このところ、ゆえあって遠出の銀輪散歩もままならず、ブログのネタも途切れがち。偐万葉シリーズでつないでいましたが、昨日は恒例の墓参(本来は9月2日にすべきであったのですが、2日、3日が不都合となり、4日になりました。)でありましたので、その道すがらのことなどを記事にして置きます。
(墓地からの眺め)※フォト蔵の大型写真で見るには ココ
をクリック。
我が家の墓は生駒山系の山の西麓の高みにある。もう、何度となく墓参のことを記事にしているので、ブロ友諸氏その他以前からご訪問戴いて居る皆さまには先刻ご承知のことかと存じますが、上の写真のような眺望にて、大阪平野が一望であります。
そのため、自宅からは徒歩15分程度の距離ながら結構な急坂を上るので、この時期は汗、汗なのである。
さて、墓参恒例の寺の門前の言葉はこれ。
われわれは、大なり小なり人に迷惑をかけ、大なり小なり人のお世話になり生きている。そのことを自覚するだけで、世の中の景色が違ったものに見えて来るというものであります。
樫の実の ひとりになくば われらみな
他に迷惑を かけるほかなし (偐団栗)
(注)樫の実の=「ひとり」「ひとつ」などに掛かる枕詞。
道端の樫の木にドングリがなっていました。樫にもアラカシ、シラカシ、ウバメガシなどと色々種類があるようですが、ヤカモチにはこれが何の樫であるのかまでは分かり兼ねることであります。
そして、ナツメの実も。既に少し色づいている実もある。秋ですね。
道教では、棗を久しく食すると神仙になれるとされる。
「続日本紀」聖武天皇の神亀3年9月15日の条には
「
内裡
に
玉棗
生ひたり。勅して、朝野の道俗らをして玉棗の詩賦を作らしめたまふ。」とあり、
同27日の条には、
「丈人一百十二人玉棗の詩賦を
上
る。」とあり、
内裏に棗の実がなったので、聖武天皇は棗の詩賦を作って奏上せよと勅を出している。棗の実は神仙の薬と考えられていて、これが実ること自体が瑞祥と見られていたのであろう。
それはさて置き、万葉集には棗の歌は2首ある。
玉掃
刈り
来
鎌麻呂
室
の樹と
棗
が
本
と かき掃かむため
(
長意吉麻呂
万葉集巻 16-3830
)
(注)玉掃=コウヤボウキ
室の樹=ネズ
(玉掃を刈り取って来い、鎌麻呂よ。室の木と棗の下を掃除したいので。)
梨棗
黍
に粟つぎ
延
ふ
田葛
の
後もあはむと
葵
花さく (万葉集巻 16-3834
)
(梨、棗、黍に粟がついで実り、つるをはわせのびる葛のように、後にもまた逢おうと葵の花が咲くよ。)
道すがらに見掛けた花はケイトウとタマスダレ。
見掛けた虫は、ショウリョウバッタ。
毎度代わり映えのせぬ墓参関連の道すがら・お粗末日記でありました。
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