こしゃくな読書

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幡随院長兵衛 (義と仁叢書)


平井 晩村 (著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4336054053/ref=nosim/?tag=donzoko-22






 幡随院長兵衛(1614〜1650)は、

大河野(現佐賀県)で塚本伊識の子として慶長19年、

相知町久保で生まれ、幼名は伊太郎という。



父に伴って江戸へ向かったが、父はまもなく病没。

一人で上京(12、3才頃)、つてを頼って

神田山幡随院に身を寄せ、後に幡随院長兵衛と名乗る。




 江戸の侠客の総元締めと言われ、庶民の英雄であった。

幡随院長兵衛の生き様は江戸の華と呼ばれ、

「人は一代、名は末代の幡随院長兵衛・・・」の有名なセリフで

歌舞伎や講談等で今でも演じられている。




 しかし史実とこの本は少し違う。


平井晩村が前橋市の造り酒屋に生まれた文筆家であったためか、

桐生の里から物語は始まる。


すでに出だしから勧善懲悪の見本であり、

「強きをくじき、弱気をたすく」理由で

赤城の山も今宵限り・・・となるわけだ。





 私がこの本を手に取ったのは、

読書普及協会の成幸読書頒布会に入っていることによる。

12月は『幡随院長兵衛』が送られてきた。

清水さんの素晴らしい解説と、喩えという宝物がついてくる、

素晴らしい制度だ。


 もし、コンビニのトイレの喩えがなかったら、

私はこの本を手に取らなかっただろう。

「押しつけの善悪をかさにきて」という考え方を知らなかったら、

この小説の面白みも到底理解できなかったと、断言する。


 だって、分かんないもの、江戸の任侠なんて。

かすかに埼玉や栃木のごろつきにかすったことのある育ちなので、

逆に任侠は、頭から嫌ってしまうところがある。


一人一人思い出せば、いいやつばっかりだったとは思うが。




 とにかくそんな私が任侠の先駆けの武士の本を読むなんて、

信頼厚い方のお勧め以外にはあり得ない。




 読んでみて素晴らしいなと思ったのは、そのシンプルな作り。

物語に華美な修飾がなく、読者の裁量に任せる部分が大きいのだ。

現代の細に入り説明がなされ『読まされてしまう』小説になれていると、

この面白みは理解できぬだろうと思う。




 なるほど、先人は本の行間を作り上げ人間を磨いて来たのだろう。

人の間で生かさんがために。

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