偐万葉田舎家持歌集

偐万葉田舎家持歌集

2016.09.05
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カテゴリ: 万葉

 このところ、ゆえあって遠出の銀輪散歩もままならず、ブログのネタも途切れがち。偐万葉シリーズでつないでいましたが、昨日は恒例の墓参(本来は9月2日にすべきであったのですが、2日、3日が不都合となり、4日になりました。)でありましたので、その道すがらのことなどを記事にして置きます。

墓地からの眺め (2) - コピー.JPG
(墓地からの眺め)※フォト蔵の大型写真で見るには ココ をクリック。

 我が家の墓は生駒山系の山の西麓の高みにある。もう、何度となく墓参のことを記事にしているので、ブロ友諸氏その他以前からご訪問戴いて居る皆さまには先刻ご承知のことかと存じますが、上の写真のような眺望にて、大阪平野が一望であります。
 そのため、自宅からは徒歩15分程度の距離ながら結構な急坂を上るので、この時期は汗、汗なのである。
 さて、墓参恒例の寺の門前の言葉はこれ。

2016.9.4.言葉 (今日の言葉)

 われわれは、大なり小なり人に迷惑をかけ、大なり小なり人のお世話になり生きている。そのことを自覚するだけで、世の中の景色が違ったものに見えて来るというものであります。

樫の実の ひとりになくば われらみな
           他に迷惑を かけるほかなし (偐団栗)
 (注)樫の実の=「ひとり」「ひとつ」などに掛かる枕詞。

樫の実 (樫の実)

 道端の樫の木にドングリがなっていました。樫にもアラカシ、シラカシ、ウバメガシなどと色々種類があるようですが、ヤカモチにはこれが何の樫であるのかまでは分かり兼ねることであります。
 そして、ナツメの実も。既に少し色づいている実もある。秋ですね。

ナツメ (4) (棗・ナツメ)

 道教では、棗を久しく食すると神仙になれるとされる。
 「続日本紀」聖武天皇の神亀3年9月15日の条には

内裡 ( うち ) 玉棗 ( しぼ ) 生ひたり。勅して、朝野の道俗らをして玉棗の詩賦を作らしめたまふ。」とあり、
同27日の条には、

「丈人一百十二人玉棗の詩賦を ( たてまつ ) る。」とあり、
内裏に棗の実がなったので、聖武天皇は棗の詩賦を作って奏上せよと勅を出している。棗の実は神仙の薬と考えられていて、これが実ること自体が瑞祥と見られていたのであろう。
 それはさて置き、万葉集には棗の歌は2首ある。

玉掃 ( たまははき ) 刈り ( ) 鎌麻呂  ( むろ ) の樹と
( なつめ ) ( もと ) と かき掃かむため
            (
長意吉麻呂 ( ながのおきまろ ) 万葉集巻 16-3830

(注)玉掃=コウヤボウキ
       室の樹=ネズ 
(玉掃を刈り取って来い、鎌麻呂よ。室の木と棗の下を掃除したいので。)

梨棗 ( なしなつめ ) ( きみ ) に粟つぎ  ( ) 田葛 ( くず )
      後もあはむと 
( あふひ ) 花さく (万葉集巻 16-3834

(梨、棗、黍に粟がついで実り、つるをはわせのびる葛のように、後にもまた逢おうと葵の花が咲くよ。)

 道すがらに見掛けた花はケイトウとタマスダレ。

ケイトウ タマスダレ
(ケイトウ)       (タマスダレ)

 見掛けた虫は、ショウリョウバッタ。

ショウリョウバッタ (2) ショウリョウバッタ (1)
(ショウリョウバッタ)

 毎度代わり映えのせぬ墓参関連の道すがら・お粗末日記でありました。






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最終更新日  2016.09.05 22:32:20
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Re:墓参の道すがら(09/05)  
ビッグジョン7777 さん
今日の言葉には大いに納得です
早速本日から、そのように自覚することにいたします。

明日から世の中の景色が違ったものに見えて来るといいのですが・・・。 (2016.09.05 20:28:52)

ビッグジョン7777さんへ  
けん家持  さん
   >今日の言葉には大いに納得です
   >早速本日から、そのように自覚することにいたします。
 まあ、納得するのほかなき尤もな言葉であります。迷惑を掛けたり、掛けられたり、お世話になったり、お世話をしたり、とお互い様の世の中。しかし、人は往々にして「迷惑を掛けられた方」「お世話をした方」を過大に評価し、「迷惑を掛けた方」「お世話になった方」を過少に評価する傾向があるようですから、この言葉の文脈に従うなら、「そのことを自覚する」ことが大事ということであるのでしょうな。
   >明日から世の中の景色が違ったものに見えて来ると
    いいのですが・・・。
 景色が違って見えて来るかどうかまでは保証の限りではありません(笑)。
(2016.09.05 20:53:02)

Re:墓参の道すがら(09/05)  
こんばんは(^^♪

私も大いに納得 納得です。
この心で毎日を過ごせば 何事にも いさかいは起こらなく 平穏に暮らせるでしょう。

なつめと言えば、私が思うのは、茶道具である お茶を入れる物です。
棗そっくりのツルンとした形です。

子供の頃には、御近所で棗を木から採らせて頂き、その頃は美味しかったのですが、今は リンゴの味が落ちたような気がします。どうも 素直な舌を忘れてしまったようです(笑)

