?
   ふたつの間をとったのではないのですよ、これは。
   少し概念的な話になるが、
   「中庸」と言っているのは、すべてを含んでいることなのです。
   そして、もう少し深くいうと、どちらでもないのです。

   (あなたの理解の段階からすると、)   今はすべてを含んでいると、考えてほしい。

   治癒するのも、治癒しないのも、同じことなのですよ、友よ。
   それは、あらわれが違うだけなのです。   治癒という現象がある、それに変わりはない。
   そのことに気付いてほしい。

   治癒する力はあるのです。ありますね。あなたも知る通り。
   奇跡的な"治癒"とは、治癒する力があるということ、   存在するのだということを、知らしめるのに都合がよいので、
   そのようにあらわれるのです。わかりますか?


私ーーはい。


ーーーつまり、治癒という力があることを、すでに知っていて、
   それを知らしめる必要がない場合には、
   別の現象になることがあるということです。


私ーーはい。


ーーー治癒とは、相対的なもので、しかし"ある"ものなのです。
   人間の尺度で見た場合に、完全に治癒するか、完全にしないかということは、
   本質的には重要(問題)でなく、
   (また、)人が決めることでもないのです。


私ーー治るもよし、治らぬもよしということでしょうか?


ーーーそうですね。
   常々、治り続けているのですよ。
   むしろ、そこに目が向けられているかどうかが重要です。
   一瞬一瞬、生かされていますよ。
   むしろ、そこに目を向けてほしいのです。

   病となれば、治る力、生きる力に自然と目が向くでしょう。
   つまり気付きのチャンス、悟りのチャンスというわけです。
   愛を深く知りたい、生きる力を体感したい。
   だ・か・ら あなた(たち)は病を選択したのではありませんか?
   そうは思えないかもしれないけれど、そうなのですよ(笑)。


私ーー神様、笑いました?


ーーーええ、笑いました。気を悪くしたら、ごめんなさい。
   私には、かわいくて仕方ないのです。
   鉄棒の逆上がりに何度もチャレンジする子どもをみているように、
   愛くるしい姿を応援しているのです。

ーーーあなたが気付いたように、
   「痛い」のと「悪い」のは、関係ない。
   「痛み」は悪ではない。
   「病」もそうです。
   痛みは痛み。あなたはあなた。
   気が遠くなるほどの痛みがあっても、
   あなたは途方もなく幸せでいることもできる。
   そうでしょう?
   わかりますよね。

   病や痛みは、
   生まれるときに厳しい環境を選ぶのと同じように、
   より悟りに近づくために、たましいが選んだ
   一つの方法であると言えます。

   あなたは、痛みを経験したことで、
   ぐっと、たましいの望みに近づいたと思いませんか?
   そうなのですよ。

   ムダなど何もない。
   あなたが痛みを得たことは、
   あなたの人生において正しい。
   よきも悪きもない人生ですが、
   あなたの選択通りという点で、正しいことが起こりました。

   病をいけないものだとみなすのはやめなさい。
   望んで得たものに文句をいうようなもの。
   自家中毒を起こしてしまう考えです。

   そうではない。

   あなたは勇敢だから、病を経験したのです。
   あなたの好奇心の、一つの結果です。
   あなたの愛が成し得た、一つの結果です。
   あなたは体験したいのです。
   あらゆる方法で、愛を。
   ときには愛から遠く離れたシチュエーションによって。
   ときには愛そのものと感じられる、
   優しくあたたかなシチュエーションによって。


すべて、すべてが、愛を教えてくれる。


   愛しい子よ、よく聞いてください。
   人生には何も、本当に何も、ムダなことなどない。
   すべてが、愛に至る道なのです。
   あなたが歩いている道を、堂々と進みなさい。
   その道は、常に、祝福されています。


ーーーそしてこのことを、あなたのまわりにいる人へ
   伝えてほしいのです。


   今、病があってもよい。
   堂々としていなさい。

   今、人との関係がうまくいっていなかったとしても、
   それを恥ずかしく思う(自分を卑下する)必要はない。
   堂々としていればいいのです。

   あなたは今、あなたの選んだ方法で、
   愛に至る道にいる。
   それぞれが、尊いプロセスにあるのです。

   もちろん、不幸であるべきだなどと言っていませんよ。
   恵まれている、そう思えるのならば、
   そういう道で今、愛を学んでいます。

   すべてのもの、すべての体験が、   愛を教えてくれる。

   そう、もし真なる不幸があるとするなら、
   それは私たちが愛を知る途上にあるということを、
   信じられなくなっているときでしょう。

   そういう人には、教えてあげるのですよ。   それが助け合いです。

   私たちはみな、同じ目的地に向かって進んでいる。
   同じヴィジョンを持っている。
   同じものを見ている。
   同じものを望んでいる。
   それが愛です。