梨や棗が実り、秋が深まるのですね。 (2016.09.05 21:09:49)

ひろみちゃん8021さんへ  
けん家持  さん
   >私も大いに納得 納得です。
   >この心で毎日を過ごせば 何事にも いさかいは起こ
    らなく 平穏に暮らせるでしょう。
 頭で納得しても、心(情)が時として裏切る、というのも凡人の凡人たる由縁。こういうものもルーティン化というか、イメージトレーニングというか、日常的な行動や情動のレベルに落とし込むということで、自ずからに身に付いたものとなるのでしょうね。ヤカモチもそのようにありたきものであります。
   >なつめと言えば、私が思うのは、茶道具である お茶
    を入れる物です。棗そっくりのツルンとした形です。
 そうですね。茶道具のなつめはその形の相似に由来するのでしょうね。
   >子供の頃には、御近所で棗を木から採らせて頂き、そ
    の頃は美味しかったのですが・・
 水分の抜けた質の悪い林檎の味、それが棗の味。子供の頃には、このようなものもそれなりに美味しいものに感じられました。杏やスカンポ、野苺も同様。今はとても食えたものではない。秋の野山の豊かさは今や遠き昔の夢物語となり果てました。
(2016.09.05 22:19:40)

Re:墓参の道すがら(09/05)  
小万知 さん
今日の門前の言葉は、皆様もコメントされているように本当にそうですね。わが身に当てはめても、今日まで何人もの人に赦されて、赦されてきたことを思います。子供だから・・若さゆえ・・女性だから・・無知ゆえ・・年なんだから・・・我がごめんなさい人生はもう少し続きそうです。
 樫の実も棗の実も、「我らのように、角張らないでまあるく丸くいきましょう!」と言ってくれているようです。
 秋色に染まったショウリョウバッタも行く夏を惜しんでいるかに見えます。
玉すだれがまとまって咲いている風情が爽やかで良いですね。

(2016.09.05 23:49:43)

小万知さんへ  
けん家持  さん
   >今日の門前の言葉は、皆様もコメントされているよう
    に本当にそうですね。・・・我がごめんなさい人生は
    もう少し続きそうです。
 「ごめんなさい人生」でありますか。ご納得の皆さんに追和してヤカモチも、
思ほえば みなおかげさま あれもこれも
       わが身ひとつで なしたるはなし (自覚家持)
ありがたき ことはまことに 有り難き
        ことと思へば なほありがたき (感謝家持)
であります。
 樫の実も棗の実も、実は総じて丸型。角張っては「なるものもらない」ということであるのでしょう。
実は丸く ありてこそなり なべてみな 角張るものは 実にならじかも(偐角丸)
   >秋色に染まったショウリョウバッタも行く夏を惜しん
    でいるかに見えます。
 秋来るを恋待ち、行く夏を惜しみ、と日本人の心は四季の移ろいと共にあり、日本のバッタも亦然り・・であるか。
   >玉すだれがまとまって咲いている風情が爽やかで良い
    ですね。
 何であれ、小振りの花のまとまって咲いている様はいいものです。この写真は別の場所のものですが、我が家の墓の隣にもタマスダレが群れ咲いていました。
(2016.09.06 07:25:17)

Re:墓参の道すがら(09/05)  
ウーテイス  さん
シルバーバーチの霊訓(12)
人間は物的身体という牢の中で生活しています。

その牢には小さな隙間が五つあるだけです。

それが五感です。

皆さんはその身体のまわりで無数の現象が起きていても、その目に見え、その耳に聞こえ、その肌に触れ、その舌で味わい、その鼻で嗅いだもの以外の存在は確認できません。

ですが実際には、その身体のまわりで無数の生命活動が営まれているのです。

見えないから存在しないと思ってはいけません。

人間の五感では感知できないだけです。 (2016.09.06 08:44:02)

ウーテイスさんへ  
けん家持  さん
   >皆さんはその身体のまわりで無数の現象が起きていて
    も、その目に見え、その耳に聞こえ、その肌に触れ、
    その舌で味わい、その鼻で嗅いだもの以外の存在は確
    認できません。
   >ですが実際には、その身体のまわりで無数の生命活動
    が営まれているのです。
   >見えないから存在しないと思ってはいけません。
   >人間の五感では感知できないだけです。
 その通りです。しかし、同時に、見えるもの、感じられるものも実在するとは限りません。五感もそれを通じてなす脳の認識も時々大いなる誤解をすることがあるからです。何事であれ、権威あるものの如く発される確信的、断言的な言動には、必ず「論」の飛躍や「歪曲」や「不都合の切り捨て」が内在しているものです。そのことを常に自覚することが大事なのです。証明不十分なものは仮説に過ぎない、またはその者の信条に過ぎない、という謙虚さを持たない論は、総じて「眉唾」であると考えた方がいいでしょう。(ゴールド婆爺の冷訓)
 悪乗りパロディ。別に他意はありませんので、お気を悪くされませぬように。小生にとっては、シルバーバーチの霊訓は、その「語り口」からして、「お前は何様なんだ」という感じにて、嫌いな部類に属します。偏見と言うべきなんでしょうが、これも人それぞれにて御座候であります(笑)。
(2016.09.06 18:16:42)

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