   愛とは何かを説明するためではない。
   愛は、説明しがたいものですが、
   何よりもそばにある。
   あなたと常に一体のもの。
   あなたを、あなたたらしめているもの、そのものです。


私ーー神様、ありがとうございます。
   また一つ、受け取れました。
   この体験に感謝します。
   顔を上げて、生きていきます。


ーーーそうです。顔を上げて。
   誰一人、うなだれていることなどない。
   堂々としていてください。

   勇敢な愛しい子たち。
   顔を上げて。
   どうぞ自信を持ってください。
   あなたは、今、愛の道をしっかりと踏みしめていますよ。
   大丈夫。
   迷っても、立ち止まっても、大丈夫。

   あなたが、愛の中で、愛を体験する姿を、私は見ています。
   肉体を離れたときは、
   よくやったね、と迎えられます。
   もちろん、自分でも、そう思えるでしょう。
   あなたは、よくやっていますよ。どの瞬間も。
   生まれてこのかた、ずっと、ずっとです。

_____

...。以上、1時間弱の対話でした。

パソコンに打つのに、さらに1時間を要しました。


この形が読みやすいとは思わないのですが、

ほとんどノートに書いたものをそのまま書き写しました。


対話は、そういうことが多くて、

そのまま書いても意味がわからないよね~と思って公開しないケースが多いのですが、

今回はあえて書いてみました(笑)。

「そう私は神です。」のくだりも、文字で書くとインチキっぽーい(笑)。 

まぁ、そういうのも含めて、

不慣れな感じですが、おゆるしください。


この対話をしているときに、

私がうるっときたのは、

「すべて、すべてが、愛を教えてくれる。」

というところです。

ここは特に強く響いてきました。


「二元論的な見方でなく、愛をものさしに生きなさいというメッセージが明確だね。

でも、じゃあもっと幸せに生きるにはどうしたらいいの? 

ということにはそこまで触れられていないから、

なんだかもやっと、残るものがあるね~。^^」というのが、ホトケさん談。


受け取り方はさまざまだと思いますし、それでいいとも思います。


また、別のときに対話が進んで、それをブログに書くとよいと思われたときは、

また書きますね。^^


いかに人の気付きを自分のものとするか。

いかに自分の気付きを人のものとするか。

それが、

全体的な大きな進化のために、

大切かなと思っているところです。

愛に至る道中より、

愛と感謝をこめて。


こと葉






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2012/03/23 09:21:51 PM
コメント(4) | コメントを書く
[スピリチュアル・エッセイ] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:奇跡的な治癒に関する対話(03/23)  
のりちゃん さん
見事に。。シンクロです(*^_^*)
環境の変化で多くの気付きを得ている状況は、豊かさへ続く大きな一歩を踏み出しているんだと認識した途端、このメッセージを読ませて頂きました。
「すべての体験が愛を教えてくれる」・・このコトバは、私の歩みを全肯定してくれる愛と光のシャワーとなりました。
ステキなメッセージを掲載して頂きありがとうございました。 (2012/03/24 09:03:10 AM)

ありがとうございます  
あや さん
顔を上げて生きますね。堂々と(^^)

とても幸せです!!! (2012/03/24 06:59:44 PM)

Re:奇跡的な治癒に関する対話  
招き猫 さん
こと葉さん、素晴らしい対話をありがとうございます。
現状をすべて受け入れ、全肯定したうえで顔を上げ生きてゆく。良きことも悪しきことも学びとし、凛として今を生きてゆく。
そこから奇跡的な展開が、開かれてゆくのかもしれないと思いました。
こと葉さん、対話をシェアしてくださり感謝します。 (2012/03/25 06:51:07 AM)

ありがとうございます!!!  
えり さん
こと葉さんありがとうございます。
号泣してしまいました。

神様からのまるごと愛のメッセージに。
そして、わたしたちに伝えてくださったこと葉さんの愛に。

今のわたしをみてくれているかのように、すべてとても必要で大切なメッセージでした。
「すべて、すべてが、愛を教えてくれる。」
「すべてが、愛に至る道なのです。」
「堂々としていればいい。」
そして、対話の最後のところも特に。

愛に至る道を、堂々と歩いていきます(*^-^*)
ほんとうにありがとうございます!!!

愛と感謝を胸いっぱいこめて。。。 (2012/03/27 09:39:26 PM)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: